みんなを救え!

 ココルたちがプラネタリウムに到着とうちゃくした時には、すでに消防隊の隊員とロボットたちが消火活動を始めていた。しかし、燃え上がる火はなかなかおさまらない。


「ココル! お父さん! バトラー!」


 プラネタリウムの外に無事に逃げられた生徒たちの中に愛菜あいながいた。愛菜は泣きじゃくりながらココルに抱きつく。


「勇治がまだ中にいるみたいなの! どうしよう……。勇治ゆうじが死んじゃう。家族が死ぬのはもう嫌だよぉ……」


「泣かないで、愛菜ちゃん。わたしが勇治くんを助けに行くから」


 ココルは愛菜をギュッと抱きしめ返す。


「でも、ココルまで危ない目にあっちゃう……」


「わたしは、人間のパートナーになるために生まれてきたロボットだもん。勇治くんや愛菜ちゃんの友達を助けるためなら、炎の中にだって飛びこめるよ! わたしにまかせて!」


 ココルはニコッと笑うと、プラネタリウムの館内かんないへと走って行った。


 バトラーもココルとともに行こうとしたが、信人のぶとあわてて止めた。


「おまえはここに残って、逃げて来た生徒たちのきずの手当をしなさい。炎の中でうっかりミスをしたら、一巻いっかんの終わりだぞ」


「ぐ、ぐぬぬ……。無念むねんです。可愛い妹ががんばっているのに……」


 バトラーは、がくりと肩を落とした。


 一方、けむり充満じゅうまんしているプラネタリウムの館内に入ったココルは、そこで意外なロボットと再会していた。


「あれ⁉ ムートちゃんだ!」


「キュキュー♪ キュキュー♪」


 ムカデのような姿のムートが、うれしそうに体をくねくねさせながらココルにすり寄って来た。


 ムートはアケディアによってディアボロス・ウイルスで凶暴化きょうぼうかさせられていたが、信人に電子頭脳でんしずのうを直してもらってレスキュー隊のロボットに復帰ふっきしていたのだ。ココルと同じく、館内に取り残された生徒たちを救出するために、けつけたところらしい。


「ちょうどいいや。わたしたちで協力してみんなを助けようよ」


「キュキュー!」


 ムートは「いいよ!」というメッセージをココルの電子頭脳に送った。ムートには会話機能がないけれど、ロボット同士なら電子頭脳と電子頭脳でメッセージを送り合ってコミュニケーションが取れるのである。


「じゃあ、逃げ遅れた人がどこにいるか今から探すね。……超音波ちょうおんぱセンサーと人命探査じんめいたんさレーダー、発動!」


 チェリーピンクのひとみが、右目はレモンイエロー、左目はストロベリーレッドに変わり、ココルは館内の全エリアに超音波と電磁波でんじはを飛ばした。


 ココルの高性能な超音波センサーは、広い建物の中のどこに人間がいて、どこに瓦礫がれきなどの障害物しょうがいぶつがあるかが、すぐにわかるのだ。

 また、人命探査レーダーの電磁波は、人間の心臓しんぞうはいに当たってココルの元に返ってくる。その電磁波の情報から、人間たちがちゃんと息をしているか、自分で動ける状態じょうたいなのかがわかるのである。


「……よし、わかった。この建物の中には十二人の人間がいるみたい。そのうち、自分で歩いて移動しているのは七人。残りの五人は何らかの理由で動けなくなってる。タロースと思われる大きなロボットが建物の西側で暴れているみたいだけれど、今のところ生徒のみんなからははなれた地点にいるからだいじょうぶ。急いでみんなを助けて、その後でタロースを元にもどしてあげよう」


 ココルはそう言うと、館内のマップや逃げ遅れた生徒たちの位置など、超音波センサーで入手したデータをムートの電子頭脳に転送てんそうした。


「キュキュー! キュキュー!(ちょうど十二人いるから、ボクの体を十二個に分裂ぶんれつさせて助けに行くよ)」


 ムートは体を分離ぶんりさせて、十二のモジュール(部品)になった。


「わかった。でも、十二体もいると連絡を取り合う時にややこしいから、一体ずつ名前をつけてあげるね。君は子ムートちゃん一号、その隣が子ムートちゃん二号、さらに隣が子ムートちゃん三号……」


