14 ゾンビ大量発生!?

(おっと、真珠から先に帰らなくちゃな。

 黒水晶にやられたヤツらは、よっぽどのことがなきゃおまえのパールの『ギフト』に影響される)


 そうだった、まだ廊下にはゾンビのように黒水晶に呪われてた人がたくさん……!

 蒼井くん、大丈夫かな……ほぼ無敵状態とはいえ、あれだけの数を相手にしたから心配。

 まあ、蒼井くんなら(余計な心配かけてる場合?)なんて思ってるだろうけど……

 廊下に出て、状況を確認。うん、蒼井くんが足止めをしてくれたおかげでみんな力が抜けてる。

 大丈夫だからね、これから、力を返すから……

 パールの桜を降らせながら教室へと向かう。

 ……あれ?

 なんだか、様子がおかしい。

 まだ、ちらほらと黒水晶に呪われてる人がいる。わんを見つけると、黒水晶を当てようとこちらに向かってきた。

 しかも、あの人たち、高等部の人! な、なんだか勢力が拡大してるような!?

 あの人たちにも……と思った瞬間、とんでもないものが床に落ちてた。

 コレ、蒼井くんの、義手……!

 いま、蒼井くんはどこにいるの!?

 それを拾い上げて、まわりを見ても、彼らしき人が見当たらない。

 イヤな予感がして、たらり、と冷や汗が流れた。

 ま、まさか、ムテキな蒼井くんが……!?


 ピィィィィッ!!


 わーっ!! な、なに!?

 緊張してたからヘンにビックリしちゃった。

 ホイッスルの音……だったよね?

 いったいどこから……

 ピッピッ、ピッピッ、と、規則正しいリズムで鳴らされる。

 すると、黒水晶をまとった人たちは、わんではなく右を向いて、ホイッスルの音にあわせて歩き出した。

 な、なに、行進……?

 どこからホイッスルが鳴らされてるのかわからないまま、気になってついてみた。

 ……人が集まれば、一網打尽……って言葉じゃダメだ、とにかく、たくさんの人を治しやすいから。

 って、ここって……!


 着いた先は、わんが毎日通う場所……

 温水プール……!?

 ゾンビのようにまがまがしく、しかし兵隊のように規律正しく行進する人たち。生徒だけじゃなくて、先生までその『ギフト』は黒や紫にきらめかせていた。

 プールサイドの、スタート台そばの集合場所に、気持ち悪いくらいにキレイに列をつくる人たち。

 こんなの、絶対誰かが作ったはず……! 隊長がいなきゃこんなことにならない!

 ピーッ、と怒ったようなホイッスルの音がプールにこだまして鳴り響く。ひいっ、まるでコーチみたい!

 けど、どこから音がしたのか、場所がわかったような気がする。

 高い場所……客席? どこにもいない。

 すると、あとはもう一か所!

「蒼井くん!!」

 3メートルもの高さがある飛び込み台の先には……蒼井くんと、もう一人が立っていた。

 バネのようにはねるタイプじゃない、石製だから落ちるキケンは……いやいや、十分危ないよ!

 しかも、よく見るともう一人の人が、蒼井くんの制服のエリをつかんでる。えっ、蒼井くんの『ギフト』に干渉されないの!?

 あっ、蒼井くんこっちに気付いた!


(つかまった)


 つかまった、って! すっごくピンチなのになんで冷静なの!?

 あの人、だれ……!? やっぱり黒水晶をまとってるけど、どうして蒼井くんを人質にとってるの!?

 女子の制服を着てて、リボンの色が薄いピンク……わんと同級生!?

 顔は……遠いし、宝石がジャマして見れないなあ。近付いて見てみよう。

 黒水晶に当たらないように気をつけて通り、蒼井くんの義手をわきにはさみ、そろっと飛び込み台のハシゴに手をかける。

 こ、この間に、蒼井くんがプールに放り投げられませんように……!!

 息が止まりそうなのをこらえながら、ハシゴをのぼりきった。女子は首から笛をさげていて、ちょっと背が高い。

 蒼井くんが動かないと思ったら、右手が背中に固定されてる! この人、蒼井くんより力が強いの!?

「あ、蒼井くんをかえして!」

「それ以上近付くと落とすけど?」

 あれ? この声……

 やっぱり顔を見ても、考えが読み取れない。

「児玉さん!?」

 同じ水泳部の児玉さんだ!

 その顔はほかの人にはなかった、アザのようなものが真っ黒に浮かんでる!

 児玉さん、一体何があったの!?


(女とケンカはできない。

 それに、弱みを握られた)


 蒼井くんがちょっと悔しそうな感情をこめてテレパシーを送る。

 弱み!? ムテキなはずの蒼井くんに、弱点があったの!?

 触るだけでも『ギフト』が消えるのに……やっぱり、右手だけだとうまくできなかったのかな……


(コイツ、ボクが抵抗でもしたら金剛をあのケガ以上に痛めつけるなんて言い出した。

 それに、ボクの『ギフト』を消す能力は右手でコントロールしてることを感づかれた。つまり右手をふさがれた今のボクは不利でしかないってこと。

 ボクのことはいいから、コイツにキミのをぶつければたぶん勝てるんじゃない?)


 弱みって、そっちのほう……! なんて卑怯なの!

