魔術連盟
三階に戻ると、理恵ちゃんと美佳ちゃんがちょこんと可愛らしく座って待っていた。二人とも一緒に降りたはずなのだが、いつの間に戻ったのだろうか。
「遅いわ」
「遅いね」
二人に言われると、何だか悪いことをした気分になる。これが大天使の力なのかも知れない。
「総角さん、大丈夫ですか?」
「ん……うん、大丈夫」
あまり大丈夫そうではないのだが、本人が言うのなら深く突っ込まない方がいいのかも知れない。
「考えるべきことが増えたね」
総角さんが話題を振った。
「そうですね。『J.O.』について、綾女さんを撃った狙撃手について、紫音さんについて、そして魔術師殺しについて、ですか」
「紫音と綾女については心配しなくてもいいと思うわ」
理恵ちゃんが言った。綾女さんのことを呼び捨てで呼ぶとはなかなかのメンタルを持っている。日本神話の神様の模倣と、ルーツだけはキリスト教の大天使のコピーである二人だから仕方ないのだろう。神話の系統が違いすぎる。
「それに、『J.O.』を調べるのも容易いと思う」
「どういうこと?」
紫音さんと綾女さんを心配する必要がないのは分かっている。分かっていても心配するが。だが、それを調べるのが容易いとはどういうことだろうか。
「だって、それってイニシャルでしょ? 魔術連盟に行けば、魔術師の一覧みたいな書類があるわよ。それを使って条件に合う人を見つければいいのよ。まさかこれで『J.O.』が魔術師じゃないはずはないんだから」
なるほど。そういうものがあるのか。
わたしの場合、そこからだった。理恵ちゃんは知ってるのに。
そもそも、すぐそばにあるにも関わらず、一度も魔術連盟本部に行ったことすらないのだからわたしが知らないのは当然として、何故理恵ちゃんは知っているのか。
「確かにあるよ。資料室だね。行こうか」
「今からですか?」
「当然。連盟本部はいつでも入れるし、樹里ちゃんは連盟に所属する為の手続きをしなきゃいけないし、連盟員なら資料室は使い放題だし」
善は急げだしね、と総角さんは笑った。
連盟本部は、夏山神社の地下である。
わたし達はきちんとお参りしてから、境内の隠された扉から地下へ降りた。魔術師以外には見つけられず、尚且つ通れないんだとか。
如何せんわたしは連盟員ではないので入る際に一悶着あったが、受付嬢はわたしが若菜家の人間だと分かると途端に態度を改めた。何だか偉い人になったみたいで気分が悪かった。
手続き自体はすぐに済んだ。名前とか住所とか、そういう基本的なことを書類に書いて、それとは別に、魔術連盟に忠誠を誓う旨の署名をさせられ、魔力で押印したくらいだ。
理恵ちゃん、美佳ちゃんはわたしの使い魔という扱いになった。別に意思を持った使い魔も珍しくないらしいし、そもそも全く間違っていない。使い魔は、使役主が傍にいる場合に限り自由に行動して良いとのことだった。
「これで樹里ちゃんも連盟本部内で転移出来るようになったよ。支部でもね」
総角さんはこう言った。なんでも、支部で登録すると、あくまでも暫定的な登録しか出来ない為にその支部でしか転移は使えないんだとか。連盟に属さない魔術師が侵入するのを防ぐ為の大魔術らしい。紫音さんには簡単に破られたが、あれは破った紫音さんが規格外なのもあるが、そもそも紫音さんがつくったバックドアを利用しただけだ。
そうこうしているうちに、総角さんが分厚い本を持ってきた。
「これこれ、存在が確認されている魔術師が、生きてると死んでるとに関わらず記載されている」
曰く、魔術によって白いページに内容を表示するので、厚みは全く無意味だし、無限に情報を詰め込めるらしい。
「そもそもその人って、日本人なの?」
美佳ちゃんが訊いてきた。真っ当な質問である。
「多分ね」
総角さんが答えた。そうして、手を本の表紙に置いて目を瞑る。
総角さんが手を離すと、本はひとりでにページを開いた。
『
ページの頭には、そう書かれていた。
「……潤奈、先輩?」
思わず呟いた。
少女潤奈先輩。顔写真までついているので間違いはない。わたしが中学一年生だった時、三年生だった人だ。紫音さんよりも一つ上になる。あの人がまだ生きていればだが。
確か、彼女はおよそ三年半前、わたしが中学二年生だった時に亡くなったはずだ。享年十六歳。死因は公表されていない。
「知り合い?」
「ええ、わたしの部活の先輩です。中学の時の」
「へぇ。何部?」
「美術部です。先輩は、当時の部長でした」
あの人が描く絵は、いつも決まって美少年の絵だった。わたしがいつも決まって美少女を描いていたのと同じくらい、いつも同じだった。もっとわかりやすく言えば、風景画や静物画を『描かされた』時以外は全てそうだった。
「『少女潤奈。故人。享年十六。死因:銃弾を受けた事による失血死。』」
総角さんが読み上げた。
「『松風・橋姫事件における重要参考人。橋姫紫音により追い詰められるも、反撃。返り討ちで死亡。撃った橋姫紫音は後の魔術裁判において「本人に一切の落ち度なし」とされ無罪となった。』」
なんか、どうしようもない人だったんだな、あの人。紫音さんに追い詰められて、反撃しようとしたら返り討ち? 魔術師だったことはもう驚かないけど(何しろ『少女』という苗字だ。源氏物語を思い出す)、駄目っぷりには少々呆れた。
「この人だけが、イニシャルが『J.O.』で、紫音と関わりがある」
「決まりね」
わたしは頷いた。
総角さんはまた本を閉じ、本の中の検索をしていた。再度開かれたページは、紫音さんのページだった。
『橋姫紫音──橋姫家当主。魔術連盟神道学科所属。一月六日生まれ。十九歳。師に玉鬘綾女、邪魔な元恋人に総角明菜、弟子に若菜樹里を持つ。音魔術の使い手で、「自分の発した音を魔術詠唱として扱う」という特異な能力、通称「
「こんなことまで……」
「これは魔法の本だからね。リアルタイムでその人のことが分かるんだよ。特殊な権限を持っている人だと、もっと深い情報にアクセス出来る。紫音も出来るんだけど、ボクの権限だとここまでだね」
個人情報ダダ漏れだ。わたしは自分のページを生涯見ないことにした。見たくない何かが書かれていそうな気がする。
「嗚呼、そう言えば、恋人のことを自分で好きなのかどうか分からなくなったらこれに訊くといいよ。だいたい答えが出るから」
どんな本だ、それ。総角さん曰く、この本は本人の思考・認識を元にページを作成するので、これを見てしまうと自分を誤魔化すことは全く出来ない。つまり、紫音さんは総角さんのことを『邪魔な元恋人』だと思っているという事だ。末恐ろしい。
「他にも色々見られるよ。魔術連盟に加入していない魔術師も。魔術師に限らず、神秘に関わる生命体ならだいたい全て。神話系から民間のおとぎ話まで。確か、三年前に綾女さんが強化したんだっけ」
「完全な創作、例えば……クトゥルフ神話みたいなやつでも?」
「それはわかんない。そもそもクトゥルフ神話自体がよくわかんないや。名前は聞いたことあるけど」
おとぎ話が出てくるなら、こういうのはどうかと思って訊いてみたのだが、そもそも総角さんはクトゥルフ神話を知らなかった。ちなみに私もろくに知らない。クトゥルフとニャルラトホテプしか知らない。あと何のことだか分からないけど、SAN値ってやつ。アニメの主題歌で言ってた。本編は見てないけど、主題歌は知ってる。
「調べてみればいいじゃない。減るものじゃないし」
理恵ちゃんが言った。確かにそうだ。わたしは本を閉じ、手をその上に置いた。
(クトゥルフ……はそのまま過ぎてつまらないから、ニャルラトホテプ)
そう心の中で唱えながら手を離すと、バラバラと音を立ててページが開かれた。
『
ページを覗いたわたしは沈黙した。
「おやおや、これは……」
総角さんも、そう言ったきり沈黙した。
「つまり、綾女と同じってこと?」
理恵ちゃんは冷静だった。
「行方不明って、これなら分かるんじゃないの?」
美佳ちゃんも冷静だった。二人とも流石だ。
「本来なら分かるはずなんだよ。紫音でさえ隠せない。誰であれこの魔術から逃れる術はないんだ。少なくとも人間にはね」
「人間には? つまり──」
「そう、クトゥルフ神話の邪神ならその限りじゃあない」
後ろから声をかけられた。どこかで聞き覚えのある声だった。
「貴方は、
「牧師だがね」
そうだった。
振り返った先にいたのは、年末の事件の時に会った花散里牧師だった。わたしが何度間違えて神父と呼んでも(気を悪くする様子はあるにせよ)訂正する人だ。
でも、何故ここに?
「私とて魔術連盟員だからね。そんなことより──」
何の脈絡もなく牧師は跪いた。美佳ちゃんと理恵ちゃんに向かって。
「生命あるうちにお会い出来るとは思いませんでした。お目にかかれて光栄でございます」
「流石聖職者なだけあって、殊勝なことじゃない」
「でも、私達はあくまでも大天使そのものじゃないから、あんまり気にしないで」
なるほど。キリスト教徒として、大天使二人の魔力を感じて来たのか。
「ところで総角さん、この『MAFIA』って何ですか?」
そうと分かれば牧師は無視しても構うまい。そう判断してわたしは話を戻した。
「『
紫音さんのことは訊いてない。総角さんだから仕方ないが。気を取り直して次の質問をするとしよう。
「じゃあこの『特一級魔術犯罪者』っていうのは?」
「魔術犯罪者の危険さを表すレベルだね。三級、二級、一級、特一級に分類されている。普通は人を殺すくらいじゃ三級にしかならないんだけど、その手段としての魔術があまりにも悪辣だと二級になる。もしくは、あまりにも多くの人を殺した、とかね。一級は、さっき言ったマフィアみたいな犯罪組織に所属している人間。特一級はそれよりもっとヤバい奴。今その指定を受けているのは、世界中でも五人しかいないはずだよ。紫音は昔そのうちの一人と対決したことが──これは年末に言ったね。
「………」
わたしは思わず沈黙した。
聞いた事がない名ではない。寧ろ馴染み深いと言ってもいい名前だ。
何しろその松風純一郎という男は、わたしの母方の祖父なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます