第14話 説明会
「それでは説明会を始めさせて頂きマス」
午前十一時、メリッサは緊張した面もちで話し始めた。いらぬ刺激を与えぬように、なおかつ広い会場に声が届くよう細心の注意を払う。
母屋の二階には、宴会を開けるほどの大きさの広間がある。そこに集まった人々を収容している。
雄三が出ていってすぐ、宿に殺気だった人々が到来したのである。その中には雄三とやりあった老人の姿もあった。メリッサは彼らの目当てが自分だとわかったため、説明会を行って不安の払拭に努めている。
明は雄三を呼びに行ったが、メリッサは一人でやり遂げるつもりだ。そうすべき責任がある。
「皆さもんご承知の通り、私は」
メリッサは自分の頭部を取り外し、腕に抱えた。途端、どよめきとも悲鳴ともつかない声が会場にあふれた。
「魔族……、と呼ばれる存在デス。驚かせてしまってすみまセン」
頭部を持ち上げ、首に接続する。頭部の重量は三キログラムほどあり、元に戻すのが大変だ。
戻す時に、小さな子供を連れた母親がいるのに気づいた。暴動に繋がらないように慎重に言葉を選ぶ必要があると改めて自戒する。
以下、質問とメリッサの答弁の内容である。
<この町に来た目的と滞在期間を述べよ 六十九歳 無職>
「見聞を広めるために、休暇をとりまシタ。伊豆は温泉が有名なので前から興味がありまシタ。期間は七日から十日を予定しています」
<他に仲間がいるのか 三十九歳 鉄道職員>
「一人で来まシタ。友人と来る予定でしたが、病気でこれなくなったのデス」
<武器を携帯しているか 四十歳 医師」
「後で調べて頂いても結構デスが、武器になるものは持っていません」
<家族はいますか 二十七歳 主婦>
「難しい質問デス。私たちは全てのものを同胞として扱いマス。皆さんのような婚姻契約などはないのデスが、個人的な憧れはありマスね」
<普段はどんな仕事をしている 十九歳 職人>
「資料管理などの事務仕事が主です。通訳などを任されることもあります。まだ新米なので上司によく怒られマス……」
<ヤモリは食べますか 五歳 男児>
「お腹が減ったら食べてしまうかもしれまセン。といっても食べ方がわかりまセン。どなたかご存じでショウか」
<好きなおさかなの絵をかいて
三歳 女児>
「いいデスよ。私は鮭が好きデス」
メリッサが快く子供の要望に応え、絵を描いている間、人間たちの間で合議が行われた。
いくら問いつめても、メリッサからは大した情報を引き出せない。平凡な女の顔が浮かび上がるだけである。上手くはぐらかされているとも言えるが、決定的な証拠はない。そもそも彼らが集まったのは市場に進出してきた魔族へのクレームが主であり、メリッサにはおおよそ関係がない。
旅館に魔族がいるという情報を聞きつけ集まったはいいが、解散もやむなしという空気が支配的になった。
「騙されるでない!」
沈滞ムードを吹き飛ばすような大喝である。
一人の老人がメリッサを指さして叫んだ。彼は一同が集まる前に下見がてら宿を訪れ、雄三に追い返された男だった。
「魔族が市場に来てから、商売あがったりとおんしら文句言うとったではないか。不当に安く仕入れた品で相場を荒らしおってからに」
メリッサは同胞の名誉のために、上擦った声で反論してしまう。
「ご、誤解デス。アメリカから仕入れた品物が主ですが、ちゃんとした品です。盗品とかでは決してありまセン」
「ほれ、聞いたかご一同。敵国と通じている者の言うことが信じられるかね」
物資の不足による価格の高騰が異常なだけであって、魔族の提示する価格が破壊的に安かったとしても、本来なら非難されるには当たらない。
だが、闇市で商売している人間も生活に困窮している。商売が成り立たなければ飢えるしかない。メリッサに抗議に来たことも心情的に理解できた。
こんなことになるなら支援物資として放出するべきだった。メリッサが決めた方針ではないが、悔やまれることだった。
それよりなお深刻な事がある。日本人にとってまだ戦争は終わっていないのだ。アメリカの名前を出した途端、彼らの目の色が変わった。メリッサは身の危険を感じ、膝の上にいた女の子を母親の元に返した。
「落ち着いてくだサイ。物資のことは彼らに言って聞かせマス。その他問題があれば私が交渉に当たりマスから」
「おかしいぞ」
疑義を呈する声が間髪入れずに上がった。メリッサは、失言したことに遅まきながら気づいた。
「さっきは単なる旅行者の振りしてた癖にそんな権限あるのか。こいつ、アメリカのスパイなんじゃないか」
今や空気は一変している。まるで破裂寸前の風船がメリッサの手にあるようだった。もはや弁解も不可能らしい。退却することも考えたが、人が壁のように立ちはだかり、メリッサを圧迫している。
(最近似たことがあったけど、何だったカナ)
メリッサは悠長に考えていたが、すぐには思い出せないまま壁際に追いやられてしまった。
閉塞感、肌に突き刺さるような恐怖に、覚えがある。
「雄三……」
今朝の遊戯に思いを馳せた。将棋は不利な局面が延々と続くことがある。報われるかどうかもわからない。今朝、経験したことと、現在の状況はそっくりだ。もちろん、盤面と現実は厳密に照応しているわけではない。
雄三は遊戯でも手を抜かず真剣に向き合ってくれた。あの姿勢は現実に立ち向かう勇気をくれる。
「あの……」
メリッサは勇を鼓して口を開く。命をとしても彼らと話す必要性を感じたのである。
せっかくの誠意も何故か空を切った。対峙していた人々はもはやメリッサを見ていない。別のものに目が奪われていたのである。
部屋の入り口から人垣が割れ、道ができる。着流しの大男が悠々と畳を踏みしめてやってきた。
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