 けど、もし児玉さんを落ち着かせることができたとしても……

 一瞬でも判断をまちがえたら、蒼井くんはプールのなかに投げ出されちゃうよっ!

 今でも、児玉さんは体を蒼井くんごと横に向けてる。心を読まなくても、さっきと同じことを言い続けてるようにしか思えない。

 そういえば、清水くんは……? 3人を教室まで送ったのかな。性格までイケメンだからきっとそうしてるはず。

 ……蒼井くんか、児玉さんか……

 どっちをえらべばいいの……!?

「……アンタ、誰が狙いなワケ?」

 人質にとられても、まったく表情を変えない蒼井くんがちょーっとだけ、怒ってるような色をくわえて児玉さんにたずねる。

 今思うことじゃないけど、ハデで明るい金剛さんがクールで小柄な蒼井くんを好きになるのって、ちょっと意外だなあ……

「いいわ、特別に教えてあげる……ヒントだけね。

 アタシの幸せをジャマしようとするヤツ、よ」

「ボクはキミたちの事情は知らないし、知るつもりもないけど、その幸せをジャマするヤツが金剛なワケ?」

「金剛乃愛? ああ、まあ利用できると思っただけ。うまくいくと思ったのになあ?」

 利用……? じゃあ、狙いは金剛さんじゃないってこと?

「アタシを幸せにさせてくれないヤツ、まだわからないワケ?」

 蒼井くんの制服のエリをにぎる力が強まった。

 ああっ、やめて!

 児玉さんは、水泳部で1、2を争うくらいの実力を持ってる。それに、すっごく負けず嫌い。

 ってことは、やっぱり、ライバルが目の上のタンコブなの……?

「アンタの双子の兄? 自分とくらべて人気者だから……」

「アンタ、ヘタに答えたらどうなるかわかってんの?」

 今度は蒼井くんの右手をにぎる力が強まった! や、やめてーっ!

 なのに蒼井くん、全然動じてない! わんはもう泣きそうなのに!


(つまり、児玉紅蓮こだまぐれんじゃないと……)


 紅蓮ぐれん……?

 あっ、思い出した! 児玉さん、児玉くんの双子の妹だったんだ! 下の名前も『翠』だから、色の名前ってトコがきょうだいっぽい。

 名字が同じだと思ったら……! たしかに、目元とか似てるかも。

 って、そんなの関係なくって!

 児玉さんのことだから、きっと部活に関する人……なのかな。

「……1つ上の、安馬あんば先輩?」

「チッ」

 ヒッ、舌打ちされた! ちがうの!?

「口うるさいと思ってた、コーチ?」

 わーっ、蒼井くんをプール側に向けないでー!

 じゃあ、蒼井くんなの!? でも、児玉さんが蒼井くんと一緒にいるトコなんて、見たことないし……

「……わかんないんだぁ」

 ポツリ、とすねたようにつぶやく。

 わからないよ。心が、読めないんだもん。

 けど、なんとなく、なんとなくだけど……

 答えがわかった、けど、声に出しづらい。

 昔からのクセだなあ。相手になんと言ったら怒られるのか、言う前から予想しちゃうの。ううん、決め付けちゃうの。

「だったら……」

「わんのことを!」

 わんが言い切るまえに、児玉さんがホイッスルを鳴らした。

「アンタたち、やっちゃいなさい!」


(うっるさい……)


 耳元でホイッスルを鳴らされたからか、蒼井くんは頭をジンジンと痛めてぐったりとした。耳をおさえようにも、左手はわんが持っていて、右手は児玉さんにつかまれているからできない。

 蒼井くん、災難すぎる……

 けど、そんなことを考えているよゆうはなかった。

 ザッザッ、とたくさんの足音が温水プールに響く。

 まっ……まさか……!

「第一部隊はプールのなかのコイツを、第二部隊はこの目ざわり女を不幸のどん底に落としなさい!」

 め、目ざわり……!? やっぱり、わんのことだったんだ!

 児玉さんの命令どおり、操られた人たちがわらわらとはしごへ、プールサイドへと集まっていく。

 ぜ……絶体絶命って、こーゆうことだー!!

 もう、おわりだ……!


 ……あれ? どうして、わんのことを目ざわりだと思ってたんだろう。

 どうして、わんのことだけを狙うのに、こんなにたくさんの人を巻きこんだんだろう。


 それに……黒水晶、どこで手に入れたんだろう。


 なぜだか、急激に頭が冴えてきた。

 人はピンチになると火事場のバカ力を発動するってよく言うけど、頭もバカ力とか、あるのかな。

 けど、一度気にしたら、あとは探してみるんだ。方法はある。

 けど……チャンスは、一度きり!


 お願い清水くん、力を貸して!


 ……うん、人にお願いをするのは久しぶりだ。

 お願いをするぶん、自分も、誰かの力になれるように、もっと強くなりたい。

 たとえば、人に真正面に向き合えるくらい――

「なんで走ってくるの!?」

 二人のもとへと走り……児玉さんの口もとに、わんのパールを押し込んだ。

 走り出したと同時に、情けも容赦もない児玉さんは言葉どおり、蒼井くんを飛び込み台から放り投げていく。

 通行手形さえ触ってなければ、蒼井くんの『ギフト』の力は効かないはず。

 空中で、蒼井くんの体を掴む。

 ドボン、と、二人ぶんが深いプールの中へと、高い水しぶきを上げて落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る