26話 証人尋問5.交通捜査課 警部補

 昼食を終えて評議室に戻ると、外から大きな声が聞こえ、驚いて窓から覗いた私たち。


 隣接する道路には、大音量で音楽を流しながら抗議演説をする街宣車数台が横付けし、退去するよう勧告する警察との間でしばし押し問答した後、ゆっくりと裁判所から移動して行きました。


 午後の判決を前に、テレビ局のスタッフの人たちも大忙しで、黒塗りの車が到着するたび、それに群がるカメラの群れ。続々と到着する本日の主役たちは、警備に守られながら、一般の来訪者とは別のVIP専用駐車場へ消えて行きます。



「やっぱり大物政治家や大企業の取締役ともなると、特別待遇なんですか?」


「いえいえ、そんなことはないですよ。こうした状況で、何あってはいけませんからね、裁判所としても安全を確保するための措置として、やむを得ずというところです」


「裁判所も大変ですね~」


「まあ、それだけ世間の関心が高いということで」



 そんな会話で盛り上がる裁判官お三方と、私たち裁判員。


 一方で、私たちとは別の部屋で昼食をとり、評議室に戻った司法修習生の4人は、午前中の公判内容について、迷惑にならないよう小さな声で熱心にディスカッション中。


 いつものぐうたらっぷりはいずこへ、優秀な3人に混じって、しっかりと自分の意見を述べる莉帆ちゃんの姿に、よくぞここまで立派になったものだと、涙が出そうになりながら、その姿を眺めていました。





 午後からの証人尋問は、Cさんが保護された際に、納刀被告とカーチェイスを繰り広げた警察車両に同乗していた女性警察官です。



「証人は、所属と階級、氏名を述べて下さい」


「はい。○○県警、交通部、交通捜査課、警部補、田原たはら侑香ゆうかです」



 いわゆるキャリア警察官の場合、採用された時点で警部補の階級からのスタートになりますが、巡査の階級からのスタートとなるノンキャリアの場合、30代の女性で警部補というのは、かなり早い昇進といえます。



 検察側の証人尋問をするのは、根室さんです。



「検察官の根室です。田原警部補、交通捜査課に所属ということですが、普段の業務内容と、当日Cさんを保護することになった経緯をご説明願います」


「はい、私が所属する交通捜査課では、交通事故事件及び道路交通関係法令違反事件の捜査等を行っており…」



 交通捜査課は、交通事故が発生した際に現場検証を行ったり、犯人の捜索や検挙、事情聴取を行ったりする部署ですが、女性が拉致された可能性があるということで、署内にいた女性警察官である彼女に、現場に帯同するよう指令がありました。


 というのも、女性が拉致監禁される事件の多くは、性的暴行を受けている可能性が高く、最近では少しでも被害者の気持ちに寄り添おうと、保護や聴取は極力女性警察官が行うよう配慮しているためです。


 納刀被告によると思われる、車を使った事件が連続していたことから、すぐに市内全域に検問を張り、自動車ナンバー自動読取装置(=通称『Nシステム』)による当該車両の追跡捜査も開始。


 Cさんのスマホは電源が切られていたため、最後に確認された場所から、半径10㎞の範囲を重点的に捜査し、同時に彼女の友人たちに、電話やメッセージを送り続けるように指示。


 そのメッセージには、あるからくりが仕組まれていたのです。



「メッセージは、複数の友人のスマホから送信して貰ったのですが、先頭の文字を順に読んで行くと、『つ・う・ほ・う・し・た・は・ん・に・ん・と・い・つ・し・よ・な・ら・だ・い・じ・よ・う・ぶ・と・だ・け・へ・ん・し・ん・し・て』(=通報した、犯人と一緒なら、大丈夫、とだけ返信して)と読めるように、文章を構成して、返事が不自然にならないように、最後の一文を『どこにいるのですか? 返事が出来る状態なら、至急返事ください』と締めくくりました」


「そして、Cさんから『大丈夫です』とだけ返信があり、確信したということですね? それは何時頃でしたか?」


「そうです。時刻は11時過ぎでした」



 Cさんのスマホの電源が入ったことで、位置情報から居場所を特定。すぐさま刑事部の機動捜査隊が現場に出動し、彼女もパトカーに同行。ここから一気に事件が動き出したのです。


 同じころ、付近で検問をしていた現場から、助手席にCさんの風体に似た女性を乗せた車を発見。ナンバーから当該車両であることを確認し、停車させて職務質問をしたところ、自ら自分たちの関係を『不倫中のカップル』だと申告。


 勿論、不倫は良くないことではありますが、それだけで警察に捕まることはあり得ず、納刀被告から喋るなと脅されているのか、Cさんに尋ねても、下を向いたまま頷くだけでした。


 そこで、車検が切れていることを伝え、免許証の提示を求めると、納刀被告は後部座席に置かれたバッグを取る素振りをした次の瞬間、突然アクセルを踏み込み、周囲の警察官を振りきって逃走を始めたのです。


 そこから約3時間半に渡るカーチェイスとなり、付近にいた自動車警ら隊も応援に加わり、高速道路に逃げ込む可能性も考慮して、高速道路交通警察隊も最寄りの各インターチェンジで待機。


 大通りを外れ、狭い住宅街の道を逃げ続けた納刀被告でしたが、無茶な運転に加え、車の整備不良から、最後はタイヤがパンクして停止したところで確保。同時に、Cさんも無事保護されました。



「保護した際のCさんの様子は、如何でしたか?」


「膝に掛けられた上着を取ると、手は結束バンドで縛られたままの状態で、私の問い掛けにも、本人は言葉も発せないほど震えていました」


「その後はどうされましたか?」


「とにかく怪我の状態が酷く、本人確認の後、現場にいた自ら隊のパトカーで病院に直行し、治療を優先しました」


「ありがとうございました。以上です、裁判長」





 ひとまずここで休憩を挟み、法廷は20分後に再開。弁護人側の反対尋問の担当は、関川さんです。



「弁護人の関川です。先ほど、治療を優先させるため、現場から病院へ直行したとおっしゃいましたが、Cさんによる現場検証などは、いつ行われたのでしょうか?」


「治療を終えてからと、後日の、2回に渡って行いました」


「後日というのは、保護されてから5日後になっていますが、こんなに日数が開いたのは何故ですか?」


「詳しい検証をするためには、Cさんの身体の怪我や、精神的な状態が安定するために必要な日数だったと記憶しております」


「裁判長、甲第○号証の確認を願います」


「許可します」



 モニターに映し出されたのは、Cさんが現場検証をした際の様子を記録した資料や写真など。



「○月○日の現場検証は、実際の現場ではなく、警察の施設内で現場の状況を再現しての検証となっていますが、何故ですか?」


「現地は住宅街のため、後日現場で再現することが難しく、必要最低限の現場検証は、治療後に現地で済ませていたため、その状況での検証となりました」


「つまり、Cさん本人は肉体的、精神的なダメージを負った上で、現場とは別の場所での、5日間のタイムラグがあるという状況での検証だった、ということで間違いありませんか?」


「あ…、はい、そうですが…」



 またまた出た、弁護側の必殺技。



「異議あり! ただ今の弁護人の発言は、誘導尋問と思われます!」


「裁判長! 弁護人は実際の状況確認をしただけであり、他意はありません」


「異議を却下します」



 確かに、タイムラグがあれば記憶が曖昧になる可能性は否定出来ず、本人にとって辛い記憶となると、それがどう影響するのか計り知れない部分が大きいことも事実。



「以上です、裁判長」



 そう締め括り、やや満足げに着席した関川さんに代わり、新島裁判長さんが質問を投げかけました。



「裁判長の新島です。今回のCさんの保護に、本来は他部署の田原警部補が当たったわけですが、こうしたことはよくあるのですか?」


「はい。女性警察官の割合は、全体の1割以下というのが現状ですから、署内にいる者が適宜担当するようにしています」


「あなたは過去にも、こうした被害者の保護に立ち合ったことはありますか?」


「はい、何度かあります」


「今回のように、現場検証が後日になることはよくあることでしょうか?」


「特に珍しいことではないと思います。被害の再現をする際、必ずしもその現場である必要はありませんし、直後はパニック状態になっていることもありますから、人によって、少し落ち着くまでの時間もまちまちだと感じます」



 確かに、Cさんの場合、性的暴行や車をぶつけられた際に負った骨折に加え、3時間半に及ぶカーチェイスにまで巻き込まれたのですから。



「ご苦労さまでした。田原警部補は退席してください。本日は、これで閉廷します」



 こうして第4回公判は閉廷しました。


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