エピローグ
二〇三×年、春。
小中高における武道科目の必須化が一年間の試験期間を経て、ついに全国で実施されることとなった。
座学と実技の双方によって、日本古来の道徳観と護身術を身に付けられる武道科目はあらゆる世代の好評を集め、経済政策一辺倒だった政治にもようやく変化の兆しが見えてきた。今や武道は幕末以前の
わたしもその一人だ。
武道教師を目指して早三年、武道を始めて早五年。
わたしは今日、教育実習生としてリクルートスーツを纏い、かつての母校へと赴く。
この高校に来る武道科目の実習生はわたしだけだった。またこの学校に来られたのは嬉しいが、立場が違うとなるとやはり緊張する。
実習生とはいえ、わたしは先生。武道を教える側の人間なのだ。
同じ大学の実習生仲間と共に、まずは校長室にあいさつに行く。校長先生は当時とは違う人だった。わたしのことなんか覚えてはいないだろうが、少しだけ安心した。
「ではこれから、皆さんの実習を指導する担当教諭を紹介しますので、付いてきてください」
校長先生に促され、わたしたち実習生は職員室へと移動する。
現役の武道教師か。どんな人だろう。優しい人だといいな。
職員室に入ると、三人の教師がこちらを見て席を立った。
わたしは大きく目を開いた。
三人のうち誰が武道担当なのかは一目瞭然だった。
「た、太刀河先生!」
「新條さんか……!」
わたしたちは互いに驚きの声を上げた。
わたしたち実習生の最初の実習は、担当教諭に学校案内をしてもらうことだった。
他の実習生と違って、この高校出身のわたしにその必要はないのだけど、ちょうど良い機会なので二人でゆっくり歩くことにした。
教室も廊下も外の景色も、何もかもが懐かしい。この場所で起こった数々の出来事が鮮明に蘇ってくる。そして、その時からずっとわたしの心の支えだった人がすぐ隣にいる。
わたしは、四年前からちっとも変わらない太刀河先生の顔を見上げた。
「いつか、先生が言ってたとおりになりましたね。同じ武の道を進む者同士、必ずまた会えるって」
「そうだな」
「でも、びっくりしましたよ。大学で武道教師を育てるのがお仕事だって聞いてたのに、いきなりいるんだもん」
「それはそうだが、現場を知らずに指導はできないだろう。だから二年間限定の武道教師として高校で勤めることになったんだ」
「なるほど。それで、ちょうどその期間中にわたしが実習生としてやってきたってことですね」
「そういうことになるな」
これは偶然なんかじゃない。武道が、わたしと太刀河先生をつないでくれたのだ。
本当の武道を知りたくて一歩踏み出した、あの時のように。
少し間を置いて、太刀河先生が唐突に言う。
「新條さん、ずいぶんと大人っぽくなったな」
ほんの少しだけ鼓動が速まる。
「当たり前です。もう二十一歳なんですから」
「背は変わらないようだがな」
「太刀河先生は見た目も性格も全く変わってませんね」
そう、わたしが誰より尊敬する先生は、こういう人だった。
「玉野さんは今どうしてる?」
「紗月も武道教師を目指してますよ。実習校は別々になっちゃいましたけどね」
「そっか。せっかくだし、また会ってみたいな」
「それなら――」
わたしは太刀河先生の前に出て、くるりと振り返った。
「また三人で一緒に練習しませんか?」
太刀河先生は一瞬目を丸くした後、穏やかに微笑み、こう言った。
「実習期間が終わってからな」
終
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