大事件発生!

 ココルが朝目覚めると、愛菜あいな勇治ゆうじはもう家にいなかった。


「あれ? ねえ、バトラー。愛菜ちゃんと勇治くんはもう学校に行ったの?」


「お二人は、今日は学校の社会見学でプラネタリウムに行くから、少し早めにお出かけになったのですよ。昨日きのう、愛菜お嬢様じょうさまがそうおっしゃっていたではないですか」


「ああ、そうだった。うっかりしてた」


「フフ……フフフ……。ウフフ……」


「うっかり屋な性格」というあまりうれしくない機能きのうがついているバトラーは、自分以外いがいのロボットがうっかりした行動をとると、なぜか奇妙きみょうな笑い方をする。理由はよくわからないけれど、ちょっと不気味ぶきみかも……とココルは思っていた。


 いまだに「ウフフ……」と笑っているバトラーのことは気にしないことにして、ココルは自分と信人のぶとのための朝ご飯を作り始めた。


 バトラーとココルには料理で味見するための味覚みかく機能があり、普通ふつうに食事ができる。


 でも、バトラーには大ざっぱな味覚機能しかないため、あまり食事が楽しいと思わないらしく、滅多めったに食事はしない。一方、ココルは人間とほぼ同じ味覚があるから、趣味しゅみとして食事を楽しんでいる。特に、甘い物が大好きだった。


 ココルは、ウィンナーや甘めの卵焼き、熱々のトーストを手早く作った。この間料理を勉強し始めたばかりなのに、すでに手慣てなれている。


 信人が食卓にやって来たのは、ココルがちょうど信人を呼ぼうとしていた時だった。


「ようやくウイルス対策たいさくのアイテムが完成した! これで多くのロボットを救えるぞ!」


 昨日は研究所で一睡いっすいもしていなかった信人は徹夜てつや明けのハイテンションで、小躍こおどりしながらココルを抱きしめる。その手には、とてもキレイなペンダントがにぎられていた。


 ハートのアクセサリーの左右にはつばさが生え、ハートの下には金色のカギがついている。


「ココル。このハートのアクセサリーの中に、おまえの電子頭脳の元となるメインメモリーが入っていたんだぞ。おぼえているか?」


「うん、覚えているよ。こころ博士は、このアクセサリーの中のわたしにたくさん話しかけてくれてた」


「これは、おまえにとっては大切な物だからな。これからも、ずっと持っていなさい」


 そう言い、信人はココルの首にハートのペンダントをかけてくれた。


「実は、ハートのアクセサリーにカギをつけたして、改造かいぞうをほどこしたんだ。このアイテムを使ったら、ディアボロス・ウイルスに感染かんせんしたロボットを救うことができるんだよ」


「え? すごーい! じゃあ、ムートちゃんみたいなロボットがいたら、わたしが助けてあげることができるんだね! ……でも、どうやって使えばいいの?」


「あのな、ここをこうしてだな……」


 信人は、ココルにハートのアクセサリーの使い方を教えてくれた。


 ココルが新アイテムの使い方を教わり、二人が朝食を食べ終えた後も、バトラーは「ウフフ……。ウフフ……」と笑っていた。ちょっと……いや、かなり恐い。


 このバトラーの奇妙なくせは一度始まると、三十分ぐらいは終わらないのだ。この癖だけは信人に直して欲しいとココルは思うのだった。







 そのころ、愛菜と勇治たちは学校のクラスメイトたちとプラネタリウムに来ていた。


「ようこそ、プラネタリウムへ。宇宙の星々をめぐる旅をどうぞお楽しみください」


 プラネタリウムの解説員かいせついんの女性の声がした後、愛菜たちが立っている真下に青く美しい地球の映像えいぞうがパッと浮かび上がった。だれかが、「うわぁ~! キレイ!」と言う。


 頭上を見上げると、月とたくさんの星々も見えた。まるで、宇宙飛行士になって宇宙空間にただよっているみたいだ。


「月では各国が共同で基地を作り、鉱物資源こうぶつしげん調査ちょうさ採掘さいくつを行なっています。その作業のために月ではたくさんのロボットが働いています。では、みなさん。月に行ってみましょうか」


