第12話 鈍色のゴールデンウィーク。(中編)

「どうした? 浮かない顔をしているじゃないか」

「……何でもありません」

「そうは見えない」


 気づかわしげにこちらをみやる冬馬は、タキシードを着ている。

 私もイブニングドレスだ。


 ゴールデンウィーク三日目。

 私は一条家が主催するパーティーに参加していた。

 会場は一条家が所有するホテルである。

 音楽が流れ、目立った若者がみなダンスに興じている時、私は壁の花になっていた。

 ホストの令嬢にあるまじき行為だ。


 そんな私を見るに見かねてか、冬馬は自分を囲む沢山の令嬢たちを置いて、こちらにやってきたのである。

 普段なら令嬢たちの嫉妬の視線に面倒くささを感じるところだが、今はそれどころではない。


「何かあったな?」

「……」

「話してみろよ。少しは楽になるぞ」


 ぼっちの誓いに少しだけ反しているが、心が弱っているのを実感していたので事情を話してみた。

 社交を強制されたこと、言うことを聞かなければ放逐されると脅されたこと、交友リストを渡されたこと。


 そして、禁止リストにいつねさんの名前があったこと。


「オレも家でそんな感じの渡されたな」

「冬馬くんもですか?」

「オレたちみたいな立場からすれば不思議じゃないだろ」


 そうなのだろうか。

 元庶民のひきこもりには分からない感覚だ。


「それでどうしたんですか?」

「親父の目の前でびりびりに破いてやった」

「……」

「誰とつるむかはオレが決める。誰の指図も受けない」


 思い切ったことをしたものだ。

 私にはとても出来ない。


 立場の違い、というものもある。

 冬馬は東城家の跡取りだから、私のように簡単に切り捨てられはしないだろう。

 彼が思い切ったことを出来るのは、そういう背景もあるのだ。

 そういった要素を抜きにしても、彼の姿勢は好ましいものだったが。


「にしても、いつねか。何でダメなんだ?」

「それが、いつねさんの背景情報には特別何も書いてなかったんです」


 家族構成、中学時代の成績、交友関係など基本的な情報はあった。

 しかし、敵対企業の令嬢だとか、素行不良だとか、そういったマイナス要因になるようなことは何も書いてなかった。


「理由を訊いてみたか?」

「訊きましたけど、教えてくれませんでした」


 祖父には勿論、伯父や佐脇さんにまで訊いてみたが、誰も教えてくれなかった。


 これがゲームの登場キャラなら話は早い。

 前世の知識が使えるからだ。

 でも、いつねという名前は私の記憶にない。


「なら、直接本人に訊いてみるか」

「えっ?」

「それが一番手っ取り早いだろ」


 単純すぎて思いつかなかった。


「そうかもしれないですが……。私は会うことを禁じられています」

「このゴールデンウィーク中に、いつねをオレの家に呼んでやるからお前も来いよ。オレの誘いだって聞けば、お前の爺さんも喜んで送り出すだろ」

「……そうですね……」


 ここはひとつ乗ってみよう。


「分かりました。祖父に話を通しておきます」

「よし。決まりだ」


 冬馬はパチリとウィンクした。


「しかし……。オレも一つだけお前の爺さんに賛成だ」

「何ですか?」

「ぼっち宣言。あれはやめとけ。面白かったけどな」


 あれか。


「そもそも、何であんなこと言ったんだ。お前、別にそういうキャラじゃなかったよな?」

「何でって……」


 それは勘当ENDを避けるためで――。


 と、そこで思い出した。

 そう。

 私は冬馬との氷河期&決裂コンボを回避できるかもしれないのだった。


 来年編入してくる主人公に、冬馬がどういう感情を抱くかは私にはどうしようもない。

 でも、ナキにおかしなことをしなければ、少なくとも冬馬に嫌われることはひとまず避けられるのだ。


 少し整理してみよう。


 『チェンジ!』における和泉の破滅の原因は、冬馬と主人公による和泉の悪行暴露と、東城家との繋がりを断たれたことに腹を立てた祖父による勘当である。

 これらを回避するにはどうすればいいのか。


 冬馬たちカップルの邪魔をせず、東城家との繋がりを保てばいいのだ。


 来年、冬馬はおそらく主人公と本当の恋に落ちる。

 だとすれば、私にできることは、冬馬の友人として繋がりを保つことくらいではないのか。

 冬馬にこだわりすぎず、主人公にも嫉妬せず、婚約は破棄されながらも、友人としての繋がりを残す。

 これでみんな納得してくれないだろうか。


 だとすると、ぼっちで居続ける必要はない……?

 

(ううん、違う。前提が間違ってる)


 ぼっちとは自ら望んでなるのではなく、自然とそうなるものだ。

 あ、いや。

 私はなりたくてなっている訳だけど。

 とにかく言いたいのは、ぼっちには必然性というものが存在しているということだ。


 社交性の根本は、他人への興味だと私は思う。

 そして、私にはそれが決定的に欠けている。

 伊達に元引きこもりだった訳ではないのだ。


 友達付き合いも恋愛も、私には無理。

 それが分かっていたからこそのぼっち宣言なのだ。


 うん。

 そうだ。

 そうだった。


「別に……。以前は猫を被っていただけですよ」

「そうか?」

「そうです」

「ま、そういう和泉も好きだけどな。――踊ろうぜ」

「え? あ、ちょっと――」


 冬馬に連れられてホールの中央に進む。

 色々な感情の混じった視線が集まってくるが、別にどうでもいい。

 でも、単純に目立つのは嫌いだ。


「冬馬くん」

「綺麗だ。もっと笑えよ」


 世辞を交えながら冬馬が踊りだしたので、仕方なく合わせる。

 ステップは和泉の身体が覚えていた。


「いつねのことも何とかなるさ。心配するな」

「冬馬くんは楽観的ですね」


 いくら祖父に社交性を求められようと、出来ないものは出来ない。

 それで捨てられるのであれば仕方ないではないか。

 難しく考えるのはよそう。

 私だって少しくらい楽観的になっていいはずだ。


「少し、笑ったな」

「気のせいですよ」

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