 ココルはモジュールたちを子ムートちゃん一号~十二号と名づけた。ココルには一体ずつのちがいがわかるらしい。


「自力で歩いて移動している七人の子たちは、子ムートちゃん一号~七号が出口まで誘導ゆうどうしてあげて。あとの八号~十二号のみんなは、動けなくなっている子たちのところへ行って、ケガの応急手当おうきゅうてあてをしてあげてくれるかな。けむりいすぎて危険な状態の子がいたら、無線通信でわたしを呼んで。すぐに駆けつけるから」


 ココルが電子頭脳内にある人命救助マニュアルを参考にして子ムートちゃんズに指示しじをあたえると、子ムートちゃんズは「キュキュー!(わかった!)」といた。


 そして、子ムートちゃんズは立方体りっぽうたいの体をコロコロ転がして、逃げ遅れた生徒たちの救援きゅうえんに向かった。

 ココルは子ムートちゃん十二号と一緒に南口近くの廊下へと向かう。もっとも燃えているそのエリアに、動けなくなった生徒が一人いるのだ。その子は、北口へ逃げろと言われて、逆方向に逃げてしまったのである。


「ねえ、君! だいじょうぶ⁉」


 ココルと子ムートちゃん十二号が駆けつけると、女子生徒がうつぶせにたおれていた。健康状態をチェックできる制服の左肩のワッペンを見ると、かなり危険であることを示す赤色になっている。早くここから助け出さないと命にかかわるだろう。


 子ムートちゃん十二号は体内から小さな吸引器きゅういんきをにょきにょきと出して、女子生徒の口にあてがった。子ムートちゃんズには、酸素さんそボンベの機能もあるのだ。


「ちょっと待っていてね。すぐに外に出してあげるから」


 南口は炎につつまれていて外へは出られない。でも、今から北口まで引き返していたら、女子生徒の体がもたない恐れがある。


 だったら、炎の壁を切りいて、道を作ればいい。そう考えたココルは、燃えさかる炎の壁に向かってパンチをした。


 ぶぉぉぉーーーっ‼


 ココルのパンチは強烈きょうれつ突風とっぷうを巻き起こし、炎を吹き飛ばした。おかげで人間一人が通れるだけのせまい道ができたが、炎のいきおいはものすごいのですぐに元にもどるだろう。


「今のうちに脱出だっしゅつしよう!」


 ココルは女子生徒をお姫様抱っこして、プラネタリウムの外へ飛び出した。


 ココルは、ちょうど駆けつけたところだった救急隊の人たちに「早く病院に運んであげてください!」と言って女子生徒をあずけると、再びプラネタリウムの中に入って行った。


 その後も、ココルは子ムートちゃんズと無線通信で連絡を取り合い、かなりスムーズに生徒たちを助けていった。


(七人の生徒たちは、子ムートちゃんたちの誘導で外に出られたみたい。動けなくなっている子たちも、五人中四人は助け出した。……ということは、最後の一人は勇治くんだ!)


 勇治と思われる最後の一人は、建物の中央――プラネタリウムの上映じょうえい施設しせつがある大きな部屋にいる。その部屋にすでにたどり着いている子ムートちゃん十号からの連絡によると、その生徒は右足を捻挫ねんざして動けないらしい。


「勇治くんを早く助けなきゃ! ……あれ? 建物の中に他にもまだ人がいる⁉」


 ココルは、炎をパンチの風圧ふうあつで吹き飛ばしながら突き進んでいたけれど、上映施設の近くの廊下ろうかたおれている大人の男性を発見してビックリした。


 この人は、ココルが超音波センサーと人命探査レーダーで館内に残っている人数を調べた時にはいなかった。つまり、ついさっき、炎上する建物の中に危険をおかして侵入しんにゅうしたのだ。


「しっかりしてください! だいじょうぶですか?」


「う、う~ん……。トレンチコートに火が燃え移ったから慌てていだのだけれど、ホッとしたところですべって転んでしまった……」


「……え? あれれ⁉ どうして長谷川はせがわ警部けいぶがここにいるの⁉」


 なんと、倒れていたのは長谷川警部だったのである。警部は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をココルに向けて、「タロースを助けたくて……」と言った。


遠山とおやま部長をのぞいた警察のえらい人たちのほとんどが、『タロースがこのまま暴走ぼうそうを続けるようなら、かわいそうだが破壊はかいするしかない』と言っているんだ」


「そ、そんな……」


「ロボットにだってできないことがある。それをパートナーであるボクがフォローしてあげないといけなかったのに、正義のヒーローをきどって調子ちょうしに乗ってしまった。タロースがおかしくなったのはボクのせいだ。だから、ボクの命にかえても、タロースの暴走を止めなきゃいけないんだ」


「長谷川警部、わたしも協力するよ。でも、先に勇治くんを助けないと、勇治くんの命が危ないの。だから、ちょっと待っていて」


 ココルはそう言った後、超音波センサーと人命探査レーダーで館内の状況をもう一度調べた。まさかとは思うけれど、長谷川警部みたいに火事の建物の中に侵入している人がいないかチェックしたのである。


「……え? どういうこと? 人が三人、建物の中に入って来た……⁉」


 しかも、建物の西側で暴れていたタロースが移動を開始したらしく、勇治と子ムートちゃん十号がいる中央の上映施設に接近せっきんしつつあった。


 建物に侵入してきた人たちも早く救出したいが、優先度ゆうせんどは行動不能になっている勇治のほうが高い。捻挫をしていて動けない勇治が暴走中のタロースにおそわれたら、非常に危険だ。ココルはそう考えた。


「先に勇治くんを連れ出さなきゃ! 長谷川警部、一人だと危ないからついて来て!」


「わ、わかった」


 ココルと長谷川警部は火のう廊下を走り、上映施設の中に入った。


「勇治くん! 助けに来たよ!」


「こ……ココル……。おまえ……こんな大火事の中、けつけてくれたのか? げほ、げほ……。オレ、おまえにたくさん意地悪いじわるなことばかり言っていたのに……」


 勇治は、酸素さんそボンベがわりになっていた子ムートちゃん十号の吸引器きゅういんきを外してそう言った。見たところ捻挫以外は大きなケガをしていないみたいだけれど、煙をかなり吸ってしまっているようだ。左肩のワッペンは黄色から赤色に変色しつつある。


「勇治くんは一度も意地悪なんて言っていないよ。人の気持ちを思いやる心がまだまだ未熟なわたしだけど、それはわかるもん。一生懸命いっしょうけんめい考えたから、わかったもん」


 ココル・ハート・システムは、人のあらゆる感情を電気信号として受信するけれど、人の考えていることを完全に読み取れる万能のシステムではない。


 受信した電気信号をヒントにして、その感情の正体――人間が何を思って喜び、怒り、かなしみ、楽しんでいるのかをココルが理解しなければいけないのだ。


 ココルが人の気持ちを本当に理解するためには、ココルが人間の考えていることを想像する「思いやり」を身につける必要がある。


 愛菜との会話で、ココルはそのことに気づいた。


 だから、ココルは勇治のことを理解しようと一生懸命想像してみたのだ。

 勇治は何を考えているのだろう、どうしてあんなことを言ったのだろうと、勇治の気持ちに寄りそう努力をしてみた。


 そして、わかったのだ。ココルをしかるのは、ココルがいつも問題行動を起こした時だった。学校できつく叱ったのも、ココルが自分勝手なことをして学校のみんなに迷惑をかけてしまったからだ。


 ――人間の命令にしたがえないロボットなんて、役立たずの欠陥品けっかんひんだ。不良品としてスクラップにされたくなかったら、つべこべ言わずに帰れ!


