協力者

 その日は放課後まで総角と一緒にいた。彼女が一度襲われていて、私自身も狙われる可能性がある以上は一緒にいた方が安全だろうという判断であったが、まとめて二人とも殺られたら話にならないということは、正直全く考えていなかった。

 しかし結局その日は何もなく、やや拍子抜けする形で魔術部の部室へ集まった。私、総角、先生の三人だけだが、随分頼りない仲間達である。

「手掛かりを掴むというだけで一苦労ですねえ。何しろ、これしか人手もありませんからねー」

 総角が机に突っ伏して言った。実際、私達の掴めている手掛かりといえば、黒幕の名前くらいだ。

「そうですね。僕の知り合い未満くらいの関係者に、県警に務めている人がいます。二十八年程前の卒業生で、魔術部の出身ですよ。当時はまだここに務めていませんでしたから、そういう人物がいた、と聞いたことがあるだけですが」

 二十八年前卒業とすると、今は四十二か三歳くらいか。私達の親くらいの年齢ではなかろうか。

「先程連絡を取りまして、もうじき来るはずです」

「流石に仕事が早いですね、先生」

「まあ、仮にも教師ですからね」

「ところで賢木せんせぇ。なんでボク達に対しても敬語なんですかぁ?」

 机の上で伸びてる女が口を開いた。心なしか口調すら緩んでいる。だが確かに少し気になる所ではある。まあ人によって話し方なんて違うものだから、さほど気にはしていなかったが。精々、言われてみれば気になるかな、くらいのものだ。

「なんでか、と言われると難しいですね。昔からこうだったものですから」

 まあ、そんなものだろう。どうしてそんな喋り方なのかと訊かれてまともに答えられる人なんて、そうそういないと思う。

「じゃあじゃあ、特に意味はないんですよね?」

 溶けていた総角が起き上がった。

「えぇ、特には」

「それなら、敬語禁止にしません?ボク達相手の時だけでいいですけど」

「いい案ですね」

 即座に私が賛同した。

「目上の人があんまり敬語を使っていると、その間に壁を感じますから、先生は使わない方がいいかも知れませんよ」

 私としてはとても面白い提案だと思えたのである。それがどんな結果を招くかは分からないが、私が賛成したこともあって、とにかくやってみようという流れになった。

「ところで……まだ来ないんですか?」

「もう来るはずです。違う、来るはず……だよ?」

 流石にいきなり今までの喋り方をやめろと言ったって無理に決まっているので、特にそこをつついたりはしなかった。総角はニヤニヤしていたが。

 その時、ようやく部室のドアが開いた。恐らくはその警察官だろうとは思われたが、我々の敵とてここに入ることは出来るのでまず警戒心が先に立った。椅子を蹴る様に立ち上がり、手を銃の形にして入口へ向けた。

「失礼。賢木総一郎さんに呼ばれて参りました」

 私達の態度に怪訝な顔をしながら用件を告げたのは、夏だというのに背広をキチッと着込んだ、額の広い壮年の男性だった。警察官らしく、引き締まった体つきをしている。

「県警本部捜査一課長補佐の、若菜はしひめ俊彦としひこ警部です」

 そう言って若菜警部は警察手帳を見せてきた。

「賢木総一郎です。よくお越し下さいました。こちらが──」

「総角明菜です」

「橋姫紫音です。よろしくお願いします」

 私の差し出した手を、若菜警部はがっしりと掴んで握手した。

「こちらこそどうぞよろしく。それで、魔術犯罪と聞き及んだが」

 いきなり本題を切り出してきた。無駄な話をしない辺り、とても好感が持てる。

 何事でもそうだ。無駄、無益な事に徒に時間を浪費するような輩は一日が四十八時間あるとでも言うのだろうか。ましてや犯罪捜査の為に呼ばれておきながら無駄話に興じるような間抜けだったらどうしようかと些か心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。

「えぇ、殺されたのは私の両親と、そこで伸びてる女です」

「殺人か。それで、その、彼女が殺されたというのは?」

 総角の方を指して聞く。まあ、そりゃそうだろう。殺されたというのに動いて喋っているのだから。

「説明すると長いんですけど、簡単に言えば、彼女は人間ではありません。動く人形だと思って頂ければ」

 仕方なく私は説明した。かなり雑な説明だったが、若菜警部は納得してくれたようだ。ペンとメモ帳を取り出し、

「場所はどこだね?」

 と、私に聞いた。何故さっきから私ばかり話しているのだろうか、と考えかけてその理由に思い至った。先生は直接の関係者じゃない。総角は机の上で潰れている。とても話にならなかった。

