夢の中

 その日の夜。研究所から家に帰った愛菜あいなは、


「お父さん。わたし、ココルと一緒いっしょに寝るね」


 と言い、ココルの手を引いて自分の部屋に連れて行った。


 ロボットもエネルギーの無駄むだづかいをしないために夜はスリープ・モードになる。愛菜は、ココルが眠るまでの間、たくさんおしゃべりしてあげようと思っていたのだ。


 でも、家に着いてすぐに眠たそうな顔をしていたココルは、愛菜の部屋に入ったとたん、ベッドにパタリとたおれてしまったのである。


「研究所でずっとさわいでいたから、つかれちゃったのかな?」


 愛菜はフフッとほほ笑みながら、すやすやと眠るココルを見つめた。


 ロボットが疲れるわけがないと知ってはいるけれど、こんなにも可愛らしい寝顔を見ていると、ココルのことを人間の女の子だとついかんちがいしてしまいそうになる。


「おやすみ、ココル」


 愛菜もベッドの中に入り、眠りに落ちるまでの間、ココルの寝顔をじっと眺めていた。







 ピ……ピピピ……。ピピピ……。


 星空の下、街の人々が夢を見ているころ。


 ココルの電子頭脳でんしずのうは、ピピピ……ピピピ…と、またたく星のように静かに動いていた。


 ココルも、夢を見ているのだ。


 ココルにとっての夢は、活動時間中に出会った言葉や感情を整理するための時間である。


 ピピピ……。ピピピ……。音声、再生。


 愛菜の涙まじりの声。つつみこむような優しい声。


 ちゃんと生まれてきてくれて、ありがとうね。

 ココルがちゃんと目覚めるまで、わたし、がんばる。


 ピピピ……。ピピピ……。この言葉を聞いた時に受信した感情の電気信号でんきしんごう分析ぶんせき。言葉との関連性かんれんせいを分析……。


 ――彼女ハ、ワタシニ話シカケタ時、ドンナ感情ヲいだイテイタ?


 ココルの電子頭脳は人間の感情を読み解こうとする。言葉にこめられた人間の気持ちを知ろうとする。トライ、トライ、トライ……。


 ――エラー発生、エラー発生。……「ワタシ」トハ何? 「彼女」トハ何?


 半分しか機能きのうが立ち上がっていない電子頭脳は、基本的なところで分析につまずく。


 ココルの心は完全には目覚めていない。人の心を理解できるはずがなかった。


 それでも、ココルの電子頭脳は何度もトライする。そして、すぐにエラー発生。


 トライ、エラー。トライ、エラー。り返される、トライとエラー。


「うっ……。うう……」


 眠っているココルの顔が苦しそうにゆがむ。てしなく続くトライとエラーは、ココルにとっては悪夢みたいなものだった。


「……どうしたの、ココル?」


 ココルのうめき声で目を覚ました愛菜は、ココルのほほをそっとなでる。


「恐い夢でも見ているのかな?」


 信人のぶとが言っていた。ココルは活動中に学習したいろんなことを整理するために、スリープ・モード中、人間みたいに夢を見ると。


「そんなに不安そうな顔をしなくてもだいじょうぶだよ。これから、一緒にいろんなところへ行って、いろんな人やロボットたちと出会おうね。そうしたら、ココルのハートもきっと成長していくよ」


 ココルの聴覚ちょうかくセンサーは、スリープ・モード中でも、愛菜の言葉をキャッチしていた。


 一緒にいろんなところへ行って、いろんな人やロボットたちと出会おう。


 聞き覚えのある言葉だ。ココルの電子頭脳は、過去の音声データからその言葉をいつ聞いたのか探す。


 ――該当がいとうの言葉、一件。一年前の五月九日午後三時五分。


 それは、ココルのボディがまだ完成していないころのこと。こころ博士がココルの電子頭脳のメインメモリーを持ち歩き、たくさん話しかけてくれていた時の音声記録だった。


 ココルの電子頭脳は、こころの声を脳内のうないで再生する。


「ココル。あなたのボディができて自由に歩けるようになったら、私や信人さん、愛菜、勇治ゆうじ、バトラーと一緒にいろんなところへ行って、いろんな人やロボットと会いましょうね。いつか月に旅行するのも楽しそうだわ。月にも月面作業ロボットがいるのよ。……あなたが目を開けて見つめる世界が、人とロボットにとって希望にあふれた未来でありますように」


 再生後、ココルは苦しそうだった表情をやわらげ、またすやすやと眠り始めるのだった……。

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