24-4
ユーディスディランと続く話を済ませたグネギヴィットは、その後主君の命を受けた、近衛二番隊の騎士ヘルヴォンに先導され、王宮の奥の奥にある、王家の談話室へと足を運んだ。マリカもおそらく大丈夫だろうが念のため……と、近くまでの帯同を特別に許可される。
さほどの時を待たされることも無く、グネギヴィットが室内へ招き入れられると、そこではアレグリットが、一つの大きな長椅子の上に、国王夫妻に挟まれて座っていた。
アレグリットは披露目をしたその日から、国王ハイエルラント四世の可愛い姪御姫である。
加えて、飾って楽しい容姿のみならず、その淑やかで、しかしそれだけではないと轟き知れた内面までも、すっかりと王后のお気に召しているのだろう。
父を亡くして久しく、母のことは、思い出らしい思い出すら持たないアレグリットでもある。国民の父母ともいえる国王夫妻を素直に慕い、人質という物騒な立場がそぐわぬほどに、両者から慈しまれてきたのが見て取れて、グネギヴィットに胸の内に、既に嫁にやってしまったような、一抹の切なさがよぎる。
「迎えに来たよ、アレット」
それでも、アレグリットはグネギヴィットの妹だ。一生それは変わらないし、変えさせるつもりもない。今日は兄の姿を借りて胸を張り、自慢の妹に腕を取らせて、正面から堂々と連れて帰る。自分たちの故郷へ、マイナールへ。
「お姉様っ……!」
国王夫妻に臣下の礼を終えたグネギヴィットが手を述べると、アレグリットは弾かれたように立ち上がり、やにわに姉の身体に飛びついて来た。しばらく会わない内に、すっかりと大人になってしまったようで、こういったところはやっぱり子供で……。涙ぐむアレグリットをしっかりと抱き止め、グネギヴィットは礼を言う。
「伯母上から聞いたよ。王立劇場のサロンで、母上のために怒り、わたくしとルアンの弁護をしてくれたのだってね。ありがとう、アレット」
「いいえ、自分のなすべきことをしただけですわ、お姉様。信じていました……、信じていましたもの」
「……うん」
姉妹の間に、それ以上の言葉は必要なかった。お互いに、積もる話は山ほどあるが、それをするのは後でいい。マイナールへ戻る馬車の中で、心ゆくまでできるだろう。
「なんじゃ、もう連れて帰ってしまうのか。寂しいのう」
「陛下……、それはわたくしが真っ黒であればよかったと、おっしゃられているのと同じでございますよ」
妹を抱き締めていた腕を解きながら、グネギヴィットはハイエルラント四世に向き直った。
それでもアレグリットの、華奢な肩は放さない。妹もまた、自分を掴んだままでいてくれるのが、グネギヴィットにはたまらなく嬉しい。
「そうは言ってものう。寂しいものは寂しいんじゃ」
拗ねたように不平を漏らす国王に、グネギヴィットは苦笑する。実のところ、国王もまた歓喜させるような事態が待ち受けていたりするのだが、それは今ここで、グネギヴィットの口から明らかにしてよいことではない。
「まあ、グネギヴィットの疑惑が晴れたのは結構なことですし、ユーディが許してしまったものは仕方が無いわねえ……」
ヘルヴォンから手渡された、事の次第を簡潔に伝えるユーディスディランからの報告書に目を通していたドロティーリアは、諦めたような表情を作ってアレグリットに視線を向けた。
「アレグリット、王太子殿下がお呼びです。グネギヴィットはここで待たせておきますから、お暇乞いをしていらっしゃい」
「はい」
返答して頬を染めたアレグリットの前に、室内で待機をしていたヘルヴォンが、しゃきしゃきと進み出て丁重にお辞儀をした。新緑祭の日からの縁で馴染みとなり、今ではアレグリットの崇拝者となっているヘルヴォンは、ユーディスディランから母后へのお遣いを託されると共に、アレグリットのエスコートも仰せつかってきたらしい。
*****
ユーディスディランの待つ客間へとアレグリットを送り出し、グネギヴィットに着席を勧めたドロティーリアは、報告書に記載されていたような、繊細な問題を抱えている風にはまるで見えない、グネギヴィットの凛々しい顔を眺めながら吐息をついた。
「全くあなたときたら、転んでもただでは起きないのだから……」
「呆れておいででございますか?」
「頼もしいと言っていますのよ。サリフォール家の当主たるもの、是非ともそうであってくれなくては。これから先を考えて、落ちぶれられても困りますしね」
叱咤交じりなドロティーリアのお褒めの言葉に、グネギヴィットはくすりと笑った。狡猾に、強かな狸であれとは――、やはり王后は、懐が広い。
「それにしても、ユーディスディラン殿下もつくづく、捻りの利いた御方でいらっしゃいますね。召喚状に書かれておいでだったあの罰則に、まさかかような落ちを用意しておられるなんて……」
そんなグネギヴィットを感嘆させる王太子に、ドロティーリアは鼻を高くする。傍らでほう、ほうと、声を発しながら報告書を読んでいる、最愛の夫に肩に身をもたせかけて。
「だからデルディリーク家は、代々サリフォール家の狸の主でおれますのよ。普段はこんなにおとぼけていらっしゃる、あたくしの陛下だってそうですわ。
ユーディの心が決まっていたことにも、救われたかもしれませんね、グネギヴィット。自省をし、恩義を感じているならば、今後は益々の忠誠心をもって、あたくしたち王家に仕えて頂戴」
「はい」
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