9.1933春 世代交代の季節 上

 年度が変わり各校のメンバーに変化があった。一番大きな変化があったのが松山商。エース三森を初め、主将で捕手の藤堂、一塁手山内、4番の尾崎、三塁手兼控え投手の景浦、1番の高須、左翼手の宇野、中堅手の岩見とレギュラー9人のうち、実に8人が卒業。大きな戦力ダウンとなった。中京商はエース吉田や4番の杉浦は残ったものの、31春に選抜のMVPである委員賞を受賞した桜井、1番の村上、二塁手の恒川、三塁手兼控え投手の吉岡、右翼手の林と5人が卒業し、夏連覇を達成した山岡嘉次監督が退任とこちらも大きく変容。一方明石中はエース楠本をはじめレギュラー9人全員が残り、充実したメンバーとなった。


 春の選抜は3月30日より開催された。選抜は10回目の節目を迎え、記念大会として前年の20校から大幅に増え32校を選抜。野球人気は相変わらずで、大会3日目、4日目は満員御礼となり入口の鉄扉をしめ切っても握り飯、水筒、巻ゲートルという一群が鉄扉をたたいて開門を迫るほど。大会9日目には見合い予定の令嬢が花婿をそっちのけにして試合に熱中、見合いがご破算になったという話も伝えられている。中京商・松山商・明石中は今大会も選出され、3校そろっての出場は32春より三季連続となった。

 開幕ゲームでは松山商が登場。対戦相手は今大会が2度目の出場となる一宮中。試合は初回に一宮中が先制。三森からエースを受け継いだ中矢は厳しい立ち上がりとなったが、二回以降は立ち直り0を重ねる。しかし、打線が一宮中の河合信雄投手を打ち崩せない。回を重ねども安打は出ず、三振の山が築かれる。そして6回、中矢がこらえきれず2失点で万事休す。松山商打線は最後まで河合を攻略することができず13三振の上無安打。ノーヒットノーランを喫し、あっけなく大会を去ることになった。


 一方残りの2校は順調に勝利を重ねた。明石中は楠本の投球は相変わらず、初戦の平安中は3安打18奪三振、二回戦の浪華商戦は5安打9奪三振でともに無失点と絶好調。準々決勝では沢村栄治(のちに巨人・野球殿堂入り)のいた京都商と対戦。沢村は初戦で関西学院から13奪三振、2回戦で藤村富美男(後にタイガース・野球殿堂入り)率いる大正中から15奪三振をし、一気にスターにのし上がってきた投手である。左足を高く上げてダイナミックに投げ込む快速球と、大きく上から落ちる懸河のドロップで相手打者を悩ませた。この素質は大会随一といわれ、プロ野球でも伝説となった沢村栄治と、世紀の剛球投手楠本の対戦は、二回に沢村が明石中打線につかまり2失点。当時の沢村は立ち上がりが悪く、初戦の関西学院戦でも二回に2失点している。しかし、沢村がここから調子を上げ3回以降は明石中打線をよく抑え無失点。しかし、楠本の前に2失点は大きすぎだ。9回に何とか1点を取り返したものの4安打。10三振を奪われ京都商は甲子園を去った。明石中はこの勝利で3大会連続の準決勝進出となった。


 中京商は5年生となった吉田の投球術が素晴らしく、初戦は島田商に1安打完封。続く2回戦の興国商戦は九回まで一度もヒットを打たれずノーヒットノーラン。しかし、見方も相手チームのエース笠松実を打ち崩せず無得点。吉田は十三回一死にヒットを打たれたものの最後まで点は与えず、十三回裏に待望の得点が入りサヨナラ勝ち。1安打完封で奪った三振は驚異の22とまさに快投であった。準々決勝も3番の江口をはじめ、レギュラーのうち4人がプロ入りを果たした享栄商に勝利し、中京商も5大会連続となる準決勝進出を果たした。対戦相手は明石中。吉田と楠本初の顔合わせである。

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