第18話 悪役令嬢は仲良くなりたい(?)
「お姉さまー!」
「……」
ある日の放課後。
無意味に抱きつこうとしてくる仁乃さんを無言でひょいとかわした。
目標を見失って床とごつんする仁乃さん。
「痛たた……。どうして避けるんですの?」
「むしろどうして避けないんですか」
「にののんは積極的だなー。あたしも見習わないとー」
「やめて下さい」
いつねさんだって十分アクティブでしょうに。
というか、いつになったら2人とも諦めてくれるんだろう。
「女ってスキンシップ多いよなー」
「いや、仁乃ちゃんのは過剰やと思うで?」
ナキの言う通り、冬馬の言うことは思い込みだ。
確かにとある調査ではスキンシップは女性の方が男性より多いらしい。
けれど、それは世界中に範囲を広げて母数を大きくした場合の統計にすぎない。
その人がどんな文化圏に属するかによって全く違う。
西洋のハグ文化に、日本人が抵抗感を覚えるのと一緒だ。
「あー。混ざりてー」
嬉一は放っておこう。
見かけはナキの方がチャラいし、事実、女性関係はナキの方が派手なのだが、嬉一もなんというかエロスが駄々漏れである。
まぁ、むっつりよりはいい……のか?
「みのりーん」
「きゃっ! どうしたの佳代ちゃん?」
「みのりん分が足りないんだって」
「なによそれ」
「いいから私にもはぐはぐさせなさい」
「さっちゃんまで。きゃー」
まぁ……。
一部、固定概念にぴたりと当てはまる人たちがいることも否定しない。
きゃっきゃとじゃれている仲良し3人組の様子を何ともなしに見ていると――。
がちゃん!
(――!)
「いずみん!」
「お姉さま!」
何かが割れるような音を聞くとほぼ同時に側頭部に衝撃を感じ、私は意識を失った。
◆◇◆◇◆
目を開けると、白い天井が見えた。
ここは――?
「目が覚めた?」
私が上体を起こすと、気配を察知したのか、白衣を着た女性が近づいてきた。
「ちょっと目を見せてね」
ライトで私の目を照らして覗きこんでくる女性。
私は一体何をされているんだろう。
「うん……。大丈夫そうね。どこか痛い所はある?」
「頭の右側が少し痛みます」
「野球部の子が打ったボールが、窓ガラスを突き破って当たったらしいの。一応、お家にも連絡を入れておいたわ。後で迎えの人が来るから病院でちゃんと見てもらってね」
「はぁ……。あの……」
「なに?」
私はさっきから訊きたかったことを口にした。
「ここはどこで、私は誰なんでしょう?」
◆◇◆◇◆
「全生活史健忘ですね」
自宅からの迎えの車を待つことなく、私は救急車でかかりつけの病院へ運び込まれた。
脳はやCTなどの検査を終えて、お医者様が告げた診断がこれだった。
「ある時点――この場合は野球ボールが当たった時点ですが、それ以前のご自分に関する記憶が思い出せない症状です。心因性の場合がほとんどですが、まれに頭部外傷をきっかに発症することがあります」
「深刻なものなのですか?」
付き添いの人――佐脇さんというらしい――が、深い憂慮をにじませた声で医師に問うた。
「検査の結果、脳に異常はありませんでしたので大丈夫でしょう。全生活史健忘は時間の経過でほとんど治ります。事情を知る付添人が必要かもしれませんが、学校にも普通に通って頂いて大丈夫ですよ」
「そうですか……」
佐脇さんは深い安堵のため息を漏らした。
一回目……うん?
今、私は何をした?
「一週間様子を見ましょう。記憶に改善が見られなければ、催眠療法などを試していきましょう」
◆◇◆◇◆
「という訳ですので、お姉さまには私が全力でサポートに当たりますわ」
ショートカットのとんでもなく綺麗な子がみんなの前でそう宣言した。
彼女は二条 仁乃さんと言って、私の親戚なのだそうだ。
ちょうど同じ高校、同じクラス、同じ寮の部屋だったので、佐脇さんが事情を説明して協力を求めた。
彼女は一も二もなく同意してくれた。
「いずみん、あたしのことも覚えてなーい?」
「ごめんね。でもきっと思い出すから」
小さくてふわふわした感じの可愛い子に、すがるような目を向けられてしまった。
「あまり急かすな、いつね」
「そうだね……。あたしはいつね。五和 いつねだよー。いずみんの一番の親友」
「お待ちなさい、いつねさん。一番は私ですわ」
「えー。あたしだよー」
「私です!」
「……ぷ……。くすくす……」
「いずみん?」
「お姉さま?」
つい笑ってしまった。
いつねさんと仁乃さんが何か驚いたような顔をしている。
「二人の様子が面白くって。ごめんね。二人ともありがとう。頑張って思い出すね」
不安がらせてはいけないと思って、私はにっこり微笑んだ。
「う……うん……」
「なんですの、この可愛い生き物……」
あれ?
何だか2人が違う人を見るような視線を向けてくる。
本来の私はこんなんじゃなかったのかな?
「和泉はいつも可愛いぞ」
「せやな。おっと自己紹介せなあかんか。こいつは東城 冬馬。わいは浪川 ナキや」
「冬馬くんとナキくんね。分かった。絶対思い出す」
冬馬くんは王様みたいな雰囲気、ナキくんはプレイボーイな雰囲気だ。
「和泉様……大変でしたね」
様!?
「えっとあの……」
「あ。そうですね! 私は箕坂 みのりって言います。和泉様には仲良くして貰ってました」
ショートボブの子が自己紹介してくれる。
何だろう。
凄く安心感を感じる子だ。
それはともかく。
「私、自分のこと様づけで呼ばせてたの?」
「いえ、そういう訳ではないんですけれど……」
「何となく畏怖の念っていうか……」
「世界が違いすぎて近づきがたかったかもね。私は三枝 幸。この子は加藤 佳代だよ」
気の強そうなツーサイドアップの子と眼鏡をかけたロングヘアの子が説明してくれた。
「そうなんだ。ごめんね。私のことは呼び捨てでいいから。仲良くしてくれたら嬉しいな」
「……」
「……」
「……」
「え? ダ、ダメ?」
三人ともさっきのいつねさんや仁乃さんみたいな視線を向けてくる。
「ううん、それは嬉しいですけれど」
「ちょっとね。今までとのギャップがね」
「これはこれでアリ」
みんな当惑しているようだった。
「なんかごめん。今までの私、相当感じ悪かったんだね」
「そ、そんなことないですよ!」
「あなたは?」
「あ。わ、私、服部 遥って言います。このクラスのクラス委員をやっています」
三つ編みおさげの真面目そうな子だ。
「和泉さんは……そう、色々と考え過ぎだったんだと思います」
「考えすぎ?」
「普通にしていれば今の和泉さんみたいだったと思うんですけれど、何かに縛られているような感じでした」
「あぁ。何かちぐはぐな感じだったな。俺は木戸 嬉一な。お前の恋人だから」
短髪の男の子が爆弾発言をした。
「こ、恋人!?」
「嬉一、死刑」
「死刑ですわね」
「ちょ、待て! 冗談、冗談だから!」
「あー。びっくりした」
かなり本気で人を殺せそうな視線を冬馬くんと仁乃さんに向けられて、嬉一くんは慌てふためいた。
「さすがに恋人のことまで忘れていたら、申し訳なさすぎるなぁ……」
「オレがそうだぞ」
「ええっ!?」
「違いますわ。私です」
「ええええっ!?」
どっちが恋人でもびっくりだ。
こんなカッコイイ人かこんな綺麗な人かが恋人だなんて。
「はいはーい。二人ともいずみんで遊ばないのー」
「安心して下さい。和泉様――和泉さんに特定のお相手はいませんでしたから」
「もう……心臓に悪いよ……」
いつねさんと実梨さんが誤解を説いてくれたので、ほっとした。
この二人は癒し系だなぁ。
「和泉。記憶喪失になったと聞いたが」
「チッ。やっぱり来たか」
リムレスの眼鏡を掛けた男の子がやって来て、冬馬くんが舌打ちした。
「和泉、こいつのことは忘れていいぞ」
「そういう訳にはいかないよ」
「忘れられたら、またこれから時間を重ねればいいだけのことだ」
「まこ君言うねー」
大真面目な顔で言う誠くんの言葉に、私は真っ赤になってしまった。
誠くん、声が凄くいいバリトンだ。
その後もクラスのみんなに改めて一人一人自己紹介してもらって、一生懸命記憶を取り戻そうとしたけれど、なかなか思い出せなかった。
◆◇◆◇◆
記憶を失ってから三日経った。
授業は普通に理解できた。
お医者様が言うには記憶にも種類があり、記憶喪失になっても学問的知識は覚えていることがあるそうだ。
仁乃さんがつきっきりでフォローしてくれるお陰で、私は何の不自由もなく学校生活を送ることが出来た。
「仁乃さん、ありがとうね。仁乃さんがルームメイトで本当に良かったよ」
「お礼の必要などありませんわ。私にとっては当然のことですもの」
「仁乃さん――!」
「お、お姉さま!?」
あんまりにも感激したので、私は仁乃さんに抱きついていた。
「ーーーーーっ!」
「にののんずるーい! あたしもー!」
「はいはい。いつねさんもね」
ハグする。
体温を感じるととても落ち着く。
「眼福だ」
「せやな」
「混ざりてー」
冬馬くんたちが何やら言っていたけど、よく聞こえなかった。
「でも……なかなか記憶が戻りませんね」
「今の和泉さんもいいけど、私は以前の和泉様の方が毒があってよかったかな」
「佳代ちゃんに同意」
毒か……。
記憶を失う前の私は、一人でいたいと言っていたそうだ。
(私は何考えてたんだろう)
こんなにいいクラスメイトに恵まれているのに。
がちゃん!
(――!)
「いずみん!」
「お姉さま!」
一瞬の既視感(デジャビュ)を覚えながら、私は意識を失った。
◆◇◆◇◆
「お姉さまー!」
「……」
教室に入るなり、ハグをせんと飛びついて来た仁乃さんを無言でひらりとかわす。
「どうして避けるんですの!」
「そりゃあ、避けるでしょう」
前にも言ったが、むしろなぜ避けないと思うのか。
「うぅ……あのお姉さまが恋しいですわ」
「うーん。あたしはこっちがいいなー」
「オレもだ」
「わいもやな」
私は記憶を取り戻した。
再び野球ボールを側頭部にくらった私は、保健室→病院→検査のコンボだった。
幸い今回も脳に異常はなし。
ただ、記憶を失っていた間の記憶がなかった。
「和泉様、良かったですね」
「戻ってみると、あれがいかに異常だったかよく分かるわ」
「佳代ちゃんに同意」
人づてに聞いた話によると、記憶を失っている間の私は、まるで別人だったという。
(まぁ、知ったことじゃありませんが)
私は和泉。
ぼっちを目指す悪役令嬢だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます