23話 第四回公判(4日目)
裁判員四日目。昨日一日、お休みを挟んでの金曜日。
いつものように裁判所に到着した私の目に飛び込んで来たのは、所狭しと埋め尽くすメディアの名前が入った中継車、そして裁判所玄関前から幾重にも折り重なって伸びる長蛇の列でした。
そう、今日は世間を騒がせた大物衆議院議員と大手地元企業による違法献金の一審判決が出る日。政治家絡みの汚職事件だけあり、過激な抗議活動を警戒して、裁判所の建物を取り囲むようにして、制服・私服の警察官と警察車両がガードしています。
敷地内では、次々と訪れる傍聴希望の人たちを、制服を着た警備員さんが手際よく誘導。その傍らでは、見覚えのあるメジャーなアナウンサーさんの姿とともに、多数のテレビカメラがスタンバイし、各放送局とも中継の準備に余念がありません。
関係者用通用口にも厳重な警戒態勢が敷かれ、全員が金属探知機に加え、持ち物チェックまで受ける始末。それらすべてをクリアしてようやく評議室へ辿り着くと、先に到着していた皆さんが、窓から下の様子を眺めている真っ最中でした。
「おはようございます」
「あ、おはよう!」「おはようございます~」
「下は、すごい騒ぎですね。テレビ局もいっぱい来てるし」
「私さっき、○○テレビの佐藤アナ見ちゃったんですよね!」
「あ、僕も見ましたよ! めちゃくちゃ綺麗でした!」
「××放送の鈴木キャスターもいましたよね?」
「いました、いました!」
「近くで見ると、すっごい細いし、顔ちっちゃいし~!」
窓に張り付き、テンション高めにそんな話をしていた私たち。
そこへ、裁判員2番(女将)さんと補充裁判員1番(車ディーラー)さんが一緒に入って来たのですが、何だか様子が変なので、どうしたのか尋ねると、
「もうね、補充1番くんったら、抽選の列に並んでいたものだから、びっくりして、慌てて連れて来たのよ~」
「ええっ!?」「何でそんなところに!?」
「だって、係りの人が『こちらにお並びください』って言ってたんで…」
どうやら、中に入る人全員が並ぶものと勘違いしたらしく、2番(女将)さんに見つけられなければ、最後まで気付かずに並んでいたかも知れない補充1番(車ディーラー)くんの天然ぶりに、思わずみんなから笑みが零れます。
間もなくして、裁判官お三方と司法修習生の4人もやって来て、挨拶もそこそこに、全員で窓の下の光景を眺める始末。
「それにしても、すごい行列。あれって、よくテレビでやってる抽選の列ですよね?」
「そうです。傍聴席の数が決まってますから、傍聴希望者が上回る場合には抽選を行うんですよ」
新島裁判長さんの説明に頷く私たちに、熊野さんも補足情報。
「ちなみに、抽選はコンピューターで、当選者は番号と引き換えに傍聴券を受け取るシステムになっているんですけど、その大半は、メディアが雇ったアルバイトなんだそうです」
「え? でも記者席ありますよね?」
「法廷内にはカメラが持ち込めませんから、法廷画家さん含め、なるべくこまめに情報を出すには、より多く席を確保したほうが有利ですからね」
「なるほど! だからアルバイトを雇ってでも、席を確保するんですね~」
「バイト代って、いくらくらい貰えるのかしらね~?」
「噂ですけど、話題性の大きい裁判だと、5千円~1万円くらいで、当選するとボーナスが出るところもあるみたいですよ」
と、稲美さん。
「いくらくらい貰えるんですかね~?」「それ、気になる~!」
「聞いた話ですけど、多いところで数万円だったような?」
「それは凄い!」「くじ運良かったら、やる価値あるかも!」
思わぬ金額に、湧き立つ室内。
ちなみに抽選券の配布は、不正防止のために腕に番号が入ったタグを巻き付ける方式で、一人で何枚も取得出来ないように、タグが腕から外れていた場合は無効といった対策がされているそうです。
