第16話 体育祭。(中編)

 体育祭当日は雲ひとつ無い晴天だった。

 夏の足音はまだずっと遠く、過ごしやすい気温だ。

 そう。

 絶好の体育祭日和である。


「お前ら、準備はいいか?」


 校庭の片隅で私たちは円陣を組んでいた。


「二位以下は論外だ。狙うは優勝のみ。先輩たちもぶちのめして、焼きそばパンかっさらうぞ。いいか!?」

「「「おー!」」」


 体育祭が始まった。



◆◇◆◇◆



 まずは徒競走。

 これは運動能力測定の倍の距離、百メートルをクラス全員が1人づつ走る。


 うちのクラスは結構足の速い人が多い。


「ナキくん速いよね」

「仁乃さんや実梨さんもなかなかだったし」

「これは結構いいところまで行くんじゃない?」


 私?

 訊かないで。


 私のことはどうでもいいとして、波乱もあった。


「冬馬が負けた!」

「あの人誰!?」

「真島だろ。B組の」

「カッコイイねー」


 総大将の冬馬が負けたのだ。

 負かしたのは眼鏡武士くん。

 激しい運動をするためか、今日は眼鏡を掛けていないのでちょっと違うか。

 とにかく、速かった。


「くっそ……。また負けた……。カッコわりぃ……」

「相手が悪かったんや。二着でも十分やって」

「そー、そー」


 落ち込む冬馬をナキといつねさんが慰めている。

 私は息切れで死んでいて、仁乃さんに心配されていた。

 

 少々、予定が狂った部分もあるが、それでも私たち一年A組は全学年十八クラス中、四位につけた。

 

 前に言ったチーム分けについてもう少し詳しく説明しておこう。

 三学年六組計十八クラスを、競技ごとに一つの学年が一つずつ含まれるようにランダムで6チーム作るのだ。


 例えば先ほどの徒競走、私たちのクラスの所属する桂馬チームは三年D組、二年C組との合同チーム。

 飛車チームが一位となったので、そこに所属する三クラスが全て一位のポイントを獲得し、私たちは二位のポイントを獲得した。

 初戦だけ紛らわしいが、一位のチームが三クラスあるので、私たちは全体では四位ということになる。

 次の競技ではまたチームの組み合わせが変わって、これを繰り返すという訳である。


 生徒全員が出場してしまうなら運営はどうするのか、と疑問に思う人もいるかもしれない。

 実は専門の業者に頼むのだ。

 イベント関係を手がける業者が、企画段階から絡んでいる。

 当日の運営も彼らが行う。

 実況もプロが行うので、その盛り上がりたるや推して知るべしである。

 生徒の自主性を育むということで、これ以降の学校イベントは学生主体で運営も行われるが、体育祭だけは特別扱いなのだ。


 閑話休題。


 四位ならばまずまずの出だしである。

 今後のがんばりで一位も夢ではない。

 もっとも、まだ第一種目。

 まだまだ先は分からない。


 第二種目は綱引き。

 これもクラス全員参加だ。


「オーエス、オーエス!」


 三年生(今度はB組)の掛け声に合わせて、私たちも必死に綱を引く。

 余談だが、三学年総勢九十人同士、計百八十人で引く綱は大変長い。

 重さも相当なものである。

 この縄は百合ケ丘開校当初から受け継がれているものらしい。

 というか、こんなの体育祭の時にしか使い道ないよね。


 綱引きの結果、私たちのクラスの順位は八位に転落。

 半分よりは辛うじて上だが、優勝は遠のいた。


「二、三年生にもっとパワーがあればな……」

「わいらのクラスかてパワーよりスピードやからしゃーない、しゃーない」

「手が痛いです」

「お姉さま、消毒ですわ」

「にののん、準備がいいねー」


 第三競技は借り物競争。


「みのりん、ガンバレー」

「ふぁいとー!」


 スタートラインに着く実梨さんに、佳代さんと幸さんが声援を送る。

 実梨さんはひらひらと手を振り返していた。


「よーい……」


 パン!


 ピストルの音とともに全者一斉に走りだした。

 実梨さんはいいスタートだ。

 好順位で借り物を書いた紙の所まで辿り着く。

 紙を読んだ実梨さんは、キョロキョロもせず、一目散にこちらへ走ってきた。


「え? 僕?」


 実梨さんは柴田先生の手を取ると、ゴールに走っていった。

 そして見事一着でゴール。


「やったね、みのりん」

「指定はなんだったの?」

「えーと……。音楽の先生」

「あー。なるほど」


 丁度よく担任だった訳だ。

 でも、紙を後ろ手に隠すのはどうして?


「次は佳代ちゃんとさっちゃんだね。頑張って!」

「任せときなさい」

「がんばる」


 和気あいあいと話しながら歩いて行く3人を見送る。

 佳代さんと幸さんは待機、実梨さんは近くで応援するのだろう。


 ふと、何か白いものがひらりと落ちた。

 拾ってみる。

 どうも先ほどの借り物競争の紙らしい。


 開いてみて、ニヤリとする。

 そこには、好きな人と書かれていた。

 へー。実梨さんがねー。ふーん。


 順位は六位に上昇。

 勢いに乗りたいところだ。


 第四種目は障害物競争。

 麻袋飛び、網くぐり、跳び箱、平均台の四つの障害を乗り越えて走る競技である。

 事前練習が難しい競技なので、出場者のセンスが問われる。


 佳代さんと幸さんは健闘して二位だった。

 網くぐりまでは二人とも一位だったのだが、佳代さんは平均台、幸さんは跳び箱でつまづいた。


「二人ともお疲れ様!」

「ごめん」

「許せみのりん」

「二位でも上出来だよ! 冬馬様やナキくんだって二位だったじゃない」


 二人を慰めるつもりで言ったのだろうが、それを耳にした冬馬とナキがずーんと肩を落とした。

 彼らも一位になれなかったのだ。

 徒競走で一位を取っていたナキはともかく、冬馬はかなり不本意のようだ。


「冬馬様も音頭を取るにしては不甲斐ないですわね」

「いやいやー。頑張った方だよー」


 まあ、障害物競走は単に足が早いだけではダメだしね。

 先程も言ったが、センスが必要なのだ。

 っていうか、出場種目の組み合わせ、本当に熟考した結果なのだろうか。


 順位は変わらず六位。

 まだ優勝を狙える位置だが、順位を上げたい。


 そしていよいよ第五種目。

 いつねさんと私が出場する二人三脚である。


「和泉ー、がんばれー!」

「いつねちゃんも、気張りやー!」

「お姉さま、お怪我だけはなさらないでー!」

「和泉様、いつねちゃん、頑張って!」


 冬馬、ナキ、仁乃さん、実梨さんの応援を耳にしながらスタートラインに向かう。


「いずみん、リラックスリラックス」

「……そうですね」


 足元が近いいつねさんが足を結んでくれた。

 緊張も解きほぐしてくれる。


「練習通りにやれば大丈夫だって」

「ええ」

「とーまくんには悪いけど、一位になれなくたって平気だから」

「ええ」

「最初の足は?」

「内側から」

「よし!」


 下から見上げてくる丸い顔がにっこりと微笑んだ。

 私はこくりと頷いた。


 スタートラインに着く。

 ドキドキする。

 それほど長い時間ではなかったはずなのに、私には随分と長く感じた。


 パン!


 ピストルが鳴り響くと同時に内側の足を出す。

 スタートは――問題ない。


「いっち、に。いっち、に」


 呼吸を合わせて走る、走る。

 無我夢中だった。

 タイミングをあわせることに集中する。

 いつねさんの足の動きから、鼓動まで伝わる感じがする。


「いずみん、あと少し!」

「!」


 いつねさんの声で我に返る。

 練習の甲斐あってか、他の走者からそれほど遅れていない。

 いや、むしろリードしている。


「いけるよ!」


 そういつねさんが口にした瞬間――。

 彼女の体制が崩れるのが分かった


「っ――!」


 とっさに腕を回していつねさんを支えた。

 少しスピードが落ちたものの、私たちはそのまま走りきり、そして――。


「いずみん、やったよ!」

「はぁ……。はぁ……」


 肩で息をする私に、頬を紅潮させたいつねさんが抱きついてくる。


「……やりましたね」

「うん!」


 結果は一着であった。


「いずみん、ありがとう!」

「……何がですか」

「あたし、転びそうになった時、いずみんが支えてくれたでしょう? いけるって思ったら、油断しちゃって」

「言ったじゃないですか」

「?」

「共同責任、でしょう?」

「! ……うん!」


 いつねさんは一層強く抱きついて来た。


「暑苦しいです」

「えへへ……」

「いえ。えへへじゃなくてですね……」

「ツンデレ乙」

「冬馬くんも、来るなり何を言っているんですか」

「いや、よくやった。オレは信じていたぞ」

「よく言いますね。捨て駒とか言っていたくせに」

「お二人さん、よーやったな!」

「お姉さまから離れなさい!」

「やりましたね!」


 冬馬が、ナキが、仁乃さんが、実梨さんが、祝福してくれた。


「……疲れました。座って休んできます」

「あたしも一緒に行くー」

「どうぞ、ご自由に」

「ツンデレ乙」

「黙れ万年二位」

「ぐはっ」


 くたくただ。

 一着なんて別に嬉しくない。

 一刻も早く座りたい。


 でも。


 不思議と、悪い気分ではなかった。

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