ココル・ハート・システム
「父さん!
アケディアたちが逃げ出してから数分後。家で留守番をしていた勇治がバトラーを連れて研究所に
勇治は、バトラーに「研究所で何らかの異変があったようです」と教えられ、
バトラーの電子頭脳には、研究所や自宅に何者かが
バトラーは七年前に作られた旧式だが、信人とこころが大切な子供たちを守るためにお金と時間をかけて開発した高性能なロボットなので、人工知能や運動能力は最近
「ケガ人が出ていたらいけないと思い、
「さすがはバトラーだ。オレも研究員のみんなもケガをしている。
「かしこまりました、信人博士。……おっと、いけない。救急箱とまちがえて、愛菜お
製造時にこころがうっかりミスをしたせいで人工知能に小さなバグがあり、「うっかり屋」な性格になってしまったのである。でも、こころは、
「そういう個性があるロボットがいても、面白いじゃない」
と笑い、バグを
「ダメじゃないか! しっかりしろよ、うっかり
勇治がイライラしながら怒ると、バトラーは「心配いりません、勇治お坊ちゃま」と
「
「そんなキリリとした表情で言うようなことかよ……。うっかりにもほどがあるだろ……」
うっかり者のバトラーだが、高性能なロボットだから
「あっ。うっかり、薬とまちがえてワサビをぬってしまいました」
「ぎゃーーーっ‼ なんでワサビなんか持って来たんだぁ~!」
一人だけ
ココルは、バトラーがケガ人の手当をしている間も、
「泣カナイデ、愛菜チャン! 信人サン、オヒゲ
研究室をトテトテ歩き回りながら一人で
「……あいつ、何やっているんだ?」
勇治はけげんな顔をしてココルをにらみ、愛菜にそう聞いた。
「わ……わからないの。サーペント団っていう悪いヤツらがやって来て、ココルを
「泣くなって、愛菜。恐かったのはわかるけれど、ちょっと落ち着け」
勇治はいつもより少し優しい口調になり、泣いている愛菜の背中をさすった。
「……ありがとう、勇治」
ようやく落ち着いた愛菜は、研究室で何があったか
「なるほどな。たぶん、愛菜が考えている通り、起動
「で、でも、わたしや勇治、お父さんの名前はちゃんとわかっているみたいだし、完全に
愛菜がすがるような目で信人を見つめると、信人は「う~む……」とうなった。
「ココルは学習型ロボットだが、起動した時にまったくコミュニケーションがとれなかったら困るから、ある
「かしこまりました」
バトラーは、研究室のすみに置かれていた大きな
「ずっと前から気になっていたけれど、なんでロボットの研究室に鏡なんてあるの?」
愛菜がそうたずねると、信人は「あれはロボットの人工知能をチェックするために必要なんだよ」と答えた。
(鏡でどうやって人工知能をチェックするんだろ?)
愛菜が
「泣カナイデ、愛菜チャン。泣カナイデ、愛菜チャン。泣カナイデ、愛菜チャン」
と、話しかけたのである。そして、鏡をペタペタとさわり、キャッキャッと喜んでいる。
その様子を見ていた信人は、「はぁ~……。やっぱりかぁ~」と大きなため息をつき、がくりと肩を落とした。
「どうしたの、お父さん?」
「あれを見なさい。ココルは、鏡の中の自分に気づいていない。つまり、ココルの電子頭脳は、自分を自分だと
「え……ええ~⁉」
「そういえば、聞いたことがあるな。赤ちゃんは二歳ごろに、鏡の中の自分に気づくって」
勇治が冷静にそう言う。信人は、
「父さん。自分を認識できないということは、もちろん、自分と他人の区別すらつかないんだろ? そんなできそこないのロボットを作ってしまったとマスコミに知られたら、大変なことになるぞ。ココルは、ロボット
ロボット三原則とは、
第一条
ロボットは人間を
第二条
ロボットは第一条に反しないかぎり、人間の命令に
第三条
ロボットは第一条と第二条に反しないかぎり、自分を守らなければならない。
という、ロボットが守るべき三つのルールのことである。
昔、アイザック・アシモフというSF作家が自分の小説で考えたロボットのルールだが、ロボットが当たり前にいるようになった現実社会でもこのルールが
「『わたしってだれ? 他人って何?』みたいに頭がいかれているポンコツロボットが人間を守ることなんてできないからな。ホント、マスコミたちがサーペント団にビビって逃げてくれてよかったよ」
もしも、ネットニュースで「カラクリ天才夫婦が作ったロボットは、ひどい失敗作だった!」と
「勇治! ココルのことを『できそこない』だとか『ポンコツ』とかひどいこと言わないであげてよ! かわいそうじゃない!」
愛菜が怒ると、勇治は冷たい視線をココルに向けて「なんでココルがかわいそうなんだよ。バカバカしい」と言った。
