第17話 体育祭。(後編)

 得点とは無関係な応援合戦とお昼休憩を挟み、体育祭はいよいよ後半戦に入る。

 ここまでの順位は四位。

 二、三年生との組み合わせの運にも割と恵まれている。

 優勝も夢ではなくなってきた。


「よーし! 後半も気を引き締めていくぞ!」

「「「おー!」」」


 朝と同じく円陣を組み、冬馬の号令とともに掛け声を上げる。

 だいぶ気分が盛り上がってきたのか、女子の声も大きい。

 みんなやる気だ。

 本気で優勝を意識し始めたのだろう。



◆◇◆◇◆



 第八種目は大縄跳びである。

 本来であれば十分な練習が必要な種目だ。

 お正月の時期に、とある放送局で各地の小学生が競う特番を見るが、あのノリにはついていけない。

 The 団体競技的な?

 

 百合ケ丘は公立の高校よりも、一クラスの人数が割合と少ない。

 約三十人である。

 四十人近い人数で飛ぶ小学生たちに比べればまだましだが、それでもこの人数で大縄跳びはぶっつけ本番ではハードルが高い。


 冬馬によると、コツは回し手と並び方なのだそうだ。


 回し手はクラスで一番力のある二人が担当する。

 これは単純に、縄を回すのに相当の力が必要だからだ。

 

 回し方も単純に回せばいいというものではない。

 地面にバウンドさせないこと――これが重要なのである。

 

 実は大縄跳びで引っかかるのは、飛び手よりもこのバウンドによる縄の不規則な動きによる所が大きい。

 両端にいる人を飛ばせようとして縄を緩めすぎるのは逆効果。

 ある程度ピンと張る必要があるのだ。


 並び方は言わずもがな。

 背の小さい人は端に、大きい人は真ん中に並ぶ。

 私は当然真ん中あたりだ。

 

 と、最低限のコツは押さえて臨んだ大縄跳びだったが……結果は5位。

 一つ、順位を下げてしまった。

 やはりぶっつけ本番では、運の要素が強い。

 これでも健闘した方だろう。


 体育祭もいよいよ佳境。

 残すは女子の棒引き、男子の騎馬戦、リレーの三種目である。


 まずは女子の棒引きである。


「みんなー作戦通りいくよー」

「「「おー!」」」


 棒は一点の棒が十本、三点の棒が一本あり、合計十一本の十三点。

 特に考えなしで取りに行くと、運と合計体重の勝負になってしまう。

 

 冬馬が考えた策はこうだ。


 合計十三点なのだから、先に七点取った方が勝ちである。

 つまり、一点の棒を四本、三点の棒を一本取れば勝ちが決まる。


 そう。


 大量得点する必要はないので、他の一点棒六本は無視するのだ。

 取り方は、足の早い子で目的の棒に素早く取り付き、後続の子で奪い取るというシンプルなもの。


「にののんたち、三点棒は任せたよー!」

「はいですわ」

「みのりん、かよちー、さっちゃんたちは、一点棒に出来るだけ早くねー」

「任せて下さい」

「テニス部で鍛えた足を見せてやるわ」

「わくわく」

「いずみんも出来るだけ早く来てね」

「……努力します」

 

 結果からすると、冬馬の考えた戦法は有効だった。

 相手はばらばらで、私たちは勝利が決まる七点を着実に取ることができた。

 この戦法はチームの仲間である二年F組と三年B組にも伝えてあったので、チーム全体で勝利だった。


 順位は三位に上がった。

 もう少しで優勝が見える。



◆◇◆◇◆



 次は男子の騎馬戦。

 