「両親は自宅で、総角さんは教室で。そうよね、総角?」

「ん? うん、そうだよ」

 聞いているのかいないのか分からない返事が返ってきた。私はいい加減我慢の限界だったので彼女を怒鳴りつけそうになったが、部外者である若菜警部の存在が私を踏みとどまらせた。

「顔なども見ていない?」

「見られませんでしたよ。後ろから一気にザクッ、って感じだったんで」

 ようやく総角が答えた。最初から自分で答えろ。

「他に人はいなかった?」

「当然ですね。誰もいない教室でした」

 警部は何度か頷き、手帳に何かを書いた。事情聴取はまだまだ続く。

「教室では何を?」

「日直だったので、日誌の記入を」

 私は顔を顰めた。そういう事は放課後慌ててやるのではなく、休み時間等に計画的にやるものではないのか。少なくとも私はそうする。

 とはいえ常識というものがすっぽりと欠如した彼女のことなので、言うだけ無駄なのだろうし、そもそも私の知った事ではない。

 昔から私はそうだ。どう考えても私の知った事ではないのに口を出す。直接関係ないのに文句を言う。おかげでクラスメイトに嫌われたものだ。主に女子から。男子はまあ、単純な奴が多かったから、常識外れな事さえしなければ、少なくとも嫌われてはいないだろうという程度の地位には立てた。決して好かれていたとも思わないが。

 如何せん私は長身なので、小さい女子が好きな男子の受けは悪かったのである。顔に限れば好みだと言う奴は何人かいたが、きっと彼らは聞こえていないと思っていたのだろう。実際、並の聴力なら聞こえなかっただろうが。普段から五感、殊に聴覚を魔術強化している私の聴力を舐めてはいけないぞ、男子諸君。

 閑話休題。どうにも無駄話が過ぎたようだ。どんどん話が逸れて行く。

 私が関係ない事を考えている間に、先生が総角の死体の状態を説明してくれていたらしい。第一発見者である私に気を遣ってくれたわけか。実にありがたいことである。

「死体の様子から考えて、一撃で斬った感じはないな。何度か斬られた感触はあった?」

「いいえ、気が付いたのは首の一撃だけ。でも、最初に首を斬ったと考えれば──」

「ないな」

 口を挟んでしまった。さっき反省したばかりではなかっただろうか。いや、してないな。

「動機が私の体である以上、総角を執拗に斬る理由がないし、寧ろ逆効果だ。余計に警戒する事になるのは敵も理解出来るはずだろ」

「紫音…喋り方…」

「あら、なんの事かしら。私の喋り方が何か?」

「男口調に…いや、何でもない」

 キッと睨みつけて黙らせる。私とした事がうっかりしていた。中学生になってからは気を付けていたのだが。

 先述の通り、私には女子の友人がいない。この総角アホは唯一の例外だ。自然女子と話す機会が男子と話す機会より少なくなるわけで、女子らしい話し方をしようと思った事もなかったのである。当時の私に理由を訊けば「だって、私だけ違う話し方してるのって、何か変だもん」なんて答えが返ってくる事だろう。

 とまれ、私は小学生の頃男性口調で喋っていたのだった。流石に、中学生にもなってそんな喋り方をするのはどうかと思ったので、小学校卒業を機に辞めた。とはいえ長年染み付いた慣習というのはなかなか失われないもので、今でも気を抜くと偶にポロッと出ることがある。

「実際援軍を求める程度には警戒した訳だし、少なくとも昨日までは一般人だった総角を警戒したり、恨んだりする理由はないし、複数回斬ったというのは不自然だよ」

「じゃあ、どうやって?」

 普段は冴える奴だと思うのだが、この件に関しては本当に総角は約立たずのようだ。仕方ないから教えてやるとしよう。

「決まってるでしょ。

 当然過ぎて自分でも呆れるような答えを、それを悟られないように気を付けながら口にした。

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