次の手を
私の答えは至極単純明快だったと思うのだが、残念ながら警部殿には上手く伝わらなかったらしい。理解出来ないと顔に大きく書いてある。
「うーん、そうね……やってみた方が速いわ。ちょっと総角」
私は総角に向けて手招きした。何故か目を輝かせて私のもとへやってくる。
「何?」
「貴女、体の換えはまだある?」
「あるにはあるけど、どうして?」
私はこの回答に大いに満足した。
「すぐ分かるわ。ちょっと廊下に出て」
「うん」
今度は何も訊かずに出て行った。いつもこの位言うことを聞けばいいのに。
「さて、では皆さん廊下へ出て下さい」
怪訝そうな顔をして出て行く警部殿と先生を見ながら私も廊下に出た。危ないからと言って二人を総角から離し、総角に向けて手を伸ばした。
「weasel who has a sickle, rampage and tear up everything」
私が珍しくきちんと呪文を詠唱すると、総角の周囲に風の渦が巻き起こる。極小規模の竜巻のようなものだ。それはその規模では考えられない程に高速で吹き、総角の体をズタズタに切り裂いた。腕が千切れて吹き飛ぶ。ある程度察していたのだろう、総角は実際に斬られても何も言わなかった。
「どうです?」
「な、なるほど……よく分かった」
警部殿は青い顔で立ち尽くしていたが、私の問い掛けで正気に戻ったのか、顔色は悪いままだが返事はしてくれた。
「取り敢えず、片付けましょうか。総角が戻って来る前に」
私がそう言うと、二人とも無言で頷いた。
「ちょっと酷いよひめっち!やるならやるって言って欲しかったな!」
「なんかだいぶ印象変わったわね、貴女」
五分後には総角が帰って来た。さっきまでのやや幼さが残るボディではなく、どことなく大人びたオーラを纏った体になって。体の換えが「あるにはある」と答えたのにはそういう理由があったのか。全く同じものではなかったのだ。大学生とかになったらこんな感じだろう。顔立ちが大きく変わった訳でも、体格が大きく変わった訳でもないのに、纏う雰囲気だけが全く違う。というか、中学三年生にもなってあの微妙な幼さはどうなんだ。成長期は過ぎてるはずだろう。
「全く、こんなに立て続けに殺られるとは思ってなかったから、同じボディなんか用意してないよ……。『体の換えはまだある?』なんて訊かれた時点で覚悟はしてたけどさ」
思い付いたのが直前なのだから、そんな事を言われても困る。
「ともかく、一気にあの様な死体を作ることが出来ることは分かりましたね?」
「あ、嗚呼……」
警部殿が微妙な顔をしている。いきなりやって見せるのはまずかったかもしれない。しかしそれも後の祭りである。今更言っても仕方がない。
「さっきも言いましたけど、あれだけ残虐な殺し方になると、いくら私が魔術師だといってもより警戒するのは当然です。にも関わらず、何故犯人はあの様な殺し方を選んだのか」
「?」
総角が首を捻る。二度殺されたせいで鈍くなったかコイツ。私に匹敵する位には頭のいい奴だったと思うのだが。
見回せば、先生も警部も頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。中学校の社会科教師である賢木先生はともかく、警察がそれでいいのか若菜警部。レストレード並に無能だぞ、今のままだと。
「犯人はその殺し方を選んだんじゃない。それしか出来なかったのよ」
また私が答えを教えてしまった。どうしてこうも単純明快な事が分からないのだろう。それが私には分からない。
「しかし、ご両親は……」
両親は首だけがなかったと言うのだろう。その理由など決まっているじゃないか。
「それは犯人が違うので、両親のは最低限で済まされているんですよ」
「つまり、犯人は少なくとも二人いる、という事になるな」
「ええ、どちらも魔術師と考えて間違いないでしょう」
「当然だな。魔術師を殺せる一般人などいる訳がない」
私の内心が見えているならこんな愚かな事は言わないだろうと信じたいところだが、現実にはこうしてあまりにも愚かしい事を言っているので、私は呆れて嘆息した。
「魔術師を殺すなら、魔術師じゃなくても出来ますよ。特に警部、貴方みたいな人は楽勝です」
警部は首を捻った。
「魔術師を殺せる一般人がいないと思っている人ほど殺すのは容易い。だって、魔術が万能だと思っているから。実際には銃で撃たれればそれだけ死ぬような貧弱な体しかないのに」
まあ、今回のアレを魔術抜きでやるのは些か以上に無理があるけども。
「では何故魔術師の仕業だと断言出来るか。簡単な話で、一般人ではこの場所に気が付くことすら出来ないからです。そして、私の家にも入れません」
「貴女が常に武器を仕込んだコートを持ち歩いているのはその為ですか、橋姫君」
賢木先生が口を挟んできた。敬語に戻ってるけど、まあ、あんなもの見せられて気軽に話せる方がどうかしてると思うので、私も総角も何も言わなかった。
「気が付いてましたか」
しかしこれは少々バツが悪い。先生にはバレないようにしていたつもりだったのだけど。そう甘くはなかったらしい。
「具体的に何が仕込んであるかは知りませんけどね」
「それは知らなくていいですね。むしろ知らないでいてください」
私の切り札がバレるのだけは勘弁して欲しい。いくら先生が相手であってもだ。ペラペラ喋るような人ではないと思うが、しかし今後敵対することが100%ないという保証は誰にも出来ないのだから。
「銃刀法違反で取り締まられる、なんてことにならないでくれよ」警部が言った。
「大丈夫ですよ。魔術師たるもの、法如きに縛られることなかれ、ですから」
まあ、だからといって法律を破っていいわけではないが。法を遵守していたら神の御業を再現することなど出来ない、だそうだ。私の知り合いには神様がいるが、それにしたって法律を破ってはいないと思うんだけど。そうは言っても、神様が神として力を使うのと、人間が神の力を使おうとするのとでは状況が大いに異なるので、一概には言えないけど。
「ねえ紫音、ちょっと」
例の如く机に突っ伏したアホ、もとい総角が私を呼んだ。そちらに目を向けると、机に伸びたまま手招きしている。
「何よ」私は彼女の傍まで行ってから聞いた。
「ちょっと耳貸して──あの警部さん、ここにいる必要ある?」
「ない」
残念ながら、ここにいる必要は全くない。専門家であることには間違いないだろうけど、正直お呼びでない。多分私達だけでやった方がよっぽど楽に終わる。
「では私はこれで。署に戻って仕事といきましょう。何か分かればこちらから連絡します」
「ご連絡をお待ちしています」
丁度いいタイミングで警部殿は帰って行った。私達の思いが通じたわけではないだろうから、あの人も色々と忙しいのだろう。そこには僅かながらに同情した。
「要するに、ボク達で捕まえて、あの人に渡せばいいんでしょ?」
「そうなるわね」
「あの人、あんまり優秀そうに見えないんだけど」
「並の警官としては優秀なんじゃない? 魔術師としては雑魚っぽいけど」
雑魚っぽいとは我ながら酷い表現だと思ったが、実際そのように感じたのだから仕方がない。
「じゃあ、ボクは一旦帰らせて貰うよ。無駄に肉体を壊された分、新しいの作らなきゃ」
総角はそれだけ言い残して転移して行った。ちょっと彼女には悪いことをしたかもしれない。
「では僕も帰りますが、君はどうしますか?」
賢木先生が訊いてきたが、現状私に出来ることはさほど多くない。ただ、下手人の手口が分かっているのなら、資料を漁ってみるのも手だろう。魔術師に関する資料があるとすれば、それは魔術連盟の本部以外には有り得ない。
「私は、連盟本部へ行きます。帰るかどうかは分かりませんけど、あそこなら滅多なことはないでしょう」
「分かりました。くれぐれも、気を付けて」
「ええ。それでは、失礼します」
私達は同時に、それぞれの目的地へ転移した。
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