第13話 ザリガニ釣りの少女
午前中の間、雄三は家の掃除、保全をした後、食材を探すように言いつけられた。
「食材の調達はメリッサとしてきたんじゃないんですか?」
「あれだけで足りるわけないじゃないか。あんたなんか尚更だろう?」
口には出さないが、誰しも空腹を抱えている。ぐうのねも出ない雄三であった。
「私も手伝いマス!」
援軍のメリッサを明はやんわりと押しとどめる。
「あんたは一応、うちの客だからね。仕事はさせられないよ」
「客をいびるのはいいのかよ……」
「かわいがりだよあれは。ほら何か見つけるまで帰って来るんじゃないよ!」
雄三は蹴られるようにして家の外に閉め出された。
メリッサと二人きりになった明は、彼女に座布団とお茶を勧めてきた。
「メリッサ、あんた、何かを待ってるね」
メリッサは素知らぬ顔で茶をすすっていたが、心が揺れ動いていた。
「素敵な王子さまを募集中デス」
「あれ、雄三は違うんだ?」
メリッサはいつものように困った笑みを浮かべ、茶碗を置いた。
「雄三は同志デス。それ以上でもそれ以下でもありまセン」
二
荒野に放り出された雄三は宿の周りをうろついていた。
食料を調達とするいっていも、金もない、つてもない、腕もないときたら足を働かせるしかないのだ。
獲物を探るハンターさながら、鳥の後をつけてみた。雄三には羽はないのですぐに見失ってしまうが、自尊心を守るのに少しは役だった。
「何やってんだ俺……」
鳥のふんが岩の上に落ちて白いしみになった。虚しくなる。一体自分は何をしているのだろう。
ひとまず一昨日出会った将棋少年の家に訪ねてみようと考えた。雑用をすれば薪か何か貰えるかもしれない。どのみち手ぶらでは帰れないのだ。駄目元で頭を下げに行くことにした。
道に置かれた地蔵に目が留まる。穏やかな表情の地蔵の足下に小さい皿があり、おはぎが載っていた。
まだ乾いていない。置かれてまだ時間が経っていないようだ。雄三は喉を鳴らした。
善意の代物だろうが、あのまま放置しておいたら野生の餌食になる。
雄三も例外ではない。野に放たれれば、人間も野生の獣も紙一重である。
手を出そうとして引っ込める。寸前の所で思いとどまった。
「きゃ〜、た~す~け~て~」
草むらの向こうから間延びした悲鳴が聞こえる。雄三は助けを呼ぶ方向に走った。
荒野の中にも人の通り道は草が刈られている。現場もそのような場所だった。
複数の子供がすばしっこく走り回っている。円を描くようにして周期運動を繰り返していた。見つめていると催眠術にかかったように雄三も目が回ってきた。
気力を振り絞り、集中すると円の中心に動かない人間がいるのがわかる。子供の一人を捕まえ、流れを止めた。すると残りの子供は草むらに身を潜ませた。雄三が捕まえた坊主頭の子も、がむしゃらに拘束を解いて逃走した。
円の中心にいたものを目の当たりにし、雄三は後ずさった。
妖精のような可憐な少女が座り込んでいる。
ゆるく垂らした煌めく銀髪だけでも異様なのに、小柄な体を赤いマントで守っている。黒いストッキングに足を露わにしたミニスカート、頭には羽つき帽子を載せていた。
「ほら! もうザリガニ捕ってこいなんて言わないから帰って来なさい」
少女が涙声混じりに叫ぶと、子供たちが草むらから顔を出した。三つの顔が順番に口を開く。
「本当に」
「もう」
「僕らを餌にしない?」
少女が頷くと、彼らは草むらから走り出てきた。一挙手一投足が統率の取れた動きだ。
「ザリガニを食べさせたくて川に来たけれど、この子たち自分が餌にされると思ったみたい。そんな大きなザリガニ魔界にもいないわよ」
桜が一気に咲き誇るような笑みに、雄三は見惚れている。
「ザリガニが取れるの? この辺で」
雄三が一歩近寄ると、子供たちが束になって少女の楯となった。敵意をむき出しにし、誰何する。
「お前は」
「どこの」
「誰だ!」
子供たちを押しとどめ、少女が雄三を見上げる。
「どこの誰でもいいわよ。さっきはありがとう。この子たちは孤児だったの。何故かついてきちゃうから困っちゃう。もって生まれた徳というのはある意味厄介ね」
高貴な物言いをする少女はどこから来たのだろう。雄三は気になったが尋ねづらい雰囲気があった。
「この辺もだいぶ変わったわ。昔はもっと賑わっていたのだけれど」
「火事があったみたいだから」
「あなたは? この辺りにお住まいなの?」
「近くの宿に住み込みで働かせてもらってる」
「へえ……、宿が残っていたの。覚えておくわ」
少女を急かすように子供の一人がマントを引っ張った。
「もう行くわ。こうなったら本場のザリガニ釣りを見せてやらなきゃ」
「本場って何だよ」
「そりゃ魔界式の。餌が特殊なのよねえ……、うふふ」
少女が低い笑い声を出すと、子供たちが震え出す。あながち被害妄想とも言い切れないかもしれない。
少女は子供たちを伴って草むらへと消えた。人さらいの可能性を疑るべきだが、雄三はとにかく夢見心地でどんな会話をしたか覚えていない。
それに少女の赤マントが気になっていた。GHQと書かれており、金色の角のマークがあったように見えた。
(まさかな……)
メリッサ以外の魔王軍がそうそう現れるわけがないという先入観がある。雄三は頭を切り替えた。
三
親子は留守だった。雄三は失意とは言えないまでも、気を落とした。朝寝坊の件もあったし、これ以上のしくじりは許されない。
いっそザリガニ釣りでもしようかと思い立ち、川辺に行ってみた。
先ほどのマントの少女達がいないか上流まで遡ったが、いなかった。
川の水は驚くほど澄んでいる。飲料に適しているかわからないが、雄三は手ですくい喉を潤した。
「おーい!」
明が自転車で土手の上にやってきた。何やら焦った様子で、声を張り上げている。
「すんませーん、なんの成果も出てません」
「そんなのもういいから。戻ってきて。大変な事になってる」
雄三は腰を上げ、明の自転車の後を追った。道すがら聞いた話によると、メリッサを目当てに人が押し寄せているという。
「メリッサが? どうして」
「どうも魔族っていうのがばれちまったらしいね」
雄三は自転車を追い越して明の進路を阻んだ。急ブレーキのため、自転車がつんのめる。
「何でメリッサを一人残して来たんですか? あんたやっぱりメリッサを許していないんだな」
「そうだよ。文句があるのかい」
明は居直った様子だ。自分の信念に基づいて行動している顔。一貫しているからこそ、メリッサを密告したのは明なのではないかという疑惑すら成立する。
「それでもメリッサを売ったのはあたしじゃない。その証拠にあんたを呼びに来たんだろうが」
とにかく事態を把握するために宿に急ぐことにした。メリッサの安否が気にかかる。
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