37話 被害者本人尋問3.C子(女子大生)

 お昼休み、魂が抜けてしまった私に、声を掛けてくれる皆さん。



「5番さん、証人尋問、お疲れ様でした!」


「いやもう、心臓バクバクでしたよ~」


「え~? 全然そんなふうには見えませんでしたけど」


「ねえ」「すごく冷静な感じで」「凄いな~って思って見てたんですから」


「いやいやいや、おかげで公判の内容、ほぼ記憶にないですから~」



 正直、質問に立つことだけで精一杯、公判の内容どころではない状況でしたが、それでも大丈夫なのは、公判中の遣り取りはすべて書記官の方により記録されているからです。


 厳密にいうと、かつては書記官と一緒に『速記官』の方が法廷に立ち会って、そこで交わされた遣り取りを、速記タイプライターを使い速記符号として記録、それを閉廷後に反訳して『速記録』を作成していました。


 しかし、特別な仕様のタイプライターの安定供給や、それを使いこなせる人材確保が困難であることから、徐々に録音での対応に移行して行き、さらに最近では経費削減のため、録音反訳(テープ起こし)も外注するようになっているとのこと。


 いずれにしても、翌日には文書となって手渡して頂けますので、私のようなポンコツでも何とかなっているということです。





 午後の公判、入廷した私たちの正面には、傍聴席から見えないようにパーテーションで囲まれて、証言台に立つCさん(女子大生)の姿がありました。


 チアリーディングのトップのポジションを担当する彼女。150㎝、42㎏のプロフィールよりはるかに小柄な印象で、何も知らなければあんなハードなスポーツをするとは想像もつかないほど。


 一見か弱そうに見えるものの、この連続した事件を解決に導いた一人でもあり、この裁判でただ一人、こうして自ら法廷に立つことを選んだ被害者でもあります。


 薄いパーテーションで隔てただけの、すぐ背後にいる納刀被告の存在がどれほど怖いかと思うと、彼女の勇気と意志の強さに、心から敬意を表します。





 一通り冒頭の手続きを済ませると、早速検察側の証人尋問に入りました。



「検察官の江戸川です。まず、あなたが納刀被告に車をぶつけられ、拉致されるまでの経緯を教えて下さい」


「はい。あの日、私はアルバイトを終えて、大学のサークルの飲み会へ向かっている途中、近寄って来た車にぶつけられて、事故に遭ったと思いました」


「車の運転手は、どうしましたか?」


「すぐに、車から出て来て、『病院へ連れて行くから』と言って、後ろから抱えるように後部座席に乗せられたんですが、いきなり両手を結束バンドで縛られました」


「そのとき、あなたはどう思いましたか?」


「最初は普通の事故だと思ってましたが、この状況は、何か大変なことに巻き込まれたのかも知れないと思いました」


「裁判長、甲第○号証の確認を願います」


「許可します」



 検察側が提示したのは、駐車場に停まっていた車に搭載されていたドライブレコーダーの録画データです。映像からは、故意に車をぶつけているように見え、倒れ込んだCさんを背後から抱えるようにして後部座席に押し込む様子も、鮮明に記録されていました。



「あなたは、SNSで遣り取りしていたお友達に『たすけて』というメッセージを送信していますが、それはいつ、どのタイミングで?」


「手を拘束されたとき、被告人から『大人しくしてろ、騒いだら殺す』ようなことを言われました。

 その後、足も拘束されて、それから一旦外へ出て運転席に移動して、車を出そうとしたんですけど、着信音がうるさいから、電源を切ってこっちへ寄越せと言われたので、そのときに送信しました」


「そのとき、スマホはどこにありましたか? 両手を塞がれた状態でも、操作は出来ましたか?」


「ポケットの中です。とりあえず、片手で操作出来たのと、予測変換で出ましたので、急いで送信してから渡しました」


「被告人に気付かれませんでしたか?」


「両手を縛られていたので、取り出すのに手間取っているふりをしました」



 納刀被告は手渡されたスマホをダッシュボードに投げると、少し離れた公園の駐車場に移動し、そこでCさんを暴行したといいます。その際、怪我をしているほうの足をわざと痛め付けるようにして、執拗に行為を迫ったのだと。


 そのときの様子を、自らの口で詳細に語りながら、必死で涙を堪えるCさんに対し、パーテーションの後ろ側では、相変わらず他人事のような顔で退屈そうに腰かけている納刀被告の姿に、怒りが込み上げます。


 その後、助手席に移動させられたCさん。納刀被告に『騒いだら殺す』と言われていたため、なるべく抵抗しなかったという彼女に気を良くしたのか、馴れ馴れしい感じで、誰とメールしていたのか、相手に不審がられているんじゃないか、と話し掛けて来たといいます。



「私が『友達と待ち合わせしていた』と答えると、今日は行けないと連絡しといたほうが良いんじゃないか、みたいなことを言われてスマホを開いたら、みんなからのメッセにアクロスティックを見つけました」


「それを見て、どう思いましたか?」


「みんなのこと、信じてて良かったと…」



 そう答えて、思わず涙ぐむ彼女の姿に、こちらまでもらい泣きしそうになりました。


 Cさんのスマホの電源が入ったことで、位置情報から居場所が特定され、ふたりの乗った車は機動捜査隊から職務質問を受けることになったのですが、



「検問の際、被告人から何か言われましたか?」


「はい。警察に関係を訊かれたら『不倫相手』と答えるように言われました」


「その後、被告人と警察とのカーチェイスになったわけですが、どのような気持ちでしたか?」


「死ぬかと…。でも、併走するパトカーに乗っていた女性警察官が、ジェスチャーでシートベルトを確認して、なるべく身体を縮めるように、みたいな指示をしてくださってて、きっと警察の人が助けてくれるって…」



 そんな極限状況にありながらも、冷静な判断と行動が出来たCさんは、本当に賢い子だと思いました。


 証言内容に関しても、交通課の田原警部補やバーのマスター、Dさんたちの証言とも概ね一致していましたし、整合性があると感じられたのですが、それを逆手にとるのが、弁護人側の常套手段でもあるのです。





 一旦20分の休憩を挟み、再開された法廷では、弁護人側の反対尋問が始まりました。



「それでは弁護人、反対尋問を始めてください」


「はい、裁判長」



 そう言って立ち上がった関川さん。



「弁護人の関川です。裁判長、はじめに乙第○号証の確認を願います」


「許可します」



 モニターに映し出されたのは、コンビニの防犯カメラの映像で、足を引きずるCさんを、脇から抱えるようにして寄り添って歩く姿がありました。


 Aさん、Bさんのとき同様に、何か所かから撮られた映像の中には、何だか親しそうに見えるものや、笑顔を交わしているように見えるものもあります。



「この映像を見る限り、あなたは被告人に対し、少なからず受け入れる気持ちがあったのではありませんか?」


「ありません!」



 そうきっぱりと断言するCさんに、間髪入れず質問を投げかけます。



「車の中で被告人に渡したスマホは、どこに置かれていましたか?」


「ダッシュボードの上です」


「被告人は、あなたにスマホを触らないようにと言いましたか?」


「いえ、特には…」


「つまり、触ろうと思えば、いつでも触れる場所に置かれていた、ということですね?」


「異議あり! ただ今の弁護人の発言は、意図して印象操作をしようとする悪意が感じられます」


「異議を認めます。弁護人は質問を変えてください」


「はい、裁判長」



 検察官の江戸川さんと、弁護人の関川さん。お互いの淡々とした口調とは裏腹に、バチバチと音を立てて飛び散る火花が、今にも見えそうです。



「では、質問を変えます。件の数日前、ボーイフレンドのことで同じサークルの方とトラブルがあったとお聞きしていますが、事実ですか?」


「事実ですが、それは誤解で…」


「『はい』か『いいえ』でお答えください」


「はい。でも…」


「そのことで、あなたは彼との交際が終わってしまったのですよね?」


「そうですが、それは…」


「勿論、悪いのはボーイフレンドであって、あなたもお友達も、誰も悪くありません。そうですよね?」


「はい、そうです」


「ですが、内心とても傷ついたことでしょう。どっちも悪くないと、頭では分かっていても、すぐには気持ちの整理など出来ませんよね?」


「それは…」


「そんな時、偶然接触事故が起こった。そこで腹いせに、ほんのちょっとだけ心配させようと思い、納刀被告の誘いに乗ったのではありませんか?」


「違います!」


「事実、あなたは行為の最中、ほとんど抵抗しなかったんですよね?」


「異議あり! ただ今の弁護人の発言は根拠のない憶測であり、被害者の人格を著しく傷付けるもので…!」


「以上です、裁判長」



 毎度恒例、一方的に反対尋問を終了させたそのときでした。



~バンッ!!!~



 突然、激しく両手を証言台に叩き付けたCさん。目にいっぱい涙を溜めながら、絞り出すように言ったのです。



「少しでも抵抗したら、ホントに殺されると思った…! だから、怖くて抵抗できなかった、死にたくなかったから…! 抵抗しなきゃ、合意があったことになるの…? だったら、死ねば良かった…!?」


「静粛に!」



 騒然とする法廷内に一喝した新島裁判長さん。


 近くに待機していた事務官の荒川さんがCさんに歩み寄り、優しく背中を撫でて落ち着かせると、小さく合図を送りました。



「一旦、休憩に入ります」



 法廷を後にする私の目に映ったのは、それまでまったく無関心だった納刀被告が、薄いパーテーションに隔てられながら、目の前を通り過ぎるCさんの気配を、うっすらと笑みを浮かべながら、じっと伺っている姿でした。


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