ココル誘拐

 ココル起動から一週間がたった。愛菜あいなは三日前から、学校から帰るとココルを家の近くの公園に連れて行っている。公園の自然や花壇かだんに咲いている花をながめながら、ベンチにすわって今日学校で起きたことをココルに話して聞かせていた。


 ココルは、愛菜の話の内容をちゃんと理解しているのかはわからないけれど、ニコニコ笑って大人しくしている。


「今日はね、学校の調理実習でお菓子を作ったんだよ。でもね、わたし、砂糖と塩をまちがえて入れちゃって。テヘヘ……。いつもバトラーがやっているうっかりミスをまさかわたしもしちゃうとは思わなかったよぉ~」


「……なあ、愛菜。そんなくだらない話、家の中でもできるだろ。なんで、わざわざ公園でおしゃべりするんだ?」


 ココルと愛菜が座っているベンチから少しはなれた場所で木にもたれかかっている勇治ゆうじが、あきれた顔でそう言った。


 勇治は、警戒心けいかいしんうすい愛菜にイライラしているのだ。


 いつ、サーペント団がココルを狙っておそってくるかわからない。おそわれたら愛菜もケガをするかも知れないのに、ココルを連れてのこのこと外を出歩くなんてのんきすぎる。


 いくら家から目と鼻の先で、研究所からもけっこう近い公園でも、不意ふいかれたら家や研究所に逃げこめない恐れだってある。


 それに、マスコミも「カラクリ天才夫婦が作った最新型アンドロイド」を取材しようと、毎日のように研究所に押しかけているらしい。信人のぶとは、


「サーペント団がココルの起動の邪魔をしたせいで、電子頭脳に不具合ふぐあいができたかも知れない。だから、ねんのため、ココルの起動は電子頭脳の検査けんさをしてからにする」


 と言って、何とか今のところはごまかしている。


 でも、ココルが公園にいるとわかれば、たくさんの記者たちが公園にやって来るだろう。そして、ココルの電子頭脳がいかれているとバレたら、ネットニュースでどんなひどい記事を書かれるかわかったものではない。


 サーペント団にココルを誘拐ゆうかいされても、親がマスコミにひどい記事を書かれても、一番きずついて悲しむのは泣き虫の愛菜なのだ。


 勇治は、姉の愛菜に傷ついてほしくなかった。だから、警戒心が薄い愛菜にイライラしていたのだ。でも、勇治の気持ちに気づいていない愛菜は、


「公園の美しい自然や可愛いお花を見ながらおしゃべりしたほうが、ココルも楽しいでしょ? ココルには、『楽しい』という気持ちをもっと教えてあげたいの」


 と、勇治に熱心に語った。すっかり、ココルの保護者ほごしゃになりきっているようだ。


「ロボットに花を見せても、何も感じないぞ。ロボットの心は、キレイなものや芸術作品を見ても感動できないんだ」


「でも、ココルは花を美しいと思う心を持っているって、お父さんが言っていたよ。ココルは心が成長したら、芸術鑑賞げいじゅつかんしょうどころか自分で創造そうぞうして絵を描いたりもできるって」


「ウソつけ。そんなロボット、聞いたことがない」


「ウソじゃないってばぁ~。ねえ、バトラー。お父さんがその話をしている時、バトラーも聞いていたでしょ?」


「はい、愛菜お嬢様じょうさま信人のぶと博士はかせはそうおっしゃっていました」


 バトラーは、本物の執事しつじのような丁寧ていねいな言葉づかいでそう答えた。


 信人は、ココルをサーペント団から守るため、バトラーとチェイサー一体、キーパー一体を護衛ごえいにつけていた。


 パワー不足だったチェイサーはほんの少しだがパワーアップさせ、キーパーも簡単には転ばないように調整ちょうせいしている。ただ、たくさんのロボットが公園にいたら逆に目立つので、護衛の数は最小限さいしょうげんである。


