隠された天才

 存在しなかった事にする。

 聞きたくなかったこととはいえど、それが最善なのは私も分かっていた。遺族の方々には申し訳ないが、これも魔術に関わってしまった一般人の末路なのだ。

 それにしても、改めて魔術師としてはまだ心構えという点で未熟であることをつくづく思い知らされる。先生など、眉一つ動かすこと無く淡々と死体を片付けていくではないか。

 私は少なくとも望んでこの魔術の世界に飛び込んだ。当然、それなりの覚悟はしていたつもりだった。人の死を見る覚悟。人を死なせる覚悟。だが、それは全てでしかなかったのだ。

 嫌な気分だ。自分が何も出来ない一般人ならばどれ程良かっただろう、等と考えていることに驚きを覚える。これが私の生きる気を無くそうという作戦なのだとしたら、効果覿面だと言わざるを得ない。

 だが私が生きるのを止めたら、本当に何のために今まで生きていたのか分からない。生きているのには必ず理由がある、というのが私の持論だ。でも、自分から死ぬのは、その理由を放棄するのに等しい。そんなこと、出来る訳が無い。

「さて、僕は少々手続きをしてきます。こうなっては君の家は安全とは言えませんから、今日からしばらくは僕の家で生活してもらいましょう。ですので、しばらく部室で待っていてください」

「はい」

 なるべくいつも通り返事しようと思っていたものの、流石に付き合いの長い先生には気付かれていたのだろう。気遣うような視線を向けて来たが、結局何も言わずに立ち去って行った。

 取り敢えず、言われた通りに待ってる他ない。先生が帰って来たらようやく帰れる……ん?ただ帰るなら何で私はここで待ってるんだろう。さっき普通に聞き流していたけど、何か聞き流してはいけないものを聞き流していた気がする。なんだっけ……。

「先生の家で生活する、でしょ? ちゃんと聴いてなきゃ駄目じゃん、

「な!?!?!?!?!?」

 驚きのあまりひっくり返った。なんの比喩でもなく、椅子ごとこう、ガシャンと。いつもなら絶対に見せない無様な姿を晒している。

「な、な、なん、何で貴女がここに!?」

「何でって、ひめっちがここに居たから。今だから言うけど、私、ひめっちのこと好きなんだよ。勿論性的な意味で」

 ケロッとした顔でとんでもないことを言うのは、間違いなくさっき死んでいた荒巻明菜に他ならない。

「嫌ぁ……ついに死人の幻を見るようになっちゃった……」

「幻なんかじゃないって。勿論幽霊でもない」

 そんなこと言われてもなあ……。むしろそっちの方が困るわ。さっきの爆弾発言が本気で言ってる事だったらなおさらに困る。

「ん? まさか疑ってる? ひめっちってばひっどい」

「いい加減そのふざけた名前で呼ぶのをやめろと何度言えば分かるのかしら?」

 と、そんなことはどうでもいい。それより聞かなくちゃならないことがある。

「何で生きてるの? 貴女。明らかに死んでたよね?首、とんでたし」

「嗚呼、私、魔術師だもん」

「───は?」

 いや、驚くことではないかもしれない。別に五十四家しか魔術師がいないわけじゃない。荒巻という魔術師がいてもおかしくはない。

「あとね、私の苗字、荒巻ってのはウソ。本当は総角あげまきってんだ」

「───はあ!?」

 荒巻が総角だとすると話は変わってくる。総角は五十四家の一つだ。階位は私よりちょっと下。そもそも私の下にちょっと以上の数はない。

「どういうこと?んーと、ずっと騙してたってこと?」

「まあ、そういうことになるかな。申し訳ないとは思ってるんだけど、いくら何でも『橋姫の麒麟児』こと紫音に本名を明かす度胸はなかったからね」

「────」

 またその名前だ。私は別に好きでそんな名前で呼ばれているわけじゃない。私だって聖人じゃないから、有名になるのは嬉しいことだけど、私みたいなか弱い女子中学生につける名前にはちょっと仰々しい気がする。

「まあそのおかげで今までバレなかったから助かってたんだけどね。総角なんて苗字はそうそうないだろうから、表向きには荒巻ってことにでもしてなきゃ危なくって」

 一人で何やら話し続けているが、私は全く別の事が気になっていたので耳に入っていなかった。

「ねえ、魔力は? 今まで貴女から魔力を感じなかったんだけど」

 そう、魔術師が一般人に紛れることはほとんど不可能に近い。体内を流れる魔力の量が違えば魔術師にはそれと分かる。周りに本当に一般人しかいないならそれでも問題はないが、あの教室には少なくとも私という魔術師がいた。しかもその私が一番会話した相手がコイツだ。気が付かないのは本来おかしい。でも今は魔力を感じるし、本当に何なんだろう。