「相手は因縁のB組だ。お前ら、準備はいいかー!」

「「「おう!」」」


 因縁があるのは冬馬だけだろう、というツッコミはなしである。


 もちろん、因縁とは誠のことだ。

 体力測定、軽音楽部の一件、今日の徒競走で、冬馬は完全に誠をライバル認定しているようだった。

 熱くなりすぎなければいいのだが。

 A組の大将は冬馬、B組の大将は誠である。

 冬馬にはぜひ冷静になって欲しい。


 高校の騎馬戦と言えば、騎手が落馬するまで行う激しい物を想像しがちだが、百合ケ丘のそれは少し違う。

 騎手が鉢巻をしてそれを取り合うのだ。

 落馬で勝敗を判定する場合は、騎手が掴まれないように上半身裸になる必要があるのだが、それを嫌う男子が若干名いるので、それに配慮しているのである。

 また、安全性の面でも、鉢巻式の方が優れていると言われている。


 和太鼓のドンという音で競技が始まった。


 開始当初から乱戦となった。

 敵味方入り乱れて、あちこちで戦いが起こる。

 冬馬は……?


「ぐっ……! お前ら、多勢に無勢で……!」

「作戦だ。悪く思うな」


 いけない、3騎に囲まれている。

 守備役のナキも距離を離されてしまっているようだ。


 冬馬の騎馬は一番足腰のしっかりした三人で構成されている。

 騎馬戦は騎手よりも騎馬の性能がモノ言うらしい。

 そのおかげで、冬馬は今のところ何とか鉢巻を取られずにいるが、これでは時間の問題だ。


 その時。


「加勢するぜ!」


 一騎の騎馬が冬馬を囲む三騎の周りをぐるりと一周するようにして走った。

 冬馬に気を取られていた三騎は、あっという間に鉢巻を取られてしまった。


「助かった!」

「へへっ。借りは返したぜ」

「やるやないか!」


 騎手は、避難訓練の時ぶーたれていた男子――木戸(きど) 嬉一(きいち)だ。


「へい大将、あいつにぶちかましに行こうぜ!」

「足手まといになるなよ?」

「今のいままで窮地やった奴の台詞やないなー」


 わだかまりなど何もないかのように三人は笑いあい、B組の大将、誠の元に向かっていく。

 ああ、男子のこういう所っていいなぁ。

 腐女子じゃなくても萌える……と、いかんいかん。


 冬馬、ナキ、嬉一の三騎は、誠を三角形に囲むようにして、鉢巻を伺っている。


「……お前か」

「この間は和泉が世話になったな」

「世話をしたつもりはない」

「ほざけ!」


 冬馬と誠の熾烈な攻防。

 ナキと嬉一も周りの敵騎を二人に近づけまいと奮戦している。


「和泉といったか……。彼女はいい」

「! お前!」


 それは誠の挑発だった。

 顔色を変えてしゃにむに鉢巻に手を伸ばす冬馬をさっとかわして、誠が冬馬の鉢巻を奪った。


「……」

「いい気迫だった」

「勝者が敗者に言葉をかけるなよ」

「そうか……」

「それとな?」

「!?」

「油断は禁物!」


 冬馬の鉢巻を取って安心してしまったのだろう。

 その隙を、嬉一が見逃さなかった。

 伸ばされた手を、それでも間一髪でかわす誠。


「これでしまいや!」


 体制の崩れきった誠の鉢巻を、ナキが今度こそ奪った。


「卑怯とは言うまい?」

「ああ」

「まぁ、決着は持ち越しだな」

「お前、名前は?」

「……オレのこと知らねぇ奴、百合ケ丘に来て初めて会ったぜ。 東城 冬馬だ」

「俺は真島 誠という」

「知っている」

「俺が名乗ることに意味があるんだ」

「……なるほど」


 冬馬と誠は何やら話しているようだが、よく聞き取れない。

 ただ、二人とも何やら不敵な笑みを浮かべている。


「次の競技は何かわかっているよな?」

「ああ」

「当然、アンカーだろ?」

「ああ」

「なら勝負は――」

「次で決まるな」


 騎馬戦終了。

 順位は三位のまま、最終種目リレーを迎える。



◆◇◆◇◆



「いいか? 上位三位は団子状態だ。優勝の目はまだある」


 最終種目を前に、また全員で円陣を組む。

 冬馬が続ける。


「そのためには次のリレーで絶対に勝つ必要がある」


 ごくり、と誰かが喉を鳴らすのが聞こえた。


「だが、そんなもんは忘れろ」


 え?


