天台宵守

@brains8492

第1話

「天台(うてな)宵守」

 ―深夜三時、草木も眠る丑三つ時、月は西の空に移り、薄雲の隙間から煌々と静かな街を照らす。

 とある都市の中心駅は、深夜でも喧しい位の光に包まれ不夜城と化している。

時折、駅前のペデストリアンデッキ上にある植栽を風が凪ぎ、木々は青々と茂った葉を宙に燻らせた。

 

 そんな景色の中を紺の帽子を目深にかぶり、薄汚れつつあるベージュのパンツスーツと襟が汗で茶色くなっている縦縞のシャツを身に着けた青年男性が、自在箒と塵取りを抱えつつ、ゆっくりと歩きながら黙々と無言で無人のデッキ上の拾い履きを作業している。

 

 《今日はブツがないといいけど、そういう時に限って影のほうにあったりするのだよな~。正直仕事とはいえ、あまりやりたくないのだけれど・・・》

 額に薄らと汗を浮かべ、「嘔吐物処理作業」を行うかもしれない不安に駆られながら順調に既定の清掃コースを歩いていく。

《・・・にしても、今日はこの辺だけ何故だか霧に包まれている。一寸先は闇、ではなく霧だ。自分の輪郭がぼやけて見える。逢魔が時、同様不思議で、少々不安になりそうだ。

でも、どことなく心地よいような・・・悪くないな・・・》》

 しばらく歩いていると、どこからか歌声と囃子らしい和楽器の演奏が聞こえる。

《あれ?酔っ払いか?この時間だと珍しくはないけど、女性は珍しいな、流しのミュージシャンかな?》》

 少し先に桜の木が一本、デッキの傍にある箇所があり、デッキ腰部に設置された僅かな灯火だけで舞い踊る女性のシルエットが霧にうかんでいる。



男性は高校時代写真部で、「撮影する」側だったこともあり「撮影される」側の気持ちも考えてしまうところがあった。そんな判断でおそらく撮影に支障の出ないであろう範囲を推測して近づいた。しかし、人が群れている感覚はなくカメラのライトも確認できない。

 さらに慎重に近づいてみると、妙齢の、いや高校生位の女子がおかめの能面をつけ黒い羽があしらわれた巫女装束?に身を包み、手に玉串を持って、黒装束に身を包んだ黒子達が奏でる囃子に乗って髪を揺らしながらしずしずと舞い踊っている。感心しながら呆然と眺めていると、ふと囃子が終わった。演奏が終了したのだろう。踊っていた女子も踊りを終えたようだ。


退

とその場を離れようとすると柔らかな女性の声がなぜか頭の中に響いた。


『『―なぜ、離れる必要がある?』』

思わず驚きで凍り付いてしまった。こちらの考えを読み取ったかのように喋られたからだ。

止めようとする白装束たちを軽く手で制してから女性がこちらを向き直り能面を外しながら先程からのこちらの自問自答に答えた。


『『問題ない、撮影とかではないからの。しかし、ここに自ら迷い込んでしまうとは』』

  はぁ、そう何でしょうか?よく分かりませんが・・・


『『お主、丑三つ時とか考えていたな。そうじゃ、今この空間はお主の生きる世界とは異なる世界とのつなぎ目のようなものじゃ、ちと特殊での、世界がぼやけて見えるのはそのせい・・・並行世界ともいうな

さて、お主ここに迷い込んだ都合はどうあれ、つなぎ目といえども、本来人間が立ち入ってよい場所ではないのじゃ。聖域を犯した多少の責は償ってもらわなければならぬ』』

凛とした表情で突然、指摘する女性、その瞬間、金の御付き、黒装束たちが一斉に自分の周りを取り囲んで薙刀のようなものを突き付けてきた。そんなこと初めてなので緊張から少しのけ反る。

 「え?な、何をすれば?」

 『『そうじゃのう。昔であれば、その身をもって償ってもらうとこじゃが、さすがに今はそんなことはできんからのぅ。人間やめる覚悟はあるか?』』

「いやいや、そんな」

『『今のお前さんは誰の旗下にも入っていない根無し草のようなものじゃ、そのままではかなり良くない。化けてしまいかねない、そうなると無差別で周囲に被害を与えかねないのじゃ。よく街中とかでおかしなことをする奴がいるだろう?あれは何らかの形で神変の力を得た者のなれの果てなのじゃ、申し訳ないが断った場合切り捨てさせてもらう。』』

