11話 人定質問~罪状認否

 ドアが開くと同時に、検察官、弁護人、書記官、事務官(廷吏ていり)、被告人、警察官、傍聴人など、法廷内にいた全員が起立。特に目立ったアクシデントもなく、私たちが入廷し終えると、裁判長さんに合わせ、全員が一斉に礼をして着席しました。


 大きなニュースになった事件の裁判では、大勢の人が傍聴席を求めてくじ引きの列に並ぶ映像を目にしますが、私たちの法廷では空席が目立ち、傍聴席全体の三分の一から半分ほどしか埋まっていません。


 メディアの記者さんなのでしょうか、何やらメモを取っている人も数人いて、スーツ姿の人、お洒落な恰好をしている人、普段着の人、ジャージ姿のような人など、傍聴人の年齢や性別も様々です。


 そんな中、真っ先に目が行ったのは、やはり被告人の男。3人の女性を暴行した犯人というので、見るからに厳つい風体の悪人顔を想像していたのですが、警察官に両脇を固められ、被告人席の真ん中に座っていたのは、小柄で大人しそうな中年男でした。



「それでは開廷します。被告人は、証言台の前に立ってください」



 新島裁判長さんの言葉に、被告人の男が立ち上がり、証言台に向かって移動。その一挙一動に、法廷中の人々の視線が集中する中、裁判が始まりました。



「被告人は、名前を言ってください」


納刀なとう宏務ひろむです」


「生年月日はいつですか?」


「昭和○年…」



 最初に、名前、生年月日、本籍、住所、職業を述べさせ、本人であることを確認する『人定質問じんていしつもん』が行われました。


 一つ気になったのは、自身の職業を『無職』と答えたこと。逮捕されたことを理由に、会社をクビになるケースもあるようですが、その理由は後々知ることに。



「では、これからあなたに対する『連続強制性交等致傷事件』の審理を始めます。まず、検察官が起訴状にある内容を朗読しますので、よく聞いておいてください」



 続いて、検察官による『起訴状朗読きそじょうろうどく』。代表して女性検察官の江戸川さんが起立し、起訴内容を朗読しました。



「被告人は、平成〇年〇月〇日午後〇時〇分ころ、一人目の被害者であるA子さん、当時17歳の自宅がある○○県○○市…」



 要約しますと。


 一人目の被害者A子さん(当時17歳・高校生)。彼女の自宅前で声を掛け、自宅に押し入り暴行し、そのまま車で連れ去り、数日間監禁し怪我をさせた後、コンビニの駐車場に放置。罪名及び罰条『強制性交等致傷』刑法第181条第2項、『未成年者略取及び誘拐』刑法第224条。


 二人目の被害者B子さん(当時22歳・OL)。会社から帰宅途中に、道を訊くふりをして車で連れ去り暴行。B子さんは被告人が車を離れた隙を見て逃げ、近くの交番に駆け込み保護されたが、その際転倒し怪我。罪名及び罰条『強制性交等致傷』刑法第181条第2項。


 三人目の被害者C子さん(当時20歳・大学生)。バイトを終えて大学のサークルの飲み会へ向かう途中、車をわざとぶつけて拉致し、連れ去って暴行。その後、別の場所へ移動中、警邏中のパトカーに職質されて逃走、カーチェイスの末、身柄確保。



「…罪名及び罰条『強制性交等致傷』刑法第181条第2項、『道路交通法違反』道路交通法64条、同法117条の4第2号他。以上です、裁判長」



 大人しそうな見た目とは裏腹に、読み上げられた起訴状の内容とのギャップで、法廷内がどよめきました。一応、先に資料を見ていた私たちでさえ、何とかポーカーフェイスを保つので精一杯です。



「静粛に!」



 新島裁判長さんの一声で、法廷内は静寂を取り戻し、公判は続きます。



「ただいま、検察官によって読み上げられた事実について、これから審理を始めますが、審理の前に、あなたに対して注意しておくことがあります。

 あなたには『黙秘権もくひけん』があります。したがって、話したくないことは話さなくても構いません。一切話さなくても、話したいことだけ話しても結構です。

 ただし、あなたがこの法廷で話したことは、あなたにとって有利か不利かを問わず、すべて証拠となりますので、それを前提としてお話しください」


「はい」



 裁判長さんからの『黙秘権の告知』に、消え入りそうな声で答える納刀なとう被告。そして、いよいよ『罪状認否ざいじょうにんぴ』に入ったのですが、



「それでは、被告人にお尋ねします。今、検察官が読み上げた内容で、どこか違っているところはありますか?」


「はい。今、言われたことは、事実と違います」



 先ほどの消え入りそうな声から一転、はっきりとした口調で、起訴内容を否認しました。



「では、どこが違うのかおっしゃってください」


「三人の方と、性的な関係を持ったことは事実ですが、三人とも合意の上での行為だったと思っています」


「もう少し、具体的に説明して貰えますか?」


「はい。まずAさんですが、彼女の家の前で、むこうから『援助交際』を持ちかけられて、応じました。その後、家にいたくないと言って私についてきたので、しばらく一緒にいました。

 Bさんについては、自分の好みのタイプだったので、一晩のお相手にと私から声を掛けて、関係を持ちました。飲み物を買いに出ている間に、車からいなくなったので、帰ったのだと思いました。

 Cさんは、私の不注意で車をぶつけてしまったので、病院へ送ろうとしたんですが、本人から、大した怪我じゃないから大丈夫、お詫びにドライブに連れてって欲しいと言われました。そのとき、検問中の警察に職質されて、無免許だったので、とっさに逃げてしまいました」


「つまり、3件とも合意の上で、AさんとCさんに関しては、女性の方からのアプローチだったということですか?」


「はい、その通りです」



 正直、彼の釈明は、罪を逃れるための典型的な言い訳だろうと思う反面、あまりにも理路整然とした口調で説明する姿に、もしかしたら本当にやっていないのかも、という気持ちにもなります。


 納刀被告本人は、無罪を主張しているわけですから、いったいどちらの言っていることが正しいのかは、今のところ分かりません。



「弁護人はどうですか?」


「はい、裁判長」



 今度は、弁護人を代表して、一番年上の目黒さんが起立。



「被告人が述べた事実から、道路交通法違反は認めますが、A子さんに対する未成年者略取及び誘拐と、3件の強制性交等致傷に関し『無罪』を主張いたします」



 軽微な罪以外は全面的に対立というまるでドラマのような展開に、再び法廷内にどよめきが起こりました。



「静粛に! 被告人は、元の席に着席してください」



 小さく会釈し、とぼとぼと元いた被告人席に戻る納刀被告。席に着いても、どこか焦点が定まらない目で、虚空を見つめています。


 ふと、先ほど評議室で新島裁判長さんがおっしゃった『犯罪者の中には、平気で嘘をつける人間も、ごく稀にいる』という言葉を思い出し、もっとよく観察しようと、被告人席に目を遣った瞬間、不意に納刀被告と目が合いました。


 その途端、全身に鳥肌が立つのを感じた私。自分の中のスイッチがONになったのです。


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