 そう言ってココルを叱る勇治から受信した電気信号は、アケディアみたいな悪人が発するどす黒い感情の波ではなかった。

 もっと繊細せんさいで、やわらかな感情の波。頼りない姉・愛菜に小言こごとを言っている時に発していたような……。


(バトラーが前に言っていた。大きな事故を起こしてしまい、危険だと判断されて廃棄処分はいきしょぶんになったロボットたちがいるって。

 ロボット嫌いだけれど根は優しい勇治くんは、わたしが問題行動を起こして他の人間たちに危険視されて、スクラップにされることを心配してくれていたのかも……。ううん、きっとそうにちがいないよ)


 勇治がいつも脳から発していた電気信号は「家族を心配する」というそんな優しい感情だったのだ……。


 ココルは、そのことにようやく気づくことができた。


「勇治くんは優しい子だよ。ロボットが嫌いでもわたしのことを心配してくれる、とっても優しい男の子だよ。何の理由もなく意地悪をする人じゃないってわたしにはわかる。ううん、やっとわかることができた。……わたし、これからはもっと人の気持ちを考えて迷惑をかけないロボットになる。だから……わたしと仲良くしてね」


 ココルは、勇治が起き上がれるように肩を貸しながらそう言った。


「……別に、急に大人びたロボットにならなくてもいい。おまえが何か失敗したら、オレと愛菜がフォローしてやる。……気に食わないが、おまえはいちおうオレたちの妹なんだから」


 勇治はココルから顔をそむけ、人間の耳ではほとんど聞こえないような小声でぼそぼそとつぶやいた。しかし、どんな小さな声も聞き逃さない聴覚ちょうかくセンサーを持つココルにはバッチリと聞こえていた。


「うん! ありがとう、勇治くん! 勇治くんのぽかぽかと優しい感情がわたしの電子頭脳に伝わってきたよ! わたし、うれしい!」


「……チッ。聞こえていたのかよ」


 長谷川警部もココルの反対側から勇治の体をささえてくれて、ココルたちは上映施設から出ようとした。しかし、その時、


「ぐごごががぁぁぁぁ! うごごごぉぉーーーっ!」


 猛獣のような叫び声が部屋の壁の向こうから聞こえてきたのである。そして、次の瞬間、


 ズゴゴゴーン!


 壁に大穴が開き、凶暴化したタロースがココルたちの前にあらわれたのだ。


「た、タロース⁉ あなた、本当にタロースなの⁉」


 ココルが思わずそう言ってしまうほど、タロースは変わり果てていた。


 ディアボロス・ウイルスの影響えいきょうか、タロースの体はどす黒いオーラにつつまれている。燃えるように赤いボディがカッコよかった正義のロボットの面影おもかげ皆無かいむだ。


 ネットニュースで「正体不明のロボット」と報道されていたのは、目撃者たちがこの黒いオーラにつつまれたロボットを警察ロボットのタロースだと気づかなかったからだろう。


「ぐおおおおお‼」


 タロースはこぶしをふりあげ、ココルたちをたたつぶそうとした。


「危ない!」


 ココルは勇治と長谷川警部を突き飛ばす。


「こ、ココル!」


「きゃー⁉」


 ガードするヒマがなかったココルは、タロースの強烈きょうれつなパンチをまともにくらい、うしろに吹っ飛んでしまった。


「うごごごーーーっ! ぐがぁぁぁ!」


 タロースは、倒れているココルに追い討ちをかけようとする。


「や、やめろ! ココルを破壊したら、許さないぞ!」


 勇治はそう怒鳴り、ココルを助けに行こうとした。しかし、右足が激しく痛んで立ち上がることができない。


 かわりにタロースの前に立ちはだかったのは、長谷川警部だった。


「タロース! もうやめるんだ! おまえは、人間にもロボットにも優しい正義のロボットだったじゃないか! こんな暴力をふるう犯罪者をおまえは一番にくんでいたはずだぞ!」


