34話 被害者本人尋問1.A子(女子高生)

 圧倒的なまでのマダムローズの存在感に衝撃を受けながらも、いつも通りに粛々と進行される公判に集中しようと、検察側のAさんに関する訴状の再読に耳を傾ける私たち。


 Aさんは高校生で未成年であることなどの配慮から、事前に執り行った証人尋問を録画したものを法廷で流す『ビデオ録画』での出廷のため、本日、Aさん本人は、この法廷にも裁判所にも来ていません。



「以上です、裁判長」


「それでは、ビデオ録画による証人尋問を始めます」



 検察官の根室さんによる訴状の確認が終わり、新島裁判長さんの指示を受け、法壇正面の書記官席に、横向きに着席する廷吏ていりの本庄さんの操作で、手元のモニターに映像が流れ始めました。


 廷吏というのは裁判所の事務官の方。裁判官や書記官と違って法服は着用しておらず、法廷での主なお仕事は、裁判をスムーズに進行するためのサポート全般で、PCが導入されてからはこうした機械的な作業も担当します。


 被害者への配慮から、側面の大型ディスプレイには表示されず、法廷内に流れる音声に、食い入るように耳を傾ける傍聴席の方々。



『では始めます。住所、氏名、職業、生年月日は、証人カードに記載していただいた通りで間違いありませんか?』


『はい、間違いありません』


『それでは、宣誓書を朗読してください』



 映像は編集された形跡がないように、被害者のAさんと、尋問をする検察官や弁護人、裁判官の姿が一緒に映るポジションから、固定されたカメラで撮影。


 証人尋問の流れも、法廷で行われるのと同様に、本人確認や宣誓書の朗読等が行われる様子まできっちり収められています。


 先ずは、検察側の証人尋問から。江戸川さんの質問に答える形で進行。



『検察官の江戸川です。それでは、最初に納刀被告、あなたに酷いことをした犯人と会ったときのことを話してくれますか?』



 Aさんの不安を和らげるための配慮なのでしょう、彼女の傍らには、昨日法廷で証言を行った犯罪被害相談員の津山さんの姿もありました。しっかり手を握ると、小さく頷きあうふたり。



『学校から帰宅して、自宅の玄関の鍵を開けて中に入ろうとしたとき…、後ろから声を掛けられて…、振り向いた途端に家の中に押し込まれました…』



 まだ幼さが残る顔立ちと、華奢な体つきのAさん。モニターを通してではありますが、本人の姿を目の当たりにして、この子の身に起こったことを思うと、いたたまれなくなります。


 Aさんの主張は訴状に書かれている通りで、学校から帰宅した彼女に、自宅前で納刀被告が声を掛け、自宅に押し入り暴行し、そのまま車で連れ去り、数日間監禁し怪我をさせた後、コンビニの駐車場に放置された、というもの。



『自宅に押し入られた後、あなたは被告人から何をされましたか?』


『手足を、結束バンドで縛られました…。それから、床にうつ伏せに捻じ伏せられて…、静かにしろ、騒いだら殺す…って言われました…』


『その後、どうされましたか?』


『制服の…』



 江戸川さんの質問に答える形で、ときに震え、涙ぐみ、途切れ途切れになりながら、どこを、どのように、どうされたなどといった具体的な表現で、性行為を強要されたときの様子を語るAさん。


 証言に立つ以上、必要不可欠とはいえ、思い出したくもない凄惨な記憶を、自分の言葉で伝えなければならない様に、『セカンドレイプ』と呼ばれる現状を全霊で体感し、酷く胸が痛みました。


 さらに検察側の尋問は続き、自宅で暴行された後、近くに停めた車に乗せられ、別の場所へ移動したとのこと。



『途中、どこかへ寄りましたか?』


『コンビニに寄りました…』


『その間、あなたはどうしていましたか?』


『一緒に来いと言われて…、コンビニに入りました…』


『手足を縛られていた結束バンドは?』


『家を出るときに外されて…、車の中でまた縛られて…、コンビニで外されて…、部屋では、ずっと縛られてました…』


『部屋に入ってから、何か指示されましたか?』


『…着ていた服を…、全部脱ぐようにって…』


『その後、手足を縛られたのですか?』


『はい…』



 そこで繰り返し何度も暴行され、いったいいつまでこんなことが続くのか、もう二度と家に帰ることも出来ず、このまま死んでしまうのかもと思い始めたとき、急に手足の結束バンドを外されたAさん。


 納刀被告から下着を着けるように言われ、渡された薄いシャツを羽織ると、目隠しをされ、再び車に乗せられてしばらく走った後、どこかの駐車場で放り出されたのだと。


 車が走り去ると、近寄って来た数人の人に建物の中に運び込まれたものの、状況が分からず、今度は何をされるのだろうという恐怖でいっぱいでしたが、朦朧とした意識の中、側にいた女性がしっかり抱きしめ、何度も『大丈夫だよ』と言葉を掛け続けてくれました。



『しばらくしてお巡りさんが来て…、やっと、自分は助かったんだと思いました…。お姉さんも、『良かった』って一緒に泣いていました…』



 彼女が語った内容は、第三回公判の証人尋問での、コンビニの店長さんや、警ら課の吉岡巡査部長さんの証言とも概ね一致していました。



『以上です、裁判長』


『それでは弁護人、反対尋問を始めてください』


『はい、裁判長』



 そう言うと、弁護人の関川さんが質問を始めました。



『弁護人の関川です。先ず、途中で立ち寄ったコンビニで、何か買いましたか?』


『お酒と…、ペットボトルのお茶やお水だったと思います…』


『裁判長、乙第○号証の確認を願います』


『許可します』



 ここで、一旦映像が切り替わり、モニターに映し出されたのは、コンビニの中を歩く納刀被告とAさんの姿を映した防犯カメラの映像。軽くAさんの肩に手を回し、ふたり寄り添って店内の商品を物色している様子。


 次の映像では、少し距離を取って歩きながらレジに向かう姿、そして、精算を済ませ、出口に向かう映像、さらに出口から出て来る映像と、そのどれもが、付かず離れずと言った距離感で歩いていました。


 そして、最後の映像で画面から見切れる瞬間、不意にAさんの口元が笑ったように見えたのです。


 再び、モニターは元の映像に切り替わり、今し方流された防犯カメラの映像を見ているシーンに戻り、映像が終わると、再び関川さんが質問しました。



『この映像から、逃げようと思えば、いくらでも逃げるチャンスがあるように見えるのですが、どうして逃げなかったのですか?』


『車の中で、逃げたら殺すと言われて…』


『店員に助けを求めることも出来たんじゃありませんか?』


『お店の人に何か聞かれたら、親子だって言えって…』


『最後の映像では、笑顔を浮かべているように見えますが?』


『…覚えていません…』


『以上です、裁判長』



 今にも泣き出しそうなAさんに、優しく背中を摩りながら声を掛ける津山さん。


 彼女が落ち着いたのを見計らい、新島裁判長さんが話し掛けました。



『裁判長の新島です。もし気分が悪かったら、遠慮なく言ってくださいね』


『大丈夫です…』


『それでは、これから稲美裁判官から、いくつか質問をしますので、分かることを答えてくださいね』


『はい』



 検察官の江戸川さん、弁護人の関川さん、裁判官の稲美さんと、女性を起用するのも、被害者に対する配慮なのでしょう。



『こんにちは、裁判官の稲美です。先ず、犯人は納刀被告一人だけでしたか? それとも、他にもいましたか?』


『一人でした…』


『解放された時、目隠しされましたよね? 違う人だった可能性は?』


『ないです…。同じ声だったから…』


『なるほど。では、どれくらいの時間、監禁されていたと感じましたか?』


『窓が閉め切られてて、時計もなかったので、全然時間の感覚が分かりませんでした…。一週間とか、10日くらいだったようにも感じました…』


『監禁されている間、食事はどうしていたのですか?』


『ペットボトルのお水を飲みました…、それ以外は、何も…』


『何も食べさせてもらえなかったのですか? それとも、何か貰ったけど、食べられなかった?』


『…覚えてません…。もらったのかも知れないけど、それどころじゃなくて…』


『犯人から性行為を強要された際、抵抗した、または、抵抗しようと試みましたか?』



 その問いに、少し沈黙した後、じっと稲美さんの瞳を見つめ、涙声で答えるAさん。



『抵抗したら殺すって言われて…、怖くて…、私…』


『抵抗しようと思っても、怖くて出来なかった?』


『はい…』


『殺すなどの脅迫の言葉以外に、暴力はありましたか?』


『殴られたりはしなかったけど…、捩じ上げられたり…、手足を縛られていたから、それがすごく痛くて…。それに…』


『それに?』


『私が苦しむのを見て、笑ってました…』


『それは、声を出して? それとも、笑みを浮かべる感じで?』


『両方でした…』


『逆に、優しくされたり、優しい言葉を掛けられたりしましたか?』


『なかったと思いますが…、よく覚えていません…』



 その他にも、いくつか質問をした後、



『最後に、犯人に対して、何か言いたいことはありますか?』



 稲美さんの言葉に、Aさんはぎゅっと唇を噛みしめると、



『死ぬまで、刑務所から出て来ないで欲しい…』



 絞り出すような声でそう答え、その瞬間、法廷内の至るところから溜息が漏れ溢れました。


 尋問を終えた稲美さんに代わり、再び新島裁判長さんが話し掛けました。



『お疲れ様でした。今日、あなたから聞いたお話は、後日、私たち3人の裁判官と6人の裁判員でジャッジして、被告人が有罪か無罪か、有罪なら、どのような刑にするべきかを決定します』


『はい…』


『本当に辛い思いをしたと思いますが、勇気を出して貴重な証言をしてくれたあなたを、心から尊敬し、感謝します。これで、証人尋問を終わります』



 そうして、ビデオ録画は終了し、ここで一旦休廷に入りました。


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