 解説員がそう言うと、愛菜たちはどんどん地球からはなれていき、月へと近づいていく。


「……ねえ、勇治。ココルが言っていたことを覚えてる?」


 愛菜は、小声で勇治に話しかけた。勇治は、「何のことだ?」とは、言わない。


「ああ、覚えているよ。母さんが『ココルが完成したら家族のみんなで月に旅行へ行きたい』と言っていた、という話だろ? 母さんはロボットに夢中だったけど、オレたちのこともちゃんと愛してくれていたんだな。……忘れられてなんかいなかったんだ」


「当たり前だよ。わたしと勇治は、お母さんの大切な子供なんだもの。……そして、ココルもお母さんにとって大切な娘なのよ。ココルは、わたしたちのきょうだいなんだわ」


「…………」


「いつか、みんなで行こうね。映像じゃなくて、本物の月に」


 勇治は無言でうなずく。愛菜は、久しぶりに弟の優しげな顔を見られてうれしくなり、ニコリとほほ笑んだ。


 異変いへんが起きたのは、いよいよ映像の月に愛菜たちが降り立とうとしていた時だった。


 ズゴゴゴーン! ズゴーン!


「な、何⁉ 何なの⁉」


 地面がれて、愛菜は転びそうになる。勇治は素早く手を伸ばして、愛菜を抱きとめた。その時、勇治はわずかに体のバランスをくずして、右足をグキッとひねってしまった。


緊急事態きんきゅうじたいが発生しました! みなさん、落ち着いて北口から逃げてください! 南口から侵入した正体不明のロボットが館内かんないあばれています! みなさん、落ち着いて逃げてください!」


 解説員の女性がせっぱつまった声で、生徒たちに呼びかける。


「え? ロボットが⁉ どういうこと?」


 ロボットが暴れていると聞いて落ち着けるはずがない。みんなは大パニックになり、先生たちの「落ち着いて、順番に外へ出なさい!」という声も耳に入らず、われ先にと逃げだした。この混乱こんらんで、愛菜と勇治はバラバラになってしまった。


「勇治、どこ? 勇治ぃー!」


 愛菜は逃げる生徒たちにもみくちゃにされながら、勇治の姿すがたを探す。しかし、勇治はどこにも見当たらない。


「みんな、北口はこっちだ! 早く逃げろ! 火事が発生したみたいだ!」


 引率いんそつの先生がそうさけぶ。ロボットが暴れたせいで、プラネタリウムで火事が発生し、炎とけむりはまたたく間に館内に広がった。愛菜は命からがらプラネタリウムの外に出ることができたが、まだたくさんの生徒たちが館内に取り残されているようである。


 愛菜は、建物の外に出られた子たちの中から勇治の姿を探したけれど、見つからなかった。


「まさか、まだプラネタリウムの中に……? ど、どうしよう……。勇治が死んじゃう……」


 愛菜は泣きじゃくり、どうしよう、どうしよう、と言った。


「だれか……勇治を助けて……。だれでもいいから、勇治を助けてぇーーーっ!」


 愛菜の悲痛ひつうな叫び。大切な人を失うかも知れないという恐怖の感情。


 助けを求める彼女の思いは、遠くはなれたココルの電子頭脳でんしずのうとどいていた。







 愛菜が泣き叫んだのとほぼ同時刻。いつも可愛がっている家の庭の花たちにお水をあげていたココルはじょうろを落とし、ブルブルと震えながらその場にうずくまった。


「どうかしたのか、ココル⁉」


「ココル! 体のどこかに異常が発生したのですか⁉」


 おどろいた信人とバトラーが、ココルにけ寄る。


 ココルは、自分の体を両腕で抱きしめながらつぶやく。


「電気信号が……とても強い感情が……たくさん押し寄せて来る。体がブルブルと震えて泣きたくなるようなこの感情は……『恐い』だ。恐い、恐い、恐い……!」


 愛菜と一緒に観たホラー映画で、主人公の女の子が幽霊ゆうれいたちにおそわれておびえている時、体をガタガタと震わせていた。それをている愛菜もココルの手をにぎりながらちょっと震えていた。状況じょうきょうから考えて、このゾッとするような感覚の電気信号が、「恐い」という感情なのだろうとココルはすでに学習していたのである。


「ココル。しっかりしてください!」


 バトラーが、震えてパニックになりかけていたココルの肩をすった。


 ハッと正気にもどったココルはあわてて立ち上がり、東の方角を指差ゆびさしてこう言った。


「信人博士! あっちの方角から、たくさんの『恐い』という感情が伝わって来るの! きっと、何か大変なことがあったんだよ!」


 ココルの言葉を聞き、信人はおどろいた。


 人間が脳から発する電気信号は微弱びじゃくなものだから、遠く離れていたらココル・ハート・システムでも普通は受信できるはずがない。

 それなのに受信できたということは、よほど多くの人間が「恐い!」と激しく感じて、強い電気信号のかたまりになったのだろうか?

 それとも、「人工知能研究の天才」の名を欲しいままにしたこころが開発したココル・ハート・システムは、信人が考えているよりもすごい能力をめているのだろうか?


 信人はそんな疑問ぎもんを抱いたが、いまはそれどころではない。どこかで大きな事故や事件が起きている可能性があるのだ。


「……ちょっとネットニュースを見てみよう」


 信人は、腕時計型コンピューターを操作そうさした。すると、腕時計の画面からネットテレビの映像が空中に浮かび上がる。ちょうどニュース番組をやっているところだった。


臨時りんじニュースをお伝えします。正体不明のロボットが都内のプラネタリウムで暴れているという情報がただいま入ってきました。ロボットの暴走ぼうそうによってプラネタリウムに火災が発生しているもようです。また、館内には社会見学に来ていた中学生たち十数人が取り残されているとのことです」


 ニュースの映像を見た信人は「愛菜と勇治が行っているプラネタリウムじゃないか!」と叫んで、その場にへなへなと倒れそうになった。ココルとバトラーが慌てて信人を支える。


 プラネタリウムは、唐栗家からくりけから東の方角にある。おそらく、ココルが感じたたくさんの恐怖の感情は、プラネタリウムにいる愛菜たち生徒のものだろう。


「信人博士! わたし、愛菜ちゃんと勇治くんを助けに行ってくる!」


 ココルがそう言って家を飛び出そうとした直前に、信人の腕時計型コンピューターがプルルル! プルルル! と鳴った。電話の呼び出し音である。腕時計型コンピューターには、テレビ電話の機能もついているのだ。


「信人博士! 一大事だ!」


 空中に映し出されていたニュース映像が消え、かわりに遠山とおやま部長の顔がどアップで信人の前にあらわれた。


「な、なんですか、遠山部長。こっちも大変なんです。うちの子たちが社会見学に行っているプラネタリウムで大事件が……」


「そう! プラネタリウムだ! タロースが、プラネタリウムで暴れているんだ!」


 遠山部長の言葉に、ココルは「え⁉ タロースが⁉」とおどろいた。


 正義のロボットのタロースが、人間たちをおそうだなんて、信じられない!


長谷川はせがわ警部けいぶ報告ほうこくによると、大量のディアボロス・ウイルスをアケディアによって注入されてしまい、暴走してしまったんだ! われわれロボット犯罪対策部はんざいたいさくぶは他の警察けいさつロボットたちにタロースを追いかけさせて山の中に誘導ゆうどうし、タロースが街に入らないようにしようとした。しかし、誘導作戦は上手くいかず、タロースはプラネタリウムに逃げこんでしまったのだよ……。すまない、われわれの力不足だ!」


「だったら、タロースのことも助けてあげなくちゃ! 信人博士、このペンダントがあったら、ディアボロス・ウイルスをやっつけられるんだよね?」


 ココルがハートのアクセサリーをギュッとにぎりながらそう言うと、信人は力強くうなずいて「ああ! もちろん!」と太鼓判たいこばんを押した。


「遠山部長、安心してください。例のウイルス対策のアイテムは今さっき完成しました。タロースを必ず元の警察ロボットにもどしてみせます」


「よろしく頼む、信人博士!」


 遠山部長が頭を下げると、信人は「まかせてください」と言ってテレビ電話を切った。


「よし! スカイカーをぶっ飛ばして、みんなでプラネタリウムに行くぞ!」


 信人、バトラー、ココルはスカイカーに乗りこんだ。信人は今回も自分で運転しようとしたが、運転席でハンドルをにぎっていたのはココルだった。


「いっくよー!」


「こ、こら! 子供が運転をしたらダメじゃないか!」


「何をおっしゃっているのですか、信人博士。ココルはスカイカーの空中レース世界大会で優勝できるぐらいの運転能力がありますよ。ココルにあらゆる乗り物の運転機能をつけたのは、博士ではありませんか」


「あっ、そうだった……」


 ココルが運転するスカイカーは華麗かれいな飛行で空を行き、信人の時とはちがってぜんぜんれなかった。そして、あっという間にプラネタリウムに到着とうちゃくしたのである。

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