第2話 それでも好きなんだ!

ああ、これからどうしようか?

とりあえず今猿いまさる社長と蔵子くらこさんが結婚することは避けなければ!今日は蔵子さんを飲みに誘って話をしなければ権蔵のあの力は1回しか使えない。


僕は帰りに蔵子さんが帰る時間を見計らって待っていた。丁度蔵子さんが今猿社長と帰る所だった。

僕は今猿社長に会釈したあと蔵子さんに声をかけた。


小豆沢あずさわ課長!」

僕は必死だった。


「何ですか?たちばなさん」

蔵子さんはすごく驚いていた。


「相談があるんです! 話を聞いてくれませんか? 」

僕はダメ元で蔵子さんに言ってみた。


「じゃあまことさんも一緒に……」

蔵子さんは今猿社長をちらりと見た。


「小豆沢課長にしか相談出来ないんです! お願いします」

僕は蔵子さんに懇願こんがんした。


「誠さん。なんだか事情がありそうだから行ってもいいかな? 」

蔵子さんは僕の必死の様子になにか感じたのか来てくれそうだ。


「うーん。しょうがないなあ。僕は先に帰るよ」

今猿社長は蔵子さんが男と2人で飲みに行くのは納得いかないようだがここは譲ってくれた。


蔵子さんとふたりで居酒屋にやってきた。

「それで私にしか相談出来ないことってなんですか? 」

蔵子さんはチューハイを1口飲んだあと言った。


「まずこれを見てください」

僕は蔵子さんが記憶を失う前にくれたネクタイと手紙を今の蔵子さんに見せた。


「僕と小豆沢課長は高校時代に同級生で、バルーンフラワー株式会社で僕達は3か月前からずっと一緒に働いていたんです。わするの儀式という記憶と引き換えにする儀式で小豆沢課長は僕のことだけ忘れたんです」

僕は必死に説明した。


「確かに橘さんのことを覚えていないとみんな不思議がっていましたね」

蔵子さんは僕のことを信じてくれた。


「僕達は両想いだったんです。すれ違いから恋人にはなれませんでしたが」

僕は蔵子さんの目をじっと見つめた。

すると、蔵子さんは僕から目を逸らした


「たしかに私の字のようですが、でも私には今は、誠さんという恋人がいますし……」

蔵子さんは困っているようだ。


「お願いがあります……! 急いで今猿社長と結婚しないで欲しいんです! 僕のことを思い出してほしいんです! それまで僕に時間をください! このまま結婚されたら一生後悔します! 」

僕は居酒屋で深々と頭を下げた。


「分かりました。顔を上げてください。仕事も佳境ですし半年結婚を伸ばしましょう。それ以上は難しいと思います」

蔵子さんはこの無茶苦茶なお願いを了承してくれた。


僕は安心して何気なくお守りを机の上に置いた。

「そ、それは……思い出したくない……」

そのお守りを見て蔵子さんの様子が変だ。


「どうしたんですか? 」

僕は心配になった。


「今日はちょっと具合は悪いので帰りますね」

蔵子さんはお代を自分の分を置いて帰って行った。


「おぬしにしては上出来じゃったな。半年間伸びたのじゃから」

権蔵が僕の横の椅子に座って腕を組みながら言った。


「ちょっと相席いいですか? 」

誰かが僕の席にやってきた。今猿社長だ。


「どうぞ……って今猿社長! どうしてここに? 」

さっき帰ったはずの、今猿社長が僕の目の前に座っていた。


「帰りに一杯飲みたくなってな」

今猿社長はビールを頼んだ。


「僕の方からもお願いがある」

今猿社長はいきなり僕に頭を下げ始めた。


さっき僕はこんな目立つことを、蔵子さんにしてたのか。


「頭をあげてください。今猿社長どうされたんですか? 」

僕は慌てて今猿社長に言った。


「実はさっきのふたりの話聞いていたんだ」

今猿社長が真剣に言う。うっすらさっきの話を今猿社長は聞いていたんだろうと最初から僕は思っていたが。


「橘さんの記憶を蔵子に思い出させないでくれないか? 」

今猿社長はまた頭を下げた。

そりゃそうだよな。今猿社長からしたら昔好きだった憶なんて取り戻して欲しくないよな。


「ありすの時は楽しそうに笑ったりあまりしなかった。でも蔵子になってからはいつも笑顔でいるようになった。たぶん橘さんの記憶の中に辛かったことが多いのだろう。それを全て忘れさせてあげてくれないか? 」


今猿社長は蔵子さんのことを考えて記憶を取り戻さないでくれと言ったのか。

こんな今猿社長だからこそ蔵子さんの気持ちも動いたのだろう。


いっそダメないじわる男だったら遠慮せずに蔵子さんを奪うのに。

例えば不知火のような男ならば。高校時代に不知火から、奪っておけばよかったな。


いつも僕は受け身だった。あんなに蔵子さんは想ってくれていたのに……僕は気付かないふりをしてずっと受け身のまま、何もせずに。


「確かに今のままの方が、蔵子さんは幸せなのかもしれない。それでも……それでも……僕は小豆沢蔵子も笹野ありすも好きなんです。睨みつけられても怒られても傷を乗り越えて強くなろうとした笹野ありすが好きなんです!辛いことは押さえつけてもいずれ溢れだします。

浄化させなければ意味がありません。そして蔵子さんの辛いことや傷は僕が浄化させます」

僕は今猿社長を見据えながら言った。


もう今猿社長と蔵子さんは恋人同士なのに、何を言ってるんだと思うだろうが、僕はもう後悔したくない。


「確かに橘さんの言う通りかもしれない。でも蔵子を癒すのは僕の役目だ。明日から僕は橘さんの社長でなくなる」

今猿社長は『フフフ』と笑いながら言った


「どういうことですか?」

僕は意味がわからなかった。


「橘さんの会社は安定してきたからもう僕らは撤退するんだ。もちろん蔵子もね」

今猿社長はヒソヒソと僕に告げた。

それって蔵子さんは明日から会社からいなくなるということか?!


「これからは上司と部下ではなく男と男として勝負しよう」

今猿社長が自分の分のお代を払って帰って行った。

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