第59話 冬休みの計画。

 二学期の期末テストも無事終わり、今日から冬休みである。

 ちなみにテストの順位は――。


 冬馬、一位。

 ナキ、百二十二位。

 誠、十一位。

 嬉一、八十三位。

 いつねさん、二十一位。

 仁乃さん、三位。

 実梨さん、九位。

 佳代さん、八位。

 幸さん、十五位。

 私、二位である。


 またしてもトップは冬馬だった。

 これで三連敗である。

 

 学園祭やらなにやらで自習時間が削られたのは確かだけれど、それは冬馬も同じこと。

 やはり根本的な頭の出来が違うのだろう。

 おのれ。


 他のみんなは全体的に順位を下げている。

 一学期末が頑張り過ぎだったのだ。

 とは言え、ナキの百二十二位は順位下げ過ぎだろう。

 前回二位だよ、二位。


 まぁ、ナキのお馬鹿は置いておくとして、注目して欲しいのはいつねさんである。

 二十一位――欠席ではないのだ。


「なーにー? あたしの顔、何かついてるー?」

「……目と鼻と口……」

「当たり前じゃない」


 そう。

 いつねさん、無事退院したのである。


 ちなみにここは一条家の私の部屋。

 いつねさんが一緒にいるのは少し訳がある。


 話は二学期末に遡る。



◆◇◆◇◆



「え? それじゃ、冬休み中いつねさんお一人ですの?」

「そうなのー」


 期末テストが終わり、さあこれからの冬休みをどう過ごすかという話をしていて、そんなことが判明した。

 何でもいつねさんのご両親は海外出張の多い仕事柄らしい。

 入院中はさすがに国内にいたものの、それも限界が来たとかで、いつねさんの退院を期にまた海外を飛び回りに行くそうなのだ。


「自宅でひとりぼっちっていうのも何だから、帰省しないで寮にいるつもりー」

「退院後すぐ一人になるのって、何だか不安じゃない?」


 実梨さんの心配ももっともである。


「私らも残ろうか?」

「あー。でも私はコ◯ケが……」

「いいって、いいって。他にも帰省しない子がいるから」


 でも、彼女のルームメイトは確か帰省するはずだ。

 もし万が一、部屋の中で調子を崩して倒れたりしたら――。


「うちに来ますか?」


 思わずそんな言葉が口に出ていた。


「え?」

「どうせならうちに来ますか? やっぱり誰か一緒にいた方がいいと思いますし……その……」

「……で……で……」

「で?」

「デレたー!!!」


 突然大声を上げて席から立ち上がるいつねさん。

 他のクラスメイトが何事かとこちらを見やる。

 おいおい。


「いずみんがとうとうデレた! お家に誘ってくれるって!」

「ちょっとお姉さま! 私を差し置いてどういうことですの!」

「和泉様、大胆」

「さっちゃん、変な風にちゃかすのやめようよ」

「でも和泉様らしからぬ発言ね。どういう風の吹き回し?」


 仁乃さんや三人組も散々言ってくれる。


「別に他意はないです。幸い、我が家は空いている部屋もたくさんありますし、お客様を迎えることは珍しくありません。明日からでもすぐに用意できますから、それなら丁度いいかなと思っただけで――」