「こんな失敗作のロボットのために母さんは人生の最後の時間を使っていたんだ。ずっと、オレたち子供を放ったからしにして。……かわいそうなのは、オレと愛菜じゃないか」
「ゆ、勇治……」
愛菜は何も言えず、
母のこころは、亡くなる直前までココルの開発に夢中だった。父の信人もずっと研究所にいたから、愛菜と勇治はバトラーと家で
ロボットに親をとられた、と勇治は思っているのだろう。だから、ロボットが嫌いなのだ。
愛菜も勇治の気持ちを
「……オレ、研究所の他の
勇治は気まずそうにブツブツとそう言い、研究室から出て行こうとした。
「待ちなさい、勇治」
信人が勇治の背中に呼びかけ、勇治は無言で立ち止まる。
「おまえたちに長い間さびしい思いをさせてしまったのは、本当にすまないと思っている。しかし、父さんと母さんはな、おまえたちの一生の友達となってくれるような心優しいロボットを作りたいと思って、がんばっていたんだ。そのことだけは、どうかわかってほしい」
「…………」
勇治は何も答えないまま、研究室から出て行った。
「泣カナイデ、愛菜チャン! 信人サン、オヒゲ剃ロウネ! 痛イノ痛イノ飛ンデケ~!」
研究室にどんよりとした暗いムードが
「ココルの電子頭脳は、直せないの? ずっとこのまま?」
勇治のことも心配だけれど、ココルがこのままなのはかわいそうすぎると愛菜は思い、信人にそうたずねた。
「世界で一、二を争う人工知能の研究者だった母さんが作った電子頭脳だから、
「そ、そんな……」
「でも、ココルには、人間の脳から発する
「え? 人間の脳から電気信号? わたしたちの脳って、笑ったり怒ったりしている時に電気が出ているの?」
「ああ、そうだ。脳は、人間が何か行動したり考えたりする時、
愛菜は、鏡にあきて今度はバトラーに「痛イノ痛イノ飛ンデケ~!」と話しかけているココルを見つめた。
(わたしが泣いていたら「悲しい」という電気信号、勇治が怒っていたら「怒り」の電気信号がココルのハートに伝わるのか……。わたし、さっきから泣いてばかりいるけど、それはココルの教育に良くないかも。もっと、楽しい感情も教えてあげなくちゃ)
感情の
さっきまで
「愛菜。母さんがよく首につけていたハートに
「うん、もちろん。わたし、あのペンダント好きだった」
「あのハートのアクセサリーの中に、ココルの電子頭脳の元となるメインメモリーが入っていたんだ」
「えっ、そうなの⁉」
「母さんは、どこに行く時でもあのペンダントをつけて、愛情をこめてココルにたくさん話しかけてあげていたんだよ。ココルが愛を理解できるロボットとして目覚めてくれることを願ってな。だから、オレたち家族が愛情をもってココルにいろんなことを教えてあげたら、きっと、ココルはオレたちの愛を感じ取って目覚めてくれる。オレは、母さんが作った最高の人工知能を信じるよ」
「お父さん……。うん、そうだね。ココルはまだ生まれたての赤ちゃんなんだわ。ココルがちゃんと目覚めるまで、わたし、がんばる!」
愛菜はそう
「ココル、
愛菜の言葉を理解しているのか、いないのか、ココルは天使のように愛らしい笑顔で首をちょこんとかしげる。
(わたしの「愛情」がココルに伝わっていますように……)
愛菜は、心からそう願った。
一方、そのころ、アケディアたち悪党三人組は――。
「ちくしょう……めんどくせぇ! 電子頭脳がいかれているくせに
山の中にある
ココルの
「に、にゃあ~。わたしたちがんばったのに、そんなに怒らないでくださいよぉ~」
「ボスぅ~。おいら、腹が減りすぎてもう
「うるさい‼ 次は、この間盗んだあのロボットを使って、ココルを
アケディアはツバを飛ばしながら
「に、にゃあ……。あまり派手にやると、ロボット
「オレはもう指名手配されているから、今さら警察なんて恐くねぇよ。ケガ人をどれだけ出してもいいからあのロボットを手に入れろという上からの命令なんだ。つべこべ言うな」
アケディアはそう怒鳴ると、先日盗んだロボットを
ねこは、まだ勉強中だからロボットを一から作ることはできない。でも、ロボットをいじくって
「……あのロボット、この間まで
「はぁ~? おまえ、馬鹿じゃねぇのか? ロボットなんて、しょせんは人間の道具なんだよ。いい人間が使ったらいいロボットになり、悪い人間が使ったら悪いロボットになる。道具として使われるロボットの
「に、にゃあ……。ロボットを改造してきます……」
これ以上反抗するとアケディアが本気で怒りだしそうだったので、ねこは大人しく
「……ごめんね、ムート」
ねこは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます