24話 証人尋問3.サークルメンバー
法廷に入って、真っ先に目に飛び込んで来たのは、両脇と背後をアルミ製の衝立で囲まれ、証言台に立つ若い女性の姿。通常は、裁判長さんに呼ばれて、証人控室から証言台に来るという流れですが、予めスタンバイが完了していました。
彼女の姿は、背後にいる被告人や傍聴席からは遮蔽されていますが、法壇にいる私たちや、検察官席、弁護人席からは見えるように設えられていて、緊張した面持ちで裁判が始まるのを待っています。
人定質問、宣誓書の朗読の後、一連の説明とともに、被害者Cさん(女子大生)が特定されるのを防ぐため、証人の彼女を『Dさん』と呼ぶことや、大学名やサークル名等も伏せる旨の説明をした後、先ずは検察官の証人尋問が始まりました。
「検察官の江戸川です。はじめに、お二人の関係からご説明下さい」
「はい。私とCさんは、同じ大学の同じサークルのメンバーで、学部も同じなので、普段から仲良くしていました」
お互いに地方出身ということで、一人暮らしをしていたふたり。入学当初から気が合い、大学やサークルに留まらず、プライベートでも一緒に出かけたり、お互いの自宅にしょっちゅう泊まるほど、周囲も認める一番の親友だといいます。
「事件当日、Cさんが待ち合わせの時間に遅れたことについて、どう思いましたか?」
「バイトの都合で遅れることはよくあることなので、それ自体に関しては、特に何も思いませんでした。でも、遅れるときは途中経過を含めて、きちんと連絡してくる彼女が、いきなり既読もつかず、連絡が取れなくなったのは、おかしいと思いました」
「裁判長。甲第○号証~△号証の確認をしたいと思います」
「許可します」
まず、モニターに映し出されたのは、Cさんたちが無料通話アプリで遣り取りした内容を、時系列で文字に起こしたもの。
20:47:33 Cさん『いつもの頼んどいて』
20:47:54 友1『どっちの?』
20:48:50 友1『B? どした?』
20:49:02 友2『お~い! 返事しろ~?』
20:51:23 友3『今どこ?』
20:52:30 友1『何かあった? 迎え行こうか?』
20:53:05 Cさん『たすけて』
バイト先を出てから、実況中継のように今いる場所を報告していたCさんからの書き込みが途絶え、次に書き込みがあるまでの数分間について尋ねました。
「この中で、あなたが書き込んだのはどれですか?」
「友人1が私です」
「他のお友達も、返信がないCさんに対して、かなり心配している様子ですが、どうしてですか?」
「Cさんは、普段から返信がマメな子で、何かあったなら、それも連絡してくるくらいでしたから、みんなで『どうしたのかな?』と心配していました」
「Cさんから『たすけて』のみの返信を見て、どうしましたか?」
「何か緊急事態が起こったのだと直感しました」
「それからどうしましたか?」
「とにかく、お店とバイト先までの道のりやその周辺まで、全員で手分けして探しましたが、見つかりませんでした」
「具体的に、どのあたりまで探したか説明をお願いします」
そう言って、次にモニターに映し出されたのは、お店の付近の地図や、実際にその付近を撮影した写真など。それらを指しながら、どこをどう探したのか、時刻は何時頃だったかなど、江戸川さんの質問に答える形で、詳しく説明するDさん。
自宅にも帰っていないことを確認し、いつまで経ってもお店にも来ないことから、これはもう絶対におかしいということになり、お店のマスターとも相談して、警察に届けることにしたのです。
警察の指示で、Cさんのスマホにメッセージや電話をし続け、ようやく彼女から返信があったのは、午後11時を回った頃。『どこにいるのですか? 返事が出来る状態なら、至急返事ください』というメッセージに、一言『大丈夫です』のみでした。
ここから事件は急展開。Cさんを乗せた納刀被告の車が発見され、カーチェイスの末に保護されるのですが、その間も、メンバー全員で警察にいたと言います。その後、治療のために病院へ搬送され、警察の簡単な事情聴取を受けたCさん。Dさんたちと再会出来たのは、すっかり朝になってからでした。
「再会したとき、どんな様子でしたか?」
「顔を見た途端に、全員で号泣しました」
「何があったのかは、尋ねましたか?」
「その場では、誰も何も。酷い怪我をしていたからすごく心配でしたけど、警察の人から、犯人がどんな人物なのかを聞いていましたので、Cさん自身が自分で話そうとするまでは、私たちからは聞かないことに決めていました」
そう答えたDさんの声が、震えていました。
「ありがとうございました。以上で、検察側の証人尋問を終わります」
「では、続いて弁護人、反対尋問を始めてください」
「はい、裁判長。弁護人の関川と申します」
検察官の江戸川さんに代わり、立ち上がった弁護人の関川さん。二人の目が合った途端、静かに火花が散ります。
検察側同様、弁護人側もたっぷり時間を掛けて、現場の位置関係や人間関係などを確認した後、本題に入ったのですが、
「Dさんにお尋ねしますが、事件が起こった一週間前に、サークル内で揉め事がありましたね?」
「・・・」
「どうされました? お答えになると、何か困ることでもあるのですか? 証人には、黙秘権は認められていませんよ?」
その言葉に、一瞬騒めく法廷内。Dさんを見ると、少し険しい表情で固まっていました。
「異議あり! ただ今の弁護人の発言は、悪戯に証人にプレッシャーを与えるものであります!」
「異議を認めます。弁護人は言い方に配慮して下さい」
「はい、裁判長。では、あらためてお尋ねします。揉め事があったかなかったか、イエスかノーでお答えください」
すると、小さく溜め息をつきながら答えるDさん。
「はい、ありました」
「それは、同じサークルのメンバーとCさんの間で、ボーイフレンドをめぐるトラブルだったそうですが、その飲み会に、トラブルを起こした相手もいましたか?」
「いました。でもそれに関しては、もうすでに…!」
「以上です、裁判長」
Dさんの話を遮るように、強制的に反対尋問を終了した関川さん。前日の、コンビニ店長さんのときと同様に、聞く側に強いインパクトを残す手法です。
Cさんの弁護をするために法廷に立ったというのに、これではまるでCさん自身の意思で飲み会をエスケープしたようにも取られかねず、動揺と悔しさで思わず涙ぐむDさん。
「大丈夫ですか?」
新島裁判長さんの言葉に小さく頷き、目頭をハンカチで押さえながら鼻をすする彼女が落ち着くのを待って、優しく続けました。
「それでは、私からも質問をしますので、答えられる範囲でお答えください。あなたが知るCさんは、どんな性格ですか?」
「責任感が強くて、面倒見の良いお姉さんタイプです」
「トラブルはどういったもので、その後どうなりましたか?」
「彼氏の二股で、お互い全然知らなかったんです。そのことがバレて、口論になったんですけど、悪いのは男性のほうでしたから、ちゃんと誤解も解けていました。私たちメンバー全員が証人です」
「分かりました。話は変わりますが、先ほどCさんに何があったのか、本人が話すまでは聞かないことに決めていたとおっしゃいましたが、その後、Cさんから詳細はお聞きになりましたか?」
「はい。私たちは無理しなくていいよって言ったんですけど、みんなに心配かけたからって。何があったか、私たちだけには知っておいてほしかったと言ってました」
「トラブルがあったお友達を、仮にEさんとしますが、Eさんも同席したのですか?」
「はい。正直、Eさん自身、Cさんがこんなことになったのは、自分にも責任があるんじゃないかって、すごくショックを受けていて、でも、それはたまたま同じ時期に色んな事が重なっただけだと、みんなも思っています。Cさんが被害にあったのは偶然で、状況が違えば私たちの誰かだったかも知れません」
「Cさんや、納刀被告に、何か言いたいことはありますか?」
「はい。Cさんが受けた被害は、私たち全員、お墓まで持って行くと約束しました。だから、Cさんには前を向いて歩いて欲しいと思います。でも、納刀被告のしたことは、絶対に許せない! 私たちの大切なCさんや、他の被害を受けた方たちの心の傷が少しでも癒えるように、うんと重い刑にしてもらいたいです」
涙声でそう訴えると、再び目頭を押さえたDさん。彼女の言葉に、傍聴席のあちこちで鼻をすする音が聞こえ、私も思わずもらい泣き。
両サイドの裁判員4番(銀行員)さん、裁判員6番(中央市場仲卸)さんも、ハンカチで目頭を押さえていました。
「今日は大切なお友達のために、頑張って証言台に立ってくださって、ありがとうございました。どうかこれからも、彼女の心の支えになってあげて下さいね。
以上で、証人尋問を終わります。それでは、一旦休憩に入ります」
退廷する私たちの横では、何枚もの衝立を運ぶ事務官さんたちの姿。手際よくDさんがいる証言台から証人控室までの間に衝立を並べ、移動する際にも彼女の姿が傍聴席や被告人から見えないように、鉄壁の配慮がなされているのです。
衝立のこちら側では、事務官の荒川さんに導かれ、控室に戻るDさん。彼女の姿が室内に消えた途端、一斉に衝立が撤去され、まるで手品の裏側を見ているような不思議な気分で法廷を後にしました。
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