Episode2 ココルとタロース

学校に行きたい!

 ココルが完全に目覚めてから、二週間後。


 ココルは、まだ精神年齢せいしんねんれいおさないけれど、何でも興味津々きょうみしんしんで元気いっぱいだった。


「ねえ、ねえ、バトラー! わたしに料理を教えて! わたし、愛菜あいなちゃんにおいしいご飯を作ってあげたい!」


 ココルが最初に興味を持ったのは、料理である。


 妹ができてうれしいのか、バトラーはココルにつきっきりで料理を教えた。


「ココル。料理で一番大切なのは何かわかりますか?」


「わかんな~い。何が大切なの?」


「塩と砂糖さとうをうっかりまちがえないことです。あと、しょうゆとソースも気をつけてください。それから、胡椒こしょう唐辛子とうがらしも……」


「胡椒と唐辛子は、見た目がぜんぜんちがうよ?」


「油断をしてはいけません。料理中にうっかりミスをしてしまうほど恐ろしいことはないのです。これまでの努力が水のあわになってしまうのですから……」


「う、うん……」


 真剣な表情で言うバトラーに、ココルは大人しくうなずき、「うっかりまちがえてしまった調味料ちょうみりょうシリーズ」の話を二時間ぐらい聞かされた。ほとんどバトラーの愚痴ぐちだった。


 本格的な料理の実践じっせんが始まったのは、それから後のことである。


「まず、なべに砂糖を入れます」


「バトラー、それ塩だよ?」


「次に、しょうゆを少々」


「わー! わー! それはソースだよぉ~!」


「そして、かくし味として唐辛子を……」


「それは唐辛子でも胡椒でもないよ⁉ 洗剤せんざい入れたら愛菜ちゃんたちがお腹こわしちゃう!」


「……ち、ちょっと、今日は電子頭脳の調子が悪いようです。うっかりミスを連発してしまいました」


(わたしがしっかりしなきゃ……)


 ココルは、強くそう思った。そして、自分でも料理のレシピを調べ、料理の練習も毎日がんばり、めきめきと料理の腕を上げていったのである。


 ちなみに、ココルの電子頭脳はインターネットに接続せつぞくできる。だから、世界中のいろんな料理を一瞬いっしゅんで調べることが可能なのだ。


「おいしい! すごいよ、ココル! たった二週間でよくここまでできるようになったね!」


「うん、うん。絶妙ぜつみょうな味つけだ。ココルの舌は人間とほとんど変わらない味覚みかくを持っているから、細かな味の調整ちょうせいができるんだな」


 愛菜と信人のぶとは、ココルが作った朝ご飯を食べながら、絶賛ぜっさんした。


「オレは、もっと濃い味つけのほうがいい」


「もう、勇治ゆうじったら! ココルががんばって作ったのに! 本当はおいしいんでしょ? 素直になりなさいよ」


「……オレ、そろそろ学校に行くよ。愛菜もゆっくりしていると遅刻するぞ」


「あっ! 待ってよ、勇治! わたし、まだパジャマなのにぃ~!」


 愛菜は朝ご飯を急いで食べると、二階の自分の部屋にもどって制服に慌てて着がえた。


 愛菜たちが通う学校の制服は、学校の校章こうしょうがデザインされたワッペンが左肩についている。愛菜が制服を着ると、そのワッペンがピコン、ピコンと青く点滅てんめつした。


 制服には健康をチェックできるコンピューターが内蔵ないぞうされていて、制服を着ている生徒の体調がいいと青く、つかれぎみだと黄色く、具合ぐあいがかなり悪いと赤くなるのである。


「愛菜、遅いぞ。早くしろ」


 何だかんだ言いつつも玄関げんかんで待っていた勇治が、愛菜をせかす。


「ま、待ってぇ~!」


「ねえ、ねえ、愛菜ちゃん。わたしも学校っていうところに行ってみたい」


 ココルは、パタパタと二階から降りてきた愛菜のスカートをつまんでそう言った。


 愛菜がいつも学校の友達の話を楽しそうにココルにするため、「学校って、どんなところなんだろ?」と興味を持ち始めていたのである。


「ココルが学校へ……? それ、いいかも! ココルが学校に通ったらいろんな子たちとふれあうことができて、ココルの心もきっとすぐに成長するわ!」


「あのなぁ~……。ロボットが学校で勉強するなんて、聞いたことがないぞ」


 勇治は、腕時計型コンピューターで時間をチラチラ確認かくにんしながら、あきれ顔でそう言った。


「でも、ココルは人とふれあうことで心が成長していくロボットなんだよ? いろんな子がいる学校は、ココルが感情を学んでいくのにちょうどいい場所じゃない。お父さんもそう思うでしょ?」


「そうだなぁ~……」


 信人は無精ぶしょうひげをなでながら、ちょっとの間、考えこむ。


「たしかに、たくさんの子供たちと共同生活を送ったら、ココルは大きく成長するだろう。母さんもココルを学校に通わせたいと言っていた。それに、ロボットは教材や教師役、生徒の世話係せわがかりとして学校で活躍している。生徒として学校に通うロボットがいてもおかしくはないだろう。学校側が受け入れてくれさえしたら、な。……だが、ココルにはまだ相手の心を思いやれるだけの社会性が十分育ってはいないからなぁ~……」


「つまり、ダメってこと?」


「いや、ダメだとは言っていないが……。まあ、今のところは、ココルは家の中で勉強していたほうがいいだろう」


「むぅ~……」


 愛菜はほっぺたをふくらませた。ココルも、マネしてほっぺたをふくらませる。


「愛菜。いい加減かげん、置いていくぞ」


「ああ~ん、待ってよぉ~!」


 勇治に再びせかされた愛菜は、寝癖ねぐせを手で直しながら、勇治と一緒いっしょに家を出ていった。


(行きたいなぁ~、学校。毎日お家で留守番るすばんしていてもつまらないよぉ~)


 二人が出ていって、自動で閉まったドアを見つめながら、ココルはそう思うのだった。







 午前中、ココルは信人に連れられて唐栗ロボット研究所で健康診断を受けた。


「ふむ。ウイルス対策のためのナノロボット『エクソシスム』を体内に入れてから一週間たつが、特に異常いじょうはないな」


「博士ぇ~。体の中に何かいると思うと、あまり気持ちよくないよぉ~」


「まあ、我慢がまんしてくれ。サーペント団のディアボロス・ウイルスは強力なウイルスだ。エクソシスムは、おまえの電子頭脳をディアボロス・ウイルスから守るために作ったんだぞ。このナノロボットのおかげで、ムートも元の人命救助じんめいきゅうじょロボットにもどれたんだしな」


 サーペント団が悪用しているディアボロス・ウイルスは、数年前からロボットをくるわせるウイルスとして社会問題になっていた。カラクリ天才夫婦は、ディアボロス・ウイルス対策のために「エクソシスム」というナノロボットを開発し、こころが亡くなる直前にはほぼ完成させていたのだ。


 ナノロボットとは、肉眼にくがんでは見えないほど小さなロボットのことである。

 カラクリ天才夫婦が作ったナノロボット「エクソシスム」は、ココルの体内に百個ほど入れられており、二十四時間パトロールしている。もしもウイルスがココルの体に入ってきたらやっつけてくれるのだ。ちなみに、顕微鏡けんびきょうでエクソシスムを見ると、金平糖こんぺいとうのような形でキラキラしている。


 ディアボロス・ウイルスに人工知能を狂わされていたムートも、信人が少量のエクソシスムを注入してあげて元にもどり、今ではレスキュー隊のロボットに復帰ふっきしていた。


 ただし、エクソシスムの欠点は、とても高性能で小さすぎるロボットなので、作るのにかなりのお金と時間、技術が必要となることだった。世界中の全てのロボットのためにエクソシスムを作れるほど普及ふきゅうするには、あと数年は時間がかかるだろう。


「ココル。もう家に帰っていいぞ。バトラーに勉強を教えてもらいなさい」


「はぁ~い……」


 ココルはあまり楽しくなさそうに返事をした。


 社会の常識を身につけるため、ココルはお勉強中なのである。でも、その勉強は料理に比べるとぜんぜん面白くなくて、ココルは毎日退屈だった。


「ココル、今日は道路交通法どうろこうつうほうについて勉強しましょう。道路交通法とは、交通のルールです。これを知っていないと、外に出かける時、たいへん危険です。しっかり覚えましょう」


 ココルがキーパーに送ってもらって唐栗家からくりけに帰ると、バトラーが待ち受けていた。


(しっかりおぼえろと言われてもなぁ~……)


 と、ココルは心の中でつぶやく。勉強といっても、ココルが机に向かってせっせと道路交通法の本を読むわけではないのだ。


「では、いきますよ」


 ココルと向かい合ってイスにすわったバトラーは、ラベンダー色のひとみをチカチカと点滅てんめつさせた。すると、ココルのチェリーピンクの瞳もチカチカと点滅する。


 バトラーの電子頭脳にある道路交通法のデータをココルの電子頭脳に転送てんそうしているのだ。


「はい、終了。えらいですね、ココル。たくさんある交通ルールをたった〇・〇〇一秒で習得しゅうとくするとは。わたしは、昔、〇・〇九秒もかかってしまいました。偉い、偉い」


 バトラーはココルの頭を不器用ぶきような手つきでなでた。でも、ココルはしぶい顔をしている。


「……まんない」


「はい?」


「つ・ま・ん・な・い‼」


 ココルは駄々だだっ子みたいに手をぶんぶんりながらさけんだ。


「こ、ココル?」


「こんな勉強のしかた、つまんないよぉ~!」


 バトラーから送信されたデータをただ受け取って電子頭脳に保存ほぞんするだけのやり取りなんて、「勉強している」という実感がぜんぜんない。それが、ココルにはとてもつまらなく感じられたのだ。


「わたしも、愛菜ちゃんみたいに、たくさんの友達と一緒に授業を受けたい! 先生に当てられて問題を解いたり、みんなで調べ物をして発表したりしたい! 一人でさびしくお勉強なんてつまんないよぉ~!」


「ココル……」


「あと、居眠いねむりして先生に怒られたり、授業中にこっそりお弁当を食べたりしたい!」


「いや、それは愛菜お嬢様じょうさまの悪い見本ですから、マネしてはいけません。ココル、とりあえずちょっと落ち着きなさい。どうどう、どうどう」


「わたし、お馬さんじゃないよぉ! バトラーのおたんこなす!」


「あっ……ココル! 待ちなさい!」


 ココルは、バトラーが止めるのも聞かず、家から飛び出してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る