12話 冒頭陳述~公判前整理手続の結果検出

 納刀なとう被告が被告席人席に戻ったのを見届けると、新島裁判長さんが続けました。



「それでは、証拠調べの手続きに入ります。検察官、冒頭陳述をどうぞ」


「はい、裁判長」



 そう言って起立したのは、一番若い根室ねむろさん。やはり今どきの若者風な感じで、スーツの着こなしもどこかスタイリッシュに見えます。


 『冒頭陳述ぼうとうちんじゅつ』は、検察官と弁護人によって、今回の裁判の『争点』がどこにあるのか、また、どういう証拠でどのように立証していくのかを双方が主張し、決定するためのものです。


 従来の裁判では専門用語が多用され、専門家でなければ理解が難しいものも多かったのですが、一般市民が参加する裁判員裁判では、日常的な言葉遣いで、誰にでも分かりやすく解説されています。


 実際に、私たちに配布された資料にも、特段専門的な用語は使われておらず、必要に応じて図解されていたり、箇条書きになっていたりするなどの配慮が感じられます。それらは裁判員に対し、少しでも自分たちの主張が伝わりやすくしたうえで、有利な流れに運ぶためのアプローチでもあるのです。



「検察官が、証拠によって証明しようとする事実は、次の通りです」



 そう言って手元のPCを操作すると、両脇の大型ディスプレイと、法壇の小型モニターに、『冒頭陳述書』のタイトルが記された資料が映し出されました。


 同じものは、先に私たちにも渡されていて、被告人の身上経歴をはじめ、事件に至る経緯や犯行状況などが簡潔に纏められた資料に沿って、より詳細に口頭で説明するという流れです。


 被告人の生年月日や住所などは、先ほど本人が述べた通りで、犯行当時は46歳。地元の高校を卒業後、地方都市にある大学に進学したものの、二年で退学。地元に戻り就職し、一年で退職。その後転職を繰り返し、現在は無職。過去に二度婚姻歴があり、現在は独身で、実家で年金受給者の母親と二人暮らし。


 子供の頃から、人間関係でトラブルを起こすことが度々あり、社会に出てからも仕事が長続きせず、過去にも逮捕歴があることなど、彼の人間性に言及。ただ、この時点では具体的な逮捕歴の内容には触れられませんでした。


 その後、犯行の経緯や状況など、それぞれの被害者の証言を元に克明に説明されたのですが、事件が事件だけに、ここまで詳らかにするのかと、正直、聞いているこちらが辛くなるほど。傍聴席の中には、眉をひそめたり、目頭や口元を押さえたりする人もいました。


 強制性交等罪に改正される前の強姦罪では、被害者の告訴がなければ起訴できない親告罪でしたから、被害者本人が告訴したくない、またはしたくてもできないという事例が多かった理由が分かる気がします。


 検察側の主張では、姦淫目的で車を使用して、拘束するための結束バンドを準備するなど、同様の犯行を繰り返していることから、犯行には計画性が見られ、非常に悪質だと締めくくりました。



「それでは、一旦ここで20分間の休憩を挟みます。弁護人の冒頭陳述は、再開後に行いますので、よろしくお願いいたします。以上」



 そう言うと、新島裁判長さんに合わせ、全員が一斉に起立。そして一礼した後、練習した通りに退廷し、私たちは評議室に戻りました。





 公判中は、概ね1時間に20分の休憩を取ることになっており、その理由の一つとして、被告人を長時間酷使してはならないのだとか。被告人や弁護人、検察官は、それぞれ指定の場所で休憩を取り、私たち裁判員や裁判官含め、法廷以外で顔を合わせることはありません。


 ちなみに傍聴人の方々は、開廷中でも出入り自由。満席の場合だと立ち見は出来ませんが、自分の好きなタイミングで移動することが出来ます。但し、室内での私語や飲食は勿論、撮影や録音もNG。ニュースなどで、裁判中の様子に法廷画家さんの絵が使用されるのは、そのためです。


 評議室に戻った私たちに、裁判長さんが労いの言葉を掛けてくださいました。



「皆さん、体調は大丈夫ですか? もし、気分が悪かったりしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」


「大丈夫です」


「後もう少しなので、頑張りましょう」


「はい」



 移動を含めての20分の休憩時間はあっという間で、お手洗いと水分補給だけ済ませると、すぐまた法廷に戻るといった感じです。先ほどと同じように、控室で順に並び、内線を受けて入廷しました。



「それでは、再開します。弁護人、冒頭陳述をどうぞ」


「はい、裁判長」



 弁護側の冒頭陳述は、男性の富岡とみおかさん。モニターには『公訴事実について』というタイトルの資料が映し出されました。



「先程も述べました通り、道路交通法違反は争いませんが、それ以外の公訴事実については争います」



 検察側同様、弁護側も納刀被告の人となりを紹介したのですが、幼い頃から引っ込み思案なところもあるものの、一度仲良くなるととても気さくな性格で、学生時代には友達も多かったといいます。


 また、退職理由の中には不況による『リストラ』や『倒産』といった本人の意思と関係ないものも含まれ、現在同居している高齢の母親に対し、献身的に身の回りの世話をしていることなど、まったく真逆な人間性が語られました。


 そして、被告人の証言を元に説明された事件当時の様子は、いかに積極的に女性のほうからアプローチして来たかや、結束バンドで拘束したのも、女性自らそうしたプレイを望んでのことであり、お互いに楽しんだ状況などを克明に説明。


 性犯罪を裁く裁判では、ここまでプライバシーを晒されなければならない状況に、同じ女性として心が痛みます。


 弁護側の主張は、被告人には女性を乱暴する意図はなく、あくまで合意の上での行為であり、Aさんに持ちかけられた援助交際に応じたこと、それによって未成年者の家出を助長する結果になったこと、不注意でCさんに車をぶつけてしまったこと、無免許で運転をしたこと、警察の制止を振り切って逃げたことなど、大いに反省していると締めくくりました。





 両者の冒頭陳述が終わると、新島裁判長さんから『公判前整理手続こうはんぜんせいりてつづき』の結果検出が伝えられました。


 公判前整理手続は、初公判が開かれる期日前に、裁判官、検察官、弁護人で協議し、事件の証拠や争点を絞り込んで審理計画を立て、刑事裁判の充実・迅速化を図るために行われます。


 従来の裁判では、この部分に膨大な時間を費やされ、裁判が長期化する一因となっていたため、一般市民である裁判員の負担を考慮し、すべての裁判員裁判がこの対象になっているのです。



「この裁判は裁判員裁判のため、公判前整理手続きで、争点については検察官、弁護人双方が陳述した通りとなっております。

 証拠関係は検察側が73点、弁護側は11点、証人は7人です。今回採用した証拠多数に付き、証拠調べは次回公判にて執り行います。

 本日の審理はここまで。明日は予定通り10時に開廷します。以上」



 再び裁判長さんに合わせ、全員が起立し、一礼。こうして初公判は閉廷となりました。


 法廷を出る際、チラッと被告人席に目を遣ると、両脇に座っていた警察官に『手錠』と『腰縄』を装着される納刀被告の姿がありました。


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