第8話「お支払い」

「お肉屋さんのおばあちゃーん!いるー?」


重くなった手提げバッグを両手に持った私は、カウンターから見える奥の扉へと呼びかける。


「はいはい、妹ちゃん今日は何にするのかい?」


奥から出てきたこのおばあちゃんが、行きつけのお肉屋さん。私がちっちゃい頃からいっつも良くしてくれるんだよ〜、.....聞いてる?マウォー。


「聞こえてるじゃしんよ〜、それよりもお肉、何にするじゃしん?」


「んー、とねぇ...ハンバーグにしようかな、じゃあこれくださーい」


「はいよ、代金もいただいて....それはそうと妹ちゃん。お姉ちゃんはまだ帰って来ないのかい?久し振りに会いたいもんだよ」


「..お...お姉ちゃんはまた忙しいらしくて、今はさっきまでいた怪物の研究してて」


「あら、そうなのかい。昔はよくお姉ちゃんが妹ちゃんと二人でおつかいに来てたもんだけどねぇ...また二人揃って来てくれたら何割引きにでもしちゃうのに」


「今の内に撤回しとかないとそれ、本気にしちゃいますよ〜?」


「なに言ってんだい、本気の本気だよ!...あら、妹ちゃんの肩に乗っけてるそれって...どこかで見た事あるわ〜.....えーっ...となんだったかな...」


「あああーっユリ!もうすぐ7時になっちゃうじゃしん!急いで帰るじゃしん!」


「ウソっ、あーおばあちゃん!もうすぐ家に友達が来るからもう帰る!じゃあまたね!」


重いバッグを持って急いで帰る少女の背中を見て、老婆はその姿がある人物が重なる事を思い出す。


「なんで妹ちゃんがあれを持ってるんやろうか...?」


「ハァッ...ハァ、そういえばマウォーの事おばあちゃん見えてたね!なんでだろ」


「わっかんないじゃしん!それよりほら早く、遅れるじゃしん!」


「ちくしょーッ、重たーーーいッ!」


家に着くと、玄関前で二人がずっと前から到着したので、話しながら待っているようだった。


「おっ、おっせーなぁユリー!ずっと待ってたんだぜ」


「何かあったんですか、まさか怪物に襲われて...」


「いやいや、ちょっと買い物してたから...ほら!」


家の中へ入り、買って来たもの整理しつつ、料理の準備をすすめる。


「いつ見てもでっけーよな、ユリの家...居候させてもらいたいくらいだぜ」


「いいんじゃない、お母さんと一緒にこっちに居候したら?」


「あー、母さんは...」


「...そうだったの、ごめん」


「いやいや、あの怪物倒してくれる人が出てくる前の話だし、謝ることじゃねえよ。琴葉はどうする?三人一緒に住むか?」


「そうですね、私も親は海外ですし、この惨状では帰って来る事も無さそうですし...お邪魔させていただけますか?」


「まぁ街はこんなだし、お互いに生存の確認出来るし。何より楽しいよ、うんうん。同居人が二人も増えることは良いことだ」


怪物達が出てこなくなるまでという約束をしつつ、三人で作ったハンバーグをテーブルへ運んだ。


「まあ、何年前から一緒にいるんだって話だし今更だよな。それじゃいただきますすっか!」


産まれる前から私達の親は知り合いだったらしく、学校で兄弟や姉妹で無いと友人に言うと驚かれるような。そんな16年間の仲だった。


「「「いただきます!」」」


「んー美味し!やっぱ二人が作るとうんめーわぁ」


「ちょっと健くん汚いです。せめて飲み込んでから喋ってください。たしかに美味しいですけれど...」


「どれどれ、私も食べてみようじゃあないか、ふふふ今回のは一番上手く作れたんだぜったいおいし...もぐもぐ」


...アレ?


「あれ、これハンバーグだよね?あれ、味が...しないような」


「何言ってんだよユリ、そんな訳ないだろ、少しわけてみろっ...うん。ちゃんと味するぞ?」


何故だろうか?味がしない、消しゴムを食べているような


「はい、味は確かに大丈夫ですが...まさか、私達を驚かそうとしていませんか?」


「えっ、あ.....そうだよ!くっそぉこんなに早くバレるなんてなー、もうちょっと驚く顔が見たかったのにぃ」


嘘なんかついてないけど、今は誤魔化さなくては。心配はかけたくない。


「なんだよもー!めっちゃ迫真の演技のするから本当にヤバいのかって思ったじゃんか!」


「嘘に決まってんじゃん、さあさあ食べよう食べよう!」


何かの間違いじゃないかと思ってもう一度食べてみたが、結局味が変わることは無かった。疲れているのか、いいやそんな、だってそんな事はいくら疲れていても、あぁもう汗が止まらないし頭の中が真っ白で、何も考えられない。


