ロボットの心
少し時間をさかのぼって、三時間前。
「いらっしゃいませ~! 今日は暑いですねぇ。暑すぎて、わたしの
愛菜と勇治をテーブル席に案内してくれた美少女型アンドロイドのウェイトレスが、とびきりの笑顔でそう言うと、愛菜もつられてニコリと笑った。
「うふふ。じゃあ、食事の前にマンゴージュースを持って来てくれますか?」
「オレはいらない」
近ごろムスッとしていることが多い勇治は、アンドロイドのウェイトレスを見ずに、言葉短く答える。そして、「オムライス」とだけ、自分が食べたいものを言った。
「わたしは、ミートスパゲティをお願いします」
「かしこまりました~!」
アンドロイドのウェイトレスは、勇治の
いちいち
「ロボットの
「フン、見た目だけはな」
可愛いアンドロイドのウェイトレスとおしゃべりできてご機嫌な愛菜に対して、勇治は面白くなさそうな顔をしていた。
愛菜は両親の
(勇治のロボット嫌い、お母さんが亡くなってからよけいにひどくなったなぁ……)
二人の両親の
その名前のとおり、執事(英語でバトラー)みたいに
「……ねえ、勇治。今日から家族が増えるんだから、優しくしてあげないとダメだよ?」
あまりにもロボットを毛嫌いする弟のことがちょっと心配になってきた愛菜がそう言うと、勇治は「家族? 何の話だ?」と
「ココルのことだよ。今日の夕方、お父さんとお母さんが十年かけて開発したアンドロイドがようやく目覚めるんだから、家族みんなであの子の
「あー……。そのことか。悪いけど、オレ、今日は研究所に顔を出さないから」
「えー⁉ 勇治は、ココルが目覚める瞬間に立ち会わないの⁉ なんでよぉ~!」
愛菜はビックリして大声をあげてしまった。
「う、うるさいなぁ。レストランで
「でも、でも、お母さんがあんなに……」
一か月前に交通事故で急死してしまったこころは、人工知能の開発を
愛菜は、愛情をこめて作ったロボットが目覚める
でも、勇治は「興味ない」と冷たい態度。いくらロボットが嫌いでも、お母さんの形見と言っていいココルには優しくしてくれると信じていたのに……。
弟の気持ちが理解できず、愛菜はもう一度「なんでよぉ~!」と言った。
強い口調で怒るつもりだったのに、感情が高ぶるとすぐに泣いてしまう
まさか泣かれるとは思っていなかったのか、勇治はちょっと
「なにも、泣くことないだろ」
と、気まずそうに小声で言った。
「な、泣いてなんかいないもん。怒っているんだよ。ココルはお母さんの形見みたいなものじゃない。どうして、興味ないとか言うの? わたしたちが、お母さんのかわりに、生まれたてのココルにいろんなことを教えてあげないといけないのに……」
「教えるって、何をだよ。ロボットは、法律や科学知識、世界中の街の情報、どんなことでもインターネットを
「そういう話じゃないってば。お母さんが言っていたじゃない。ココルは、世界初の『心が成長するロボット』だって。人と接することでどんどん人間らしくなっていくんだよ。だから、わたしたちがココルとたくさんおしゃべりして、ココルの心の成長を助けてあげなきゃ」
「心が成長するロボット、ねぇ……。ロボットにそんなことできるのかぁ~?」
勇治はいかにも
隣の席では、ちょっと恐そうな男の人が、さっきの美少女型アンドロイドにイライラとした口調で何か文句を言っている。
アンドロイドのウェイトレスは、その
怒っている客はウェイトレスの笑顔を見て、さらに怒りをつのらせている
それを見た愛菜と勇治には、なぜあの客が
たぶん、最初はほんのささいなことでウェイトレスにちょっと文句を言ったのだろう。でも、ウェイトレスは自分に小さな怒りが向けられていることに気づかず、ニコニコ笑顔のまま
それで、「こっちは怒っているのに、このロボットはなんでヘラヘラ笑っているんだ!」と客は思い、小さかった怒りがだんだんふくれあがり、しつこく怒っているのだろう。
「愛菜も知っているだろ? ロボットは、人間が作った感情プログラムで
「……あのウェイトレスさんは、『怒り』の感情がわからないんだね」
「『怒り』の感情を持っていたら、客とトラブルになった時にロボットが怒ってケンカしたらまずい。そう考えたここのレストランの会社は、『怒り』という感情にうとい人工知能にしちまったんだろうな。さすがに、客が顔を真っ赤にして怒鳴り始めたら、ヤバイと気づくだろうけど」
たとえば、人工知能に「悲しい」という感情が入っていないロボットがいたとする。
そのロボットは、人が悲しいことがあって泣いていても、
「どこか痛むのですか? 見たところ、ケガはしていないみたいですが」
と、ずれた質問をするだけだ。「泣かないで。悲しまないで。ボクがそばにいます」となぐさめてあげることができない。
「わたし、たまに思うんだけど、人間の持っている感情をぜんぶ入れてあげたらダメなの?」
愛菜が首をかしげながら言うと、勇治は「そんなの、無理に決まってんじゃん」と笑った。
「人間の感情がどれだけ
勇治は指を折りながら、「怒り」の感情の例をざっとあげてみた。
自分が危険な目にあわされて、その恐怖から怒る。
だれかが悪いことをしているのを見て、正義感から怒る。
信じていた友達にだまされて、
だれかに馬鹿にされて、
ずっと
「ほら、パッと思いつくだけで、こんなにもある。まだまだたくさんあるぜ。人間の感情を細かくリストアップしようとしたら、きりがないし、絶対にリスト
「ああ、そうか……。それに、わたしたち人間が自分の感情をちゃんと理解できていない時だってあるもんね……」
なぜだかずっとイライラしてしまっている。特に理由もないのに心がブルーだ。
そんなふうに、人間には、説明するのが
人間でも説明できない感情をロボットに教えるなんて、無理に決まっている。
「人からあたえられた感情しか理解できないロボットじゃ、いつまでたっても不完全な心のままなんだ。いくら『カラクリ天才夫婦』と呼ばれている父さんと母さんでも、心が成長するロボットなんて作れるはずがない。きっと、ココルとかいうロボットにも
「むむ~! そ、そんなことないよ! 勇治の
愛菜はそう言って怒ると、別の美少女型アンドロイドが運んで来たマンゴージュースをぐいっと一気飲みし、ほっぺたをぷくぅ~とふくらませた。
ちなみに、隣の席の客は愛菜と勇治が食事をしている間も、ずっとウェイトレスをガミガミと
店を出る時、まだこのウェイトレスさんは怒られながら笑っているのかしらと思い、愛菜はチラリと彼女の横顔を見た。
(あっ、泣いてる……)
表情は笑ったままだ。でも、わずかに顔がひきつっているような気がする。
「怒り」の感情にはうとくても、さすがに自分が
(三十分近く責められていたら、泣きたくもなるよね……)
ロボットが涙を流すはずがない。けれど、母親
「すみません。あの子、
帰り
(たしかに、ロボットの心は完全じゃない。でも……コミュニケーションが上手くいかなくてイライラするからって、ロボットをいじめていいわけじゃないよ)
今日誕生するココルがたとえ勇治が言う通り欠陥があっても、仲良くしたい。愛菜はそう思っていた。
だって、人間にだって欠点はあるのだ。そういう欠点も個性の一つじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます