第15話 指針と、行き先
「昴さん、舞依さん。これから、あなた方の今後について、話したいと思います」
「はい」
「はっ、はい!」
先程の笑みとは一転、表情を引き締めたメイコに昴と舞依もまた姿勢を正す。
ふと、自分の名前が呼ばれたことに今更ながら気づいた。
こちらから名を明かした覚えはない。昴もそうだが、妹も同じだ。揃って頭に疑問符を浮かべる兄妹に、メイコは昴の右腕に巻かれたそれを指さした。
「へ? だって、それに名前が出ているじゃあないですか」
「え?」
メイコが指さしたのは、あの時に起動させてそのままだった腕時計型のカメラだった。電波の届かない土地に飛ばされたことでGPS機能が強制終了したのか、ディスプレイには昴本人の名前と黒い丸で隠された長ったらしいパスワードが表示されていた。
「あ! そうか、あのまま電源を入れて、そのままにしていたんだな」
「そういう事です。舞依さんの方は、昴さんの方から仰ってましたよ?」
「え」
メイコは可愛らしく首を傾げ、昴は思わず空を仰いだ。恐らく、自分も予期しない所で妹の名前を口にしていたのだろうか。そうだったとしたら、恥ずかしいことこの上ない。チラリと舞依を見ると、ゴミを見る目つきをしていた。
「あ、納得していただけたようですね。昴さん、相当警戒されていたようだったので」
「ぐふっ」
「大切な妹さんを守らなければなりませんし、その気持ちは十分に理解できますけどね」
「ざくぅっ」
メイコの指摘に、昴は先ほどの醜態を思い出して顔を赤くする。更に、昴が隠していた内心もついでに暴露されてしまい、追加ダメージに顔を地面に膝をつく。
――もっとも、上手く隠せていると思っていたのは昴本人のみで、メイコやディーバと名乗る獣人、挙句の果てには舞依にまでお見通しである。
経験を積んだメイコとディーバにとって、昴の心理状態は手に取る様に分かったのだが、警戒心剥き出しの状態でそれを指摘すると、碌な事にならないので、黙っていたのだ。
今それを暴露したのは、敵意を向けられた事への、若干の意趣返しでもあった。
「すいません。怪我まで治して頂いたのに」
「まったく、反省してよ。お兄ちゃん」
「いいえ、本当に気にしないで下さい。さっきの話を聞く限り、警戒心を抱かれるのも無理はないですから」
僅かでも疑ってしまったことへの罪悪感を感じた昴は、メイコに向かって素直に頭を下げる。
親に叱られた子供のように目に見えてしょげる昴に、謝罪を受けたメイコはあたふたと手を振ってさも気にしてないと言うふうにあっけらかんと笑うと、結界の外で見張りを続けているディーバを呼び寄せた。
ディーバは尻尾を一振りして結界を解くと、剣を背中の鞘に納めてスバルと舞依を刺激しないように努めながらメイコに話しかける。
「おゥ、姐さん。話は終わったんですか?」
「ええ。だいぶ落ち着いたようですし、取り敢えず街までご案内しようかと思います。この子たちはこの世界の住人ではないとはっきりしていますから、なるべく早く元の世界に帰してあげなければ、ね」
「それじゃあ、あの野郎の力を借りるんですか? 俺は賛成しかねるんですがねェ」
顔を顰めるディーバにメイコは肩を竦めると、昴と舞依の方へと向き直る。
「スバルさん。私達はこれから、拠点となる街に戻ります。残念ですが、今の私達ではあなた方の星に帰す術を持ち合わせていません。なので、その方法を知っているであろう人の所に連れて行きます」
「は、はい。その人に頼れば、俺たちは日本に帰れるんですか?」
昴の問いに、メイコは黙って首を横に振る。
「いいえ、とだけ。正直に言えば、"彼"ですら、あなた方がこの世界に来た原因を解き明かすことは出来ないでしょう。ですが、それなりに色々な場所に繋がりを持つ人ですから、必ず、あなた方の力になってくれるはずです」
「そうですか……。あの、その人に会ったら、もうメイコさん達とは会えませんか?」
「そんな事はありませんよ。私達はいつでも街に居ますから、あなたが会いたいと思うのなら、私達は何時でも駆け付けます」
ほんわかとした見る者全てを安堵させるような優しい笑みと信頼できる言葉に、昴は安堵する。
災厄と言っても過言ではない状況の中で、突如として現れた救いの手を自ら手放そうとするほど、昴は強くなかった。
ヒーリングボトルの効果もあるとはいえ、緊張に加えて恐怖と不安に襲われていた昴は、メイコの言葉によってもたらされた安心感でそれまで全身に張り巡らせていた力が一気に抜けて行く。
「あー……。取り敢えず、その"街"まで妹共々お世話になります」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
律儀に挨拶を交わしたところで、握手を交わそうと手を差し出したメイコが、自分の腕が血に塗れていることを認める。視線は自分の体へと移り、そこでようやく、自分が血まみれの状態だったことに気が付いた。
「いやだ、私ったら。こんな格好で二人と話していたなんて」
「気づいていなかったのか、姐さん。それはもう、恐ろしいモンだったぜェ?」
「あ、あはは。確かにちょっと、怖くはありましたけど」
恥ずかしそうに顔を赤らめるメイコに、ディーバが笑って昴の背を叩く。
昴はそんな彼女の妙に色っぽい雰囲気に中てられて、曖昧な返事しか返せない。それどころか、メイコから視線を逸らして下を向いてしまった。舞依はといえば、そんな純情かつシャイな兄に呆れているようだ。
「で、どうすんだ? そのまま街に帰るつもりかよ? 大騒ぎになる事間違いなしだぜェ?」
「そんな事しませんっ! まったくもう、ちゃんと綺麗にしてから帰りますって」
揶揄われたメイコはぷんすかと怒りながらディーバをキッと睨みつける。ディーバは怖い怖いと言って退散すると、舞依の後ろに隠れた。
メイコはゴホンと大きく咳払いをすると、腰に提げていた剣を鞘ごと外すし大地に突き刺す。
「わあ、また魔法!?」
「おゥ、そうだ。だが、姐さんの使う魔法は俺らの使うモンとは別次元だ。目をかっぽじって、よく見ときなァ」
「……?」
目を輝かせる舞依に、ディーバは笑って首肯する。彼の反応を見るに、どうやら見るのは初めてではないらしい。同じ魔法であると肯定しながらも、別次元と称したことが、昴には引っかかった。
目を閉じたメイコは、まるで何かに祈る様に両手を胸の前で組むと、桜色の唇を開いて唱を紡ぎ出す。
《時を超え、空間を超え、全てを超えて。我は清濁併せ持つ者。常世全ての理は既知となりて。森羅万象は彼岸と此岸を彷徨い続ける。明日の悲劇と過去への妄執に縋る哀れな子羊に、悲嘆と憂鬱の祝福を。――回帰》
彼女の唱える詠唱には、派手なエフェクトも、荘厳な音も、何も無かった。ただ静かに、朗々と呪文を唱え続ける。最後の一節を唱え終えると同時に、変化は起きた。
血や泥で汚れていた服が真っ白に、くすんでいた鎧が元の銀色の輝きを取り戻してゆく昴や舞依の目には、時が逆戻りしたように映った。
「へっ! どうだ、お二人さん。これが、姐さんの使う――あん?」
「か、か、か――」
「カッコいい!」
「!?」
神秘的を通り越して不気味さを醸し出すその魔法は、しかし昴と舞依にとっては刮目に値するものではあった。
ふふん、と得意げに胸を張るメイコと、爛々と目を輝かせる昴と舞依。そして、絶句するディーバ。
谷風兄妹は、厨二病であった。
天宮のプレアデス まほろば @ich5da1huku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天宮のプレアデスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます