ココル、落ちこむ

 ココルは愛菜あいな勇治ゆうじの学校に到着とうちゃくしたが、校門前で警備けいびロボットに止められてしまった。


「学校関係者以外いがいノ立チ入リハ禁止デス。学校関係者以外ノ立チ入リハ禁止デス」


 犬の姿をした警備ロボット「ウォッチドッグ番犬」は、口をパクパクさせながらココルにそうげた。かなり昔に作られた旧式のせいか、言葉が機械的で発音もぎこちない。


「わたしは不審者ふしんしゃじゃないよ。ここの学校の生徒の家族なの。愛菜ちゃんに会いたいから、ここを通してくれるかな?」


「生徒ノミナサンハ授業中デス。授業ガ終ワッタラ、アナタノ家族トイウ生徒ニ連絡シマス。ソレマデハ、ココデ待ッテイテクダサイ」


「授業って、あと何分ぐらいで終わるの?」


「五分前ニ始マッタバカリダカラ、アト四十五分デス」


「ええ~⁉ そんなに待っていられないよぉ~!」


 見た目は十三歳ぐらいでも精神年齢せいしんねんれいはまだ幼稚園児ようちえんじなみのココルは、「我慢がまんする」ということを知らなかった。「むぅ~!」とほほをふくらませて、ウォッチドッグをにらむ。


「ソンナ顔ヲサレテモ、規則きそくハ規則デスカラ、ダメデス」


「むぅ~! むぅ~! むむぅ~!」


 ココルはさらに頬をふくらませる。でも、ウォッチドッグは学校の門番をまかされているロボットだから、ココルが本当に生徒の身内か確認かくにんできるまでは校内に入れるわけにはいかない。「ダメデス」と、もう一度言った。


「むぅ~! ……あっ、愛菜ちゃんだ!」


 驚異的きょういてき視力しりょくを持つココルは、校舎こうしゃ窓側まどがわの席にいる愛菜を発見した。


 大好きな愛菜を発見できてうれしいココルは、思わず大声で愛菜を呼んでしまった。


「あーーーいーーーなーーーちゃーーーん‼」


 ココルの人口声帯じんこうせいたいには拡声機能かくせいきのうがついている。ココルは、その拡声機能を最大ボリュームにしてさけんだ。


「キ、キャウウウン⁉」


 ビックリしたウォッチドッグは、どてーん! とひっくり返る。


 同じころ、教室の生徒たちも、うたた寝していた愛菜みたいな子たちが二、三人、おどろいてイスからころげ落ちていた。


「くっ……。み、耳が痛い。この声は、ココルだな。あの馬鹿ロボット、何しに来たんだ」


 勇治がまゆをひそめてつぶやき、自分の足元にたおれている愛菜を助け起こした。


「ゆ、勇治ぃ~。ココルが学校に来ちゃったみたい。どうしよう?」


「どうするって、オレたちが止めに行くしかないだろう。あんな大声でさわがれたら、学校のみんなに迷惑がかかる」


 クラスメイトたちは教室の窓から顔を出し、


「校門に可愛い女の子がいるけど、さっきの大声はあの子かしら?」


「あれは人間じゃなくてロボットだろ。水色の髪をした人間なんて見たことがない」


「染めているだけかもよ?」


「馬鹿ねぇ~。人間がスピーカーみたいな大声を出せないわよ」


 などと騒いでいた。数学担当たんとう安藤あんどう先生が「席にすわりなさい!」と怒っても、だれも聞いていない。


(学校が大騒ぎになる前にココルのところへ行かなきゃ!)


 愛菜と勇治は、安藤先生に「すみません! 校門前にいるロボットは、うちのロボットなんです。わたしたちが帰るように言ってきます!」と事情を話して許可をもらうと、大急ぎで校門へと走った。


「ココルぅ~! 大声を出したらダメだよぉ~! はぁはぁ……」


 校門に到着すると、運動不足ぎみの愛菜は息切れしながらココルを注意した。


「あっ! 愛菜ちゃんと勇治くんだ! あのね、わたし、さっき街で警察けいさつロボットのタロースと会って……」


 愛菜と勇治が来てくれたことを喜んだココルは、パァッ~と笑顔をかがやかせてタロースの話をしようとした。しかし、「うるさい!」と勇治に怒鳴どなられて、肩をビクンとふるわせる。