「フン……。たとえそんな機能きのうがついていたとしても、電子頭脳がいかれているんじゃ、やっぱり無意味だとオレは思うけどな」


 勇治は冷たくそう言った。


「むぅ~! 勇治のおたんこなす! なんで、ココルのことをそんなにイジメるのよぉ~! いくらロボットが嫌いだからって、ひどいじゃない!」


 愛菜がベンチから立ち上がってプンスカ怒ると、ココルも「おたんこなす~!」と言ってキャハハと笑う。この一週間で、姉弟ケンカをしている時の愛菜のお決まりのセリフを覚えたらしい。


「おい、ココル。ロボットのくせして、持ちぬしの息子に『おたんこなす』って言うな」


「ココルのことを物あつかいしないで! ココルはわたしたちの家族だよ!」


 愛菜がそう言いながら勇治につめよると、


「ロボットが家族だぁ~? クックックッ。面白いジョークを言うお嬢ちゃんだなぁ。……ロボットは、どれだけ高性能になっても、人間の道具にしかなれないんだぜ?」


 という小馬鹿にしたような声が愛菜の後ろで聞こえた。


 これは勇治が言ったのではない。勇治は愛菜の目の前にいる。


 このゾッとするほど冷たい声は、アケディアだ。アケディアの左右には手下の熊坂くまさかとねこもいた。前回と同じように、ロボットスーツを三人とも着ている。


「さ……サーペント団⁉」


 愛菜と勇治はおどろき、同時にさけんだ。


 直後、バトラーが素早い動きで愛菜と勇治の前に出て、悪党三人組とにらみあう。


 チェイサーとキーパーも、「不審者ふしんしゃ発見! 不審者発見!」とさわぎながら、ベンチに座っているココルの左右をガードする。


「じ、ジョークなんかじゃないよ! お母さんが言っていたもん! 遠くない未来に、人間とロボットがパートナーとなって仲良く生きていける世の中になるって! ロボットを悪いことに使っているあんたたちにはわからないでしょうけど!」


「フン。わかりたくもねぇな。おい、熊! ねこ! ココルを捕まえろ!」


 アケディアが命令すると、熊坂とねこは、


「夕飯どきに働かせるのやめてくれよぉ~。腹減ったぁ~」


「に、にゃあ……。わたしと熊坂さんばっかり働かされてる……」


 と、それぞれ愚痴ぐちを言いながら、ココルたちにおそいかかった。


 しかし、その三秒後、二人は吹っ飛ばされていたのである。


 バトラーが目にも止まらぬ早業はやわざで二人を連続で投げ飛ばしたのだ。バトラーの電子頭脳には、あらゆる格闘術かくとうじゅつがインプットされていて、さっきのは柔道じゅうどうわざを使ったのだ。


 ねこは、「ふにゃにゃ⁉」と叫びながらも空中でくるりと回転して何とか着地した。ロボットスーツで運動能力がアップしているとはいえ、ものすごい体の柔軟じゅうなんさである。


 でも、のろまで体が大きい熊坂にはそんな体操選手みたいなことはできない。吹っ飛ばされた熊坂の巨体は、またもやアケディアを下敷したじきにした。


「ぎ、ぎえぇぇ~! 重い~!」


「に、にゃあ~! アケディアさん、熊坂さん、だいじょうぶですか~⁉」


「ね、ねこ! あの執事みたいなかっこうをしたロボットは、かなり高性能だ。人間がたばになって挑んでも勝てそうにない。あのロボットを呼び出して、やっつけろ!」


「は、はい……」


 ねこは顔をくもらせて少しの間ためらっていたが、やがて、左腕につけている腕時計型コンピューターをカチャカチャと操作しだした。


「な……何をする気だ?」


 勇治が警戒していると、ココルが急にベンチから立ち上がり、下を向きながら「うー! うー! うー!」と騒ぎだした。


「……あれ? 地面がれているような……?」


 愛菜がそうつぶやいた直後、


 ズ……ズゴゴ……ズゴゴゴゴーーーっ‼


 足元の地面が突然とつぜんもりあがり、地下からロボットが出現した。


 愛菜と勇治は「う、うわわ⁉」とおどろいて尻もちをつく。


 地下から現れたロボットは、直径一三〇センチほどで、ヘビやムカデみたいに体をうねうねと動かしている。


「このモジュール型ロボット、ニュースで見たことがあるぞ。最近、何者かによって盗まれたレスキュー隊の人命救助用ロボット『ムート』だ! サーペント団が盗んでいたのか!」


 勇治がそう叫んだ。


 モジュール型ロボットは、モジュールと呼ばれる小さなロボットを一つ一つつなぎ合わせてできている。ムカデなどの節足せっそく動物の体や動きをモデルにして作られていて、せまい場所や危険な場所にもするすると入っていける性能せいのうを持つ。だから、災害さいがい時に人命救助じんめいきゅうじょロボットとしてよく使われているのだ。


 中でもこのムート(ドイツ語で勇気)は、たくさんの災害現場で活躍していた高性能なモジュール型ロボットだった。サーペント団はそれを二週間前に強奪ごうだつし、愛菜と勇治もネットニュースでムートが行方不明であることを知っていた。


「キュキュー!」


 会話機能がないムートは、独特な機械音きかいおんひびかせると、ココルめがけて飛びかかった。


「ココルを守れ! ココルを守れ!」


 チェイサーが四本の腕を伸ばし、ムートを捕えようとする。しかし、ムートは体をうねうねと動かして全てかわした。


 ココルは、自分におそいかかろうとするムートをボーっとした表情で見つめている。逃げようという気はないみたいだ。


撃退げきたいせよ! 撃退せよ!」


 ムートがココルの体に巻きつこうとした直前、キーパーが自慢じまんのパワーでムートにパンチをくらわせた。これは直撃ちょくげきだった。


 ムートの体の部品ぶひんであるモジュールは、パンチの衝撃しょうげきでバラバラに飛びった。


「勝利! 勝利! 今日は活躍できた!」


 キーパーはムートをやっつけたと思い、ガッツポーズをとる。


「キーパー! 油断をしてはいけません! モジュール型ロボットは体がバラバラになっても平気なのです!」


 バトラーがするどい声でそう警告けいこくした。いつもはうっかりミスの多い執事しつじだが、愛菜と勇治、それに自分にとって妹分みたいなココルを守らなければと思って気を引きしめているのだ。


「キュキュー! キュキュー!」


 バトラーが警告した直後、バラバラになった立方体りっぽうたいのモジュールたちは機械音を響かせながら、なんとサイコロみたいにコロコロ転がり始めた。


 さっきも説明したとおり、ムートの体の部品モジュールの一つ一つが小さなロボットなのである。だから、バラバラになっても、それぞれが単独行動を取れるのだ。


 モジュールたち十二体は、体に内蔵ないぞうされている姿勢しせいコントロール装置そうちによって素早く転がり、ビックリしているキーパーとチェイサーを包囲ほういした。そして、


 ビュッ! ビュッ! ビュッ!


 と、ネバネバの粘着液ねんちゃくえきき出した。


「行動不能! 行動不能! ぐ、ぐぎぎぎぎ! 何じゃこりゃぁ~!」


 強力な粘着液をかけられたキーパーとチェイサーはその場から動けなくなってしまった。この液体は、アケディアにムートの改造を命令されたねこが各モジュールに武器として装備そうびさせたのである。


「愛菜! 危ない!」


 モジュールたちは、ココルのそばにいた愛菜にも粘着液をかけようとした。


 しかし、勇治が愛菜を突き飛ばし、かわりに勇治に粘着液がかかった。


 ドタンとたおれた勇治は、粘着液のせいで起き上がれなくなってしまった。


「ゆ、勇治!」


「こっちに来るな! 粘着液でおまえまで動けなくなるぞ! バトラー、愛菜をたのむ!」


承知しょうちいたしました!」


 バトラーは空高くジャンプして、モジュールの一体に飛び蹴りをくらわせた。


 強力なキックによって、モジュールは遠くまで吹っ飛ぶ。


 しかし、かなりがんじょうなボディらしく、きず一つついていない。さすがは、どんな危険な場所にでも侵入できるだけの能力を持ったロボットである。


 モジュールたちは、この執事ロボットはかなり手強てごわいと判断はんだんしたのか、すぐにはしかけてこず、バトラーの周囲しゅういをグルグルと回転する。


 そして、突然、パッ、パッと別々の場所へと散らばった。


「む? 何をする気でしょうか……?」


 モジュールたちは、木のかげや草むらの中に身をかくした。十二体が素早い動きでバラバラに別の場所に隠れたから、バトラーはどこに敵がいるのかわからなくなってしまった。


 ビュッ! ビュッ! ビュッ!


 木のかげや草むらの中から、粘着液が飛んでくる。


「し、しまった!」


 バトラーは一発目、二発目、三発目はかわすことができたけれど、四方八方から飛んでくる粘着液をかわしきれず、ついに背中や左足に当たってしまった。


「キュキュー! キュキュー!」


 モジュールたち十二体はコロコロと回転して合流し、ガチャン、ガチャンと合体した。


 そして、元のムカデの姿にもどったムートは体をくねらせて飛び、バトラーにタックルをした。バトラーはあおむけに倒れ、背中の粘着液が地面にくっついて動けなくなった。


「愛菜お嬢様! ココルを連れてお逃げください!」


 バトラーはそう叫んだ。しかし、ムートは体をうねうねさせながら素早く移動し、ココルと愛菜の逃げ道をふさいでしまったのである。


「ムート。あなたは、たくさんの人の命を救ってきたロボットなんでしょ? こんなひどいことをするのはやめて!」


 愛菜はムートにそう呼びかけたけれど、ムートは「キュキュー! キュキュー!」と鳴きながら愛菜とココルに飛びかかった。


「き、きゃあ!」


 ムートはヘビみたいに巻きつき、愛菜とココルはドタンと倒れる。


「む、ムート! お願い! わたしたちをはなして!」


「何を言っても無駄むだだぜ、お嬢ちゃん。このムカデもどきは、ディアボロス・ウイルス悪魔の毒感染かんせんしているんだ。ディアボロス・ウイルスに感染したら、どんなに善良ぜんりょうな心をあたえられたロボットでも、電子頭脳がくるって凶暴化しちまうのさ。ケッケッケッ!」


 アケディアが下品な笑い声をあげ、愛菜とココルに歩み寄る。


(こいつら、ロボットにウイルスを感染させて、悪いロボットにしているのね。許せない!)


 愛菜は怒りに身をふるわせたが、ムートのしめつけが強く、身動きがまったくとれなかった。


 ココルは、「泣カナイデ、愛菜チャン。泣カナイデ、愛菜チャン」とまたもや言葉の無意味な繰り返しを始めて、自分の身に危機がせまっていることに気づいていない様子だ。


「熊、ねこ。ロボットと博士の娘を連れて逃げるぞ」


「ええぇ~? 二人も運ぶのはつかれるよぉ~。ターゲットはロボットだけだったじゃ~ん」


「アケディアさん。さすがに人間を誘拐ゆうかいするのはまずいんじゃないでしょうか……」


「ヘッヘッヘッ。博士も大切な娘が誘拐されたら、心配するだろう。身代金みのしろきんをがっぽりといただくチャンスじゃねぇか」


 ロボットの開発をしている博士だから金をたくさん持っているだろう。そう考えたアケディアは、愛菜も誘拐して信人のぶとから大金を受け取ろうとたくらんでいたのだ。


「や、やめろー! 愛菜を連れて行くなーっ!」


 勇治が、声がかれるほど叫んだが、アケディアたちはココルと愛菜を公園の前にとめていたトラックの荷台にだいにのせ、連れて行ってしまった。


「ち……ちくしょーう!」


 勇治の絶叫ぜっきょうが、夕焼けの空にこだました。

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