27話 仮説検証

 評議室へ戻ると、すでに外のメディア関係者の多くは撤収作業を始めていて、判決の行方は、裁判員1番(女子大生)さんのスマホ検索で知るところとなりました。


 私たちが806号法廷にいる間、裁判所の玄関前から中継していた様子は、夕方や夜のニュースでじっくり拝見するとして、早速、本日の公判についてのおさらいと意見交換を始めた私たち。


 最初に、ご存知ない方のために『チアリーディング』がどのような競技であるかや、Cさんたちのポジションなどについて、稲美さんが写真を見せながら説明してくれました。


 フォーメーションは4人一組で、150㎝42㎏と小柄なCさんは、一番上に乗る『トップ』のポジション。Eさんともう一人は、上に乗るトップの足を握る『ベース』という役目、そしてDさんが背後からトップの足首を持って支える『スポット』のポジションです。



「確かに、お互いの信頼関係がないと出来ないですね」


「下手すれば、命に関わりますもんね」


「にしても、同じチームの子に二股かける男の気が知れないって言うか」


「ホント、それ!」「ですよね!」



 ただでさえ面倒なところに手を出した故に、余計に話をややこしくしているといいますか。弁護人も、よくそんな事実を見つけ出して来たものだと、感心します。


 ですが、彼らが主張するように、このことが原因で、Cさんが納刀被告に付いて行く気になったかどうかが、とても重要なポイントになることは事実。



「報復や自暴自棄で、そういう行動に出る可能性としては、あると思いますか?」



 これに関しては、『人それぞれのため、何とも言えない』というのが、全員一致の見解でした。


 そこで、視点を変えて、Cさんが飲み会をドタキャンしてまで、納刀被告と一緒にいようと思えたか、またそうした状況があり得るかなど、仮説を立てて検証してみることに。


 最初に手を挙げたのは、裁判員4番(銀行員)さんです。



「まず最初に、車でぶつけてますよね? その状況でCさん自ら車に乗るとしたら、納刀から『病院に送る』と言われでもしない限り、あり得ないと思うんですよね」


「確かにそうですね」


「ただ、病院へ行かず、そのままドライブというのは、無理があるかと」


「ですね」「異議なし」



 その意見に、全員が賛同。



「他に、ご意見のある方?」



 次に挙手したのは、補充裁判員2番(車ディーラー)さん。



「例えばっすけど、自分が大ファンの芸能人とか、ずっと会いたかった憧れの人とかだったら、怪我してでも自分なら付いて行きたいかな、って」


「あるかも!」「うん、それなら分かる」


「ということは、納刀被告は芸能人ではないですし、Cさんとは初対面ですから、その可能性は低いと考えるのが妥当ですね。他にはどうでしょう?」



 さらに、熊野さんが続きます。



「仮に、納刀被告が轢き逃げしようとしたので、逃すまいとCさん自ら乗り込んだということも考えたんですけど、彼女は足を怪我していたわけですから、それは難しいですよね?」


「私もそう思います。骨折している状態ですと、激痛で歩くことすら困難だったと思いますよ」



 そう言ったのは補充裁判員2番(育休中ママ)さん。医療関係者のご意見だけに、説得力があります。


 すると、裁判員3番(元大学教授)さんが言いました。



「それにしても、『折句おりく』を使って暗号を送るとは、よくそんな方法を思い付いたものですな」


「頭の文字だけを拾って文章にする手法ですよね。ちなみに、これを英語で何といいますか? 藤里くん」


「はい、『アクロスティック』です」


「ご名答!」



 そう言うと、ホワイトボードに『acrostic』と綴った新島裁判長さん。


 一方、いきなりご指名されても、まったく動じることなく、表情一つ変えずにさらりと答えた司法修習生の藤里くんのお見事さに、一同拍手。



「あれは、誕生日のメッセージなどで、彼女たちがいつもやってるそうなんですよ」


「なるほど!」「通りで!」


「Aさんが解放されるまで3日間掛かったのに対して、Cさんは数時間後に保護され、それにより、納刀被告の逮捕にも至ったわけですから、彼女たちの機転と行動力による功績は、大変大きいと言えますね」



 確かに。おかげで、以降被害に遭う女性はいなくなったわけですから。



「他に何か気になることはありますか?」



 そう言われ、手を挙げた私。



「スマホの電源を切ったのは、居場所を特定されないために、納刀被告にそうさせられたんでしょうか? その後、再び電源を入れた経緯も気になります」


「僕も、その辺が気になりました。もし全部分かってて切らせたとしたら、間違いなく確信犯ですよね」



 と、裁判員4番(銀行員)さんが賛同。


 というのも、納刀被告は3か月前に刑務所を出所したばかりで、投獄中の8年間は携帯情報端末に触れる機会がなく、そうしたスマホの性能をどこまで理解していたのかによっても、状況は変わって来る気がします。



「そうですね。Cさん自身、『たすけて』とメッセージを送った直後に、電源を切っているわけですから、その辺りの経緯は、被害者尋問と本人尋問の際に、詳しく聞いてみることにしましょう」



 すると、新島裁判長さんが、私と裁判員4番(銀行員)さんに向かって、こうおっしゃったのです。



「もしよければ、法廷で、直接本人にご質問されてみますか?」



 その言葉に、勝気な笑みを浮かべて即答する4番さん。



「はい。滅多に出来ない経験ですから、是非」


「5番さんは、如何ですか?」



 一方、私はといえば、消極的な返答。



「そうですね、もし機会があれば…」


「他の皆さんは、如何ですか?」


「私も、是非やってみたいですな」



 率先して答えたのは、裁判員3番(元大学教授)さんでした。


 以前から裁判員裁判に興味があったとおっしゃっていただけあり、私を含め、新島裁判長さんから目を逸らせてしまう他の皆さんとは意気込みが違います。


 ですが、この公判で、まさか自分が尋問に立つことになるなど、この時点では知る由もありません。



「それにしても、今回の刑事第6部の裁判員の皆さんは、積極的にご意見を出してくださるので、本当に助かります」


「そうですよね。最後までほとんど意見を言わない方もいらっしゃるので、有難いです」


「それに、性差や年代差でも、色んな見方や考え方があることも、裁判官としてとても勉強になります」



 そうおっしゃるお三方に、裁判員2番(女将)さんが尋ねました。



「お聞きしてもいいかしら? 以前に、裁判員はコンピューターが無作為に選ぶとおっしゃってましたでしょう?」


「ええ」


「その際に、年代や性別が偏らないように、例えば各年代から一人ずつ選ぶようになっているんですか?」


「いいえ。何故そう思われました?」


「だって、さっき熊野さんがおっしゃったように、私たち、男女ちょうど4人ずつで、年代も20代から70代まで、バラバラじゃないですか」


「それ、私も思ってました!」「ホントだ! 僕、今気付きました!」



 すると、可笑しそうに笑いながら、顔の前で手を横に振る新島裁判長さん。



「いえいえ、まったくの偶然です。今回は、たまたまこうした人選になっただけで、むしろここまで綺麗に男女、年代が分かれる方が珍しいんですよ」


「全員男性、全員女性ということもたまにありますし、去年担当した裁判員裁判では、全員が60代っていうものありましたよね、裁判長?」


「ありましたね~!」


「確か他県では、裁判員から裁判官、検察官、弁護人まで、全員が女性っていう裁判がありましたっけ」


「全員女性ですか?」「すごっ!」


「しかもその裁判、強制性交等致傷事件だったんですよ」


「被害者も女性だから、男は被告人だけってことですよね?」


「被告人、滅茶苦茶不利な状況って気がしますね」


「プレッシャー、ハンパなさそう!」



 勿論、だからと言って、特別重い刑が科せられたというわけではありませんが、証言台に立った被告人を想像して、ざまあみろと思ってしまうのは、私だけではないはず。





 こうして、公判四日目も無事終了。明日、明後日は、土日で裁判所はお休みです。



「それじゃ、皆さん、お気を付けてお帰り下さい」


「また、月曜日に!」


「さようなら~」



 いつものように、お三方に見送られながら裁判所玄関を出ると、朝からのあの騒ぎが嘘のように、まばらに人がいるだけで、それぞれの最寄り駅に向かい、3つのグループに分かれて帰路についた私たち。


 夜のニュースでは、どのチャンネルも汚職事件を伝え、判決の瞬間、自分も同じ裁判所にいたのだと思うと、何だか不思議な気持ちになるのでした。


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