第十九章「駆引」
19-1
所変わって、王都クルプワ――。
華やかなる社交の時節。王后ドロティーリアと、彼女の『可愛いお友達』たちからのお誘い攻勢が連日激しかったが、王太子ユーディスディランは、それを適当にあしらいつつ、国政に勤しむ毎日である。
王后のお茶会で事件が起こった際、グネギヴィットが受けた咎めの内容を耳にしてユーディスディランは絶句し、やはり早まらなくてよかったという思いを強める一方で、アレグリットが王都に残してゆかれたことにはほくそ笑んだ。
とはいえ、アレグリットが『王后の人質』にされたことが、一息に二人の距離を近づけたかというと、全くもってそうではない。
アレグリットはユーディスディランの期待を外して『王后の人質』に徹し、姉に代わってドロティーリアに償いをするのに懸命で、そのために王宮へ出入りしているようにしか見えなかった。
ドロティーリアもドロティーリアで、他の王太子妃候補たちと公平を期するように、アレグリットを彼女たちのいない場所で、息子に会わせることは避けている様子であった。体調不安を理由に、催し事の参加を見送ることもあるアレグリットは、他の姫たちよりも顔を合わせる機会が少なく、ユーディスディランはむしろ不公平に感じたくらいである。
そんなこんなで、アレグリットが鳴り物入りで王太子妃候補に留め置かれたことも一時の話題で、王太子の元恋人の妹なのだから、アレグリットの態度――言い方を変えれば、サリフォール家の対応――はそうもなろうと人々が合点し、王后がかの姫を人質に取ったのは、この賑々しいお祭り騒ぎから、州公筆頭のサリフォール家を除け者にせぬよう気を配ったのではないかという話にまで飛躍していた。
王太子妃候補の姫たちの中で、依然として幅をきかせているのはケリートルーゼであり、ドロティーリアからは、ユーディスディランがもたもたしていると、アンティフィント家に外堀を埋められてしまうぞ、それが嫌ならさっさと選べ、お膳立てはしてやっているのだから、積極的にもうちょっと動けという、無言の圧力が発されていた。
万事控え目にしたサリフォール家とは対照的に、アンティフィント家の煽りは激しく、ケリートルーゼ圧倒的優位の噂が席巻する宮廷で、純粋な好意から、あからさまにアレグリットを贔屓している有力者がいた。
国王ハイエルラント四世その人である。
とはいっても国王は、ユーディスディランのお妃に、と、アレグリットを推挙しているわけではない。
「余の姪じゃよ。可愛いじゃろ」
というのを、すっかりとアレグリットの後見人の
同じ姪であってもハイエルラント四世は、グネギヴィットにはここまで厚く目をかけていない。不思議に思いユーディスディランが追及すると、
「グネギヴィットの披露目の年には、まだ下の王女が国におったし、グネギヴィットにも父と兄がおったじゃろ? だからじゃよ」
という回答がけろりと返ってきた。なるほど、王女たちを嫁がせてしまって寂しい国王と、父兄がおらず心許ないアレグリットの、需要と供給が上手く噛み合って、叔父と姪の血縁にある二人が、仲良し親子の如くになっているというわけだ。
近頃では、国王夫妻がおでましになる時、ハイエルラント四世がアレグリットを連れ、ドロティーリアはユーディスディランにエスコートさせている、という光景が定着しつつある。『国王一家』という枠の中に、王姉の姿と気品を映した白百合の蕾の姪御姫が、違和感なく嵌め込まれた格好だ。
父母はそれぞれご満悦で、アレグリットも嬉しそうにしているのだが、果たしてこれでいいのか? と、ユーディスディランは一人首を傾げている。
ユーディスディランの疑問符は日々大きくなるばかりであったが、それでいいのだと考える者たちは一定数いたようだ。
夏の盛りのとある暑い日、ユーディスディランは参加を強いられていた王后企画の舟遊びの約束を土壇場で取り消して、
*****
さて、デレスが普段、あってないものとみなしている、北の隣国の一つロジェンターという国は、国教とした一神教の厳しい教義をそのまま法とする、何かとお固く格式ばったお国柄である。
礼服だという聖職衣を纏った、デレス
白の大陸の中央部と北方を分けて、長く険しくそびえ立つアズナディオス山脈――アズナディオスは、
かの国の王女であった、王太后ベアトリスカが健在であった頃には、もう少し親交が持たれていたが、当のベアトリスカ本人が、我が子や幼い孫たちの縁談に祖国が煩く介入してこようとするのに嫌気がさして、もう相手にしなくていいからと、振り切ったとも言われている。
ユーディスディランの瞼の祖母ベアトリスカは、いうなればハイエルラント四世の女性版。そのぽわんとした親しみやすさと品の良さで、家族と国民に愛されたお后だった。あの気長な祖母を辟易させたのだから、ロジェンターの干渉は相当にしつこかったのだろうと思う。
ということで、あちらの顔も知らない王族との間に遠い血縁はあるものの、ユーディスディランにとってロジェンターは、下手に係わると面倒くさそうな狂信者の国、という認識である。さらに近年のロジェンターは、北東の新興帝国ゾライユとの間に、いつ開戦してもおかしくないような不穏な空気を漂わせており、デレスがその火の粉を被ることが無いように、ユーディスディランはこれまで以上に距離を置かせてきた。
国政に携わる者たちには、その考えを浸透させ、十分な賛同を得てもいるはずなのに、アレグリットへの縁談を持ち込んできたロジェンターの大使を、自分との謁見にまで臨ませるとは、実に気が利かないと思うユーディスディランである。
いやそれとも、別の誰かのために気を利かせて、ユーディスディランにアレグリットの外交の駒としての利用価値を、教唆してやろうという親切心であるのか……? ユーディスディランがうんざりとすることに、そちらの可能性の方が大いにあり得る。
ユーディスディランの頭に、断る以外の選択肢は浮かばなかったが、この場で即答するのは失礼にあたる。もっともらしい理由を捻り出すために、返事は後日として、ロジェンターの大使を一足先に退席させた。
謁見室にはユーディスディランの他に、老宰相とキュベリエール、そして此度の謁見の仲立ちをした、外務省の長たる外務卿が居残っていた。立ち会わせた三者の中で、ユーディスディランが誰を責めるべきかは言うまでもない。
国王代理の王太子が、直接話を聞くことで、ロジェンターの大使にはいらぬ期待を持たせてしまっただろう。第三王子の肖像や吊り書き、ロジェンター王の親書といった類のものはなく、口頭での打診であったのだから、一存で断りを入れられぬまでも、一旦外務卿の預かりとし、彼からユーディスディランに上奏する形を取ってくれていたならば、余計な骨折りを増やさずに済んだものを……。
「外務卿」
「はい?」
ユーディスディランは、椅子の肘掛けに肘をつき、その指先でこめかみを支えながら、揉み手で構える外務卿を睥睨した。
「私の従妹姫には違いないが、アレグリットは外戚、サリフォール家の姫君だ。それを、デルディリーク家の養女として、他国の妃に送らねばならぬほど、我が国の外交官僚は無能か?」
「そっ、そのようなことは――」
「ならば私に、外務省の人事刷新を考慮させぬよう、襟を正して精勤せよ。断りの理由については追って沙汰する。話は終いだ。下がれ」
青ざめる外務卿を謁見室から払い出し、ついでに老宰相も引き取らせて、ユーディスディランは深々と溜め息をついた。
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