5話 不選任決定と抽選

 裁判員候補者全員の面接が終わったのは10時45分を少し回った頃でした。


 事務官の荒川さんがおっしゃった通り、だいたい一時間ほどで完了し、この後、コンピューターによる抽選で裁判員を決めるわけですが、裁判長さんたちは引き続き質問手続室に閉じこもったまま、なかなか出てくる様子がありません。


 11時になり、それまで思い思いに過ごしていた私たちに、荒川さんが着席を促すと、ようやく質問手続室から出て来られたメンバー全員で、再び正面に整列しました。



「え~、それでは皆さん、大変お待たせいたしました。これから、抽選を始めたいと思いますが、その前に選任に関して、私から説明をさせて頂きます」



 新島裁判長さんの言葉に、全員が集中します。



「今から、裁判員6名、補充裁判員2名の計8名を選出するのですが、先ほど皆さんが面談を受けられた質問準備室にて、裁判官、検察官、弁護人の三者で『不選任決定』をしました。その方々を除いた中から、コンピューターでランダムに選ばれます。

 え? 不選任決定って何ぞや? と思われた方のために、簡単にご説明しますと、不選任決定には、大きく分けて三つあります」



 再びホワイトボードを使って、図解しながら説明する裁判長さん。



「一つ目は、すでにご承知の通り、ご本人の申告により、辞退事由や不適格事由が認められる場合ですね。面談で皆さんのお話を伺い、正当と判断した方がこれに該当します。

 二つ目は、法第36条により、検察官と弁護人には、裁判員候補者に対し、それぞれ4人まで理由を示さずに、不選任の決定を請求することが出来る権限が与えられています。

 三つ目は、法34条4項により、裁判所が不公平な裁判をするおそれがあると認めた場合です。よって、これらに該当された方に関しては、抽選から除外されることになります。

 なお、法33条4項により、不選任決定に関しては、誰が該当者であるかなどの内容を公開することは一切ありませんし、ご本人からのお問い合わせにもお答えすることはありません」



 誰一人声も出さず、じっと話に聞き入っていました。


 特に、二つ目の理由は衝撃的にも感じましたが、確かにいわれてみれば、検察側、弁護側ともに、自分たちに不利になるようなスタンスの人は外したいと考えるのが妥当です。裁判員の選任は、無作為の抽選によって全員の中から公平に行われるものだと思い込んでいたので、検察と弁護、双方にとってこんな特典があること自体、目から鱗でした。


 その一方で、選任されたくないと思う反面、このことを知らなければ、ただ単に自分は抽選に外れたという認識で終わっていたのに、もしかすると、自身が不選任の決定を請求された可能性があるかもしれないと考えると、それはそれで複雑な気分になるというもの。


 どっちみち公開しないのであれば、いっそそれ自体伝えずにいてくれたほうが親切だと思うのですが、裁判所としても、すべてをきちんと告知する義務があってのことでしょうから、悩ましいところです。



「それでは、今から抽選を始めます」



 モヤモヤした空気感を一掃するような裁判長さんの言葉に、再び室内に緊張が走ります。



「番号はランダムに表示されますから、自分より後の番号が出たからといって、安心しないでくださいね。表示された方は、先ほど面談をおこなった『質問手続室』までお越しください。

 表示されなかった方は以上で終了となりますが、希望者には法廷の見学ツアーを用意しています。滅多にないチャンスですので、是非この機会にご参加下さい。

 では、モニターにご注目願います。尚、コンピューターのスタートキーは、わたくし新島が押させていただきますので、よろしくお願いいたします。

 それでは、抽選スタート!」



 そう言うと、新島裁判長さんの指がパソコンのキーボードに触れ、大画面モニターに『裁判員』の文字が表示されました。



「まずは裁判員6名から。今一度、ご自身の番号を確認してくださいね」



 私の番号は『45』番。くじ運の悪さには自信があるとはいえ、やはり緊張する瞬間です。5秒ほどして、最初の番号が表示されました。



1番:『3』



 室内にどよめきが起こります。さらに5秒ほどして、次の番号。



2番:『24』



 さらに5秒ほどした後、



3番:『51』



 この時点で、一瞬ホッとした私。が、次の瞬間、



4番:『19』



 ここへ来て、数字が戻ったことに、再びどよめく室内。そう、順番はランダムだと裁判長さんがおっしゃっていたのを思い出し、モニターを見つめた私の瞳に飛び込んだのは、



5番:『45』



 一瞬、脳内がフリーズし、自分の番号を確認。もう一度モニターに目を遣ったとき、



6番:『72』



 その表示がされると、室内から安堵の声が漏れましたが、それを打ち消すように、裁判長さんが声を掛けます。



「皆さん、まだ終わりではありませんよ。続いて、補充裁判員2名です」



 モニターに『補充裁判員』の文字が表示され、



補充1番:『83』



 続いて、



補充2番:『16』



 そう表示されたのを最後に、モニターは停止しました。


 何度も自分の数字を確認したのですが、やはり『45』番の数字は見間違えではなく、自負していたくじ運の悪さが、まさかこんなふうに逆の形で現れるとは、運命の悪戯だとしてもたちが悪すぎます。



「選任された方は、質問手続室に移動願います。法廷見学ご希望の方は、こちらにお集まりください」



 荒川さんの呼びかけに、多くの見学希望者が彼女の所へ集まる中、まだ茫然と座ったままでいた私の横を抜け、後方に向かって歩く男性に、ハッとして我に返った私。慌てて席を立つと、男性の後を追うようにして、私も質問手続室へと向かったのです。


 法廷見学ツアーに参加する人は、全体の半分ほどで、残りの方たちは帰宅するため出口のほうに向かって移動。その中に、私の前に面談をされていた『致命的に口が軽い』ことを猛アピールしていた年配女性の姿がありました。


 どうやら、彼女はご希望通り抽選に外れたようで、別に不正をしたわけではないものの、自分が選任されてしまったことにどうしても釈然とせず、嬉々として帰って行くその様子が憎たらしくさえ感じてしまいます。


 が、今そんなことを言ったところでどうなるわけでもなく、混乱した気持ちのまま、前の男性に続いて質問準備室へ入ると、さっきと同じ並びで着席した裁判長さんたちが、ニコニコしながら迎えてくれました。



「モニターに表示された番号の席にお座り下さい」



 向かい合うように並んだ席には、裁判員1~6と補充裁判員1、2と書かれた紙が貼られていて、私は裁判員5の席に腰掛けたのです。


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