第13話 鈍色のゴールデンウィーク。(後編)

「よく来たな。上がれよ」

「お邪魔します」


 久しぶりに訪れる冬馬の実家は、我が家とは違って真新しい建物である。

 敷地面積は一条の家に比べればやや小さいが、それでも十分大きいと言える。


「いつねはもう来てる。あとナキも呼んだ」

「そうですか。あ、これ、お土産です」

「ケーキか。おもたせで悪いが、後でみんなで頂こう」


 冬馬は私からつつみを受け取ると、使用人に何事かことづけて渡した。


「和泉が来るのは久しぶりだな」

「はい」


 とりとめのない会話をしつつ、機能性と芸術性を併せ持った螺旋階段を上がる。

 古い洋館といった感じの強い一条家とは違い、東城家は新築のような空気がある。

 建物もデザイン性がきちんと意識されていてとても素敵だ。


 三階の奥にある扉には、アルファベットでTOUMAと書かれたプレートがあった。

 中から話し声が聞こえてくる。


「お。和泉ちゃん、いらっしゃい」

「いずみん、遅ーい」


 ナキといつねさんが無邪気に挨拶してきた。


「ごめんなさい。 おみやげをすっかり忘れていて、途中で店に寄っていたら遅くなってしまったんです」

「今更の仲やし、そんなんえーのに」

「あたし、何にも持ってきてないや……」

「和泉が気を回しすぎなんだ」


 知人宅への訪問マナーなど、元ひきこもりにあるはずもない。

 ここまで車で送ってくれた運転手さんが気づいて、大慌てで用意したのだ。

 和泉の知識としてはちゃんとあったのだが、どうも最近、前世の私の方が強く出ている気がする。


「あ。そういえばちゃんとお礼言ってなかったね。とーま君、本日はお招きに預かりありがとうございました」


 いつねさんが頭を下げる。


「かたっ苦しいのは和泉だけで十分だ。それに、用があるのはオレたちの方だから、本来ならオレたちがそちらに伺うべきだった」

「だめだめ。うちは狭いもん。こんな豪邸に慣れてる人たちを招待出来ないよー」

「わいの家かて、こんな豪邸やないわ。冬馬と和泉ちゃんとこが異常なんや」


 大きさは確かにそうかもしれないが、ナキの家には地下に防音設備を備えたスタジオがある。

 あれも一般家庭にはちょっとない。


「それでそれでー? 今日のご用向きはなにー?」

「それなんだがな……」


 内容が内容だけに、冬馬も言い出しづらいらしい。

 話を聞きたいのは私だ。

 私が自分自身で聞くべきだろう。


「申し訳ないのですが、私の家の者がいつねさんについて調べました」

「ほえ!?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするいつねさん。

 

「な、何で?」

「家にとってより効率よく有益な友好関係を築くため、有害な関係を未然に防ぐためです」

「まだそないなことやってんか。時代錯誤もはなはだしいわ」

「同感だが、うちもやってたからな……」


 ナキの家はそういったしがらみは無いらしい。

 羨ましいことだ。


「それでー?」

「はい。その結果、いつねさんとは付き合うなと釘を刺されました」

「えー!?」


 寝耳に水だったようで、いつねさんは大層驚いた顔をしている。


「何であたしはダメなの?」

「それが分からないのです」

「???」

「何かしら理由はあるようなのですが、私は教えて貰えませんでした」

「そうなんだー」


 いつねさんは困惑の表情を浮かべた。


「何か思い当たることはあるか? オレは大概のことは受け入れる。もちろん、他言しない」

「わいも」

「私もです」

「そう言われてもなー……」


 ぐっと眉を寄せていつねさんは考えこんだ。

 心当たりがない……ように見える。

 嘘を付いているそぶりはないが、彼女は演劇部だ。

 何か隠している可能性は捨てきれない。


「私と付き合っても何の足しにもならないっていうのは分かるけど、かといって有害ってほどではないと自分では思うなー」

「付き合うの禁止されるほどのことやもんなー」


 禁止リストに載っていた他の生徒には、納得出来る理由がそれぞれにあった。

 いつねさんが言うように、利益がない程度のことでは禁止リストには載らない。


「大体、いずみんたち三人にも分からないのに、あたしが分かる訳ないじゃん」

「自分のことでしょう?」

「みんな、あたしより頭いいもん」

「わいはアホやで?」

「勉強が出来る出来ないとかじゃなくて、知恵っていう意味」

「光栄に思え、ナキ」


 本人に訊けば何か分かるかと思ったが、どうやら暗礁に乗り上げてしまったようだ。


「うーん……。もしかしたら、私自身じゃなくて、家族の誰かに関することかもしれないから、何となく訊いてみるよ」

「ごめんなさいね」

「ううん、全然! だって、これっていずみんがとうとうデレたってことだよね!」

「……は? 違いますよ」

「はいはい。ツンデレツンデレ」

「ナキくんも変なこと言わないで下さい」

「和泉は昔からツンデレだ」

「……ここに味方はいないのね……」


 うやむやになってしまった感があるが、取り敢えず経過観察ということになった。


「それよりさ、せっかく集まったんだから何かして遊ぼうよー」

「ええな」

「そうは言うが、オレの部屋に遊ぶものなんてそんなにないぞ?」

「……」

「和泉、機嫌直せ」

「別に」


 私がぶーたれている間に、ナキがジェンガを見つけた。

 ビル状に積み上げた小さな直方体のブロックたちを、順番に引き抜いては積み上げていくアレである。

 みんなで遊ぶには丁度いい。


「とーまくん、弱っ!」

「三連敗やな」

「不器用ですね」

「くっ……。もう一回だ!」


 ナキ>私>いつねさん>>超えられない壁>>冬馬の順で強かった。

 というか、冬馬が弱すぎる。


「いずみんの運動音痴もそうだけど、完璧な人ってなかなかいないんだね」

「付き合いの長いわいからすると、冬馬は完璧でもなんでもないで?」

「それに比べてナッキーの強いこと」

「未だ無敗ですもんね」


 やはりバイオリニストの手は違うということだろうか。


「みんなお楽しみね。ケーキ持ってきたわよ」

「母さん、ノックして」

「したわよ。みんな夢中だったのね」


 冬馬のお母さんがお盆にケーキと紅茶を載せて持ってきた。

 彼女はこういうことは使用人にやらせない。

 一条家とは、こういう所も違う。


「いいから。置いたら出てってくれよ」

「はいはい。みんな、ゆっくりしていってね」


 ほがらかな空気を残して去っていった。

 冬馬だけは気まずそうだったが。


「冬馬のおかん、相変わらずべっぴんさんやなー」

「お前は人の母親をそういう目で見るのをやめろ」

「でも、本当に綺麗な人だったー」

「そうですね」


 母親という存在は、私にとっては遠いものである。

 前世も今世も。


 ケーキを食べ終わると、今度はトランプで遊んだ。

 当然だが、私は自分の分のカードしか触らせて貰えなかった。


「だってイカサマするだろ、お前」

「しませんよ」

「私はむしろもう一度見てみたいかなー。ねえ、何か見せてー」

「……いくら払いますか?」

「有料かい!」


 この状況は、私が意図したものではない。

 だからこそ。

 降って湧いた非ぼっち的状況に、私はこの一時(いっとき)、ぼっちを忘れていたんだと思う。

 だからきっと聞き逃したのだ。


 ――ごめんね。


 帰る間際、いつねさんがひっそりと漏らしたその一言を。

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