 

そう言われると覚悟ができた。未知なことへの不安要素は大きいが、この場合、拒否した方が危険なようだ。であればしてもらった方がいい。


神妙な面持ちで改めて襟を正し彼女に向き直り、深々と二回お辞儀をする。

「では、よろしくお願いいたします。」


『『あぁ、そうじゃ主の名前を聞いてなかったの?』』

「大河原健」

それを聞いた彼女はふっ、と軽く微笑むと、頭頂部に白いアホ毛の生えた大きなカラスの姿に変わった。

『『健、目をつぶっておれ』』

そばにいた黒装束たちは少し離れたところで薙刀のようなものを天に向け待機している。

目前の大きなカラスは翼を広げ羽ばたかせ、大地を震わせながら、じりじりとこちらに近づいてきて大きく一礼をすると、くちばしで右肩を噛んだ。噛んだ先からジワリと赤いものが染み出る。


瞬間、体の動揺とともに瞳孔が開き、瞳の中で黒い羽根が巻き上がった。

 痛みを感じるが、献血だと思えばたいしたことはない。目前のカラスはもう一度羽ばたくと人の姿に戻っていた。


『『契約完了、汝を宵守に任命する。宵を舞い、闇の力をもってことにかかれよ。よいな?』』

 「は、」片膝を立て胸に手を当て深々とお辞儀をした。

『『どうじゃ?体の具合は?』』はっきりと物が見えます。視力が悪かったのですが・・・」

『『うむ、それはそうじゃ、儂の血が混じっておるのじゃからの』』

「半妖というものですか?」

『『妖怪ではないぞ。神の使いの使いということじゃ。つまり、主はもう純粋な人間でない』』


思わず絶句した。事実を突き付けられたら誰だって動揺する・・・

『『まぁ、気楽に考えることだ。少なくとも暴走して他者を巻き込む危険はなくなったわけじゃからの・・・』』

『『さて、長話が過ぎたの、儂は帰らせてもらう。そろそろ戻らんと・・・茜、後は頼んだ』』

かしこまりました。と、黒装束の一人が承り、周囲の霧が濃くなった。


『『またな、健』』

瞬間、光が瞬き彼女が軽く笑ったような気がした。

 ハッとすると、通常の景色に戻っていて、月明かりの下、鴉色のセーラー服を着た黒髪ポニーテール少女が手摺に寄りかかっていた。無表情だが、品の良さが見受けられる美少女だ。

クールビューティーといった感じだろうか。いずれにしても、この時間、この場所にいるのは不自然ではある。


『『茜です。よろしく』』

「あー、先程はどうも」

『『天鴉様は意外と多忙で、なかなかお会いすることはできないので、私がご説明します。』『『まず、貴方は神に仕える神獣、天鴉の守り人、天鴉の宵守になりました。』』


『『やることは、一言でいえば神変関連事案に対する治安維持、有事対応、所謂、

監理者といったところでしょうか?昔の言葉だと台、公正中立の神律機関といったところです。ただし、基本的に神変者は夜以降動き出すことが多いので夜の活動になりますが』』

つまり、ヒーローということか?警察とか自衛隊のようなものだろう。

ただ、どうやって行うのだろうか?


『『その為には都度、変身しなくてはなりません。方法をお教えします。私に続いてください』』

と、彼女は左手でおなかを抱えると右手を人差し指を上に向け、まるで何かを唱えるようにすると呪文を詠唱し始めた。自分もそれに続く

『『我、天鴉の力を借り、宵を守るものなりけり、この血をもって我、つとむ』』


突如、足元から光が瞬き、眩しさから目を閉じた。すると、次の瞬間、足元から吹き抜ける風と共に服が変わった。

 闇色に塗られている脇をタスキ掛けされた作務衣、頭にはコック帽、手には自動拳銃、腰にはガムヘラが収納されたホルスター、腰にはポーチ、近接戦闘がメインになっている装備だ。


