ココル・ハート・システム

「父さん! 愛菜あいな! だいじょうぶか⁉ 何があったんだ⁉」


 アケディアたちが逃げ出してから数分後。家で留守番をしていた勇治がバトラーを連れて研究所にけつけた。


 勇治は、バトラーに「研究所で何らかの異変があったようです」と教えられ、信人のぶとと愛菜を心配して走って来たのだ。


 バトラーの電子頭脳には、研究所や自宅に何者かが不法侵入ふほうしんにゅうしたり、停電や火事などが起きたりしたら、はなれていても察知さっちできるセキュリティ・システムが組みこまれている。


 バトラーは七年前に作られた旧式だが、信人とこころが大切な子供たちを守るためにお金と時間をかけて開発した高性能なロボットなので、人工知能や運動能力は最近製造せいぞうされたロボットにもまだまだ負けない。ただし、一つだけ困った弱点があった。


「ケガ人が出ていたらいけないと思い、救急箱きゅうきゅうばこを持ってきました」


「さすがはバトラーだ。オレも研究員のみんなもケガをしている。早速さっそく、手当をしてくれ」


「かしこまりました、信人博士。……おっと、いけない。救急箱とまちがえて、愛菜お嬢様じょうさまがお小さいころに使っていたおままごとセットを持って来てしまった」


 製造時にこころがうっかりミスをしたせいで人工知能に小さなバグがあり、「うっかり屋」な性格になってしまったのである。でも、こころは、


「そういう個性があるロボットがいても、面白いじゃない」


 と笑い、バグを放置ほうちしたため、バトラーは「うっかりイケメン執事ロボット」となった。


「ダメじゃないか! しっかりしろよ、うっかり執事しつじ!」


 勇治がイライラしながら怒ると、バトラーは「心配いりません、勇治お坊ちゃま」とすずやかに答えた。


以前いぜん、おままごとセットの箱の中に包帯ほうたいや薬をうっかりしまってそのままにしていたことをいま思い出しました。ほら、あった」


「そんなキリリとした表情で言うようなことかよ……。うっかりにもほどがあるだろ……」


 うっかり者のバトラーだが、高性能なロボットだから手際てぎわは早い。信人や研究員たちに薬をぬったり、包帯を巻いたりして、あっと言う間にケガ人の手当を終えた。


「あっ。うっかり、薬とまちがえてワサビをぬってしまいました」


「ぎゃーーーっ‼ なんでワサビなんか持って来たんだぁ~!」


 一人だけ犠牲者ぎせいしゃが出てしまったが……。


 ココルは、バトラーがケガ人の手当をしている間も、


「泣カナイデ、愛菜チャン! 信人サン、オヒゲロウネ! 痛イノ痛イノ飛ンデケ~!」


 研究室をトテトテ歩き回りながら一人でさわいでいた。


「……あいつ、何やっているんだ?」


 勇治はけげんな顔をしてココルをにらみ、愛菜にそう聞いた。


「わ……わからないの。サーペント団っていう悪いヤツらがやって来て、ココルを誘拐ゆうかいしようとして……。そ、それで……」


「泣くなって、愛菜。恐かったのはわかるけれど、ちょっと落ち着け」


 勇治はいつもより少し優しい口調になり、泣いている愛菜の背中をさすった。


「……ありがとう、勇治」


 ようやく落ち着いた愛菜は、研究室で何があったか一部始終いちぶしじゅうを勇治に話した。


「なるほどな。たぶん、愛菜が考えている通り、起動途中とちゅうに停電したせいで電子頭脳がおかしくなったんだろうな」


「で、でも、わたしや勇治、お父さんの名前はちゃんとわかっているみたいだし、完全にこわれたわけではないはずだよ。……ねえ、そうでしょ、お父さん?」


 愛菜がすがるような目で信人を見つめると、信人は「う~む……」とうなった。


「ココルは学習型ロボットだが、起動した時にまったくコミュニケーションがとれなかったら困るから、ある程度ていどの知能は母さんが初期設定しょきせっていしているはずなんだが……。バトラー、そこの鏡をココルの前に置いてくれ」


「かしこまりました」


 バトラーは、研究室のすみに置かれていた大きな姿見すがたみをココルの目の前に運んだ。


「ずっと前から気になっていたけれど、なんでロボットの研究室に鏡なんてあるの?」


 愛菜がそうたずねると、信人は「あれはロボットの人工知能をチェックするために必要なんだよ」と答えた。


(鏡でどうやって人工知能をチェックするんだろ?)


 愛菜が不思議ふしぎに思っていると、鏡にうつる自分の姿を見たココルがおかしな行動を取り始めた。ココルは、鏡に映る自分にニコッとほほ笑みかけ、


「泣カナイデ、愛菜チャン。泣カナイデ、愛菜チャン。泣カナイデ、愛菜チャン」


 と、話しかけたのである。そして、鏡をペタペタとさわり、キャッキャッと喜んでいる。


 その様子を見ていた信人は、「はぁ~……。やっぱりかぁ~」と大きなため息をつき、がくりと肩を落とした。


「どうしたの、お父さん?」


「あれを見なさい。ココルは、鏡の中の自分に気づいていない。つまり、ココルの電子頭脳は、自分を自分だと認識にんしきできていないんだ。これは、人間でいうと二歳になる前の赤ちゃんレベルの知能だ」


「え……ええ~⁉」


「そういえば、聞いたことがあるな。赤ちゃんは二歳ごろに、鏡の中の自分に気づくって」


 勇治が冷静にそう言う。信人は、頭痛ずつうがするのか、片手で頭をおさえながら「ああ、何ということだ……」となげいた。


「父さん。自分を認識できないということは、もちろん、自分と他人の区別すらつかないんだろ? そんなできそこないのロボットを作ってしまったとマスコミに知られたら、大変なことになるぞ。ココルは、ロボット三原則さんげんそくすら守れないんだぜ?」


 ロボット三原則とは、


 第一条

 ロボットは人間をきずつけてはいけない。また、危険きけんを見すごすことで人間に危害きがいを加えてはいけない。


 第二条

 ロボットは第一条に反しないかぎり、人間の命令にしたがわなくてはいけない。


 第三条

 ロボットは第一条と第二条に反しないかぎり、自分を守らなければならない。


 という、ロボットが守るべき三つのルールのことである。

 昔、アイザック・アシモフというSF作家が自分の小説で考えたロボットのルールだが、ロボットが当たり前にいるようになった現実社会でもこのルールが適用てきようされるようになっていたのだ。


「『わたしってだれ? 他人って何?』みたいに頭がいかれているポンコツロボットが人間を守ることなんてできないからな。ホント、マスコミたちがサーペント団にビビって逃げてくれてよかったよ」


 もしも、ネットニュースで「カラクリ天才夫婦が作ったロボットは、ひどい失敗作だった!」と報道ほうどうされたら、信人は世間の人々からさんざんにたたかれてしまうだろう。


「勇治! ココルのことを『できそこない』だとか『ポンコツ』とかひどいこと言わないであげてよ! かわいそうじゃない!」


 愛菜が怒ると、勇治は冷たい視線をココルに向けて「なんでココルがかわいそうなんだよ。バカバカしい」と言った。


「こんな失敗作のロボットのために母さんは人生の最後の時間を使っていたんだ。ずっと、オレたち子供を放ったからしにして。……かわいそうなのは、オレと愛菜じゃないか」


「ゆ、勇治……」


 愛菜は何も言えず、だまってしまった。


 母のこころは、亡くなる直前までココルの開発に夢中だった。父の信人もずっと研究所にいたから、愛菜と勇治はバトラーと家で留守番るすばんばかりしていた。


 ロボットに親をとられた、と勇治は思っているのだろう。だから、ロボットが嫌いなのだ。


 愛菜も勇治の気持ちを薄々うすうすさっしてはいたけれど、勇治が自分の気持ちをハッキリと口に出すのはこれが初めてだった。


「……オレ、研究所の他の施設しせつに異常がないか見てくる。サーペント団のヤツらが、何か盗んでいっているかも知れないからな」


 勇治は気まずそうにブツブツとそう言い、研究室から出て行こうとした。


「待ちなさい、勇治」


 信人が勇治の背中に呼びかけ、勇治は無言で立ち止まる。


「おまえたちに長い間さびしい思いをさせてしまったのは、本当にすまないと思っている。しかし、父さんと母さんはな、おまえたちの一生の友達となってくれるような心優しいロボットを作りたいと思って、がんばっていたんだ。そのことだけは、どうかわかってほしい」


「…………」


 勇治は何も答えないまま、研究室から出て行った。


「泣カナイデ、愛菜チャン! 信人サン、オヒゲ剃ロウネ! 痛イノ痛イノ飛ンデケ~!」


 研究室にどんよりとした暗いムードがただよう中、ココルはまだ鏡の前でニコニコ笑いながらさわいでいる。


「ココルの電子頭脳は、直せないの? ずっとこのまま?」


 勇治のことも心配だけれど、ココルがこのままなのはかわいそうすぎると愛菜は思い、信人にそうたずねた。


「世界で一、二を争う人工知能の研究者だった母さんが作った電子頭脳だから、設計図せっけいずが恐ろしいほど難解なんかいでな……。オレにも半分ぐらいしか理解できないんだ。だから、下手に電子頭脳はいじれない」


「そ、そんな……」


「でも、ココルには、人間の脳から発する電気信号でんきしんごう受信じゅしんし、人の感情を理解するココル・ハート・システムがある。このシステムが故障こしょうしていなかったら、人間の感情を電気信号から習得しゅうとくし、赤ちゃんの状態じょうたいから成長していけるはずだ」


「え? 人間の脳から電気信号? わたしたちの脳って、笑ったり怒ったりしている時に電気が出ているの?」


「ああ、そうだ。脳は、人間が何か行動したり考えたりする時、微弱びじゃくな電気を発して、細胞さいぼう同士どうし情報じょうほう伝達でんたつをしている。母さんが開発したココルの電子頭脳は、その電気信号をキャッチできるんだよ。だから、今こうやってオレたちが会話している間も、ココルはオレたちの感情をキャッチしていると思う」


 愛菜は、鏡にあきて今度はバトラーに「痛イノ痛イノ飛ンデケ~!」と話しかけているココルを見つめた。


(わたしが泣いていたら「悲しい」という電気信号、勇治が怒っていたら「怒り」の電気信号がココルのハートに伝わるのか……。わたし、さっきから泣いてばかりいるけど、それはココルの教育に良くないかも。もっと、楽しい感情も教えてあげなくちゃ)


 感情の起伏きふくはげしい愛菜は、落ちこみやすいけれど、立ち直りも早い。


 さっきまで絶望ぜつぼうしていたのに、ココルが赤ちゃんの状態から成長できる可能性があると聞き、すぐにポジティブ思考しこうに切りわっていた。


「愛菜。母さんがよく首につけていたハートにつばさが生えたペンダントを覚えているか?」


「うん、もちろん。わたし、あのペンダント好きだった」


「あのハートのアクセサリーの中に、ココルの電子頭脳の元となるメインメモリーが入っていたんだ」


「えっ、そうなの⁉」


「母さんは、どこに行く時でもあのペンダントをつけて、愛情をこめてココルにたくさん話しかけてあげていたんだよ。ココルが愛を理解できるロボットとして目覚めてくれることを願ってな。だから、オレたち家族が愛情をもってココルにいろんなことを教えてあげたら、きっと、ココルはオレたちの愛を感じ取って目覚めてくれる。オレは、母さんが作った最高の人工知能を信じるよ」


「お父さん……。うん、そうだね。ココルはまだ生まれたての赤ちゃんなんだわ。ココルがちゃんと目覚めるまで、わたし、がんばる!」


 愛菜はそうちかうと、トテトテとこちらに近づいて来たココルの頭を優しくなでてあげた。


「ココル、一緒いっしょにがんばろうね!」


 愛菜の言葉を理解しているのか、いないのか、ココルは天使のように愛らしい笑顔で首をちょこんとかしげる。


(わたしの「愛情」がココルに伝わっていますように……)


 愛菜は、心からそう願った。







 一方、そのころ、アケディアたち悪党三人組は――。


「ちくしょう……めんどくせぇ! 電子頭脳がいかれているくせに生意気なまいきなロボットめ!」


 山の中にあるかくれ家に帰還きかんしたアケディアは、ぎゃあぎゃあとわめき、さっきから熊坂とねこに当たりらしていた。


 ココルの強奪ごうだつに失敗したことをサーペント団本部に報告ほうこくしたら、怒られたのである。だから、手下たちに八つ当たりしていたのだ。


「に、にゃあ~。わたしたちがんばったのに、そんなに怒らないでくださいよぉ~」


「ボスぅ~。おいら、腹が減りすぎてもう限界げんかいだよぉ~。肉食べた~い」


「うるさい‼ 次は、この間盗んだあのロボットを使って、ココルをうばうぞ!」


 アケディアはツバを飛ばしながら怒鳴どなった。


「に、にゃあ……。あまり派手にやると、ロボット犯罪対策部はんざいたいさくぶ警察けいさつたちにマークされちゃいませんか?」


「オレはもう指名手配されているから、今さら警察なんて恐くねぇよ。ケガ人をどれだけ出してもいいからあのロボットを手に入れろという上からの命令なんだ。つべこべ言うな」


 アケディアはそう怒鳴ると、先日盗んだロボットを改造かいぞうしてパワーアップさせておけとねこに命令した。


 ねこは、まだ勉強中だからロボットを一から作ることはできない。でも、ロボットをいじくって性能せいのうをアップさせるなどの改造は得意だった。


「……あのロボット、この間まで人命救助じんめいきゅうじょに使われていたロボットですよね? それを悪いことのために使うんですか? 何だかちょっとかわいそうな気が……」


「はぁ~? おまえ、馬鹿じゃねぇのか? ロボットなんて、しょせんは人間の道具なんだよ。いい人間が使ったらいいロボットになり、悪い人間が使ったら悪いロボットになる。道具として使われるロボットのさだめられた運命じゃないか。そして、オレたちは悪い人間だ。ロボットを悪いことに使って何が悪い!」


「に、にゃあ……。ロボットを改造してきます……」


 これ以上反抗するとアケディアが本気で怒りだしそうだったので、ねこは大人しくだまった。そして、しょんぼりとしながら、隠れ家のとなり倉庫そうこへと向かった。この倉庫に、盗んだロボットたちを保管ほかんしているのだ。


「……ごめんね、ムート」


 ねこは、暗闇くらやみの中、巨大なムカデみたいな姿をしたロボットにポツリとそうささやくのだった。

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