「....リさん、ユリさん?」


「えっ、何?どうかした?」


琴葉に呼ばれてハッとする。


「手が止まっていますよ、疲れたなら私が代わりに...」


「いやいやいや、皿洗いぐらいで疲れたとかないないから!ちょっと考え事してた」


「二人ともー!DVDのセット終わったよっと」


「ありがとうございます健くん、ではお皿を拭いてくださいますか」


「はいはーい」


バレなきゃ、別にいいか。私がちょっと困るだけだもんね...他に影響はないみたいだし。どうやってかはわかんないけど、マウォーも調べてくれるみたいだし。


「じゃあ早速見ますか!」


「今日は、前の続きからですね...確か4期に入ったのでしたっけ」


琴葉の言う通り、このアニメは4期に入った。4期の内容は記憶を奪われた主人公が、取り戻す為に過去の出来事を追体験するというものだ。総集編に近いものだが、新たなシーンも増え、前期のシーンも描き直してあるため、非常に見応えのある作品になっている。


「これ、どっちかっていうと3.5期って感じじゃねぇ?」


「4期と書いてありますから、4期でしょう」


「いやまぁそうなんだけどサ...」


「ユリはどう思うよ、おんなじこと繰り返してるだけじゃねーか?」


「おなじことをくりかえす...」


前にも、同じ事を...?


「まーたボーっとしーてるーよー」


「大丈夫でしょうか...?そうとうに疲れているとか...」


なぜ、私は最初から戦えたの?


「デコっピン!」


「健くん、それはちょっと...」


「何しても起きないんだけど、意識どっかいってるんだけどこの、このこの」


そう言って、横になった少女の頬をつつくが、一向に目を覚まさない。


「起きませんね...」


「ま、寝させてあげますかぁ...取り敢えず運べ運べ」



一方



ここは...?


「お、起きた.....じゃしんね」


あれ、マウォー...?今までどこにいたの?


暗い どこまでも深い暗闇の中にいる。どこにも何もない。誰もいない。


「オキロ.......エ.....ヨ..................!」


「.......このまま........いようよ」


「.........溢....ル......ヲ!」


「......忘れ......の........!」


「....ワタシ......許...なァい!」


「.....ど、お......が....じいな........なあ」


「....れ!.........よ!......肉...!」


....つの、恐れなければならぬ声がする。形容できぬ異常なる者の声が響き渡る。


幾多の目が迫り来る。無数の手が私の全身を掴んで離さない。そうして私にナイフを刺し込み、私の骨を無理矢理引き抜く。頭の中に直接言葉を埋め込まれる。私を掴む腕はさらに、身体を千切ろうとし始めている。

痛くて、痛くて痛くて痛くて正気を保てない


身体を一部分に分けられて、一片残さず持っていかれる。


何もない、身体すらも無くなった私の周りには、血だまりが滝の流れのようになり私を取り囲む。

無数の骨を折る音、

重なる咀嚼音、

奪い漁り、怒る声。


残るのは————。


「あああああああああああああああああ!」


私の身体はまだここにある。夢だ、夢...今のは夢なんだ!大丈夫、私はここにいる!


「「ユリ!?」」


「「大丈夫か!?」ですか!?」


襖を勢いよく開けた二人が飛び込んで来る。


「やっぱ様子がおかしいってユリ、一回病院行こうぜ...?」


「この時間なら普通の病院は空いてませんし、緊急病院へ...救急車を呼んだほうがいいでしょうか」


「お、落ち着いて二人とも。大丈夫、すっごく怖い夢を見ただけだから。」


「それなら...いいのか?」


「まぁ、本人がそういうなら...ですが」


今の夢はいったい...身体のどこにも異常はないが、気持ちが悪くて堪らない。頬が....とくに...?


「ッ!」


頬が一部、硬くなっている。近くに置いていた手鏡で確認すると、少しだけ鱗のような肌になっている。それだけではない、八重歯付近の歯が尖っている、左目に少し緑色が混じっている。その恐ろしさのあまり私は手鏡を落とし、まだ人の両手で顔を覆いながら、居るかもわからない神へ祈る。

———神様、私は、私はまだ人間ですよね。


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