『『どうですか?これが宵守の正装になります。いつもより動きやすく感じませんか?隷属化の契約により補正されています。練度が上がれば、その分向上しますよ。ポーチの中にはスモークグレネードと銃弾が入っています。』』


『『さて、いきなり実戦というわけにはいきませんが、練習をしましょうか。どこからでもかかってきてください』』

「え?ほんとに?では、よろしくお願いします。」


一礼をしてポーチから信管を抜いたスモークグレネードと銃弾を地面に投げつけ自動拳銃を撃ち彼女に向かって駆けていく。白煙の中に銃弾が爆ぜ相手の隙を作って接近、ガムヘラで近接攻撃を仕掛ける。基本的なスタンスだ。

当然予測されていて小型の機関拳銃で容赦なく攻撃される。それでもガムヘラに替えながら勢いよく接近、その刃を向けようとするも直後、両肩をつかまれ大外刈りを掛けられてしまい地面に仰向けにされる。そのまま起き上がろうとすると霧の中からサプレッサー付きのサブマシンガンを額に突き付けられる。

『『チェックメイト、初戦で勝てると思っていたのですか?スモークグレネードで敵の目を潰してから接近、同時に銃弾を利用しての目くらまし、ありがちではありますが、初めてにしてはよく考えましたね。創意工夫があるのはいいこと。生きる意志があるということだから。ただ、実戦ではあなたは死んでいたわね』』


「ぐっ・・・」

 悔しさがこみ上げる。まだまだ鍛錬が必要か・・・

朗らかな笑顔で彼女は手を差し出した。

『『いい表情ね。これは教えがいがあるというもの、ついてきてくださいね?』』

その指導とやらに若干の不安を感じつつも手を借りて起き上がる。


 まだまだ始まったばかりだ。



―後日、誰もいない公園をジャージでひたすら走る姿と自転車でそれを追いかける姿があった。

『『まだまだぁっ、あと一周』』

「はぁっはぁっっ」

きっかけは些細なことだった。

『『座学も必要だけど、スタミナが足りないわね。』』

「え、多少は・・・」

『『うんそうね。それはわかるわ。でも死んでからじゃ遅いのよ。』』

ということでトレーニングが始まった。

『『さて、休憩するわよ。5分後に腕立て50回腹筋50回よ』』

げんなりした表情をしていると途端に指摘される。

『『何?死にたきゃいいのよ、別に?でもそれは嫌でしょ、頑張りどころなのよ。』』

そう言われるとそうだ。進んであきらめるわけにはいかない。負けてたまるか


夜、相変わらずうっそうとした表情を見せる深夜の街並みはとても静かだ。

今日は霧が晴れているが、霧の夜とは対照的な恐怖を感じる。

現実ゆえの恐怖といった感じだろうか・・・無人のパラレルワールドだとしても。

 敵は不定期に、出現数もランダムに現れる。元来肉弾攻撃が主流だそうだが、戦術を覚え始め現代兵器攻撃も増えているそうだ。チート状態で使用可能な空間だから、とてつもなく困難だが、本体を叩けば当然消える。無限ループだが、コツコツ潰していくしかない。


二人は通りを眺めるペデストリアンデッキ上にいた。

「いい夜ね。私はこの瞬間が一番好き。」

「いやいや、こちらは全くの初心者ですから、いざとなったら援護してくださいよ。内心かなり怖いですから」

お気楽な発言に眉をひそめると、ちょっと拗ねた表情で彼女はこちらを振りむく。

「勿論、分かっているわよ。意外と度胸がないのね。男の子でしょ」

「なっ、そこは関係ないと思いますよ。誰でも同じ状況に置かれれば・・・」

「おしゃべりはここまでのようね。来るわよ」

一瞬でピリッとした雰囲気に切り替わる、ここからは戦。甘えは許されない、そう感じると不安が押し寄せてきた。

周辺の信号機が一斉に赤で点滅する。数キロ先から不規則な足音が僅かな振動を伴って木霊して恐怖が一層高まる。薄い影を纏った亡霊のような様々な人間たち死んだ魚の目をしながらぞろぞろとこちらに向かっている様子がうかがえた。ビルに反射する影は徐々に大きく、まさにゾンビ映画さながらといっていい。茜に聞くと正確には死んでないと、そのためここで倒しても気絶し元の次元に戻るだけ、次元転移時にずれが生じ、元の肉体に魂が正確に固まらないため時折大きくふらつき本人には意識がない。見ると確かに薄らと眼をあけ、口を半開きにしながら衣服の乱れを気にすることなく足を引きずるようにしてこちらへとゆっくりゆっくりと向かってくる。

 

「撃て」

一瞬の間を経てはっきりとそして短く茜が呟くと手にした機関銃を一息にぶちまける。

射線上の構造物を穴だらけにしながら目標に向かって弾丸が飛んでいく。対象は体内のありとあらゆる臓器や血をぶちまけながら倒れこむ。それでも侵攻はとどまらない。消えかける味方の屍を踏みつけながら前進をやめない。あまりのグロさにフルフェイスマスクの中で軽く吐きそうになるが、必死に押しとどめ手摺に設置したマシンガンを前方に撃つ、銃撃の反動で体全体が跳ねそうになるが足に力を入れ大地を踏ん張る。弾着の様子は言うまでもなくグロテスク、初めては誰だって恐怖する。しかしそこでためらっては自分が屍になるだけだ。

瞬間、息ができなくなり目の前が真っ白になった。撃ち尽くしてしまったが、

それでも引き金を引き絞り撃ち続ける。

 気づくとその体勢のままガチガチにこわばりブルブルと肩を震わせていた。

「健!!」

その声で現実に引き戻される。すぐに弾丸を排出、新たな弾丸を薬室に送り込む。

しかしすでに茜が敵を掃討した後だった。

糸が切れたようにその場にしゃがみ込むと、正面に回り込んだ茜が少し苛立ちながら頬に平手打ちを見舞ってきた。乾いた音が響き一瞬何が起こったか分からなかった。

「バカ!!ダメじゃない。一瞬の緩みが命取りなのよ。わかった!!」

頷くのが精いっぱいだった。後悔がじわりと胸ににじむ。しかし後に続く言葉に救われる。

「でも、ほとんどが至近弾じゃない。ダメージだって確実に与えている。それに偶然だとしても一人撃破したのよ。初めてで一人撃破できるのはすごいわ、成果は成果よ。精進なさい」精いっぱいの彼女の笑顔がとても素敵だった。思わず目に涙が・・・

白み始めた空に一筋の流れ星が流れ、遠くに消えていく。揺れ動いていた水面が再び元の穏やかな水面に戻ったようだ。

 「落ち着いたようね。もういいかしら撤収するわよ」

彼女はスカートのポケットに入れた小型無線機を取り出し連絡しだした。

「あーもしもし、こちら茜、迎えに来てください、どうぞ」

「大丈夫。ケガさせてないから、えっ?当然だって?まぁね。じゃあよろしく」

無線機を切った彼女に声をかけた。

「あの・・・誰に?」「一応本部に報告、それと今回は迎えを要請したの。」

「えっ?」「疲れたでしょ?休まないと・・・休養も戦いよ?」

暫くするとバタバタと都市迷彩を施された闇色のUH61ヘリコプターが無灯火で上空擦過してきた。

サイドドアを開け装備されたガトリングガンを構えたドアガンナーがハンドライトで茜に指示をしている。その間も操縦手はキョロキョロと周辺警戒に余念がない。よく見ると機体はレーダー等の装備が満載されていて、サイドパイロンにミサイルが装着されていた。

特殊作戦用の機体なのが見て取れる。空中でホバリングしたままで着陸はしないようだ。周囲を見渡すとなるほど電柱や信号機、看板など障害となる構造物が多すぎる。

「ストラクションロープで上げるって!!」ローター音にかき消されないように茜が叫ぶ

機体は少し上昇するとロープを下ろし茜はすかさず自分の腰と健の腰にロープを括り付けペンライトでヘリに指示を出した。ゆっくりとヘリは上昇をはじめ体が宙に浮いた・・・

「ちょっと我慢してね」

初めての経験に多少震えながらヘリは飛び去って行く

その高空には菱形の無人攻撃偵察機がゆっくり飛行中だった。


同時刻、某国司令部 参謀室

 VRヘッドセットをつけた恰幅のいい軍服の男性がリラックスしながら大きなガラス窓前のソファーに腰掛けイチジクのドライフルーツを砲張っていた。

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