第二十五章「団円」

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 そうして。

 晴れて王太子の小さな恋人となったアレグリットは、ユーディスディラン自らに王家の談話室まで送られてきた。

 国王ハイエルラント四世はにこにこ顔、王后ドロティーリアはようやく肩の荷が下りたとでもいいたげな表情である。


 ユーディスディランは、交際の発表はまた後日、アレグリットが王都に戻って来てからにするとして、今日のところはそれよりも、無罪の証明である妹を連れ歩く姿を、思い切り王宮で見せびらかしてから帰るようにとグネギヴィットに命じた。自身の不名誉と、王太子の受けた汚辱を払拭して回れというお達しなので、グネギヴィットは謹んでこれを拝命した。


 意表を突いて持ち出されたアレグリットとの交際の申し入れに、ぽかんとしたグネギヴィットに、「うちも王家の一つでね」とのたまったこの王太子は、もしもグネギヴィットが弁明に失敗をしていれば、自分の妃とするつもりの妹と絆を断たせるという、考えていた以上の厳罰を与える気であったということでもあり……、グネギヴィットは大いに肝を冷やしながら、二度と王家に不忠を疑われる真似はすまいと決意していた。


 こうして、審問の大きな副産物として、王家との新たな縁を得たグネギヴィットは、お妃選びの勝利報告と王太子の書状を手土産に、意気揚々と【北】エトワ州城に帰還した。

 帰って即刻一門を招集し、自身の隣にアレグリットを置き、ユーディスディランの書状を振り翳して、一世一代のわがままを通すための、親族会議を開いたことは言うまでも無い。



*****



 そんな風にグネギヴィットの身辺では、めまぐるしく重大な出来事が立て続けに起こっていたが、エトワ州立劇場で預かり中のルアンの日常は、外出不可であり監視付きではあるものの、劇場係員のそれと大差なかった。

 ルアンは給金のいらない便利屋の扱いで、劇場内の清掃や室内装飾をさせられたり、がたついた座席や扉の修繕を買って出たり、その際の手並みを見込まれて、舞台の大道具作りに駆り出されたりといった具合に、あっちでこっちで使われていた。


 その真面目な働きぶりと人の良さで、劇場の裏方にすっかりと溶け込んでいたルアンが、外出から戻ったシュドレーに、真っ昼間から風呂に突っ込まれた上、お仕着せの衣服で身なりをきちんと整えさせられて、エトワ州城へと移送されたのは、暦の上でこの年最後の夏の日であった。


 連れて行かれた先は、何故か城内の礼拝堂である。春のフレイア、夏のサリュート、秋のフィオ、冬のオルディン。美しい四神のステンドグラスが晩夏の光を透かす堂内には、花期の終わりが近づいた、『マルグリットの夏の園』からかき集めてきたらしい、【夏男神の百合】サリュートキュリストの花がたくさん飾られていた。

 シュドレーは礼拝堂にルアンを押し込めると、外からさっさと扉を閉ざしてしまった。何の説明も無く放り出されたルアンの視線の先で、グネギヴィットは清楚な純白のドレスを纏い、祭壇の前で待っていた。



「ルアン」

 グネギヴィットは恋しげにその名を呼ぶと、花が綻ぶようにふわりと笑った。宝飾品の類いは一つも付けず、艶やかな黒髪をしっとりと結い上げただけのグネギヴィットは、眩いばかりに清らであった。

「お久しぶりです……、公爵様」

 ふらふらとそれに誘われるように近付いて、ルアンはなんとか挨拶をした。グネギヴィットを映した目が、潰れてしまわないのが不思議だった。


「うん……、ずいぶん久しぶりにルアンに逢えた気がする。最後にお前の顔を見てから、一月と経っていないはずなのにね」

「はい……」

 また逢えた……。そのことだけで感慨無量で、ルアンは頷くのがやっとである。グネギヴィットがルアンには見慣れない、女性の姿でいるせいもある。


「元気だった? シュドレー叔父上に苛められていない?」

「はい。俺の立場を思えば、よくして頂いている……と思います。公爵様との出会いから何から、洗いざらい吐かされましたけども……。公爵様の夜の庭で、見たことも聞いたことも言わないって、最初にしたお約束を破ってしまいました。すみません」

「相手がシュドレー叔父上では仕方がないよ。お前がごまかし下手なのはわかっているし……。わたくしの口を割らせるよりも、お前の方が楽勝だとでも、叔父上は思われたのだろう」


 正直者と狸では、結果は火を見るよりも明らかだ。商魂逞しいシュドレーのことである、場合によっては劇化を……という腹もあったのではないかとグネギヴィットは疑っているが、グネギヴィットがルアンとの『気晴らし』を始めた動機に、王太子が直接絡むとあっては、さすがに断念しただろう。お前の知らないグネギヴィットのことを、自分は知っているんだぞと、ローゼンワートに子供っぽい自慢くらいはしていそうだが。


「仕方がない。本当に仕方がない。だけど仕方がないで、流せてやれないこともこの世の中にはあるのだぞ。わたくしはその償いをルアンにしてもらいたくて、今日シュドレー叔父上に、お前をここへ連れて来てもらったんだ」

「償い? そういうわけだったんですか……。どのことについてだかわかりませんけれど、公爵様のお気が済むんなら、俺は何でもしますけども――」

 何がグネギヴィットの中でつっかえているのか知れないが、ルアンに何かとやってしまった感はある。 畏まるルアンの台詞を言葉質にして、グネギヴィットはルアンに迫った。


「ならば二言無きように。これはわたくしの心を奪い、わたくしの名を汚した罰。ルアン、これから先は、夫としてわたくしに仕えなさい」

「は……ちゃめちゃですね……、公爵様……」


 あまりのことにめまいを覚えて、ルアンは思わずその場にしゃがみ込んだ。この人はまた突然に何を言い出すのか!? いきなりの恋人宣言の次が、恋人らしいあれこれを素っ飛ばしての逆求婚とは! グネギヴィットの発言は突拍子も無くて、ルアンの思考がついてゆかない。


「滅茶ではない。お前がここに居着いているせいで、わたくしは他の男性に触れることができないの。わたくしをこんな身体にした責を取って、ルアンがわたくしを引き受けてくれるのが筋というものだろう」

 じっとルアンを見つめて、両手を胸に重ねながら、グネギヴィットは切に訴えを続けた。ぐっとくるような口説きだが、その要求は横暴だ。


「こんな身体にって……、なんか違う気がするんですけど公爵様」

「違わないの。少なくとも、わたくしにとっては違わない。わたくしは家督を継がせる子供が欲しい。だけどそのための一連のことは、ルアンとでないとできそうにない。だからルアンに授けて欲しいと言っている」

「困りますよ、公爵様……」

「どう困るの? お前はわたくしと、子作りするの、嫌?」

「嫌じゃないから、困るんですっ……! 公爵様と子作り作業なんかさせてもらった日にゃあ、俺は感激の余りおっんだっていいくらいになりますよ」


 何ということを聞いてくれるのか!! ルアンはいたって健康な肉体と、それに見合った健全な精神を持つ若者である。好きでしょうがないグネギヴィットと、子供ができてしまうようなことなんて、したいに決まっているではないか! 考えることすら罪深い未知への想像だけで、ルアンは鼻血を吹きそうである。


「では、問題なんて無いではないの。感激してくれるのは嬉しいけれど、一度だけで死なれては困るけど……」

 自分の言葉に反応して、ぽっと頬を染めるグネギヴィットを、こんな時だが可愛いなこんちくしょうめと思いつつ、ルアンは両手で頭をかきまわした。


「いや、どう考えたって大ありでしょう!! ご親族の方たちは、何ておっしゃってるんですか!?」

「一門の者たちに異存はないよ。王太子殿下にお墨付きを頂戴して来たからな」

「はい?」

「ちなみに王太子殿下からは、わたくしたちの門出に向けて祝福の御言葉も頂いている。この先苦労があるだろうが、病める時も健やかなる時も、愛する庭師と二人で乗り越えて行くように――と」

「はいぃ?」


「お前を婿とし、サリフォール家の籍に入れるという、正式な婚姻を認めることはできない。けれどわたくしとお前に子ができたなら、それはサリフォール家の嫡子として遇して下さる。それが王太子殿下の決定だ。お前はわたくしを袖にするばかりか、恩情溢れるお志を下さった、殿下のお顔も潰すつもりか」

「そっ、それって……、まるっきりの脅迫じゃあありませんか公爵様! ああもう何だってそんなことに……!」


 ルアンを夫にすると心に決めたグネギヴィットに、前もってこれという障害を取り除かれてしまって、逆にルアンには退路がない。この求婚を断りなどすれば、ルアンは完全に反逆者だ。

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