もう間もなく始業時間ということで、それぞれの席に着く私たちに、新島裁判長が言いました。
「傍聴人ついでに、皆さんは『傍聴マニア』という方々がいらっしゃるのをご存知ですか?」
「傍聴マニア、ですか?」「何ですかな、それは?」
「彼らは、法曹とは関係のない一般の方々なんですが、裁判を傍聴するのが趣味で、足しげく裁判所に通われているんですよね」
「へえ~!」「そうなんですね~!」
「年齢や性別も様々で、ただただ裁判を傍聴するだけの方もいれば、傍聴した裁判の様子をブログやSNSで発信される方など、楽しみ方もそれぞれみたいですね」
「そういう人は、一人で来るんですか?」
「単独の方もいれば、複数でみえる方もいますし、通ううちに顔見知りやお友達になる方もいらっしゃるみたいです。中には結構有名なマニアさんもいるんですよ」
「そうなんですか?」「この裁判所にも有名人が?」
「うちの裁判所だと、ダントツで『マダム・ローズ』ですよね」
本名は不明、いつも服やバッグなど、全身薔薇柄の物を身に付けている中年の女性で、その外見からそういうニックネームで呼ばれていて、かれこれ20年以上、この裁判所で傍聴をしているのだとか。
彼女が現れる裁判は、民事・刑事関係なく、事件の内容も様々。神出鬼没で、彼女を見ると幸運が訪れるという噂まで出るほど、他の傍聴マニアだけでなく、裁判所関係者の間でもかなり有名なのだそうです。
「僕たちも会えますかね?」
「気が向いたら、うちの法廷にも顔を出すかも知れませんね」
「見て分かりますか?」
「何しろ個性的なファッションですから、すぐに気付くと思いますよ」
「ちょっと会いたいかも」「そうねぇ~」
ひとしきりマダム・ローズの話題で盛り上がった後、気持ちを切り替えて、公判前のミーティングを始めました。
本日の証人尋問では、午前中に被害者Cさん(女子大生)が当日参加する予定だった大学のサークルの飲み会のお友達1名と、その会場になっていたお店のマスター、午後からは、Cさんが保護された際に現場にいた警察官が予定されています。
配布された資料を一通り説明し終えると、新島裁判長さんがおっしゃいました。
「裁判所では、『証人の負担を軽くするための措置』を取ることがあります。例えば、性犯罪の被害者や年少者などは、法廷で証言する場合、強い緊張や不安を感じたり、犯人の顔を見て、同じ空間にいると思っただけで、フラッシュバックを起こすことも考えられますよね」
そのため、裁判所の判断で、保護者やカウンセラーが証人に付き添ったり、証人と被告人や傍聴人との間を衝立で遮蔽したり、法廷と別室にいる証人との間で、テレビモニターを通して証人尋問を行う『ビデオリンク方式』などの制度が設けられているのです。
「最初の証人は、Cさんが所属するサークルのお友達のため、そこからCさん本人が特定されるリスクを考慮して、傍聴席や被告人から姿が見えないように、衝立で遮蔽しての尋問になります」
ただでさえ辛い思いをした被害者を、これ以上辛い目に遭わせないための細やかな心遣いは流石です。
「今日は、別の裁判の判決日で、裁判所に多くのマスコミが集まっているため、皆さんにはご迷惑をお掛けしますが、自分たちの公判に集中して参りましょう」
「はい!」
「それでは、本日もよろしくお願いいたします」
「お願いいたします」
私たちとは別ルートで法廷に入る司法修習生を送り出したちょうどそのとき、換気のために少し開けてあった窓の外から、人々のどよめく声が聞こえて来ました。どうやら、抽選の結果が発表された様子。
いったいあの中に、ボーナスをゲットしたアルバイトが何人いるのかと話しつつ、法服を着用するお三方の準備が整うのを待って、806号法定に向かったのです。
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