43話 被告人質問:裁判官・裁判員

 次はいよいよ裁判官、裁判員による被告人質問ということで、通常より休憩時間を15分延長しての、綿密な打ち合わせ。


 裁判員4番(銀行員)さんの提案に、裁判官のお三方も興味深げに聞き入り、賛同してくださいました。


 当初より裁判員裁判に積極的に参加されていた裁判員3番(元大学教授)さんと、就職活動に有利になればという動機も合わせ、何事も経験がモットーの裁判員1番(女子大生)さんも、自ら質問に参加することを了承。


 ただ、裁判員2番(女将)さんは、冷静に発言する自信がないことや、実質的には息子さん夫婦に代替わりしているとはいえ、比較的有名な割烹料理店の大女将という立場故に、何がしかの影響がないとも限らないことから、辞退したいとのこと。



「本当にごめんなさいね。出来れば、私もあの犯人に言ってやりたい気持ちは山々なのだけれど」


「いえ、もうそのお気持ちだけで十分ですよ」


「お客様商売ですもの、ご事情は理解出来ますから」


「ありがとう、皆さん」



 補充裁判員1番(車ディーラー)さんと2番(育休中ママ)さんは、法廷で発言する権限はないものの、おふたりの意見も積極的に取り入れた質問内容を組み立てて、いざ本番に向かったのです。





 806号法廷に戻り、公判が再開。まずは新島裁判長さんから、事件に関する質問がなされました。



「被告人に質問します。Aさん、Bさん、Cさん、3人の女性と出会った場所について、それぞれかなり離れていますが、あなたはなぜその場所に行ったのですか?」


「たまたま通りかかったのだと思います」


「特に目的があって行ったのではないと?」


「はい。ドライブが趣味なので」


「三か所とも、土地勘のない場所でしたか?」


「そうですね。いつも行き当たりばったりという感じですから」


「免許証を失効していましたが、それについてどう考えていましたか?」


「すみません、そのことはすっかり失念していました」


「あなたは当時無職だったとのことですが、生活費全般については、どうされていたんですか?」


「目下就職活動中でしたが、件の事情からなかなか就職先が見つからなくて、お恥ずかしい話、母から援助を受けていました」



 聞こえの良い言葉で話してはいますが、要は、無免許で趣味のドライブ三昧、あちこちで若い女性をナンパしまくり、前科がネックで仕事がないため、高齢の母親が受給する生活保護費を着服している、ということです。


 他にもかなり突っ込んだ質問がなされたのですが、相変わらず、つらつらと調子の良い返答を繰り返すばかりでした。



「私からは以上です。他に質問のある方はいらっしゃいますか?」


「はい、裁判長!」


「熊野裁判官、どうぞ」



 評議室で打ち合わせした際、私たちは一つの仮説を立てていました。


 というのも、納刀被告が何の落ち度もない見ず知らずの若い女性たちに対し、ただ単に性的暴行を加えるだけでなく、なぜそこまで傷めつける必要性があるのか。


 おどおどしたり、饒舌になったり、凶暴性を発揮したり、一貫しない人間性からみても、それを誘発する何かが彼の人生の中にあったとしたら。



「右陪席の熊野です。あなたは過去に二度の結婚をされ、二度とも離婚されていますが、離婚の理由は何だったのですか?」


「まあ、ざっくり言えば『性格の不一致』というところでしょうか」


「一度目の結婚では、娘さんがいるんですね? 離婚の際、親権で揉めることはなかったんですか?」


「いえ。先に、妻が子供を連れて出て行きましたので、そのまま」


「二人目の奥さんとは、かなり年齢が開いていますが、奥さんおふたりとも、二十歳前後で結婚しているんですね」


「はい。なぜか昔から、その年代の女性にモテるんですよね」


「だから、今も恋愛対象はそれくらいの年頃の女性が多いと?」


「まあ、そうですね」



 少し自慢げにそう答える納刀被告。



「以上です、裁判長」


「他に質問のある方?」


「裁判長!」


「裁判員1番(女子大生)さん、どうぞ」


「はい。裁判員1番です。私は、今回の被害女性の方たちと同年代ですが、正直、被告人の年齢だと親世代なので、恋愛対象としてはかなり違和感があるのですが?」


「それは人それぞれ、好みのタイプというところじゃないですか? 現にあなたくらいの年代にも、私のようなおじさんが好きという女の子はいますから」



 若く小柄な1番さんは、納刀被告のタイプなのでしょう。品定めするような目つきに、不快感を覚えます。



「他には如何ですか?」


「裁判長!」


「裁判員4番(銀行員)さん、どうぞ」


「はじめまして、裁判員4番です。あなたは若い女性にモテるとのことですが、恋愛対象はその年代限定なんですかね?」


「いえ、限定ということはないんですが、結果的にお付き合いする相手に、その年代が多いというか…」


「私にも高校生の娘がおりまして、同年代ですと娘と重なるので、1番さん同様、恋愛対象にはなり得ないんですが、あなたは違うんですか?」


「あくまで、恋愛は別というか…。それに、娘と別れたのは、娘が小学生のときだったんで…」



 いかにもエリートという4番さんの雰囲気に苦手意識があるのか、何だか言葉の歯切れが悪く感じられます。



「他に質問のある方?」


「裁判長!」


「裁判員3番(元大学教授)さん、どうぞ」


「はい。あなたは、何度も刑務所を出たり入ったりしていることについて、どう考えているのですか?」


「私に反省する部分があるのも事実ですが、中には誤解を招いた結果、有罪判決を受けたものもありました」


「私はあなたのお母さんと同世代の人間ですが、当時、女性が独りで子供を産み育てるには、大変な苦労があった時代です。その親に対して、あなたはどう思っていますか?」


「勿論、育ててもらったことを感謝してますし、親孝行したいと思っています」


「親にとって、子がしっかり地に足を付け、幸せに暮らしていることが何よりの親孝行だと、私は自分の子供たちを見ていてそう思うのですが?」


「返す言葉もありません。こんな不甲斐ない息子で、本当に申し訳ない限りです」



 口ではしおらしくそう言うものの、どこか他人事のような受け答えです。



「他には如何でしょう?」


「裁判長!」


「裁判員4番(銀行員)さん、どうぞ」



 再びの彼の質問に、僅かに表情を歪める納刀被告。



「もしもですが、あなたの娘さんが、見ず知らずの男性から本人が望まない性被害を受け、酷い怪我をさせられたとしたら、どう思われますか?」


「それは頭に来ますし、酷いと思います」


「それだけですか?」


「それだけ…とは?」


「もし自分の娘の身に起きたらと考えただけで、私なら頭がおかしくなりそうになりますが?」



 その言葉に、傍聴席に座っていたAさんのご両親は泣きそうな表情を浮かべ、唇を噛みしめるようにして、小さく会釈したのが分かりました。


 一方、質問された納刀被告は少し考えた後、



「娘が小学生の頃に離婚して、もう顔も思い出せないものですから、リアルには想像出来ないんです」


「自分の娘ですよ? 顔も思い出せないんですか? 今の年齢は?」


「わかりません…」



 その発言に、法廷内のあちこちから呆れたような溜め息が漏れました。



「静粛に! 他に質問はありますか?」


「はい、裁判長!」


「裁判員6番(中央市場仲卸)さん、どうぞ」


「裁判員6番です。娘さんではリアルに想像出来ないということですので、例えば奥さんだったらどうですか?」


「そりゃ、腹が立つと思いますよ」


「具体的には、どんな感情ですか?」



 すると、やはり少し考えて、



「お恥ずかしい話、泥沼離婚だったんで、こちらもあまり感情移入出来ないです。すみません」



 再び、溜息が溢れる法廷内。



「静粛に! 他に質問はありますか?」


「はい、裁判長!」


「裁判員5番さん、どうぞ」



 質問者が女性の私だと分かると、少し表情を緩めて質問を待つ納刀被告。



「はじめまして、裁判員5番です。それでは、性被害に遭われたのが、あなたのお母様だったら、如何ですか?」



 私の質問に、驚いて目を皿のようにすると、



「は? 母は高齢ですよ? あんな婆さん、それこそ想像しろというほうが無理でしょう?」


「今の姿ではなく、お母様にも若い時代がありましたよね?」


「あんた…、何言ってんだ…」


「まだ幼いあなたを育てていた頃の、若くて美しい姿のお母様です。それなら想像出来ますか?」



 怒りとも嫌悪ともつかない表情で私を睨み付けたまま、小さく唇を動かす納刀被告。



「…あんな汚ねぇ女…」


「何ですか? 被告人ははっきりと答えなさい」



 新島裁判長さんに窘められ、ハッと我に返ると、



「…何でもありません。すみません…、ちょっと想像出来ません…」



 威嚇のつもりなのか、私を睨み付けたまま、そう答えました。



「他に質問はありますか?」


「はい、裁判長」


「稲美裁判官、どうぞ」


「左陪席の稲美と申します。あなたは、あなたのお母様が好きですか、嫌いですか?」


「は…?」


「異議あり! 裁判長、質問の意図が分かりません」



 弁護人側からの異議申し立てに、



「稲美裁判官、質問の理由を説明してください」


「はい。被告人にとっての『女性観』が、母親からの影響があるのかと思いまして」


「異議を却下します。被告人、答えてください」


「…」


「どうしました? 好きか嫌いか、ですよ? 答えられませんか?」


「裁判長! 被告人は黙秘権を行使します!」


「被告人、黙秘権を行使しますか?」


「はい…」


「他に質問はありますか? 無ければ、これで休廷します」





 こうして裁判官、裁判員による被告人質問は終了。


 弁護人の機転で、その場をやり過ごした納刀被告でしたが、動揺が隠せない様子で、明らかにそれまでとは違って見えました。


 どうやら、私たちの立てた仮説が当たっていたようです。


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