51話 案件:A子 2
ひとまず、最初に声を掛けたのは納刀被告であると、全員一致で結論を出したことで、『Aさんから援助交際を持ちかけられた』という納刀被告の主張は、きわめて整合性が低いと判断した私たち。
「次に『連れ去りか、家出か』ということに関して、皆さんのご意見を伺いたいと思います」
「まあ、普通に考えれば連れ去りでしょうけどね」
「逆に、『家出ではない』と納得出来る説明が欲しいですよね」
という裁判員4番(銀行員)さんの冷静な意見に賛同。
そこで、女子高生が『家出したい』と思うシチュエーションについて、思いつく限り出された意見を、稲美さんがホワイトボードに書き出して纏めて行きます。
1.普段から親と仲が悪い。
2.親と喧嘩した。
3.家族からの虐待や、受け入れ難い異常行動があり、家にいること自体が苦痛。
4.独立心が強く、以前から家を出たいと思っていた。
5.学校や友達のことで悩んでいた。
6.異性交遊を含め、もっと自由に遊びたい。
7.家にいると第三者から嫌がらせを受ける。
8.家にスピリチュアルな問題がある。
9.お金が欲しい。
10.寂しくて誰かと一緒にいたい。
11.超絶反抗期。
12.激しい二面性や二重人格など。
13.一目惚れで恋に落ちた。
そうして、概ね出揃ったところで、一つずつ検証開始。
「先ず、1と2と3はAさんの家族関係ということになりますが、皆さんからご覧になって如何でしょう?」
「とても仲が良い家族だと思いました」
「ご両親とも、毎回傍聴しに来ていましたしね」
そこへ再び、裁判員4番(銀行員)さんが言いました。
「両親が『過干渉』ということは考えられませんかね? 毎回傍聴するためには、仕事も休んで来てるんでしょうし、『執着』からしていることも考えられるかと」
「なるほど。そうなると、4の『家を出たいと思っていた』というのとも一部重なりますね」
それに対し、即座に反論する裁判員1番(女子大生)さん。
「万が一、家を出たい願望があったとしても、自分を暴行した納刀被告に付いて行くのはないと思います」
「私も1番さんと同感です。暴行を上回るほどの問題があるようなご家庭とは思えませんから」
補充裁判員2番(育休中ママ)さんはじめ、ほかの皆さんも賛同。そのうえで私も、自分なりに感じたことを伝えました。
「4番さんのおっしゃった『過干渉』についてですが、実際に何人かそういう親御さんを知っていますが、Aさんのご両親に関しては、そういう類の方々とは違う気がします。あくまで主観ですけれど」
「僕も、裁判でそうした親の案件をいくつか受け持ちましたが、5番さんがおっしゃるように、彼らは違う気がしますね」
私同様に、熊野さんもそうおっしゃり、Aさんと家族の間で、家を出たいと思うほどの不仲や確執は考えにくく、1~4については『ない』ということで全員が一致しました。
さらに、5の『学校や友達のことで悩んでいた』と、6の『異性交遊を含め、もっと自由に遊びたい』についても、Aさんの普段の生活態度からそうした様子は見受けられず、こちらも『ない』という結論に。
また、7の『家にいると第三者から嫌がらせを受ける』についても、ご両親含め、誰かから恨まれているとか、ご近所トラブル等の事実はなく、8の『家にスピリチュアルな問題がある』=自宅で怪奇現象などが起こっている状況があれば、真っ先に家族と共有するでしょうから、これも『ない』ということで納得。
9の『お金が欲しい』についても、先ほどの議論で、Aさんから援助交際を持ち掛けられたという納刀被告の主張は極めて整合性が低いことや、彼女にお金を欲しがる理由が見当たらないことから、やはりこれも『ない』で合意。
同様に、10の『寂しくて誰かと一緒にいたい』も、一人でいることが極端に苦手という性格でもないこと、11の『超絶反抗期』と12の『激しい二面性や二重人格など』の可能性も普段の様子からは考えにくいということで、これらも『ない』と結論付けました。
と、ここまで順調に進み、最後の項目、13の『一目惚れで恋に落ちた』について議論を始めた私たち。
「一般的に考えて、あの状況でAさんが納刀被告に一目惚れをして、付いて行きたいと思うほどの恋心を抱きますかね?」
「あり得ないと思います!」
新島裁判長さんの言葉に、食い気味に答えた裁判員1番(女子大生)さん。
「…とは言っても、思いっきり私個人の主観でしかありませんけど」
「いやいや、Aさんと年齢が近い1番さんの感覚ですから、一般的にはそうだろうなという説得力がありますし、私自身、納刀被告と同年代の男性側の立場からしても、そんな状況は極めて考えにくいとは思いますしね」
「ですよね~」「…なんですけど~」
「う~~ん…」
人の恋愛感情、とりわけ『一目惚れ』の場合、パッと見が好みのタイプなど、はっきりとした理由があるものもあれば、『直感』といった本人でさえも説明出来ないものもあり、これという法則があるわけでもなく、人によって千差万別。
また、法廷でのやり取りでもあったように、好意を抱く相手に対する報復で『レイプされた』と嘘を付いたという事例もあるため、そのあたりを合理的に否定出来なければ、『推定無罪の原則』の壁が立ちはだかります。
そこにいる全員が、まずもってAさんに一目惚れ的な恋愛感情等はなかったと推測は出来るものの、それを立証するには決定打に欠けるため、しばし沈黙が続きました。
「そういえば、被害女性たちが納刀被告と一緒に歩いてる映像がありましたよね?」
「弁護人側が証拠資料として提出した防犯カメラ映像ですよね」
私の問いかけに、すぐさま稲美さんがモニターにその映像を映し出しました。
「Aさんの自宅から、監禁場所へ移動する途中で立ち寄ったコンビニの防犯カメラに映り込んだ様子ですね」
弁護人側が言うように、見方によっては確かに親しく寄り添っているいるようにも見えますし、逃げないように拘束しているようにも見え、どちらとも断定出来ません。
「この映像がどうかしましたか?」
「いえ、特に意味はないんですけど、よく刑事ドラマで『迷ったときは現場百回』とか言うじゃないですか。だから、何かヒントでもないかな~と思って」
「確かに! 視点を変えると、何か見えるかも知れませんね」
ほんの数秒間の映像でしたが、何度も繰り返し見るうちに、最初にそれに気付いたのは、裁判員1番(女子大生)さんでした。
支払いを終えた二人が、レジを後にする瞬間、下げたままの彼女の手が動いたように見えると言うので、その部分を限界まで拡大して再生すると、
「これって…!」
「ヘルプサイン…ですかね?」
「映像がぼやけて、はっきりしないけど…」
「でも、何かを訴えようとしてることだけはわかりますよ!」
裁判員1番(女子大生)さんの言葉に、全員が頷きました。
映像には、何か違和感があったのか、通り過ぎる二人を目で追う店員さんの姿がありましたが、すぐに別のお客さんが来たため、Aさんのハンドサインには気づかなかった様子。
そしてもう一つ別の映像には、お店を出る際、一瞬店内を振り向いたAさんを、納刀被告が自分のほうへ抱き寄せる姿があり、一見いちゃついているようにも見えますが、時系列で二つの映像をつなげると、
「ヘルプサインに気づいた店員さんが追いかけて来てくれないか、もう一度振り返ったんじゃないでしょうか」
「ですね。何とか伝えようと、彼女なりに努力したんですよ」
「残念ながら、店員さんには気付いてもらえなかったけど」
「納刀被告としては、早く立ち去りたいから、Aさんを引っ張る形になった、と」
「逃げられたらアウトっすもんね」
「どうでしょうか、4番さん?」
祈るような皆の視線が集中する中、こっくりと頷くと、
「完璧じゃないですか」
その瞬間、歓声に包まれる私たちに混じり、一切の感情を出すことすら禁止されている司法修習生たち4人までもが、小さくガッツポーズ。
「凄いよ、1番さん!」
「偉いわ~、よく見つけたわね~!」
「いえいえ、5番さんが防犯ビデオを見ようと提案してくれたおかげです」
「二人とも偉い!」「二人に拍手~!」
私の思い付きはともかくとして、絶対に納刀被告を許せないと思う、裁判員1番さんの執念がもたらした勝利でしょう。
「それでは『連れ去りか、家出か』は、あらゆる可能性を考慮しても家出とは考えにくく、またAさん本人が、被告人に気付かれないよう助けを求める様子が映像から読み取れることからも、納刀被告による『連れ去り』と考えるほうがより整合性が高い、ということでよろしいですね?」
「異議なし!」
全員が声をそろえてそう答え、室内に拍手が沸き上がりました。
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