「行く」

「いえ、無理にとは――」

「絶対行く」


 がしっと手を掴まれ、顔を寄せられる。

 いつねさん、近い。

 近いから。


「ずるいですわ! なら私もお泊りさせて下さいまし!」

「仁乃さんは別に普通に帰省したらいいでしょう。何も困ってないんですから」

「そういう問題じゃありませんわ!」


 大体、仁乃さんは飽きるほど来たことあるでしょうに。


「何の騒ぎだ?」


 冬馬とナキ、それに嬉一がやって来た。


「聞いて、聞いて! いずみんがお家に誘ってくれたのー!」

「ほーお? そら珍しいな?」


 ナキまでそんなことを言う。


「俺は寮待機組。やっぱ沖縄は遠いわ」

「オレは帰るぞ」

「わいもや」


 嬉一は沖縄出身だったのか。

 冬馬はきっと年末年始の挨拶やらなんやらで引っ張り回されるのだろう。


「ん? なら、みんな年末年始は首都圏にいるのか?」

「せやな」


 そうなる。

 ナキは関西弁を喋ってはいるものの、今の住まいは東京である。


「おし。ならみんなウチに来いよ。クリスマスにパーティーやるんだ。和泉や仁乃、ナキも来る」

「……毎年、気が重いイベントです」

「私もですわ……」


 だって東城のクリスマスパーティーって、要するに社交の場なんだもの。


「えーっと……。それってあたしみたいな一般人が参加していいものなのー?」

「いつねちゃんが一般人なら、私は何なんだろう……」

「みのりん、強く生きていこう」

「ファイト」


 いや、君たちも一般人じゃないから。


「全然、構わない。ウチのパーティーは規模こそデカイが、参加する人種はごった煮だ。和泉んちのパーティーに比べたら、ゆるゆるだ。ゆるゆる」

「そら、比較の対象が間違っとるわな」


 うちのクリスマスパーティーが堅っ苦しいのは否定出来ない事実なので、ここは黙っておく。


「あれ? そしたら、いずみんは一条のパーティーに出ないといけないんじゃないの?」


 もっともなご質問である。


「私は嫡子ではないので、参加は必須ではないんです。伯父夫婦とその息子たちが出席していれば事足りますから」

「で、毎年ウチのパーティーに来てるって訳だ」

「ふーん?」


 むしろ煙たがられている、とは言わない。

 いくら私でもそれくらいの空気は読める。


「で、来るか?」

「私ら三人はパス」


 幸さんがいち早く反応した。


「多分、その頃は準備で忙しいと思うから」

「何のー?」

「コ◯ケ」


 なるほど。


「みのりんに着せる素敵なおべべを縫わねばならぬのだよ」

「さっちゃん、私、本当は嫌なんだからね?」

「みのりんのコスプレは、幸のサークルの看板だから……」


 そうか、実梨さんと佳代さんは、幸さんの犠牲者なのか。

 原稿は終わっている時期のはずだから、衣装作りの追い込みなんだろう。

 そういえば、生徒会選挙のポスター作った時も、ベタがとか墨がとか言ってたなぁ。


「そいつは残念。嬉一は?」

「んー。やめとく。仲間内で騒ぐのは楽しいけど、そういう感じのパーティーは柄じゃねーや」

「分かった」


 嬉一も欠席、と。


 そこでふと思いついて、冬馬に耳打ちする。


(冬馬くん、誠くんにも声かけて上げて下さい)

(何でだよ。お前、やっぱりアイツに気が――)

(私じゃなくて、いつねさんがそうなんです)

(ほう?)

(お願いします)

(仕方ないな。一つ貸しだぞ?)


 誠が参加するかどうかは分からないけれど、これで可能性は残った。

 

「じゃあ、オレ、和泉、ナキ、仁乃、いつねが参加か」

「えっ!? あ、あたしまだ参加するとは……」

「和泉のいないあの家で、一人過ごす覚悟があるんなら、見逃してやる」

「ごめん、あたしも参加する」


 素直で大変よろしい。



◆◇◆◇◆



 という訳で、いつねさんは一条の屋敷に滞在することが決まったのである。

 いつねさんのたっての希望で、私の部屋に。

 ベッドを一つ追加で運び入れてもらったので、いつもよりは少々手狭だが、前世の六畳の自室に比べれば、まだまだ十分すぎるほどの広さである。


 とりあえず荷物を部屋に運んでもらって、二人してくつろいでいる。


「予想通り、いずみんのお部屋はきれいだねー」

「そうですか? 女っ気のない、つまらない部屋だと思いますけれど」

「ううん。片付いてるって意味でー。あたしの部屋なんてごっちゃごちゃだもん」

「片付けているのは使用人ですけれどね」


 自室の片付けは使用人任せにしないという人も多いけれど、私は寮暮らしで自室にいないので、どうしても使用人に頼ってしまう。


「パーティーかあ……。ドレスとかどうしよ」

「仁乃さんも誘って、選びに行きませんか?」

「ええっ!? いずみんやにののんが使ってるお店なんて無理だって!」

「大丈夫です。オートクチュールは今からだと間に合いませんし、間に合っても半端なものになってしまいますから、今回はプレタポルテにしましょう」


 オートクチュールはパリ・クチュール組合加盟店(通称サンディカ)で縫製されるオーダーメイド一点ものの高級服のこと。

 日本ではサンディカ非加盟店の服もオートクチュールと呼ぶことがあるけれど、これは製造過程にオートクチュールの手法を取り入れているだけで、厳密なオートクチュールとは言えない。


 プレタポルテはその反対。

 あらかじめ特定のサイズが用意されて販売される既製服のこと。

 日本でプレタポルテと言うと、少々お値段が張るものを指すことが多いが。


「うう……。なるべく庶民的なお店にしてねー?」

「任せて下さい」


 私は一人での服選びなど面白くもなんともないと思うタイプなのだけれど、いつねさんを着せ替え人形にするのは楽しそうだ。

 私は馴染みのブティックに予約を入れるため、スマホを取り出すのだった。

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