タロースの暴走

 長谷川はせがわ警部けいぶがアケディアと手下二人を発見できたのは、偶然ぐうぜんだった。


 そろそろ明け方に近い夜中、長谷川警部とタロースは、スカイパトカーに乗って夜の街をパトロールしていた。陸上走行モードで走り、廃工場はいこうじょうの前を通りかかった時、


「長谷川警部。廃工場の中に入っていく三つの人影ひとかげが見えました」


 タロースが長谷川警部にそう報告ほうこくした。身長二五〇センチもあるタロースは車内で体をダンゴムシみたいに丸めていないといけないので、声がちょっと苦しそうである。


「え? こんな夜中に廃工場で何をするつもりだろう。あやしいな。ちょっと調べてみよう」


 車から降りた長谷川警部とタロースは、忍び足で廃工場の中に入って行った。


 すると、工場内では、アケディアと手下二人がいて、先に来ていた怪しげな男にピストルを手渡そうとしていたのである。アケディアは全国に指名手配されている凶悪犯きょうあくはんで顔写真も出回っているので、長谷川警部はひと目で「あいつはアケディアだ!」とわかった。


「このピストルの銃弾じゅうだんの中に、ロボットの電子頭脳でんしずのうくるわせるディアボロス・ウイルスが入っている。使い方は、あばれさせたいロボットや乗り物に向かって引き金を引けばいい。命中したら特別製とくべつせいの銃弾が粉々こなごなくだけて、ディアボロス・ウイルスがロボットの体内に入る」


 ディアボロス・ウイルスが中にたくさん閉じこめられたこの銃弾は、アケディアたちがココルの誘拐に失敗した後、ディアボロス博士が作った。ココルみたいに強すぎて誘拐ゆうかいできないロボットの電子頭脳をその場で狂わせるためのアイテムである。


 サーペント団の本部は、「カラクリ天才夫婦が作ったココルを早く手に入れろ」とアケディアをせかしていたが、お金が大好きなアケディアはこのウイルス入りの銃弾を一般市民に売って金もうけをしていたのだ。


「なんだ、思ったよりも簡単かんたんなんだな」


 ピストルを受け取った男がそう言う。


「あんたが何の目的でディアボロス・ウイルスを欲しがるのかは興味きょうみない。オレは金さえ手に入ったら、それでいいからな。……ただし、オレとここで取引とりひきしたことを警察にしゃべったら、殺すぞ」


 アケディアがヘビのような目ですごむと、取引相手の男はごくりとツバを飲みこんで、「わ、わかった……」と答えた。


「あーあ。こんな真夜中に外出なんかしちゃったから、腹が減ってきちまったぁ~」


「に、にゃあ……。こんな商売、もうやめましょうよぉ~。いつ警察にぎつかれるかわからないですしぃ~。サーペント団の本部からは一般市民にディアボロス・ウイルスをばらまけなんて命令されていないのに、こんな勝手なことをしてもいいんですかぁ~?」


「チッ。うるせぇぞ、くま、ねこ。サーペント団の本部はケチだから、オレたちに危険な仕事をやらせても、ほんのちょっとの報酬ほうしゅうしかよこさない。だから、小遣こづかかせぎのために、ディアボロス・ウイルスを売っているんだ。何か文句もんくがあるか?」


 アケディアと手下たちは何やらもめだした。こんな会話は彼らにとって日常茶飯事にちじょうさはんじなのだが、三人の会話を物陰ものかげかくれて聞いていた長谷川警部はそんなことは知らないので、


(どうやら、アケディアは手下たちと仲間れをしているようだ。チームワークが乱れている今なら、あいつらを一網打尽いちもうだじん逮捕たいほできるかも……!)