 タロースは、拳をふりあげかけた。しかし……。


「ぐ……ぐぐ……ぐがが……」


 相棒である長谷川警部の必死の呼びかけが、ウイルスに汚染されているはずのタロースの心に届いたのだろうか。パンチをする動作の途中とちゅうでピタッと停止ていしした。


「お願いだ、タロース! 元のおまえにもどってくれ! 頼む!」


「……ぐ……ぐぐ……。は……せが……わ……けい……ぶ。……オレ……は……」


 長谷川警部は涙を流して「タロース! ボクのことがわかるのか⁉」と叫ぶ。だが、奇跡きせきはほんの一瞬で終わってしまったのである。


「人間とロボットの友達ごっこは、そこまでだ。タロース! もっともっと暴れろ!」


 バン! バン! バン! という発砲音はっぽうおん


 銃弾じゅうだんが命中したタロースは、「ぐごごががぁぁぁぁ!」と苦しみだし、再び暴れ始めた。


 長谷川警部は危うくタロースに叩き潰されそうになったが、子ムートちゃん十号がジャンプして警部を突き飛ばしてくれたおかげで助かった。


「あっ! お……おまえは、サーペント団のアケディア!」


「よぉ~。また会ったなぁ~、唐栗からくりロボット研究所の坊ちゃん。ケッケッケッ」


 おどろきの声をあげた勇治に対して、アケディアはニヤリと笑った。さっきの銃撃じゅうげきは、アケディアがディアボロス・ウイルス入りの銃弾をタロースに撃ちこんだのだ。ココルがセンサーで察知さっちした「三人の侵入者」は、アケディアと手下の熊坂くまさか、ねこだったのである。


 アケディアは、暴走したタロースを昆虫こんちゅうロボットに追跡ついせきさせて監視かんししていた。そして、タロースがプラネタリウムで火事を起こしたこと、ココルが生徒たちを救出するために駆けつけたことも昆虫ロボットのカメラを通して知った。


(ココルと暴走したタロースが、ちょうと同じ場所にいる。ココルは、タロースの暴走を止めようとするだろう。たとえタロースを止めることができても、さすがのココルもかなり弱るはずだ。タロースとの戦いで弱ったココルにディアボロス・ウイルスをてば、ココルをサーペント団の物にすることができる)


 そうたくらんだアケディアは、火事で大騒おおさわぎになっているプラネタリウムに侵入したのだ。


「タロース! もっと暴れて、ココルを痛めつけろ! うははははは!」


 アケディアがそう言って高笑いすると、タロースは倒れているココルの華奢きゃしゃな体を両手でわしづかみにして持ち上げた。だれの命令も聞かなくなったタロースはアケディアの命令にしたがったのではない。ただ目に入った物をかたぱしから破壊しようとしているだけだ。


 ココルのピンチを見て、「アケディアさん、もうやめてください!」と怒ったのは、手下のねこだった。


「ココルちゃんはたくさんの人間の命を救ったんですよ? それなのに、わたしたち人間がココルちゃんにこんなひどいことをするなんて……!」


「うるせぇぞ、ねこ。ロボットは道具だ。使うのも壊すのも、人間様の自由なんだよ。……いいぞ、タロース! ココルを行動不能にしちまえ! 完全に弱ったところで、ディアボロス・ウイルスを撃ちこんでやる!」


 アケディアはねこを無視して、再び「うははははは!」と大笑いした。


 しかし、アケディアの笑い声は、その三秒後に止まることになる。


「……あいにくだけど、わたしにはディアボロス・ウイルスは通用しないよ!」


 ココルは「リミッター解除かいじょ! ココル・パワー、レベル2!」とさけび、大型トラック三台を軽々と投げ飛ばせるぐらいのパワーでタロースの両手をふりはらった。

 ココルは、普段ふだんはパワーにリミッターをかけているが、数段階すうだんかいごとにパワーを解放かいほうすることができるのだ。


「ぐ、ぐがが⁉」


 おどろいたタロースは、空中のココルに平手打ちをくらわせようとした。しかし、ココルは手のひらを素早く前に突き出し、タロースの攻撃をはね返す。


 二五〇センチの巨体はバランスを崩して、アケディアたちがいるほうに倒れていく。


「ぎ、ぎゃぁぁぁ‼」


 アケディアと熊坂、ねこは慌てて逃げた。その直後、タロースはドスーンと倒れる。


「で、ディアボロス・ウイルスがかないだって? ハッタリを言うな!」


 怒ったアケディアは、バン! バン! バン! と発砲した。


 全ての玉がココルに命中して、くだけた銃弾からディアボロス・ウイルスが飛び出す。しかし、ココルはけろりとしていた。


「わたしの体にはウイルスをやっつけてくれるエクソシスムがあるから平気だよ!」


「エクソシスム? 何だ、そりゃぁ⁉」


「ぼ、ボスぅ……逃げたほうがいいかも……。タロースがおいらたちをにらんでる……」


 熊坂が声をふるわせながらそう言った。


 アケディアが「え?」とおどろいて見ると、巨体のわりには素早く起き上がったタロースが金色の目を光らせてアケディアたちにおそいかかろうとしていた。


「や、やべぇ! 逃げるぞ、おまえたち! ……チッ。ココルにディアボロス・ウイルスが効かないなんて情報、サーペント団の本部から聞いてねぇぞ!」


 アケディアは今回も真っ先に逃げだした。のろまな熊坂は逃げようとしてずっこけて、ねこが熊坂の大きな体をロボットスーツのパワーでズルズルひきずりながら逃げていく。


「ココルちゃん! タロース! ごめんね! 本当にごめん! ごめんなさーい!」


 ねこは、にゃあにゃあ泣きながら退散していった。勇治が「あいつら、いったい何をしに来たんだ……」とあきれてつぶやく。


「勇治くんと長谷川警部も早く逃げて! これ以上、ここにいるのは危険だよ!」


 ココルがタロースと対峙たいじしながら、二人に言った。もう周囲しゅういは炎、炎、炎。一刻いっこくも早くここから脱出しないと、丸焼けになってしまう。


「ココル、おまえはどうする気なんだ」


「タロースを置いては行けない!」


 勇治と長谷川警部はそう言ったけれど、ココルは「ダメ! 人間はもうこれ以上、ここにいたら死んじゃう!」と叫ぶ。


「キュキュー! キュキュー!」


 そんな時、十号以外の子ムートちゃんズが合体したムカデの状態じょうたいでうねうねと体をくねらせながらやって来た。ココルがタロースと戦いながら、無線通信で子ムートちゃんズを呼んだのだ。


 子ムートちゃんズは、残りの子ムートちゃん十号とも合体し、完全体のムートになった。


「ムートちゃんの誘導にしたがって、建物から脱出して! わたしはタロースを元にもどして、二人でここからちゃんと脱出するから心配しないで!」


「し、しかし……」


 長谷川警部が迷っていると、勇治が「行こう、長谷川警部」と言った。


「ここでロボットのことを信じられなかったら、パートナーじゃないだろ。オレはずっとロボットなんて嫌いだったけど……ココルのことは信じてやってもいいと思っている。こいつは、オレの両親が作った世界最高のロボットだからな。警部も、タロースはウイルスになんて負けないって信じてやりなよ」


 勇治にそう言われた長谷川警部はハッとして「そうだ……。助け合うことも、信じてまかせることも、パートナーにとって大切なことだ」とつぶやいた。


「わかった、行こう。……ココル、タロースのことを頼んだよ!」


 長谷川警部は捻挫ねんざをしている勇治をおんぶすると、ムートに誘導してもらって上映施設から脱出した。


 二人きりになったココルとタロースは、激しい炎につつまれながら、にらみあう。


「タロース。今、元にもどしてあげるからね」


 ココルはそう言いい、胸に輝くハートのアクセサリーにれようとした。


 しかし、タロースはココルが何かしようとする前に「ぐごごががぁぁぁぁ!」と叫びながら突進してきた。ココルはひらりと飛んでかわし、タロースの背後はいご着地ちゃくちする。


(今度こそ!)


 ココルはまたハートのアクセサリーにさわろうとする。だが、タロースは左足をじくにしてくるりとふりむき、ココルに強烈なりをくらわせようとした。


「う、うわわ!」


 ココルは慌ててしゃがみ、攻撃を回避かいひする。ぎりぎりセーフだ。


 と思ったら、タロースは、今度は飛び上がって全体重でココルを押しつぶそうとしてきた。ココルは小さな体からは想像できない怪力でタロースの巨体を受け止め、


「えーいっ!」


 と、なるべく遠くに放り投げた。


 タロースは空中で上手くバランスを取って着地。自慢じまんのジャンプ力でいっきにココルの頭上まで飛び、飛び蹴り攻撃をしてきた。ココルは左に逃げてかわしたけれど、タロースはしつこくココルにせまり、連続パンチをくりだしてくる。


(このままじゃ、タロースを元にもどせない……)


 信人からもらったアイテムでタロースの電子頭脳を直すには、五秒でいいからタロースの動きを止める必要がある。でも、タロースは巨体には似合わない俊敏しゅんびんな動きで次から次へと攻撃をしてくるから、つけいるすきがなかった。


 タロースのパワーは、たぶん今のココルとほぼ互角。ココルがさらにリミッターを解除してレベル3のパワーになったら、タロースを圧倒あっとうできるはずだ。

 本気で戦い、タロースをある程度ていど弱らせてしまえば、タロースにもすきができるだろう。しかし……。


 ――ダメ! ココル、ムートを壊さないで!


 ムートと戦った時にココルが他のロボットを傷つけることを嫌がった愛菜の叫び声が、ココルの電子頭脳の中でよみがえる。


(……わたしの力は、人間やロボットを傷つけるためのものじゃない。みんなを……大切な人たち、仲間のロボットたちを守るためにあるんだ。アケディアみたいに暴力で相手をねじふせるのはまちがっている。そんなことをしたら、愛菜ちゃんがきっと悲しむ)


 そう考えたココルは、防御ぼうぎょてっした。新体操選手顔負けの柔軟じゅうなんな体を活かしてタロースの攻撃をあざやかにかわし、よけきれなかった時はレベル2のココル・パワーで受け止めた。


 そして、タロースのパンチをかわし、キックを受け止め、そんなことを何十回もくりかえしている間、ココルの電子頭脳はピピピ、ピピピとフル回転で動いていたのである。


 ココルは、タロースの攻撃パターンを分析ぶんせきしていた。右パンチを受け止めたら八〇パーセントの確率かくりつで次は左キック、タックルをかわしたら七〇パーセントで回し蹴り、連続パンチを十回したら九十パーセントで連続キック十回……。


(分析終了。タロースの攻撃は八十七手先まで読めた。その八十七回の攻撃の中でタロースに一番すきが生まれるのは……二十九手目のタックルだ!)


 そう結論を出したココルは、辛抱しんぼう強くタロースの猛攻撃もうこうげきをかわしていく。攻撃パターンさえ読めたら、よけるのは簡単だった。


(二十六手目右パンチ、回避。二十七手目左キック、回避。二十八手目右チョップ、回避。二十九手目のタックルが来る……!)


 タロースが「ぐごごががぁぁぁぁ!」と叫び、ココルに突進とっしんしてきた。


「タロース、ちょっと痛いけれどごめん!」


 壁際かべぎわまで逃げていたココルはさっとしゃがみ、タロースに足払あしばらいをした。ものすごいスピードで走っていたタロースはそのいきおいのまま、頭から壁に突っ込む。


「ぐ、ぐががが~! ぐがぁぁ!」


 頭が壁にはまってしまったタロースはぬけ出そうとしてもがいている。チャンスは今だ。


「タロース。人間のパートナーになりたいと願っているあなたをこれ以上暴れさせたりはしないよ!」


 ココルはそう言うと、ハートのアクセサリーを引っ張ってペンダントのチェーンから外し、ハートの上の部分にある小さな穴に口づけした。すると、ココルの体内にいるウイルス撃退げきたいナノロボット「エクソシスム」が口を伝い、ハートの中に十数体ほど入っていく。


 その直後、ハートがピカピカと点滅てんめつしだした。そして、ハートの左右にあるつばさ、下の黄金のカギがシャキン、シャキーンとびる。黄金のカギはまるで細い剣のようになり、左右の翼は上に移動してココルが剣をにぎるための取っ手になった。


 ココルは剣に黄金おうごんのカギをかまえ、そのカギの先をタロースに向ける。


「いくよ……。エクソシスム悪魔ばらいっ‼」


 ココルがそう叫ぶと、カギの先からキラキラと輝く金平糖こんぺいとうのような光がたくさん飛び出した。これは、全てエクソシスムたちが放つかがやきだった。ハートの中にはナノロボットをパワーアップさせる特殊とくしゅなエネルギーがこめられていて、それをびて光り輝いているのだ。


「ぐごごご! ぐがぁぁぁ!」


 壁からようやく頭がぬけたタロースは振り返り、ココルに再びおそいかかろうとした。しかし、目の前にはエクソシスムの光があふれていて――。


 ピカーーーッ!


