第21話 監禁。

「――み」


 何かが聞こえる。


「――ずみ、和泉!」


 この声は……冬馬?


「おい、目を覚ませ、和泉!」

「……冬馬くん?」


 目を開けると、心配そうな顔をした冬馬の顔があった。


「よかった……。もう目を覚まさないかと思ったぞ」

「私たち……どうなって……?」


 たしかオリエンテーリングの途中で――。


「すまない。お前を守れなかった」

「?」

「誘拐されたんだ、オレたち」

「!」


 やっと意識と記憶がはっきりしてきた。

 そうだ。

 確か目出し帽の男たちに襲われて――。


「怪我はないか?」

「はい。冬馬くんは?」

「大したことはない」


 ということは、どこか怪我したのか。

 見る限り出血の痕跡などは見当たらないけれど。


 私たちは両手を後ろ手に縛られており、足も縛られていた。

 周りを見渡すと、どことも知れぬ木製の建物の一室であることが分かった。

 部屋の中はがらんとしていたが、何故かTVが備え付けてあった。


 部屋の外では男たちが何ごとかしている音がするが、はっきりとは聞き取れない。

 窓がないので現在時刻の見当はつかないが、体感ではそれほど時間は経っていないように思えた。


「ナキくんたちは?」

「ナキは逃げてくれたし、嬉一がいつねと仁乃を連れていくのが見えた。というより、最初からオレとお前がターゲットだったみたいだな。犯人側も六人全員を連れ回すには人数が足りなかっただろうし」


 冬馬は私が気絶した後のことを話してくれた。


 気絶した私を助け出そうとした冬馬だったが、私が人質に取られていたために何も出来なかったようだ。

 おとなしくついてこなければ、私に危害を加えると言われたそうだ。

 男たちは私たちを拉致すると、ナキたち残りの四人については目もくれず、その場を後にしたらしい。

 冬馬は目隠しをされていたため、ここがどこだかは分からないとか。


「むしろ私が謝るべきですね。すいませんでした」

「なんでお前が謝るんだ?」

「私が捕まらなければ、冬馬くんが巻き込まれることもなかったはずですし」

「馬鹿言え! 男が好きな女を守れなくてどうする!」

「冬馬くんは東城の人間にしては古くさいことを言いますね」

「古いとか新しいとかじゃない。男っていうのはそういう風に考える生き物なんだよ」


 そうだろうか?


「いいか、和泉」

「はい」

「誘拐に遭った場合に気をつけておくことがいくつかある。お前も知っているかもしれないが、確認しておこう」

「そうですね」

「まず、無駄な抵抗をしないこと」

「はい。百%脱出が可能である場合を除いて、自力脱出の試みは犯人側を刺激するだけです」


 資産家の令嬢として、こういう事件に巻き込まれた場合に備え、心得は叩き込まれていた。


「次だ。犯人との間で人間関係をつくること」

「私たちは人間であり、また決して危険な存在ではないということを明らかにする一方で、自尊心を維持できる人間関係を確立することが大事、でしたか。できるなら、自分が人間性あふれる個人であることを理解させられればもっといいですね」

「思想、宗教、政治等について議論をしないこと」

「犯人側を刺激したり、また私たち自身がストックホルム症候群になったりしないためにも、避けるべきですね」


 ストックホルム症候群とは、誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が、犯人と長時間過ごすことで、犯人に対して過度の同情や好意等を抱くことを言う。


「家族や会社の情報、その他の個人情報を極力与えないこと」

「犯人を利する結果になること、また別の犯罪につながることも多いです。でも、犯人に危害を加えられる可能性がある場合は、仕方ない場合もあります」

「自己管理をすること」

「自分自身に目標を設定して行動計画を立て、自分の行動をコントロールします。精神を強くもち、時には楽しいことを色々と空想したりすることも有効です」


 答え合わせをするように、冬馬の言葉に答える。


「健康を維持すること」

「可能な範囲で、自分の健康を維持するため適度な運動をし、食事の取り方に注意を払い、身体を清潔に保つ、持病の治療に不可欠な薬を犯人側に求めます」

「環境を整備すること」

「自分が監禁された場所を自分の個人的なスペースとして可能な範囲で整備します」


 そして――。


「何より肝心なのは?」

「必ず助かると信じて行動すること」

「よし」


 冬馬にとっては不幸なことだが、彼が一緒にいてくれるのは私にとってはありがたかった。

 私一人だったら、極度の不安に押しつぶされて、こんなに冷静ではいられなかったに違いない。


「大丈夫だ。絶対に救助は来る」

「はい」



◆◇◆◇◆



 それから一時間ほどたっただろうか。

 ガチャリと扉の鍵が外れる音がして、二人の男が入ってきた。

 背の高い男と、太り気味の男だ。


「TVのそばに並んで座れ」


 のっぽの方が警棒を見せつけながら指示してきた。

 言う通りに私たちが並んで座ると、太っちょの方が懐からリモコンを取り出しTVをつけた。

 夕方頃にやっているアニメが流れる。

 のっぽがデジカメを取り出して私たちを撮った。


「貴方たちの目的は何ですか?」


 冬馬が問う。


「……」


 男たちは沈黙を返した。


「あの……。バッグに薬が入っているので、飲ませて頂けませんか?」


 私も口を開いた。


「体調が悪いんです」


 遠足の時点と比べても、更に悪化している気がする。


「え?」

「……」


 冬馬が意表を突かれたような声を出した。

 男たちはこれにも沈黙。


「お願いです! 彼女に薬を!」


 冬馬も口添えしてくれたが、男たちは黙って部屋を出て行こうとする。


「おい! 聞けよ! おい!」


 冬馬が言いすがると、のっぽの方が警棒で冬馬の腹を打ちのめした。


「ぐっ……はっ……」


 そしてそのまま鍵が閉められた。


「頼むよ! 薬を飲ませてやってくれ! おい!」


 私よりよっぽど苦しそうな顔で、冬馬が大声を出し続ける。


「冬馬くん、もういいです」

「いい訳ないだろう!」

「あまり騒ぐと、今度は何されるか分かりません。それよりお願いがあります」

「何だ? 何でも言え」

「寒気がします。もうちょっと近くに来て下さいませんか?」

「分かった」


 冬馬は縛られた足に四苦八苦しながらも、そばに来てくれた。


「緊急事態だ。許せよ」

「はい」


 私たちは背中をぴったりくっつけるようにして座った。

 背中がじんわりと暖かくなるが、身体の芯から寒気が広がっていくのは抑えられない。


「ちくちょう……。誰か……早く……。和泉が……」


 いつも自信満々な冬馬の口調に、抑えがたい弱気が混じっていた。


(私たち、どうなるんだろう)


 身体が震えるのは、寒気のせいだけではないことは明らかだった。



◆◇◆◇◆



 どれくらい時間がたっただろう。

 水も食べ物も与えられずにいた私たちは、徐々に衰弱していった。

 私の体調も悪化の一途をたどり、話をするのも億劫になっていった。


「なぁ。開放されたらまず何をしようか」

「一条家と東城家の力を総動員して、犯人たちを追い詰めて八つ裂きにしたいです」

「それだな」

「ええ」


 それでも、私たちはしゃべり続けた。

 そうでもしていないと、心が折れそうだったからだ。


「みんな、今頃なにしてんだろうな?」

「きっと心配してくれてますよ」

「ナキは責任とか感じてそうだ」

「いつねさんは泣いていそうです」

「仁乃は分かりやすい」

「そうですね」


 一拍置いて。


「「お姉さまー!」」


 声を合わせて、笑う。


「実梨はどうだろう」

「佳代さんや幸さんと一緒に私たちの身を案じて下さっていると思います」

「柴田先生もだろうなぁ」

「先生や学校の責任問題にならないといいのですけれど」


 悪いのは全て犯人たちだ。


「まぁでも、遠足は行事から外されるかもなぁ」

「安全性の問題が明らかになってしまいましたものね」


 良家の子女が通う百合ケ丘には面子と責任がある。


「でも、外出する度にSP引き連れる訳にもいかないよな」

「どこの大統領だって話ですよね」

「しばらくは、そんな扱いを受けそうだけどな」

「違いありません」



◆◇◆◇◆



「和泉」

「……」


 冬馬の声が遠い。 


「おい、和泉。和泉!」

「……何ですか?」


 辛うじて返事を返す。


「脅かすなよ。もしかして……って思うじゃないか」

「このままだと、いずれそうなりますね」


 身体に力が入らない。

 とても寒い。


「縁起でもないこというなよ」

「……」

「……黙るなって」

「……」


 あぁ……。

 凄く、眠たい。

 私は瞼を閉じた。


「和泉……? 和泉!」


 静かにしてよ。

 眠れないじゃない。


「冗談はよせ! おい! おいってば!」


 情けない声。

 らしくないよ、冬馬。


「オレを置いていくな! お前はオレのものだ! オレの許可なく死ぬな!」


 そうそう。

 それくらいが丁度いい。


「ダメだ! 死ぬなんて絶対許さんぞ! 和泉!」


 今死んだら、また転生するのだろうか。

 それとも、今度こそ無に帰るのだろうか。


「ねぇ……冬馬」

「和泉!」

「私ね……前世の記憶があるの……」

「へ? へぇ……。どんな?」


 冬馬の声が一瞬、狐につままれたような色を帯びた。


「何のとりえもない……ひきこもりの高校生……毎日……ろくなもんじゃなかった……」

「一条家の令嬢が、随分しけた前世だな」

「この世界はね……ゲームの世界なの」

「おいおい。ここは現実だぞ?」

「違う……乙女ゲームの世界……冬馬は攻略対象……」

「じゃあ何か? 和泉がオレを振り向かせてくれるのか?」


 苦笑いしているのが、声色から分かる。


「冬馬はね……違う人を好きになるの……私は……おじゃま虫」

「馬鹿言え。オレがお前以外の誰を好きになるっていうんだ」


 主人公だよ。


「……何だ? この臭い……?」


 遠い……冬馬の声が遠い。


「火事か!? あいつら、俺達を――!」


 息が苦しい。


「――!――!」


 もう声もよく聞こえない。

 ただひたすら眠たい。


「俺はどうなってもいい。でも、和泉だけは――!」


 最後に、冬馬の声が聞こえた気がして――。

 

 私の意識は闇に飲まれた。

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