44話 検察側 論告・求刑

 午前の公判を終え、いつもように一旦第6評議室に戻った後、昼食を取るため第2会議室へ移動した私たち。


 いつもと違ったのは、先ほどの法廷で被告人質問をした直後ということもあり、皆さん一様にプチ興奮状態で、テンションが高めだったことでした。


 すでに二度目の裁判員4番(銀行員)さんと私は、幾分クールな表情を装いつつ、お互いに顔を見合わせちょっと苦笑い。



「5番さんの予想が当たっていましたね」


「4番さんの立てた仮説が良かったんだと思いますよ」



 4番さんの提案で、『納刀被告が何の落ち度もない見ず知らずの若い女性たちに対し、ただ単に性的暴行を加えるだけでなく、なぜそこまで傷めつける必要性があるのか』ということについて立てた仮説。



 その異常性から考えて、一つは彼自身がサイコパスの可能性。


 そしてもう一つは、暴行が目的なのではなく、誰かに対する復讐を無関係な女性に対して行っているのではないかという可能性。



 後者の場合、その『誰か』が誰なのか? おそらく、彼の人生の中で大きな影響を与えた女性、すなわち、妻、娘、恋人、母親などが挙げられたのですが、その詳細に関しては、また後日の評議の中で。





 午前中ですべての証拠調べが終了し、午後からは『最終手続き』に移りました。


 最終手続きとは、検察官による論告求刑、弁護人の最終弁論で、これらは弁論手続きとも呼ばれ、その後、被告人の最終陳述が終わると、裁判はいよいよ結審を迎えるのです。





 最初に行われたのが、検察側の論告・求刑。


 先ず、事実関係及び法律の適用に関して、警察や検察といった捜査当局の目線からの意見を陳述(論告)した後、被告人に対して適当と考えられる刑罰を求刑します。


 検察側の目的は、被告人の有罪を立証し、その犯罪に見合った刑罰が下るように追及すること。そのため、検察官による論告・求刑だけを聞くと、被告人がとんでもない極悪人であるかのように聞こえるのだとか。


 法廷に移動する直前に、評議室でお三方からも、



「検察官によっては、被告人は血も涙もない大悪党で、どんな刑罰が下されたって文句なんか言える立場じゃないからな! ってぐらいの言い方をしますからね」


「マジ、そこまで言うかって思ったこと、何度もありましたから」


「特に裁判員裁判だと、アピールが大きくなる傾向ありますよね」



 と伺っていました。


 特に今回の検察と弁護人にとって『因縁の対決』ということもあり、いったいどんな展開になるのやら。


 それを傍聴する側の私たちも、しっかりと聞き届けなければという責任感とともに、怖いような、楽しみなような、好奇心にも似た心持ちで公判に向かったのです。



「それでは検察官、論告をどうぞ」


「はい、裁判長」



 泣いても笑っても、この裁判で検察側が発言出来るのはこれが最後。その舞台に立ったのは、女性検察官の江戸川さんでした。



「それでは始めます。先ずは、被告人納刀浩務に関して、こちらの資料をご覧ください」



 そう言うと、モニターには一覧表に纏められた今回の事件のあらましが映し出され、同じ内容をプリントされた資料が、私たちの手元にも配布されました。


 それに従い、改めて公判で明らかになった事実も含め、納刀被告が犯した罪を非常に詳細に、かつ素人である私たち裁判員にも分かりやすい言葉で、検察側からの目線で語る江戸川さん。


 Aさん、Bさん、Cさんそれぞれの事件を説明する口調は、ときに厳しく、ときに悲しそうに、ときに感情を押し殺しながら、そのシチュエーションで感情を使い分けているのです。


 まるで、プロのナレーションのような話し方と、きちんと整理された説明の仕方のおかげで、ごちゃごちゃした事件の全貌がストンと入って来ました。



「以上が、当公判廷で関係各証拠により証明した、本件公訴事実であります」



 一通り事件の説明を終えた江戸川さんは、そっとメガネを外すと、法壇にいる私たち一人一人を見つめながら、語り掛けるように言ったのです。



「先ほど被告人質問の際にも、別府から発言がありました通り、仕事柄、我々はこれまでにも多くの強制性交等致死傷罪の案件を取り扱ってまいりました。

 その中で、被害者を酷く傷つけるといった事例はしばしば見られますが、今回の被告人の場合、執拗なまでに痛め付ける残虐性に加え、実際の被害者の数が尋常ではないことから、その異常性は群を抜いていると言っても過言ではありません!」



 彼女の整った顔立ちも相まって、納刀被告を厳しく断言する口調が、より強い印象を私たちに与えます。



「被告人は、自身の犯罪行為に対し『誤解』という言葉を使って無罪を主張しておりますが、それが虚偽であると我々が確信するのは、被告人には過去に『恐喝』『傷害』『未成年略取』『強制性交等致傷』『強盗』など、合わせて12犯の前科があるからです!」



 あまりの数の多さに、思わず傍聴席から大きなどよめきが起こりました。



「静粛に! 検察官、続けてください」


「はい、裁判長」



 しばし法廷内のざわつきが治まるのを待ってから、江戸川さんは続けました。



「また、これら前科以外にも、証拠不十分等で起訴には至らなかった前歴は数知れず、それら全てが被告人が主張するような『誤解』であることなどあり得ないことからも、そもそも本人に反省する気など毛頭なく、これほどの犯罪を繰り返す被告人には、人間としての『良識』が欠落していると言わざるを得ません!」



 確かに、そう言われると反論の余地もありません。



「さらに深刻なのは、強姦という卑劣な行為により、彼女たちの『心』に残された深く大きな傷です。

 これは目に見えないために見過ごされがちですが、『心的外傷後ストレス障害=PTSD』を発症し、強い恐怖や無力感、戦慄、悪夢など、さまざまな症状によって日常生活も儘ならず、長期に渡り苦しみ続ける被害者を生み出すという事実!

 さらにさらに、事情聴取や公判で、当時の凄惨な出来事の詳細を詳らかに語ることを余儀なくされる『セカンドレイプ』にも晒されなければならなかった被害者の苦悩に至るまで、我々は決して見過ごしてはいけないことを、ここに強く申し上げます!」



 そう論告を締めくくった江戸川さん。


 その言葉に、いつもの席に座っていたAさんのご両親は、ハンカチで目頭を押さえました。


 江戸川さんは、先ほど外した眼鏡を手に取り、再びかけ直して小さく深呼吸すると、しゃんと背筋を伸ばして、はっきりとした通る声で述べたのです。



「以上の諸事情を考慮し、相当法案を適用の上、被告人には、懲役20年を求刑致します!」



 再び、法廷内にどよめきが起こりました。


 というのも、強制性行等致死傷罪の法定刑は『懲役6年以上20年以下または無期懲役』。すなわち、今回の事件で検察側は、有期刑の中では最高となる刑期『懲役20年』を求刑したということになるのです。



 検察官席に向かい、深々と頭を下げるAさんのご両親。


 記者さんたちはメモ帳にペンを走らせ、中には忙しくスケッチブックに描き込む法廷画家さんの姿も。


 興奮気味に、お互いに顔を見合わせる傍聴マニアの皆さん。


 中央に鎮座するマダムローズだけは、相変わらずの貫禄で微動だにせず、静かな笑みを浮かべていました。


 一方、当の納刀被告はというと、自分に懲役20年という重い求刑がなされたというのに、相変わらず興味がないといった様子で、虚空を見つめている姿に、呆れるのを通り越して怒りさえ覚えます。



「静粛に!」



 新島裁判長さんの呼びかけに、表向きは静寂を取り戻したものの、私たち裁判員を含め、なかなか心の動揺が治まりません。


 予定では、引き続き弁護人側の『最終弁論』を行う段取りになっていましたが、この空気を察し、新島裁判長さんの裁量で、一旦休憩を挟むことにしたのです。


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