12.1933夏 吉田の夏、楠本の夏 下

 明石中野球部は竹山九一によって育てられた。1923年、初代校長の山内佐太郎に請われて明石中に赴任。同時に野球部を立ち上げ、以来一貫して野球部に携わってきた。明石中のある兵庫は神戸の在留外国人の影響で古くから野球が盛んであった。野球部ができた当時、すでに神戸一中・関西学院が全国制覇を果たしており、明石中は完全に後発組であった。明石の小学生は神戸の学校へ引き抜かれており、それに対抗するため、竹山も有望な選手に対し熱心に明石中への入学を勧めた。「明石の怪童」楠本も竹山の誘いで入学した。竹山が掲げた部訓は「グラウンドは人間修行の道場である。すぐれた選手はすぐれた生徒であれ」。竹山は文武両道を選手に求め、校内テストの平均点が60点を下回れば、練習への参加を認めず、「家に帰って勉強しろ」とグラウンドから追い出し、学業をおろそかにしたものはレギュラーでも背番号をはく奪した。しかし冷徹なわけではなく、テスト前には自宅に選手を呼び個別授業。勉強に頭を悩ませる選手を助け、勉強が終わった後は食事に連れ出して好きなだけ食べさせた。本当に好きなだけ食べるので竹山の懐はどんどん心もとなくなり、とうとう給料だけでは賄いきれず、自らの米代を滞納していた時期もあったとか。それでも笑顔で食事をふるまい続ける生徒思いの教師であった。そんな竹山の努力もあり、初めて5年生まで全学年がそろった27夏に兵庫予選に初めて出場し、姫路師範から9回サヨナラ勝ちを決め初勝利を収めた。その2年後に楠本が入部。すると楠本の成長とともに、予選決勝進出、甲子園出場と成長し、32春・33春には2年連続の選抜準優勝を果たすまでになった。そして迎えた1933夏。楠本が5年生となり、竹山にとっても楠本にとっても集大成の夏である。


 明石中の楠本はこの夏、調子がすぐれなかった。脚気の兆しがあり足の調子が良くなく、おまけにわきの下の汗疹が化膿して出血しており、不調気味であった。しかし、4年生の中田武雄の成長が著しかった。球史に残る剛球投手がいたためこれまでそれほど目立たなかったが、もともと明石尋常高等小学校時代には全国優勝した好投手である。予選でも好投し、予選の決勝でも登板し育英商相手に6安打完封。この左腕の成長もあって悠々と兵庫予選を突破して甲子園に乗り込んだ。


 1933年8月12日、吉田や楠本にとって最後の夏の大会である第19回全国中等学校優勝野球大会が始まった。出場校は22校。その中にこの春まで7季連続出場を果たしていた松山商の姿はなかった。松山商は昨夏のレギュラー8人が抜けた穴が大きく、中予予選は苦戦しながらなんとか突破したものの、愛媛県予選の決勝リーグで宇和島商と松山中に敗退。四国予選にも進めずに姿を消していた。


 中京商は初戦で吉田が善隣商相手にノーヒットノーラン。三振も14奪い11対0と上々の初戦であった。ところが続く浪華商戦の3回。中堅手の鬼頭数雄の返球を三塁手の福谷が後逸。バックアップしていた吉田の顔面に当たってしまった。思いがけないアクシデントにより、吉田が負傷退場かと思われたが、浪華商側が吉田が出場できるなら待ってもよいと返答をくれた。投手を杉浦に、遊撃手に控えの榊原を起用する準備をしていたが、この浪華商の好意により、吉田は治療し再登板することができた。しかし吉田は左まぶたを3針縫うことになり、傷口をばんそうこうでとめた姿で投球することになった。負傷にもめげず吉田は投げ続け、この回と5回の2失点に抑え打線は浪華商の好投手納家の前に2安打だったが、失策を絡めて4点を奪い、辛くも勝利した。準々決勝は藤村富美男の大正中。打線は冴えず、藤村の前に2得点と抑えられたが、傷口のふさがらない吉田が4安打完封。6大会連続の準決勝進出を決めた。


 明石中は調子が悪いとはいえ楠本がおり、そして新鋭の4年生中田もいて強力なこの二本柱で順調に駒を進めていった。初戦の慶応商工戦は楠本が16奪三振で完封。続く2回戦も楠本が登板し水戸商を13奪三振でおまけにノーヒットノーラン。準々決勝の横浜商戦は6回まで楠本が投げたところで中田に交代。これが中田の今大会初登板だったが3回を5奪三振の無失点。無失点のまま4大会連続の準決勝進出を決めた。


準決勝の組み合わせが発表された。一つは平安中対松山中。そしてもう一つは明石中対中京商となった。

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