「ここまで俺たちはみんな頑張った。十分だ」


 そんなのらしくない。

 戸惑いの雰囲気が広がる。


「俺が言いたいことはひとつだ」


 周りの音が遠ざかる。


「最後まで全力を出しきれ! そうすりゃあ、それだけで最高の体育祭だ!」

「「「! おぉぉーっ!!」」」


 なるほど。

 ここで絶対に勝つぞ、などといえば、盛り上がるかもしれない。

 だが、運動が不得手の者は、萎縮してしまったはずだ。

 冬馬はそれを案じて、台詞を変えたのだろう。


 彼は優勝を諦めていない。

 最後の最後、最善の状態でリレーに望めるように、お膳立てしたのだ。

 やはり彼は、生粋の「将」なのだろう。



◆◇◆◇◆



 このリレーは学年別、クラスごと、男女混合で行われる。

 一年A組の第一走者は実梨さんである。


「みのりーん! 一位でちょうだいねー!」

「頑張るー!」


 第二走者の佳代さんが実梨さんにエールを送り、実梨さんもそれに応えた。

 緊張はないようだ。


「よーい――」


 パン!


 一年生計六組のスターターが一斉に走りだした。

 実梨さんは――三位。

 実梨さんは決して遅い方ではないが、速い方でもない。

 普通だ。

 それをスターターに持ってきたのには、やはり冬馬の策がある。


 初めから首位に立ってしまえば、後の走者が硬くなる。

 追いかけるよりも、追い抜かれる方がきつい。

 かといって最下位もダメだ。

 諦めムードになってしまう。

 だからこその、実梨さんなのだ。


「佳代ちゃん!」

「任せて!」


 第二走者の佳代さんは速い方だ。

 じわじわと二位との差を詰める。


「さっちゃん!」

「ほい」


 第三走者の幸さんもかなりの俊足。

 テニス部三人組の好発進で、二位につけた。


「嬉一くん」

「よしきた!」


 騎馬戦で活躍した嬉一も速い。

 しかし、一位には届かず。


 その後は追いつき追い越されが続き、リレーは最終局面へ。


「にののん!」

「お任せですわ!」


 いつねさんから仁乃さんへバトンが渡る。

 この時点で三位。

 優勝まであと少し。


 仁乃さんはB組女子屈指の俊足。

 順位を一位直前の二位にまで上げた。

 

 次は――私の番。


「お姉さま!」

「はい!」


 バトンを受け取る。

 無我夢中で走った。

 私は遅い。

 多分、全校生徒の中でも最底辺の遅さだろう。

 事実、次々に抜かれて行く。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 体育祭なんて大嫌いだ。

 団体競技なんて最低だ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 でも、何もしないで引きこもっているよりはずっといい!


「ナキくん!」

「任せぇ!」


 バトンを渡すと、私は横に退くと同時に崩れ落ちた。


「いずみん!」

「お姉さま!」

「……大丈夫。私、何位?」

「いずみんは頑張ったよ!」

「そうですわ」

「何位? 教えて」

「えっと……」

「……六位ですわ」


 ビリか。

 分かっていたことだけど、やはり悔しい。


 レースの行方をみやる。


 ナキはクラスで冬馬の次に速い。

 二人抜いて四位まで順位を上げた。


「冬馬!」

「おう!」


 アンカーは冬馬。

 クラス一の俊足だ。

 

 ぐんぐんスピードを上げる。

 一人抜いた。


「冬馬ー!」

「冬馬様ー!」


 クラスメイト立ちの声援は届いているだろうか。

 また一人抜いた。

 残るは一人――誠だけだ。


 冬馬が懸命に追いすがる。

 逃げる誠。

 間はどんどん詰まっていく。

 差は僅かだ。


 そして――。


「ゴール! 一着B組、二着A組!」


 冬馬は二着だった。


「はぁっ……はぁっ……。くっそ、あと少しだったのに……」

「……最初の差を考えれば、圧倒的にお前の勝ちだろう。中距離は苦手なんだ」

「んなこと、どうでもいいんだよ。オレのお姫様が悲しむんだ」

「和泉か」

「あいつは自分が足遅いことを気に病んでるからな」

「……そうか。だが……勝負だからな」

「ああ、文句はない」


 二人は向き合うとかたく握手を交わした。


「お前には負けない」

「次も勝つ」



◆◇◆◇◆



「こないな所におったんか」

「……」


 閉会式まであと少し。

 騎馬戦のリレーの興奮冷めやらぬ中、校庭の隅に隠れるように座っていた私に、ナキが近寄って声を掛けてきた。


「……何か?」

「冬馬に頼まれてん」

「何を?」

「お姫さんを慰めろって」

「不要です」

「せやろな」

「はい」

「でもな。わいにも甲斐性いうもんがあってな」


 よっこらっしょ、と私の隣に腰を下ろすナキ。

 私はナキとは別の方に顔をそむける。


「隠すことないやん」

「何も隠していません」

「さよか?」

「そうです」

「なら、そういうことにしとこか」

「はい」


 私は泣いていた。

 くやしくて。

 くやしくて、くやしくて、くやしくて。

 自分が心底不甲斐なくて。


「本当は冬馬が自分で来たかってん」

「……」

「でも、和泉ちゃんは、冬馬の前では絶対に泣かへんいうてな」

「……」

「わいなら、上手いことたぶらかすやろやて。ひどいと思わん?」

「私はたぶらかされませんよ」

「せやろなー。ハンカチいる?」

「いりません」

「胸か肩かしたろか?」

「ほっといてください」

「せやろなー」


 それからナキは押し黙った。

 静かに、何も言わず、ただ、そばにいてくれた。


「……もう、大丈夫です」

「さよか」

「行きましょう。閉会式です」

「よし」


 ナキは先に立ち上がると、座っている私に手を差し伸べた。


「お姫さん、お手をどうぞ」

「結構です」


 私は自力で立ち上がると、すたすたと歩き出した。


「つれないねえ……ま、冬馬に言わせれば、そこがいいらしいんやけど」


 空を見上げれば、きれいな夕焼けが広がっていた。



◆◇◆◇◆



 私たちのクラスは総合で二位となり、惜しくもスペシャル焼きそばパンは逃した。

 だが、一年がベスト三に入るのは何年かぶりの快挙だそうだ。


 後片付けを終え、教室に戻った私たちは、心地良い疲労に包まれながら、互いに健闘をたたえ合っていた。


「焼きそばパンを逃しはしたが……まぁ、なんだ……燃えたろ?」


 くさいぞー、とか、うけるー、とか野次が飛ぶが、そこに悪意はない。


「明日はみんなで筋肉痛だ。クラスの一体感を明日も感じられるぞ。よかったな」


 いやだー、とか、やすむー、とか悲鳴が聞こえるが、そこに悲哀はない。


「まあ、明日から日常に戻る訳だが、こういうイベントは、毎回全力で行く。お前らついてこいよ!」


 冬馬様ー! とか、 愛してるー! とかいう声が聞こえる。

 男からも。


「という訳で、みんなお疲れ! 解散!」

「みんな、お疲れ!」

「お疲れさん」

「おつー」

「お疲れ様」

「お疲れ様です」

「お疲れ様でしたわ」

「……お疲れ様でした」


 はぁ、疲れた。

 あと二回これがあると思うと、気が滅入ってくる。

 私は頭脳派なんだから。


 今日も勉強はかかさない。

 以前の運動能力テストの時と同じ理屈だ。

 これだけ疲労していても勉強できれば、普段は絶対さぼらない。


 それにしても、今日は色んな意味で私らしくなかった。

 疲れたなぁ……。


 ……などと思っていたら、勉強の途中で居眠りして、そのまま朝を迎えたというオチ。

 仁乃さんは、


「眼福でしたわ」


 などとのたまったので、頭をぽかりと叩いておいた。

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