 七色のまばゆい光が、タロースをつつみこむ。体内に十数体のエクソシスムが入りこんだのだ。タロースの体内に入ったエクソシスムたちはまたたく間にディアボロス・ウイルスを破壊していき、タロースの電子頭脳を狂わせていたウイルスたちも全て排除はいじょした。


 黒いオーラが消えていき、タロースは元の赤いボディのロボットにもどっていく。そして、タロースはガシャンとひざをつき、「お……オレは……」と言った。


「オレは、なんていうことを……。なんてひどいことをしてしまったんだ! 人々を守るべき警察ロボットが、たくさんの子供たちを危険な目にあわせてしまうなんて! パートナーの長谷川警部や仲間のココルを傷つけてしまうなんて!」


 正気にもどったタロースは地面に拳を何度も叩きつけ、声を震わせて叫んだ。


「ココル……すまない。君のように涙を流す機能があるのなら、泣きたいぐらいだ……」


「タロース、そんなに落ちこまないで。あなたは悪い人に電子頭脳を狂わされていただけなんだもん。……それに、今はわたしたちが人間たちのためにできることをやらなくちゃ。この大火事、何とかして消火できないかな?」


 ココルはタロースの背中をさすってなぐさめながら、そう言った。消防隊が外から消火をしてくれているが、火のいきおいは増す一方だ。このままだと、となりの建物に火が燃え移って大災害だいさいがいになる可能性がある。


「都内の建築物のほとんどには、建物がみずからを管理するための簡単な人工知能が搭載とうさいされている。だから、普通は火事が発生した時点で建物は自分が燃えているのを止めようとして、消火活動を開始するはずなのだが……」


「このプラネタリウムの建物、ちっとも消火活動してないよ」


「……オレが設備せつびを壊しまくったせいで、この建物の人工知能が死んだのかも知れない」


「あきらめるのはまだ早いよ、タロース。もしかしたら、故障しているだけかも。わたしたちで直してみようよ!」


「試してみる価値はあるな。よし、やろう」


 ココルとタロースは、建物の西側へと向かった。タロースはそのエリアを中心に暴れていたから、きっとそこに建物の人工知能を管理しているコンピューター設備があるはずだ。


「炎につつまれたこの部屋の中が怪しい! ここだよ、きっと!」


 ココルがパンチの風圧で炎を吹っ飛ばし、二人はコンピューターがたくさんある部屋に入った。


「オ……オ助ケ、オ助ケ。消火機能ガ故障。消火デキマセン。オ助ケ~!」


 部屋のどこからか、建物の人工知能が助けを呼ぶ声が聞こえる。悲鳴に近い声で叫んでいるのは、かなりせっぱつまった状況じょうきょうだからだ。


「ココル。オレの電子頭脳には、簡単な人工知能なら直せる知識が入っている。急いで直すから、その間、炎からオレとこの部屋のコンピューターを守ってくれ」


「わかった。……えーーーいっ!」


 ココルはパンチで強烈な突風を起こし、せまりくる炎をいっきに吹き飛ばす。タロースがカタカタとコンピューターをいじくっている間、ココルは何度も炎を部屋から追い出した。


「タロース、直せそう?」


 ココルが振り返ると、タロースはコンピューターの修理しゅうりをあらかた終えたところだった。さすがは警察ロボット隊で一番優秀な正義のロボットである。


「よし……。これで、消火活動が始まるはずだ!」


 タロースの言う通り、建物の全エリアの天井てんじょうから大量の水が降ってきた。ココルは「わーい! 水だぁ~!」とはしゃぎ、ピョンピョンとジャンプする。


 タロースが建物の消火機能を直したことで、プラネタリウムの火事はだんだんと弱まり、何とか隣の建物に燃え移ることはふせげたのであった。


 無事に脱出したココルとタロースを待ち受けていたのは、たくさんの記者たちのインタビューだった。記者たちが注目していたのは、たくさんの生徒たちを救った謎の美少女型アンドロイドである。


「君は、いったいどこのアンドロイドなんだい⁉」


「え? わたしはカラクリ天才夫婦が作ったココルだよ! タロースと協力して、プラネタリウムの火事を止めたの!」


 ココルはニッコリと笑い、カメラに向かってピースをした。


 これが、人間とロボットの歴史を変えることになるココルが世間の人々の注目を初めて浴びた瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る