決戦前夜
既にお気づきの方もいると思うが、私に任せろとは言ったものの、具体的にどうするつもりなのか、あのお人好しの警部殿に話してはいない。
もし彼が知ったら、間違いなく止められていただろう。
法に触れるから、ではない。魔術師同士なら、きちんと手順を踏めば、法的な責任は問われない。だからあくまでもそれは、あの人が殺人を許せない人だからだ。
その手順を踏まなかった以上、松風博幸は犯罪者となる。私はそうならないようにしなければなるまい。
「紫音。君、何かするつもりでしょ?」
夕食後、先生に聞こえないように総角が声をかけてきた。
「流石にわかるかしら」
「わかるよ。決意に満ちた
それは恐らく読み違えだろう。私はまだ何も決意していない。
大体、標的の彼女はあくまでも協力者という立場でしかない。それなのに私が彼女に憎しみを向けていいものなのだろうか。
私はまだ、悩んでいる。
「何をするつもりか知らないけど、君がやる気ならそれはきっと間違ってないよ。ボクに保証されても困るだろうけど、そこはそれ。友人としての勘、みたいなものだしね」
「……何が言いたいのよ、結局」
総角は微妙に首を傾げた。
「そうだね、取り敢えずその、悩むことをやめてみればいいんじゃないかなって」
「!?」
「気付いてないと思った? まあボクも気付きたくて気付いたわけじゃないけどさ。それでも、君の悩みに気付かない程お粗末な頭はしてないつもりだよ」
多分コイツ自身が気付いていないだけで十分お粗末なのだが、敢えてここは黙っておこう。そもそも、それを指摘してしまえば、私はそんな愚か者にさえ見透かされたということになる。それは私にとって、許されざる屈辱と言っても差支えがないだろう。
「とにかく、君がこうすべき、と思ってる何かがあるなら、君はそれを躊躇っちゃいけない。それは臆病者のすることだ。君が間違ったことをするなんて、そんなことはない。むしろ常に君が正しい。是非ともそういう心構えでいてくれよ、紫音」
熱弁された。ハイパー恥ずかしい。
「そうそう、ボクもついて行くからね」
付け足された言葉に、私は目を剥いた。
「言いたいことは分かるけれど、あらかじめ手伝うと言ったはずだよ」
「……それはそうだけど」
「ボクの方が死ににくいんだから、大丈夫だよ」
私は別にそんなことを心配しているわけじゃないのだが、では何を心配しているのかと訊かれたら答えに困る。きっと、その時の私がどんな顔をしているか、彼女に見られたくないのだろうとは思っている。
自分勝手ではあるが、それでも、私にも尊厳というものがある。そして、私にも、踏み入られたくない領域というものはあるのだ。
けれど、
「……ついてくる気ならさっさと支度しなさい。明日の朝すぐに出るから。遅れたらおいて行くわよ」
断ることは、出来なかった。
そもそも彼女も被害者の一人であるということもある。けれど、それはそれとして、私のくだらない復讐に付き合う必要はないし、出来れば危険に首を突っ込まないで欲しい。
確かに総角は私と一対一で勝った。私に油断と慢心と過信があったとはいえ、それは紛うことない事実だ。けれど、それとこれとは話が違う。私はあの時殺す気で戦ってはいない。だから一切武器を使わなかった。間違いがあっては大変だから。でも今について言えば、やるとなれば確実に仕留める気でいる。向こうも殺すつもりで反撃してくる可能性がある。今となっては唯一の友人である彼女を心配する私の気持ちもわかって欲しいものではある。
しかし、しかしだ。それでも私は拒めなかった。何故なのか、私はわかっている。
認めたくはないが結局のところ、誰かにいて欲しかったのだ。一人では、投げ出してしまいそうだから。
私は弱い。逃げたくて仕方がない。こんな中学生に『橋姫の麒麟児』などと、笑わせてくれる。私は確かに大抵の魔術ならこなせる。別に二つ名を貰うこと自体に疑問はない。それが如何に素晴らしい才能か、私自身よく理解しているから。
でも、私が麒麟児たり得たのは、もっと以前の話だ。ロンドンにいた頃まで。帰って来てからの私なんて、そこらの中学生と変わりはしない。弱くて、臆病で、親に頼りきり。そんな私が、一人でこの状況を打開できるわけがない。実際、私は何も捜査の役に立っていない。調べたのは全部綾女さんだ。
だからこそ、私は、決着くらい自分でつけたいのだ。全ての元凶である彼女の決着くらいは。
「終わったよぉ」
総角が後ろから抱き着いてきた。
「取り敢えず離れなさい」
「それは断る」
「断るな」
「取り敢えず、何かあってもなんとかなる程度の用意はしておいたよ」
「………」
間違いなく、総角は私が何をするつもりでいるかわかっている。先生に聞こえないところで話しかけてきた時点でそう疑ってはいたが、この時点で確信した。だからこその「何かあってもなんとかなる」だ。洒落にならない時、彼女のなんとかなるは本当になんとかなる。私自身の心配はしなくてもいいだろう。
だから、私は彼女――私以上に自分の犠牲を顧みない、総角明菜という友人――のことを心配するのだ。
余談ではあるが、その晩、私と総角は一つの床で眠りについた。正確にはつかされた。
二人きりで過ごせる機会は、もうないかもしれないから。
橋姫の麒麟児 竜山藍音 @Aoto_dazai036
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