「これは隠しておきたい事だったけど、仕方ないか。驚かないで聞いてね。私の体、

「──?」

 どういうことかさっぱり分からない。あまりにも分からない事が多すぎて最早恐怖も感じない。何を言っているんだコイツは。

「文字通りだよ。今の私の体はただの人形。人形に魂を容れて使役してるの。それが私の得意魔術だから」

「どう見てもそれはただの人体なんだけど」

「ふっふっふ。それは最高の褒め言葉だよ。私はね、人形を作るのが趣味だったんだ。そのうち、この人形を使役すればいいんじゃないかって思うようになってね。凄く勉強したんだよ、色々。精神魔術とか、本来の私の魔術じゃないから、実行するまで一月はかかったよ。なんとか形になる頃には、元の身体と同じ、を作れるようになってたくらいだよ。紫音が表立ってちやほやされる天才なら、私は隠された天才。裏方に徹することしか出来ない半端者って感じかな」

 えーっと、つまりコイツは、人形として人体を作り、そこに己の魂を複製して容れることによって使役していたのか。それで合点がいった。ずっと魔力を人形に吸わせていたんだ、コイツは。当然、本体に残る魔力は少なくなる。私が見ても一般人としか思えないほど少ない魔力で生活していたのだ。

「そういうこと。おかげで襲われても何の対応も出来なかった。あっさり本体が死んで、このスペアに主導権が移ったってわけ。とはいえ記憶は繋がってるからね。特に支障はない。むしろ魔力を貯めておいたおかげでいつもより調子がいいくらいだよ」

 なるほど、状況と手の内が読めてきた。とはいえどういう技術でもってそんなことを可能にしたのかは、未だにさっぱり分からないが。

「まあ、それは企業秘密ってことで。企業じゃないけど、そこはそれ、ノーコメントってことで」

 本当にコイツは気楽な奴だ。自分が殺されたと言うのにこの軽さ。心臓が鋼鉄製なのかしら。そうとでも思わなきゃ納得がいかない。

「と、ここで残念なお知らせなんだけど。私、後ろからズバッと斬られたから、犯人の顔とか見てないんだよね」

 別段残念でもない。普通に考えて、前から斬ろうとすれば何らかの反応をされてもおかしくない。逃げる、声を上げるなどされては犯人とて困るだろう。ならば後ろから狙うのが上策だ。当然、他の目撃者もいないだろう。

「ちょっと待って。ここは魔術師以外入れない場所よ。なのにここで倒れてたってことは、犯人も魔術師ってこと?」

「そうなるんじゃないかな。私、感知能力は低いから、襲われるまで気が付かなかったけど、少なくともあの場所じゃなかったよ、襲われたの。そこからここへ運んでこられたんだから、相手は魔術師とみて間違いないと思う」

「……じゃあどこでやられたの?」

「教室」

 端的な答えが返ってくる。教室か。確か昨日の朝夕顔翁と会ったのも教室だった。だとするとこちらも夕顔の仕業か。

「何で私が襲われたんだろ。夕顔……っていうと、風だっけ?嫌だなあ。四大元素使いを相手にして、私達が勝てるわけないじゃん」

 それはそうだけども。だが、普通に真っ向から戦うのであれば私にも手がある。それが有効かどうかは置いておいて、何も出来ないわけじゃない……はずだ。

 とはいえ、今回のコイツについては完全な奇襲だった訳で、真っ向勝負の可能性を考える方が馬鹿らしいと言わざるを得ない。

 奇襲に備えるためには、やはり魔術師の拠点で活動するのが一番だろう。その一つが我が家の書斎であり、この学園の学長室であり、そして賢木先生の家という訳だ。その点、賢木先生の指示はこの上なく的確だった。

 私の家は既に襲われ、拠点としての効果はない。学園にしても、学園内で襲われた生徒がいる以上、ここが安全とは言い難い。

「あ、先生帰ってきた」

「え?」

 しまった、コイツのことをどう説明したらいいのか。というか感知能力低いとか言っておきながら私より高いじゃない!

「そんな顔しないでよ。流石に私だって一回殺されたら警戒もするよ。だから、貯めてあった全魔力を振動の感知に使ってるの。おかげで先生が地面を歩いている限り、私にはその位置が分かる。到着まで、三、二、一、零」

「申し訳ない、遅くなりました。連盟に話を付けてきましたので、全て情報は消されています。魔術師以外は最早彼女を知らないはず───」

 沈黙。痛いほどの沈黙。

 先生は幽霊を見たかの様な表情で固まり、荒巻改め総角は部屋の奥で机に寄りかかってニヤニヤと笑っている。荒巻時代には一度も見せた事のない表情だが、さっきからずっとこの表情かおだ。本性を表したな、女狐め。