「あんな大声を出すなんて、おまえは何を考えているんだ。完全に騒音そうおんだぞ。学校や近所の人たちの迷惑を考えろ。さっさと帰れ」


「ご、ごめんなさい……。でも、学校がどんなところか見てみたくて……」


「まだそんなわがままを言うつもりなのか。人間の命令にしたがえないロボットなんて、役立たずの欠陥品けっかんひんだ。不良品としてスクラップにされたくなかったら、つべこべ言わずに帰れ!」


 ココルの考えなしの行動に腹が立っていた勇治は、かなりきびしい口調でそう叱った。


 愛菜は弟の発言におどろき、「それはちょっと言いすぎだよ!」と勇治に食ってかかった。


「言いすぎなもんか。欠陥品のロボットは、これぐらい言わないとわからないんだ」


「欠陥品、欠陥品って言わないで! ココルの心はまだ成長途中とちゅうなのよ? 心を持っているココルに、よくもそんな残酷ざんこくなことが言えるわね! スクラップにするだなんて、冗談じょうだんでもひどすぎるよ! 勇治こそ、心にどこか欠陥けっかんがあるんじゃないの⁉」


「な……なんだって⁉ 愛菜こそ言いすぎだろ! 弟よりもロボットをかばうのかよ!」


 愛菜と勇治は、またケンカを始めた。


(愛菜ちゃん……。勇治くん……。ど、どうしよう。わたしのせいで二人が……)


 ココルは、おたがいを傷つける言葉をき合う愛菜と勇治から、胸が切りかれそうなほど苦しい感情のうず電気信号でんきしんごう受信じゅしんして、戸惑とまどった。

 この感情の正体はわからないけれど、自分のせいで姉弟がケンカをしていることはココルにもわかる。


 愛菜も、勇治も、相手をののしる言葉を口から出す時、何だかとても苦しそうな顔をしている。ココルは、二人の苦しげな表情を見るのがとてもつらかった。


(わたしがいけないことをしたせいで、二人が一生口をきかなくなったらどうしよう……)


 そう思ったココルのひとみからは、ポロポロと大粒おおつぶの涙が流れ出ていた。その涙を見た愛菜と勇治はギョッとおどろき、言い争いを中断してココルを見つめた。


「ココルが……泣いている……?」


「ロボットなのに、涙を流せるのか?」


「うっ……ぐすん……ひっく。愛菜ちゃん、勇治くん。わたし、反省はんせいしたから……もうお家に帰るから……だから、ケンカしないでぇ~……」


「わぁー! わぁー! ココル、泣かないで⁉ ケンカやめるから!」


 愛菜はあわててそう言い、ココルの涙をハンカチでぬぐう。


 勇治も小声で「オレも……その……ちょっと言いすぎた」とココルに言った。


 姉の愛菜が泣き虫で、何かあるとすぐに泣かれてしまい、どうなぐさめようかとこまり果てることが昔から多かったせいか、勇治は女の子に泣かれるのがすごく苦手なのである。それが、たとえロボットだったとしても。


「おいおい、三人とも。校門で何をもめているんだ?」


 ココルがわんわん泣き、愛菜がおろおろして、勇治が気まずそうにしていると、スカイカーが校門前にとまった。運転席の窓から顔を出したのは、信人のぶとである。


 信人は、バトラーから「ココルが家出しました。学校がある方角に向かっています」という報告ほうこくを受けて、むかえに来たのだ。


「父さん。ココルってロボットなのに涙を流すのか?」


「ああ。ココルのエネルギーは、水素と酸素を化学反応させて電気を発生させる燃料電池ねんりょうでんちだからな。有害ゆうがい物質ぶっしつ排出はいしゅつしないかわりに、水を排出するんだ。だから、体内にためこんだ水を出すために、ココルはトイレもするし、はげしい感情のれがあると涙も流す」


(そういえば、ココルがトイレから出てくることがたまにあるな。「ロボットがトイレで何やっているんだ?」と思っていたけれど、そういう理由だったのか。それにしても、どこまで人間っぽいロボットなんだ、こいつは……)


 ロボット嫌いの勇治でさえ、ここまで人間っぽいココルの泣き顔を見てしまうと、冷たくせっしたらかわいそうに思えてきてしまった。


「ココル、もう泣きやみなさい。愛菜と勇治が困っているぞ。さあ、一緒いっしょに家に帰ろう」


 信人がココルの頭をやさしくなでると、ココルは「うん……」と元気のない声で返事した。


「ココル。また家で話そうね!」


 ココルが助手席に座ってスカイカーが陸上走行モードで走り出すと、愛菜がそう言いながら手をふった。勇治も無言でココルを見送る。


「……勇治。さっきはひどいことを言ってゴメン」


 信人とココルがいなくなった後、愛菜はポツリとそう言った。勇治も「オレのほうこそ……」と小声でつぶやく。


 おたがいにあやまりはしたけれど、しばらく二人の間には気まずい空気が流れていた。







 自動運転中の車内。


 ココルは、愛菜と勇治がケンカしながらひどく心乱れていたことを信人に話した。


「ケンカをしている間、愛菜ちゃんと勇治くんはずっと苦しそうな顔をしていたの。二人から伝わってくる感情も、胸を刃物でブスッと刺されたような痛い感じの電気信号だった。あの感情は、何だったんだろう……」


「それは『悲しみ』の感情の一種いっしゅだな。人間は他人にきずつけられて悲しむだけじゃない。だれかを傷つけてしまった時、自分の心にも深い傷を負ってしまうものなんだ。愛している人間とケンカした時には、より大きな悲しみとなる……。

 オレも、こころとケンカしてしまった時は、とても悲しくて、苦しくて、なんであんなひどいことを言ってしまったのだろうと反省したものさ。たぶん、愛菜と勇治も今ごろは反省しているだろうなぁ……」


(心が傷つく――「悲しみ」の感情というのは、こんなにも苦しく切ないんだ)


 愛菜と勇治は、普段ふだんは仲のいい双子だ。でも、ココルのせいで、しょっちゅうケンカをしている。そのたびに二人はおたがいを傷つけて、自分の心までも傷つけているのだ。


(それって、つまり、わたしが二人の悲しみの原因げんいんっていうことだよね?)


 こころ博士は、人間とロボットがパートナーになれると信じていた。でも、今のココルは人間のパートナーになるどころか、愛菜と勇治の悲しみの原因を作ってしまっている。


(わたしって、本当に欠陥ロボットなのかも……)


 そう考えたココルはひどく落ちこんでしまった。そして、またポロポロと涙を流し始めた。


「お、おい、ココル。泣くなって」


 勇治と同じく女の子に泣かれると弱ってしまう性格せいかくの信人は、ぼさぼさの頭をかきながらそう言った。


「勇治にしかられて落ちこんでいるのか? あいつはロボットにたいして厳しいところがあるが、本当は家族思いの優しい子なんだよ。昔はよく笑う子だったし……」


「え? 勇治くんが? わたし、勇治くんが笑ったところを見たことない」


 おどろいたココルが顔を上げて、信人を見つめる。ためしに勇治が笑っている姿を想像しようとしたけれど、ムスッとした表情しか思い浮かばない。


「母親を亡くしてからずっとふさぎこんでいるんだ。……でも、もしかしたら、おまえなら勇治の心を開かせて、元の明るい勇治にもどせるかも知れないとオレは思っている」


「わたしは勇治くんに嫌われているよ? たぶん、無理だよ……」


「そんなことはない。おまえの無邪気むじゃきで行動的な性格は、おまえの電子頭脳でんしずのうを作ったこころの性格の影響えいきょうを大きく受けている。それに、おまえのその可愛らしい顔も、こころが中学生だったころの顔をモデルにして彼女が作ったんだ。本人が言うには、『けっこう美化しちゃった』らしいがな。

 ……だから、おまえは、愛菜と勇治のお母さんの心を受けいだロボットなんだ。今は愛菜や勇治の妹みたいな存在だが、心が成長したらいつかはあの子たちのお姉さんになったり、お母さんになったりして、二人を守ってあげられる存在になれる。……そんな可能性をおまえは秘めているとオレは信じているんだよ」


(わたしが二人を守る? 怒られてばかりのわたしに、そんなことできるのかな……)


 ココルは、自分の電子頭脳を支配しはいしているおぼえたての「悲しみ」の感情のせいで、すっかりネガティブになってしまっていた。だから、信人のはげましの言葉にも素直すなおにうなずくことはできなかったのだった……。

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