魔術連盟にて
魔術連盟本部は日本、それも私達の住む大宅市の隣、
外へ転移すると一般人に見られる危険性がないとは言えないので、直接建物内に転移する。時間も限られているのでそのままさっさと資料室へ向かった。何か係員が声をかけてきたが、私の耳には殆ど入っておらず、返事をしなかった。
「あった……これね」
私は棚から最新版の『魔術犯罪類集』を取り出し、今回の事件と共通性のあるものを探した。
結果は、外れ。どうやら以前同じような犯罪を犯したことはないらしい。少なくとも、誰かに見つかる範囲では。見つからなければ類集になど掲載されない。上手く事が運んだなら、見つからない可能性だって高い。何しろ相手も魔術師だ。
仕方ない。面倒だが、他の資料をひたすら探すしかない。元からさほど期待はしていなかった。
手口は分かっている。だが、手口が分かったところで、犯人は分からない。悲しいかな、このままでは私の負けである。それではいけない。
逃すわけにはいかない。断じて。私の、橋姫紫音の威信にかけて、私は敵を全て捕えなくてはならないのだ。
「ちっ……」
それにしても探さなければならない資料はあまりに多い。手がかりが少なすぎるのだ。
ところで、世の中には、
卑しくも探偵を名乗る癖に、自分でろくに調べようともしない。探偵って何だか知ってるのか?と訊きたくなる。
探偵の仕事は調査であって推理ではない。だから私は安楽椅子探偵が大嫌いだし、今の自分は探偵であると胸を張って言える。
シャーロック・ホームズを愛好する私としては、探偵として振る舞える機会を逃す訳にはいくまい。そう思えば、膨大な量の資料とも向き合えるというものだ。それはそれとしてその手間を考えると腹は立つし舌打ちもするが。
閑話休題。無駄話が過ぎた。
資料を漁るうち、眠くなってきた。疲れが溜まっているのかもしれない。だが寝ている場合ではないのだ。悲しいかな、そんな時間はない。
………。
………。
目が覚めた。
思わず舌打ちする。寝てるじゃないか。
寝た時間は…三時間くらいか。ギリギリ許容範囲、ということにしよう。でなければ自分を許せない。
作業を続けなければ、と思って目線を落とした時、ふと目に付いたものがあった。付箋である。よく見るアレ。私が見ていた資料に貼られている。意味が分からない。ちょっと待て、私が寝る前にはこんなものは貼ってなかった。
ちなみに、今私が見ているのは、魔術連盟に属する魔術師全ての一覧である。勿論私のページもある。気味が悪いので絶対に開かないが。
不審に思いながら、付箋が貼ってあるページを開く。
「……有り得ない」
思わずそう呟いた。
「有り得ない有り得ない有り得ない……」
待て待て。落ち着け、私。有り得ないことなんて今まで何度もあったじゃないか。
それにしても、一体誰が?
私の眠っている隙をみて、私の調べたいことを知り、私より先にそれを見つけ、私が気が付かないうちに付箋を貼っていなくなるなど、並大抵の魔術師に出来るような芸当ではない。
そもそも、『私が気が付かない』というのがまず異常だ。いくら疲れて眠っているとはいっても、それで警戒を怠るような間抜けではない。すぐそばまで来ているのだ。本来なら気が付くはずの距離に。理由を考えられるとすれば、それは二つしかない。
「取り敢えず、得られた情報だけはまとめとかなくちゃ」
資料に向き直る。そこには、私が考える犯人像と同じ特徴を持った魔術師のことが書かれている。それが犯人だという確証はないが、他の誰よりも犯人である可能性は高い。
誰が、どのようにまとめているのかは分からないが、全ての魔術師についてのページがあるのだから、これを調べて見つからないとしたら、犯人は魔術連盟には属さないということになる。その点、こうして見つかったのは幸いだった。
「コイツが、犯人……」
思わずひとりごちる。傍から見れば変人だが、幸い周囲には私しかいない。独り言は私の悪い癖だが、誰もいないなら気にすることは無い。
「……欲しかった情報は得た。けれど、次の情報はなかなか得られないでしょうね」
次の情報。言うまでもなくそれは、「犯人がどこにいるのか」という問題だ。それが分からなければ、いくら犯人が誰だか分かったとしても、なんの意味もない。
今日はもう遅い。居場所については明日また調べるとして、今日は帰ることにしよう。そう決めて、私は家まで転移した。
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