 と、考えた。そして、タロースに「今この場で、アケディアたちを襲撃しゅうげきするぞ」と言った。


「長谷川警部。お言葉ですが、遠山とおやま部長からは作戦決行は明後日あさって以降いこうだと言われています」


「目の前に凶悪犯がいるのに、逃がしてしまうのは正義のヒーローじゃない。だいじょうぶ! 正義のロボットのおまえが負けるはずがない! 簡単かんたんに逮捕できるさ!」


 長谷川警部が自信満々じしんまんまんでそう言うと、信頼しんらいしてくれている上司じょうし期待きたいにこたえたいタロースは「……承知しょうちしました」とうなずいた。


「では、警部。作戦を指示しじしてください」


「ええと~、そうだな……。正義のロボットたるもの、敵をうしろから攻撃したりはしないから……このまま真正面から突撃だ!」


 ヒーローにあこがれて警察になった長谷川警部は、いま完全に正義のヒーローになりきっていた。いつも身に着けているトレンチコートも、昔放送していたアニメで主人公であるアンドロイドの刑事がしぶいトレンチコートを着ていたのをマネしているのだ。


「サーペント団の幹部・アケディア! おまえたちは完全に包囲ほういされている! 大人しくおなわにつきなさい!」


 物陰から飛び出した長谷川警部は、ピストルをかまえながら、そうさけんだ。


 別に「完全に包囲」なんてしていないのだが、警察になったら一度は使ってみたいセリフだったので、そう言っただけである。


「ええ~⁉ や、やべぇよ、ボスぅ~! 早く逃げなきゃ!」


「にゃあ~! にゃあ~! わたし、逮捕なんかされたくな~い!」


 長谷川警部が考えなしで言ったハッタリは熊坂くまさかとねこには効果こうかがあったらしく、二人はパニックになった。しかし、アケディアはさすがに冷静で、


「うるさい! 少し落ち着け! 外からは物音ひとつ聞こえない。ただのハッタリだ」


 そう言って手下たちを叱った。


「ひ、ひぃ~! 警察だぁ~!」


 アケディアからディアボロス・ウイルスを買った男は、工場の裏口から逃げ出そうとした。


「待て!」


 タロースは自慢じまんのジャンプ力で飛び、逃げる男を捕まえて手錠てじょうをかけた。


「次は、おまえたちの番だ!」


 タロースは、アケディアたちをキッとにらんだ。金色の両目がキュピーンと光る。


「ぼ、ボスぅ~! あのロボット、めちゃくちゃ強そうだけど、どうすんのさぁ~!」


「泣くな、熊! 図体ずうたいがでかいくせして、びびるんじゃねぇ!」


 アケディアはそう怒鳴どなると、熊坂とねこに「ちょっと耳をせ」と言った。熊坂とねこは、アケディアに顔を寄せる。


「……逃げるふりをして、敵を油断させるぞ。あのロボットが追いかけてきたら、不意ふいを突いてディアボロス・ウイルス入りの銃弾で攻撃するんだ」


 アケディアがこまかな作戦内容を話すと、ねこは不安そうな顔をした。


「に、にゃあ……。あのロボット、ネットニュースで見たことがあります。タロースっていう優秀な警察ロボットですよ。タロースにそんな手が通用つうようするでしょうか?」


「いくら高性能に作られていても、しょせんは人間の道具だ。人間様の知恵にはかなわねぇさ」


 アケディアはそう言って笑うと、二人の耳から口をはなして「それ、逃げろ! 熊も全力で走れよ!」と叫んだ。


 アケディア、熊坂、ねこはものすごいスピードで走り出す。もしもの時のためにロボットスーツを着ていたから、生身の人間では考えられないような動きができるのだ。


(あの素早い動き、かなり高性能なロボットスーツみたいだ。たぶん、ディアボロス博士が作った特別製だろう。あのロボットスーツで三人がかりなら、なみみの警察ロボット一体ぐらいならたおせる可能性がある。それなのに、少しも戦おうとせずに逃げたのは、なぜだ?)


 タロースのことを警察ロボット隊の中でもっとも強い戦闘力せんとうりょくを持つロボットだと知っていて逃げたのかも知れないが、それにしても、数多くの凶悪事件に関わってきたアケディアにしてはあまりにもあっけない逃走だ。ちょっとおかしい、とタロースは思った。


 しかし、長谷川警部はちっとも警戒けいかいしていないようだ。


「タロース、ボーっとしてどうしたんだ? アケディアたちを早く追いかけるんだ!」


わなの可能性があるが……長谷川警部の命令だ。たとえこの体が敵の罠で破壊はかいされることになったとしても、突撃とつげきあるのみだ。オレの電子頭脳でんしずのうに「恐怖きょうふ」の二文字はない!)


 恐怖心を持たないタロースは「了解りょうかい!」と言い、アケディアたちを追いかけた。


 長谷川警部もトレンチコートを風でひるがえしながら走り出した。でも、ロボットスーツを着ている三人には、生身の体ではとうてい追いつけない。


 一方、タロースは、工場の外で、一番のろまな熊坂に早くも追いつこうとしていた。


「はぁ、ひぃ、ふぅ……。腹が減って力が出ねぇよぉ~。もう走れないよぉ~……」


 熊坂は、どて~ん! とずっこけた。アケディアとねこはり返らず、逃げていく。


(何のためらいもなく仲間を置き去りにするとは、悪党の友情とはうすっぺらいのだな)


 タロースは見捨みすてられた熊坂のことをちょっと気の毒に思いながらも、倒れている熊坂に手錠をはめようとした。しかし、その時、


「か……かかったなぁ~!」


 倒れていた熊坂がぐわぁっと起き上がり、タロースに抱きついたのである。


 おどろいたタロースは、ふりはらうことも忘れて、「な、何のつもりだ⁉」と言った。


「へっへっへっ。よくやったぞ、熊。ほんの数秒だけでいい。タロースの動きを止めろ」


 気がつくと、逃げたはずのアケディアとねこがタロースの左右にいて、じゅうをかまえていた。


(しまった! オレにディアボロス・ウイルスをつ気だ!)


 このままだと、電子頭脳をくるわされて凶暴なロボットになってしまう!


 タロースは熊坂をふりはらって逃げようとしたが、相撲取りよりも重たいうえにロボットスーツでパワーアップしている熊坂は顔を真っ赤にしてふんばり、タロースを逃がすまいとしている。


「あのドケチなボスが、この作戦に成功したらハンバーグ定食をおごるって約束してくれたんだぁ~! 死んでもはなさねぇぞぉ~!」


 怪力が自慢のタロースが多少の力を込めて熊坂をったら、熊坂は吹っ飛ぶだろう。しかし、そんなことをしたら熊坂が死んでしまう可能性がある。いくら悪党でも、人間を殺すことなんてできない。タロースはあせり、「は、はなせ!」と叫びながら熊坂をふりほどこうとした。


「もう遅い! くらえ、ディアボロス・ウイルス‼」


 アケディアとねこは、ほぼ同時にピストルの引き金を引いた。二発の銃弾はタロースに命中して、粉々に砕ける。そして、砕けた銃弾から目に見えないナノロボット「ディアボロス・ウイルス」が飛び出てタロースの体内に侵入しんにゅうし……。


「ぐ……ぐわぁぁぁ‼」


 タロースはもがき苦しみだした。


「た、タロース! どうしたんだ⁉ だいじょうぶか!」


 遅れてやって来た長谷川警部がタロースにそう呼びかける。しかし、タロースは「ぐわぁぁぁ! あががが!」と叫び続けて、何も答えない。


「これでタロースはオレ様の手下だ。タロース、あのトレンチコートの警察をぶっ飛ばせ!」


 アケディアは腕時計型コンピューターを操作そうさして、タロースに攻撃こうげき命令を出した。


「ぐ……ぐぎぎぎ……。ががが……。ぐがががーーーっ‼」


「う、うわぁ~! タロース、やめてくれぇ~!」


 タロースがこぶしをふりあげると、おびえた長谷川警部は尻もちをついた。


「あははは! 自分の部下だったロボットに攻撃されるとは、無様ぶざまだなぁ!」


「に、にゃあ……。また心の優しいロボットを悪い子にしちゃった。罪悪感ざいあくかんで胸がチクチク痛いよぉ……。あれ? アケディアさん。タロースの様子ようすがおかしいですよ?」


