42話 被告人質問:検察官側

 弁護人側の質問が終わると、20分の休憩をとるため、一旦評議室へ戻った私たち。


 法廷から評議室までの移動中は私語禁止のため、室内に入るや否や、裁判員6番(中央市場仲卸)さんから、先ほどのお礼を言われました。



「さっきは、ありがとうございました。いつもと勝手が違ったんで、うっかりしてて、本当に助かりました」


「いえいえ、お役に立てて何よりです」


「本当に、グッジョブでしたね」



 現場を見ていた裁判員4番(銀行員)さんからもお褒めのお言葉。



「そう言えば、さっき言い掛けたお願いっていうのは?」


「それなんですけど、被告人質問で、納刀被告に質問してみようと思うんですよね」


「そうですか」



 やはり、この人は別格だと思いました。



「ただ、これまでの感じからして、普通に質問しても、飄々と交わして来るんじゃないかと。何て言うか、平気で嘘がつけるみたいな?」


「確かに」


「それで、5番さんさえ良ければですけど、交互に違う方向から質問すれば、何かボロを出すんじゃないかと思って」


「なるほど~、…って私!?」


「はい。5番さんなら、淡々と切り込んでくれそうなので。勿論、無理にとはいいませんが」



 そんな私たちの会話を聞いていた6番さん、



「それ、もし自分に出来ることがあれば、是非協力させて下さい。ただ、自分は緊張しいなんで、おふたりのように冷静には言えないですが」


「ありがとうございます、是非!」


「だから、私そんな冷静じゃ…」


「三人で協力すれば、きっと本性出すんじゃないですかね?」


「うん、心強いです」



 何故か私も参加する前提で、勝手に盛り上がるふたり。職種は違え、『中間管理職』という立場で、お互い共感する部分が多く、相性が良いのでしょう。


 とはいえ、確かに4番さんの提案は一理あり。おそらく、普通に質問をしたところで、あの納刀被告のことですから、顔色一つ変えず、悦に入りながら持論を展開するのが目に浮かびます。


 その予想は、この後の検察側の被告人質問で確信に変わりました。





 公判が再開し、検察官側の被告人質問に立ったのは、最年長の別府さんです。



「被告人に尋ねます。あなたは先ほどの弁護人質問で、被害者とは結婚も視野に入れた真剣な交際を考えていたと言いましたが、間違いありませんか?」


「はい、間違いありません」


「裁判長、甲第○号証の確認を願います」


「許可します」



 手元のモニターに映し出されたのは、Aさんがコンビニの駐車場で解放された際の映像でした。


 まるでごみでも捨てるように彼女を車から放り出し、そのまま放置して走り去る様子は、まったく彼女を人間として扱っておらず、何度見ても強い怒りを覚えます。



「結婚を考えるほど大切な相手に対し、これほど酷い放置の仕方をした理由を答えてください」



 その質問に、納刀被告は小さく首を傾げて見せながら、



「確かに、Aさんを車でコンビニまで送りましたが…、彼女を降ろしたのが、はたしてこのコンビニだったのか、記憶がはっきりしないんですよね」


「この映像で車を運転していたのは、あなたではないと?」


「逆に、なぜ私だと思われたんですか?」



 検察官に対し、被告人が質問をし返すという前代未聞の展開に。饒舌になるだろうと予想はしていましたが、まさかここまでとは。



「異議あり! 録画の映像が荒く、またカメラから距離があり被写体が小さいため、運転手が被告人本人であるとは断定出来ません! 検察官の質問は、印象操作をしようとするものであります!」


「異議を認めます。検察官は質問を変えてください」


「はい、裁判長」


「そして被告人、あなたには質問する権利は与えられていません。以後、尋ねられた事にのみ答え、勝手な発言は慎むように」


「すみません…」



 新島裁判長さんから口頭で注意を受け、さっきまでの饒舌ぶりはどこへやら、途端におどおどする納刀被告。


 可能性はゼロではないにしろ、今更そこを争ったところで、状況証拠から推測して彼以外には考えられず、あまり意味のない遣り取りに違いなく。


 被告人には『黙秘権』があるのですから、都合が悪ければ黙っているか『分かりません』でも良いのに、あえて挑発するような物言いをするところなど、少なくとも普通の神経ではないことだけは確かです。


 一方、弁護人側からの異議を認められたものの、納刀被告の人間性を露呈する意味で、出だし上々な検察側。


 事件に関する証拠は、これ以前の証人尋問で出尽くしているため、この場での検察側の一番の目的は、私たち裁判員や裁判官に対して、『被告人の人間性の悪さ』を印象付けることなのです。


 対して、弁護人側にとって、納刀被告の饒舌は『両刃の剣』。善良な一般市民なら、あの口八丁で煙に巻くことは容易でも、百戦錬磨の検察官相手に余計なことを言って、墓穴を掘ることだけは避けたいところ。