「橋姫君、これは一体……?」

「えーっと、説明するのは難しいんですけど……。端的に言えば、彼女は不死身だったと言うことです」

「はい?」

 いけない。流石に端的過ぎた。

 まだ私にも理解出来ている気がしなかったが、ともかく説明する。彼女が魔術師だということ。肉体からだが人形だと言うこと。荒巻ではなく、総角だということ。そして、襲われた理由も犯人も分からないということ。

 私が説明している間も総角はニヤけたままこちらを見ていた。そろそろ気味が悪い。

「ふむ、となると、これはいけませんね。取り敢えず、二人とも僕の家に来てもらいましょう。大丈夫です。とても広いですから、心配はいりません」

 そんな心配はこれっぽっちもしてない。

「え?私も?私関係ないでしょ」

「何を言っているんですか。貴女がそこで隠れていたせいで、貴女に関する情報は全て抹消されているんですよ。貴女に帰る場所はありませんし、何より死んだはずの人間がいるというのは問題があります」

「んん、悪ふざけが過ぎたか」

 気付くのが遅い。

 ともかく、私が先生の家に行くことに関して依存はないけど、ちょっと待って。よりにもよってコイツと!?

「ま、いっか。ひめっちいるし」

「その名前で呼ぶなって、私さっきも言ったよね?」

 こんな奴と?なんてこと……。

 勿論私とてそれが最善と分かっているから、別に声に出して文句を言ったりはしないけども。しないけども!

「納得出来ましたね?では行きましょう」

 私が納得出来てない……。


 大昔、この国に今の私達に繋がる魔術師が現れたばかりの頃、即ち平安時代の日本には、魔術師の家系は全て合わせて五十四しかなかった。当時、平民に姓はないから、各々勝手に自分達は某と言うものだと名乗っていた。それが今で言う源氏五十四家。平安時代当時に流行っていた源氏物語から順番に付けただけの、安直な苗字だけど、千年も続けば立派に由緒ある苗字になる。その順番というのが問題で、その当時力のあった家系から順に桐壺きりつぼ帚木ははきぎ……と続いた。その四十五番目が橋姫で、その後最後の夢浮橋まで続き、そのそれぞれに使える魔術が決まっている。

 というのは先にも言った通り、大昔の話であって、今はもうそんな制約はないに等しい。今や私しかいない橋姫は『音』が専門だけど、無論他の魔術も使える。

 で、何故そんな話をしたかというと、先生が家に帰るにあたってとんでもないことを言い出したからだ。

「外へ出るのは危険です。なので、ここから私の家まで転移しましょう」

 出来るよ、転移も。出来るけども、いくら何でも知らない場所にいきなり転移しろってそりゃ無茶ってもんでしょ。

「はぁ、転移ですか。出来ますけど、何処へ転移すればいいか分からないんですけど」

 怒涛の叫びを上げる内心とは裏腹に、至って冷静な言葉が出るのはなんでだろう。多分総角の奴がこっちを見ながらニヤニヤしてるのが分かってるからだろう。きっとそうだ。後でぶん殴ることにしよう。

「その点は大丈夫です。僕と一緒に転移して貰いますので」

「「───────」」

 空気が凍る。背後の総角すら息を呑んだ気配がある。

 一緒に転移する為には、接触していなくちゃならない。万が一でも転移の途中に離れてしまうと、永久に元の世界へ戻ることは出来ない。

 一瞬で終わる転移の最中にはぐれるとか、どんな事態だと思わざるを得ないが、世の中にはそういう訳の分からない事例もあるのだ。というか私の祖母がそうだ。

 祖父と共に転移したはずなのに、祖母の姿は消えていた。驚き桃の木山椒の木だ。ちょっと古いな。それを目の当たりにしている以上、素直にはいとは言えない。総角とてそれくらい知っているだろう。いくら不死身性を持ったコイツであっても、虚無に呑まれればおしまいなのだから。

「心配無用。はぐれないように、互いを高所作業用のカラビナで繋いでおきます」

 発想がグレート……。私にはない発想だ。

「それならば我々が直接接触する必要はありませんし、はぐれる心配もありません」

 なるほど。私達女子の事も気遣ってはくれたのか。まあ、私とていくら先生を魔術師として尊敬してるとはいっても、六十五歳のお爺さんにしがみついていたくはない。

「ならば依存はありません。行きましょう。それでいいわよね、総角?」

「いいよ別に何でも。私はほら、人形だから。紫音と違って既に性別の概念がないからね。気にしない気にしない」

 振り返りざまに訊いてみればこの反応。しかも机の上で伸びてる。何とも言えないやる気のなさに、本気で怒りが湧き上がりかけるが、最早怒る方が無駄だと思い直して気を収めた。

 ただし、後で絶対ぶん殴る。

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