「え? 何だって?」


 見ると、タロースは拳をふりあげたままピタリと止まっている。必死に、拳をふりおろさないようにえているのだ。


「ぐ……ぐぎぎぎ。お、オレは、警察ロボットだ。正義のためにしか、この拳は使わない」


 おどろいたことに、タロースはディアボロス・ウイルスと戦っているのだ。


「チッ。なんてロボットだ。だったら、もっとディアボロス・ウイルスを撃ちこんでやる!」


 アケディアは、バン! バン! バン! と連続で三発撃った。タロースは、大量のウイルスを体内にそそぎこまれ、「うがぁぁ!」と悲鳴をあげた。アケディアはさらに三発撃つ。


「や、やめろ! やめてくれぇー!」


 長谷川警部は泣きながら叫ぶ。


「あ、アケディアさん! そんなにウイルスを撃ち込むのはやりすぎですよぉ~!」


「うるせぇぞ、ねこ! 邪魔するな! へへへ……。警察ロボット最強のタロースが手に入ったら、あの憎たらしいココルだって倒せるかも知れない。……おお、そうだ。こいつに銀行強盗ごうとうでもさせてみるか。警察ロボットに銀行強盗をさせるなんて、ものすごく面白そうじゃねぇか」


 アケディアは舌なめずりしながら、タロースが自分のあやつり人形になった後にどんな悪いことに使ってやろうかと計画を立て始めた。


「ぐぎぎ……ぎぎぎ……ぐごごががぁぁぁ‼」


「ぼ、ボスぅ~! あのロボット、様子がおかしいぜぇ~?」


 タロースは手足を異常なほどガタガタとはげしくふるわせている。そして、手足の震えが止まったと思ったら、ブシュー! と、タロースの体中から熱風ねっぷうが吹き出した。


「あっつ! な、何だ⁉ タロース、止まれ! そんな熱い体でこっちに近寄って来るな!」


 ガシャン、ガシャンとタロースはアケディアたちに歩み寄る。アケディアがいくら停止ていし命令を出しても、止まろうとはしない。


「ぐおおおおお‼」


 タロースはケモノのようにえ、拳をアケディアたちにたたきつけた。ロボットスーツの力でスピードがアップしているアケディアたちはぎりぎりでそれをかわす。


 タロースの全力のパンチは、ズゴゴゴーン! と、地面に大穴を開けた。


 そして、タロースは近くにあった大きな木を怪力でひっこぬくと、ブンブンふり回した後、放り投げた。危うく長谷川警部に当たりそうになり、警部は「ぎゃー!」と悲鳴をあげる。


「ひ、ひぃぃ! 腹減ったとか言っている場合じゃねぇ~! あいつ、敵味方関係なしに攻撃してくるぞぉ~!」


「ち、ちくしょう! なんでオレの命令を聞かないんだ⁉」


「アケディアさんが過剰かじょうな量のディアボロス・ウイルスをタロースに注入したから、タロースの電子頭脳が完全にいかれちゃったのかも~!」


「つ……つまり、どういうことだ⁉」


「もうだれの言うことも聞かず、エネルギーが尽きるまで暴れ回ると思いますぅ~! ど、どうするんですか? 暴走したタロースは街をめちゃくちゃにするかも知れませんよ⁉」


「街の人間がどうなろうが、知ったことか! とにかく、今は退散たいさんだ! あんな暴走ロボット、オレたちの手には負えねぇ!」


 アケディアはそう言うと、バビューン! と、風を切って逃走した。


 熊坂とねこも、「待ってくれよぉ~! ボスぅ~!」「に、にゃあ~!」と言いながら逃げ出す。


「ぐごごががぁぁぁぁ! ごがぁぁぁぁ!」


 タロースは狂ったように吠えると、驚異的きょういてきなジャンプ力で飛び、どこかへ行ってしまった。このままだと、暴走したタロースは街の建物を破壊し、人々に危害きがいを加えるだろう。


「タロース、お願いだから正気にもどって帰って来てくれ! ……タロースーーーっ!」


 白みだした空の下、長谷川警部は叫んだ。しかし、タロースはもどっては来なかった。

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