拉致、監禁、或いは喜劇

 魔術部の部室は、普通の教室の半分程度の広さしかない。そこに向き合ってくっつけられた長テーブルが二つと、いくらかの棚があるだけだ。

 棚の中には、わたしが見ても何だか分からない、とても役に立つとは思えないものが所狭しと置かれている。きっと何かの活動に使った魔術具なのだろう。

 紫音さんに連絡を取りたかったが、電話をかけても繋がらなかった。LINEにも気が付いていないようだ。

「総角さん、大丈夫かな」

 呟きは、静寂の中に溶けていった。かなり不気味だ。

 わたしは別に怖がりというわけではないから、この部屋を恐れているのではない。

「埃っぽい……」

 きっと、かなりの間誰も入っていないのだろう。床にも机にも、椅子の上にさえも埃が積もっている。

 あまりにも空気が汚いので、部屋の窓を開けた。掃除した訳ではないので、あまり綺麗にはなってないが、多少はマシになったと思う。

「──ちと油断が過ぎるな、我が孫娘よ」

 バッと振り返った。

 老人が佇んでいた。

 だが、明らかに老人ではなかった。

「貴方……誰?」

「生憎と、話しているだけの時間はない。『橋姫の麒麟児』が戻る前に全てを済ませねばならんでな」

 その言葉が終わらないうちに、わたしは自身の異変に気が付いた。

 魔力を動かせない。魔術神経を通せない。

 即ち、魔術が使えない。

「貴方、松風純一郎では、ない──」

 わたしが言えたのは、ここまでだった。


 ……。

 目を覚ますと、そこは化学室だった。

 なんでここにわたしがいるのか。そんなことは改めて訊くまでもない。

 扉を開けようと試みたが、当然の結果として、ビクともしなかった。窓も同様。

 問題は、どうやって逃げるか。或いは如何にして外部と連絡を取るか。

 既に日は落ちようとしている。ということは、わたしはもう何時間もここにいるということになる。

 と、その時。ポケットの中でスマホが震えた。取り出してもまだ振動を続けているそれは、電話がかかってきていることを示していた。

「もしもし」

『嗚呼、繋がった。大丈夫?』

 紫音さんだった。分かっていたけど。

「大丈夫。取り敢えず、怪我とかはないよ。ただ、化学室から出られないんだけど」

『それは仕方ないわ。結界破りなんて教えてないもの。私が行くまで待ってなさい。ただちょっとやらなきゃいけない事があるから、ちょっとだけ待ってもらえるかしら』

「それはいいけど、この状況でやらなきゃいけない事って?」

『舞台設定。或いは役者集め、かしらね』

 紫音さんは謎の答えをくれた。今回の事件で紫音さんの突拍子もない言動には耐性がついたけど、別に理解力は上がってないのでさっぱり分からなかった。

『魔術師殺し、もう会ったでしょう? アレを私は昔から追っていてね。魔術探偵としての仕事。その黒幕が、今回の事件の黒幕と同じ人物だってことがハッキリしたから、纏めて解決させるつもりよ』

「ハッキリしたって……どうやって?」

『誰が黒幕か、今更言う必要はないわよね? ソイツと私はかつて知り合ってるから少し情報を持ってた。例えば、どんな人間と繋がりを持っているか、とかね。そして魔術師殺しに実際に会って、その実態を解明したから、後はピースを嵌めるだけ。J.O.の名前を見た時から、私には真相が分かってたのよ』

 最初じゃん、それ。分かってた真相を調べにロンドンまで行って、挙句罠に嵌ったのか、わたし達は。

 何だかとっても馬鹿みたいだ。

「ロンドンの方は大丈夫なの?」

 敢えてわたしは話を少しズラした。

『大丈夫よ。支部長殺しの犯人はあの馬鹿、もといデイビッドだから。あんな大馬鹿野郎にかけてやる情けは持ってないから、普通に捕まえたわ』

「綾女さんを撃ったのも?」

『勿論彼。正確には彼の持つ人形達の仕業。アイツは私があそこから侵入すると予測して、予め人形を仕掛けておいたのよ。おかげで私に捕まったけどね。呪いは解けたから、もう復活してるわよ』

 それは嬉しい知らせだ。と、ここでようやくわたしはあの人のことを思い出した。

「そうだ、総角さんとも連絡が取れないんだけど……」

『総角は、取り敢えず生きてるわ』

 紫音さんは急に声のトーンを上げた。

『腕を片方無くしたけど、代わりに魔術師殺しを何人も返り討ちにした。学校から出ようとしたら待ち伏せにあってね。大丈夫よ、死にはしないから』

 後半は、明るく(わたしの体が震えるほど場違いに明るく)そう言った。ひょっとしてこの人は総角さんが負傷したのを喜んでいるんじゃないだろうか。

「待って。紫音さん、今何処にいるの?」

『私? 部屋にいるけど』

 なんてこった。いつの間にか帰って来ていたのか。時間を考えた感じ、行き違いってところか。

『急いで帰ってきたんだけど、間に合わなかったのよ。ともかく、全員命に別状はないから心配しないで』

 心配はしてない。する方が馬鹿馬鹿しい人達だと知っているから。まあ腕を片方無くしたというのは心配すべきなんだろうけど、紫音さんじゃなくて総角さんなら、まあ何とかなるでしょ。

『じゃあそろそろ切るわね。私も仕事しなきゃいけないから。申し訳ないけど、ちょっと待っててね。じゃあね』

「え、ちょっと──」

 通話は切れた。

 え、冷たくない?

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