6.1932春 明石中・楠本の覚醒 下
4月4日。準決勝の組み合わせは明石中対和歌山中、松山商対中京商の組み合わせとなった。
明石中の相手である和歌山中は21夏・22夏・27春と当時最多の3度の優勝を達成している名門中の名門。選抜も皆勤で出場しており、前年も中京商に敗れたもののベスト4。そしてこの年も甲陽中・浪華商との接戦をものにして勝ち上がってきている。エースの大谷信明は二塁手の喜多島正次郎と共に一年次よりベンチ入りしており、春の選抜は二人とも5回目である。
試合は2回裏に明石中が2点を挙げるが続く三回表、2点を失い同点。楠本の連続無失点記録は23回で終わってしまう。しかし、その後は立ち直り無失点に抑える。打線も5回に追加点を奪い、4対2で試合終了。楠本は初めての長打を打たれ、二桁奪三振も奪えなかったものの、明石中は初めての決勝戦にコマを進めた。
もう一つの準決勝、松山商対中京商の一戦は前年夏の熱戦に続き2季連続の組み合わせ。事実上の決勝戦ともいわれ、選手も観衆でさえも極度に緊張していた。松山商三森・中京商吉田ともに屈指の好投手であるからして、打力と走力の秀ているチームが勝つと、当時のファンの予想であった。
試合は初回から松山商が積極的に打っていき、三森のタイムリーで先制。その裏、先頭の村上がヒットを放ち、松山商藤堂捕手の一塁牽制を利用してディレードスチールを成功させいきなり無死二塁。続く2番恒川にバントをさせず強攻させたがタイムリーが出ずにこの回無得点。松山商は4回にも山内・宇野両選手の二塁打で追加点を奪い試合を優位に進めていく。
一方の中京商は5回裏、この日当たっている村上にタイムリーが出てようやく1点を取ると、8回裏、杉浦に代わって4番に座ったエース吉田が三森から三塁打を放ち同点。試合は延長戦にもつれ込んだ。
10回表、先頭の高須が吉田のカーブを右中間に飛ばし三塁打。いきなり中京商にピンチが訪れる。次の岩見はカーブに手が出ず見逃し三振。続く3番の藤堂は吉田のカーブをよく見て四球。そして4番の尾崎。初球のカーブを叩くと打球はセンター深くへの大飛球。高須がタッチアップして生還。決勝の1点が入った。松山商は前年夏の雪辱を晴らした。
決勝は明石中と松山商の組み合わせとなった。高須・藤堂・尾崎・三森と巨砲が並ぶ松山商が楠本の重い球を打つか、中田・横内・山田の左打者3人が三森のアウトドロップを打ちこなすか。どちらが1点を取れるかがこの試合の最大の関心事だった。
試合は予想通りの投手戦。松山商三森は前日の中京商との熱戦で疲れており、ストレートの勢いが落ちており、カーブを多投して失点を防ぐ。明石中も楠本が牽制でランナーを2度刺し、3年生の福島も弱肩ながら正確な送球で二盗を防ぎ何とかしのいでいく。
そんな中最初に点が入ったのが松山商。楠本の剛速球を初回から全力で振り続ける中で4回表、岩見がバットの根元に何とかボールを当てて二塁打。続く藤堂のバントを捕手の福島が悪送球。そして三森が内角を突く直球を打ち返し打球は遊撃手の横を抜けていくき、岩見ホームイン。待望の1点が入った。
三森はカーブを中心に失点を防いでいたが6回裏、二死ながら三塁に福島を置き明石中の大チャンス。打席の横内が打った球は遊撃手高須の前にゴロで飛んだ。高須の一塁への送球は難しいバウンドとなったが一塁手の山内が好捕。点を奪えない。そのまま明石中は三森から得点することができず試合終了。松山商の7年ぶり2度目の優勝が決定した。投手・打撃成績はほぼ互角だったが、守備の乱れがなかった分、わずかに松山商が明石中を上回った。
以下はこの試合の試合評である。
投手戦に終始したこの優勝戦の守備評をするとすれば、両軍の投手がいかに九回を投球したかを評することによって尽くされるものである。しかし敗れたりとはいえ、僅か1点を敵に許したのみの楠本投手に対して、直ちに勝利投手の三森に劣るものとはいえない。三森投手の連投するドロップに対して、六番以下の打者の攻撃力がいかに不足していたかがこの結果を生んだもので、しいて守備に差を求めるならば、松山の無失策に対し二つの失策を出した明石に幾分の欠陥があったともいえるであろうが、これとて直ちに得点に影響を及ぼしておらず、両軍遊撃手の美技、その確実な守備は大学選手にも比すべきものがった
。
前日の準決勝戦に中京と悪戦苦闘した三森投手のこの日の奮闘は驚嘆に値する。しかも連日の投球に直球の威力なきを知ってドロップを連投して後援をたち、弱打者には巧みに力をセーブしていたあたり、投手としてのかけ引満点といってよかろう。ただドロップであればなんでもかまわんといった様子が見えていたのはまだ君に練習の余地あるところであろう。五回峰本の安打、六回の松下の安打もそれであった。しかも七回楠本に2ストライク0ボールとなりながら、そのまん中へのドロップを安打されたなどは一考すべきである。まん中に入るカーブよりコーナーを突くストレートにより威力あることを知らねばならぬ。
これに対し楠本投手は直球、カーブともにより以上の威力を持っているが、まだかけ引に若いところがあった。それだけに君の前途は洋々たるものがある。いまの力一杯の投球から脱して、チェンジ・オブ・ペースの妙諦を体得した時こそ君の真の威力を現す時であろう。この日のピッチングから見ても、あまり力を入れた球より七、八分の力で投げた球の方がシュートも浮いていた。しかもその七、八分で投げることによってコントロールに意を用い得る利がある。
その他では一回、四回一塁に走者を刺した楠本の走者牽制の妙、またあの弱肩をもって二度までも二盗を防いだ福島捕手の正確な二塁送球は見事であった。しかし六回二死ではあったが明石の唯一のチャンス福島三塁にあり、横内の遊ゴロをさすがの高須も堅くなって一塁へ低投し、もっともむずかしいバウンドであったのを一塁手山内が見事にとらえたのは、松山を救ったものであり、この日最高の美技であった。(湯浅禎夫)
この大会では委員賞として楠本が選ばれた。5試合39投球回で奪三振は実に49。被安打17、四死球7と抜群の成績であった。それ以外にも明石中からは美技賞を中田が受賞。優勝した松山商からは生還打賞(打点王)に高須。中京商からも生還打賞で吉田が選ばれた。
優秀選手賞は以下のとおりである。
投手・・・楠本、三森、吉田、広瀬(坂出商)、鈴木芳(静岡中)
捕手・・・藤堂(松山商)、桜井(中京商)
一塁手・・松下(明石中)
二塁手・・尾崎(松山商)
遊撃手・・高須(松山商)
外野手・・宇野(松山商)、村上(中京商)、勝村(坂出商)、山田(明石中)
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