 おまけに、過去の訴訟で『二勝二敗』の因縁の相手となれば、おいそれと負けるわけには行かず、双方とも必死になるというものです。



「では、質問を変えます。あなたはBさんに対し『一晩のお相手に』と声を掛けたと供述していますが、彼女とは結婚を考えない単なる『遊び相手』ということですか?」


「それは違います。Bさんは、とても自分のタイプだったんです。ただ、こんな美人じゃ、自分なんか相手にされないだろうと思って、せめて一晩だけでもと。正直、応じてもらえるとは思ってもいませんでしたから」


「Bさんの証言によれば、大人しく言うことを聞かなければ殺すという意味合いの脅しを受け、首を絞められたそうですが、事実ですか?」


「そういうプレイをしていましたからね。まあ、女性ですから、行きずりの相手と何をしてたのか、正直に言えないってこともあるんじゃないですか」


「すべて合意の上ということであれば、なぜあなたに黙って帰ったのでしょう? 手に結束バンドをしたまま、一人徒歩で帰宅するという状況を、合理的に説明してください」


「それは、彼女じゃないと分かりませんよ。私が自販で飲み物を買って車に戻るのを待っていられないくらい、急いで帰る用事が出来たのかも知れませんし、待っててくれれば、結束バンドくらい外してあげましたよ」


「状況からして、あなたがいない隙に逃げ出したと考えるのが妥当だと思いますが?」


「異議あり! ただ今の検察官の発言には根拠がなく、憶測に過ぎません」


「異議を認めます。検察官は質問を変えてください」


「はい、裁判長」



 まるでテニスのラリー観戦さながらに、法廷にいる全員が一斉に発言者のほうに注目するため、今誰が発言しているのか一目瞭然です。


 それにしても、恐るべし納刀被告の口八丁。何も知らずに聞いていたら、本当に合意があったのかもと信じる人がいても不思議ではないくらい、話し方に淀みがありません。



「では、Cさんについてお尋ねします。あなたは、Cさんからドライブに誘われたと供述していますが、実際に骨折してる状況で、彼女のほうから誘うというのは考えにくいと思われますが、如何ですか?」


「はい、私も病院へ連れて行こうと説得したのですが、彼女がどうしてもと言ったので」


「裁判長、甲第○号証の確認を願います」


「許可します」



 手元のモニターに映し出されたのは、コンビニの防犯カメラに撮られた、納刀被告とCさんが店内を歩く姿。納刀被告が脇を抱えるようにしていますが、かなり痛そうに足を庇っているのが分かります。



「この映像を見る限り、とても一人で歩くのは無理だと分かるほどダメージを受けていますが、こんな状態で二十歳の女子大学生が、初対面の、それも自分に車をぶつけた相手とドライブに行きたいなどと要望するものでしょうか?」


「異議あり! ただ今の検察官の発言は、あくまでも一般論であり、悪戯に印象操作をしようとするものであります」


「異議を却下します。検察官は質問を続けてください」


「はい、裁判長」



 弁護人側の舌打ちが聞こえて来そうな展開に、ほくそ笑む検察側。



「そうですね。やはりあの時、無理矢理にでも病院へ連れて行くべきだったと、今は反省しています」



 思いの外、素直にそう答えた納刀被告。ですが、



「機動捜査隊とのカーチェイスの後、保護された際に、Cさんは酷く怯えていましたが、自分からドライブを希望したなら、なぜそう言わなかったのでしょう?」


「私が検問から逃げたのが原因で、警察沙汰に巻き込んでしまい、ここまで騒ぎが大きくなってしまったから、怖くなったんでしょうね。可哀想なことをしました」


「つまり、あなたはそれほど被害女性たちのことを慮っていた、というのですか?」


「はい、その通りです」


「裁判長、甲第○号証の確認を願います」


「許可します」



 手元のモニターに映し出されたのは、三人の被害者たちが保護された際の全身の傷を映した画像でした。



「うわ…っっ!!!」



 思わず声を発して仰け反る、裁判員6番(中央市場仲卸)さん。他の裁判員の皆さんも、顔を引き攣らせたり、目を逸らしたり。


 モニターが見られない傍聴席では、そんな私たち裁判員の様子から、何が映し出されているのか探ろうと、必死で伺っていました。



「初対面の女性たちに対し、これほどまでの傷を負わせることが、あなたの言う『大切に思う』ということですか?」


「はい。お互いに合意の上でのプレイですから」


「私は仕事柄、これまでたくさんの強制性行等致死傷の案件を取り扱って来ましたが、はっきり言って、ここまで執拗に被害者を傷つける事例は稀です。しかも、実際の被害者の数が尋常ではないことからも、異常と言わざるを得ません」


「異議あり! ただ今の検察官の発言は…!」


「以上です、裁判長!」



 弁護人側の異議を遮るように、強制終了した検察官側。


 いつもの弁護人側のやり口を逆手に取り、私たちに強烈な印象を与えた形で、検察側の被告人質問は終了しました。


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